NO223:明石市の「弘法大師の霊水」

  17,3,12明石市、 103-2y
皆さんは明石海峡大橋の下を歩けることを知っていますか?吾輩は最近まで知りませんでした。でぇ~こちらもついでに(こちらが本命カモ)行く事に、
「亀の水」を入れてから、舞子公園へ移動
  17,3,12明石市、 001-2u
駐車場から舞子海上プロムナードへ
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右のコンクリートの中が入口になっています。
入口の前から
  17,3,12明石市、 003-2o
中は
  17,3,12明石市、 004-2p
なぜか欄の展示会、こんなものも
  17,3,12明石市、 028-2a
招福布袋さん、場違いでは(?_?)
ここからエレベーターでアンカレイジまで登り
  17,3,12明石市、 005-2s
ここから遊歩道へ
  17,3,12明石市、 007-2d
展望ラウンジの中は写真は撮れてなかったので、そこから写した外の風景
姫路側
   17,3,12明石市、 021-2z
神戸側
  17,3,12明石市、 011-2j
ソコから、50m程先を一周する遊歩道へ出て行きます
  17,3,12明石市、 012-2x
遊歩道の最大の売り物「丸木橋」
  17,3,12明石市、 013-2b
丸木橋の上を歩いて渡る体験をしている所
   17,3,12明石市、 015-2n
渡り終えて、相方さんもこの満足のはしゃぎよう、後ろの修学旅行生?もはしゃいでいま~ス\(^o^)/
写真では伝わりにくい怖さ
   17,3,12明石市、 014-2c
デス(@_@;)
そして一周遊歩道を歩いて
  17,3,12明石市、 019-2m
先端から見える歩道橋へは「5月20・21海上ウオークイベント募集中」 で歩けるようです。歩きたい人は今からでも遅くないですよ~\(^o^)/
という事で、反対側の展望
  17,3,12明石市、 020-3q
そして観終わって外で記念撮影
  17,3,12明石市、 036-3w
この大きなコンクリートの塊の中へ行ってきたのです。 
  17,3,12明石市、 039-3e
舞子公園を後に、「弘法大師の霊水」の湧いている現地へ、明石市と加古川市の街境の二見町へ移動して行った。  
情報元では少々判り辛いところと書いてあったので、地図をプリントに出して持って行った・・・が、路地裏に入ってチンプンカンプン行けるであろう路地裏の道が判らない、そこに歩いてきたおばちゃんに尋ねてみると「そんなものは聞いた事がない」とつれない返事(+o+)、地図を広げて見せると、お店の名前を見て「このお店ならもう少し先です」との事、当てのない道をその方向へ進んで行くと、
  17,3,12明石市、 097-3r
そのお店の裏側の通りの雰囲気、この通りを走っていたら、道の下の方に
  17,3,12明石市、 096-3y
それらしき雰囲気を醸し出している場所を探し当てた。(^_^)v
  17,3,12明石市、 102-3u
弘法大師の石像もある。石像の下には、「弘法大師ならぬ智恵水大師」と書いてある。丁度若夫婦がその場所を掃除されていたので尋ねると「そうです」との返事、
  17,3,12明石市、 101-3i
「弘法大師の霊水」はお地蔵さんの祠の横に
  17,3,12明石市、 098-3o
霊水はとても綺麗でした
  17,3,12明石市、 099
汲ましてもらう前には、水掛地蔵さんへお水を頭からお供え
  17,3,12明石市、 100-3s
相方さんも手伝って水汲み、吾輩はその間に写真撮り、
「弘法大師の霊水」云われを現地で写してきたはずであったが、探してもどこにもない・・・で、情報元からお借れしまして
  海岸に近く海水のため、飲み水に困っていた地に、弘法大師が錫杖で地を突くと、清水が湧いたという由来がある。
水掛地蔵尊が祀られ、現在も土地の人々から信仰を受けている。
弘法大師の名が付いている湧水には、これと似通った話が多いい。地域で保全されている水汲み場には沢山立ち寄ったが、今回のように、お掃除をされている所に出くわしたのは初めてであり、我々よそ者が水を汲めるのもこのような方たちの日々の賜であります。帰り際お賽銭と一言お礼を言って最後の目的地に車を進めた。
近所の知り合いから、明石焼きを食べるなら「魚の棚」商店街へ行って来い。と言われていたので、また後戻りをして明石駅前に戻ってきた。
  17,3,12明石市、 116-3f
見出しにも載せた写真が商店街の雰囲気で、マジで地方の商店街でこんな人通りの多いい商店街は見たことがない!!
とりあえず商店街を端から端へ一通り見て回り、知り合いから聞いていた「人が並んでいる所へ入る事」という事から
  17,3,12明石市、 105-3f
遅昼にしていた3時半ごろでもこんな感じで、この時に一番多かった人並びの店に並んだ。その横で
  17,3,12明石市、 107-3g
実演販売、卵の量も
  17,3,12明石市、 109-3l
次から次へと半端でなく段ボール箱の中から取出し、ネタを作りそれを焼いて
   17,3,12明石市、 108-3k
出来上がったものは、持ち帰りのお客がおれば販売し、いなければお店の中へ・・・と流していた。かれこれ30分ほどで番が回って来て
  17,3,12明石市、 110-3z
着席、間もなく明石焼きが、なんでも、明石の人は明石焼きの事を「卵焼き」と言っているらしい
  17,3,12明石市、 111-3c
明石焼きにはダシが付いてくる
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食べ方は、ダシに付けて食べる方法とソースを付けて食べるやり方があるそうで、吾輩はそれにソースを付けて、それをダシに付けて食べるやり方がちょうど味付けが吾輩の口に合っていて美味かった~(^_^)v
お店の壁には
  17,3,12明石市、 114-3b
有名人らしき人達のサインが・・・・・・・
食べ終えて、商店街を物色して帰るころには
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大きな月夜(^_^)/次の日が満月、この大きな月での一コマ
吾輩「なぜ都会の出る時の月は大きいのかな~」
相方「都会だけとちがって、出る時や沈む時は地球の構造物と比較できるから大きく見える」との事
吾輩「オイラは大気の屈折率で大きく見えるのだろう」と
相方「なら、着きが真上に来ると小さく見えるのはなぜ」
吾輩「地表の熱で大気が温められて水平にみていると、温められた大気の分が多く、上に行くほど温められた大気(空気)が少なくなるから」と返事
・・・・・結末は?

☆「弘法大師の霊水」の水評価は、五点に近い4点だったが、お掃除されている方のボランティア度を足して
独断と偏見の
(^_^)v (^_^)v (^_^)v (^_^)v (^_^)vにしました
尚、追及はしないでくださいね(~o~)
詳しい場所は
  


NO222:柿本神社の「亀の水」

       17,3,12明石市、 065-1q
明石市と言えば、明石大橋と子午線で全国に知れ渡っている街であります。近所の方が「明石焼き」を食べに行ってきたとの一言で、相方さんと一度食べに行ってくるか・・・と、さっそく明石の水汲みも兼ねての水汲み小旅行と相成りました。
その一つ目は、「亀の水」という柿本人麻呂が御神体となっている「柿本神社」にあるという湧水であります。
それがまた、神社の近くを子午線が通っていたのであった。
という訳で明石目指して出発。柿本神社は明石市立天文科学館の近くに在るとの事でそちらへ。
17,3,12明石市、 073-1e
駐車料金2時間:200円に駐車、入館料大人700円×2を払い入ると間もなくプラネタリウムが始まりますとのアナウンス。
吾輩は乗り気ではなかったが、相方さんはイクイクと聞かない・・・で、敷かれ気味の吾輩は付いて行かざるをえん立場・・・・・
入口に着いてみると
  17,3,12明石市、 078-1r
長蛇の列・・・しかし、無事着席できシートを倒し観る体制に
   17,3,12明石市、 079-1t
日本最古のプラネタリウム、始まる前であったので撮影OK(^_^)v
終わってみると、スヤスヤと寝息がしとったと・・・相方さんが言いだし、オイラは寝てねぇよと言いだすも、気持ちの良い時間があったことも事実であった(^_^;)
 17,3,12明石市、 090-1i
このドームの中がプラネタリウム館、なぜか天文館の横は墓地の団地、次は天文館を見学と
 17,3,12明石市、 057-1r
こちらのタワー16階まであり、16回は天体望遠鏡が設置されている。今回エレベーターは14回まで
13~14回は展望室
 17,3,12明石市、 080-1o
明石海峡大橋がバッチリ\(^o^)/ 
展望室まではエレベーターで昇ったが、下りは螺旋階段を降りて行って各階を見学、チョイト変わったものは
  17,3,12明石市、 076-1a
宇宙へ行ってきたメダカの子孫だそうで・・・こちらです
 17,3,12明石市、 077-1s
宇宙メダカ:「宇宙メダカ」は、1994年7月、宇宙飛行士・向井千秋さんとともに、スペースシャトルに乗って宇宙旅行をしたメダカの子孫達です。地球へ帰還後に、ふ化した子孫たちは、全国の小学校などへ送られました。この水槽には、明石市立花園小学校の児童の皆さんが大切に育てた宇宙メダカが泳いでいます。
 向井宇宙飛行士とともに、15日間の宇宙飛行した雌雄2ペア<計4匹)のメダカは、脊椎動物として初めて、宇宙で産卵を行いました。そして、宇宙飛行中にメダカの幼漁ふ化しました。最初の1匹のふ化を地上に報告してきたのは向井宇宙飛行士でした。
 宇宙から帰ってきた親メダカ四匹は、浮き袋の使い方を忘れてしまっていました。重力のほとんど無い宇宙では浮き袋を使う必要が無かったためです。また、宇宙では尾びれを使う事も少なかったそうで、主に胸びれを使って泳いでいました。一方、赤ちゃんメダカは地上でも正常に泳いでいました。
 地上に戻って4日目には、親メダカはほぼ正常に泳げるようになり、1週間後には産卵を開始しました。ふ化した稚魚も順調に成長しました。宇宙に滞在したことによる子孫への影響は、とくに認められません。
そしてこんなものも
 17,3,12明石市、 075-1p
あとは、感心のある方は行って観て下さいね(^_^)/ 
その横に有る柿本神社へ
   17,3,12明石市、 095-1d
石段を上がって行くと神門があります。その前には天文館から神社の方へ来れる通路が有りますが、神社の方からは行けない回転式の出口です。その出たとこにも
  17,3,12明石市、 054-1z
日時計が有りました。その横の方に見出しに出している子午線標示柱が立っていましたので、この日時計が二本の正確な時間を指示しているわけです。
 17,3,12明石市、 064-1w
日本標準時子午線標示柱:この子午線表示柱は、日本標準時の基準である東経135度子午線の位置を示しています。東経135度子午線は、昭和3年京都大学観測班が天体観測を行って、人丸山上を通過していることが分かりました。この結果、昭和5(1930)年1月、正月寺山門前にこの標示柱が建設され、「トンボの標識」の愛称で呼ばれるようになりました。そして、昭和26(1951)年の再観測で現在の位置(11,1m移動)に設置されています。
 標示柱は、高さ7m、鉄柱の直径15cmで、上部のカゴ状の球は地球を表し、球の上には「あきつ島」(日本の異名)を象徴したトンボ(あきつ)がのっています。明石市・明石観光協会
このトンボの標識は、明石市最古の大日本中央標準時子午線通過地識標が明治43年10月31日に建てられた、その次に古いものだそうです。
神門を入り右手に手水舎があり
 17,3,12明石市、 063-1j
石像の亀から出ている水が「亀の水」なのか尋ねてみると、ホンマの水は今登って来た参道と別の石段を下りた所に出ているとの事、後程行くとして、とりあえず本殿へお詣り
 17,3,12明石市、 060-1c
由緒あるらしい狛犬さん
 17,3,12明石市、 062-1h
・・・と思いきや、明石市内で一番古いとの事で宝暦4年(1754)製・・・その横にも「御神木・筆柿」人麻公が石見国(現島根県)より都に行かれる途次持ち来たり植えられたと言い伝えられ婦人懐中すれば安産であると信仰されている・・・との事
 17,3,12明石市、 058-1g
     御由緒
当社御祭神、柿本人麻公は
飛鳥時代宮廷にお仕えになられた歌人で明石にて詠われた歌も数多くあります。
元和6年(1620年)
当時、明石城主であった小笠原忠政公が人麻公を歌聖として大変崇敬され縁深いこの地にお祀り致しました。
 主なご神徳は、学問・安産。火災除
更には、非常に愛妻家として知られる公を
夫婦和合の神としても  お祀りしています
御命日とされる旧暦3月18日(現在では4月の第二日曜日)
には本御興に地域の子供達の神輿も加わり計五基のお神楽が練り歩きにに賑わいます
■末社:五社稲荷社  天神社  荒神社
天離(あまざ)かる 夷(ひな)の長途通(ながち)ゆ恋ひ来れば
   明石の門(と)より大和島見ゆ
留火(ともしび)の明石大門(おはと)に入る日にか
  漕ぎ別れなむ家のあたり見ず

知る人ぞ知る神社なのか、多くの観光客風なお詣りの方も多くおられました。
ウイッキペディアから
歴史[編集]

社伝によれば、仁和3年(887年)に明石の岡(赤松山とも。現・県立明石公園)にあった楊柳寺(後の月照寺)の覚証という住僧が夢中に柿本人麻呂の神霊がこの地に留まっているのを感得し、寺の裏の古塚がその塚であることが判明したために塚上に人麻呂を祀る祠を建てて寺の鎮守としたことに創まるという。

ただし創祀の事情に関しては、人麻呂が水死させられたという説があるので本来は非業の死を遂げた人麻呂の怨霊を慰めるために祀られた可能性、あるいは『古今和歌集』に詠み人知らずの歌として「ほのぼのと明石の浦の朝霧に 島隠れゆく舟をしぞ思ふ」という歌が載せられ[1]、左註に「ある人」の言として作者は人麻呂であるとされ[2]、神社ではこの歌を縁起として重視していることと、人麻呂が文武天皇から下賜された船乗十一面観世音の仏像が大和国の柿本寺という寺にあったのを覚証が迎えて楊柳寺の奥の院に祀ったところ仏像の胎内から『和歌秘弁抄』なる書物1巻が出たとの伝承があることから、和歌を含めた秘事口伝が重んじられるようになった時代に「ほのぼのと」の歌が人麻呂作と信じられ、そのことが直接の契機となって神社が創祀された可能性が考えられる[3]。因みに当神社と密接な関係を持つ月照寺の寺伝によれば、覚証は大和国の広安寺なる寺から人麻呂の念持仏であった船乗十一面観世音を勧請して楊柳寺の奥の院に祀ると共に寺号を月照寺と改めたといい、また同寺では「ほのぼのと」の歌に「初生(ほのぼのと) 娑婆世界(あかしがうらの)朝立霧(あさきりに) 四魔滅(しまかくれゆく) 念仏(ふねをしぞおもふ)」との字を充て、各句を発心大円鏡智(生)、修行平等性智(老)、菩薩如観察智(死)、涅槃成行作智(病)、法界体性智(苦)の「生老死病苦」という仏教的摂理で解釈している[3]。

文明8年(1476年)4月に慶範という僧侶が大和添上郡の柿本寺(しほんじ。現・奈良県天理市に寺跡がある)の復興を目論んで行った勧進状に明石浦にも人麻呂の墓所があると記されているので、少なくとも当時までには広く知られる存在であったことがわかるが[4]、天正9年(1581年)には豊臣秀吉が「播州明石の人丸は和歌第一の神仙」であると大明石村の新たに開墾した田地30石を寄進し[5]、江戸時代に入って慶長17年(1612年)にもこれは安堵され[6]、元和5年(1619年)に小笠原忠真が明石の岡に明石城を築城することになると、同7年に替地として現在地である小山の崖上に月照寺と共に移祀され新たに社領40石が寄進された[7]。なお、遷座後は新鎮座地を人丸山と称するようになり(それまでは旧鎮座地を人丸山と称していた)、旧地にも人丸社が残されて明石城の鎮守とされ[3]、これは後に廃絶したが人丸塚は本丸跡に現存している。

柿本人麻呂の死去から1,000年に当たるとされた享保8年(1723年)に霊元上皇の執奏により正一位の神階と「柿本大明神」の神号が宣下されるとともに女房奉書が下賜され、命日とされた3月18日に盛大な一千年祭が営まれた。以来同日を例祭日と定め、古今伝授や天仁遠波(てにをは)伝授が行われる際には必ず奉告がなされる例となったが[3]、同年6月に霊元上皇が撫物を下付するとともに白銀3枚を寄せて3箇年の祈祷を命じると、桜町、桃園、後桜町天皇も当神社を勅願所と定め、また天皇を始め中宮、上皇、東宮といった皇室から時々の白銀奉納と撫物を下しての祈祷が恒例とされた他[6]、宮廷人や歴代明石藩藩主からも和歌の神としての崇敬を受けた。

明治7年(1874年)2月に村社に列し、同12年6月に郷社、大正15年(1926年)3月には県社に昇った。
月照寺はこちら
 17,3,12明石市、 067-1k
その前にある、もう一方の石段の参道を降りて行くと
 17,3,12明石市、 070-1m
徳川の葵の紋が入ったお墓の様なものも
 17,3,12明石市、 051-1b
、明石城主であった小笠原忠政公のかも(?_?)
そして入口の鳥居
  17,3,12明石市、 041-1n
その右横に「亀の水」が出ている立派な祠が
 17,3,12明石市、 042-2q
参道入り口の石柱には
 17,3,12明石市、 044-2e
水を汲んでいると、次から次へと地元の人と思われる方たちが汲みに来られ、でもなぜかお年寄りが多かった。
17,3,12明石市、 045-2r
  名水  「亀の水」
一、この清泉も元和7年(1627)山上の月照寺や人麻社にお請(まいり)する人々のために湧き出る清水を竹の筒で引き石亀の口より大きな瓶に受けりて諸人の利用に任せたので○る喜ばれ「名水亀の水」を講せられました。
一、只今の手水鉢(かんそうば)は享保四年(1719年)常陵国(茨城県)の人飯塚宣政氏の寄進によるものです
一、上に続く石段は、人名山西坂といひ江戸時代勅願所月照寺え参向せられた勅使の正式参道でした(月照寺伝)
いち、只今でも名水を愛し日々汲みに来る人々が絶えません
  昭和51年3月  亀の水保存会有志

という事で、天文台の展望所から見た景色は
  17,3,12明石市、 084-2t
今では開発されて宅地になっているようですが、その昔は一帯山林だったのでしょう。そのせいか、そこかしこにお墓の団地が点在しておりました。
最近「亀の水」に遭遇していますが、瓶(壷の事)と亀をひっかけているのでは?と思うのだが・・・

「亀の水」の評価は、都会の真ん中にして美味しい水でありました。この裏山には大きな墓地があり、誰かが言っていた、墓の下に湧く水は美味しいと・・・が、真実味を帯びてくる味わいでした。しかし、都会の真ん中、大腸菌は確実に含まれて入ると思うので、飲まれる方は煮沸してくださいネ(^_^)/ 尚、この近所にこの水で点てたコーヒーを出している喫茶店が有るとの事でした。後程の情報から・・・。
で、独断と偏見の水評価は
(^_^)v (^_^)v (^_^)v (^_^)v (^_-)-☆でした詳しい場所

  
 
     
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