fc2ブログ

NO380:野土路の水

             2024年元旦
  今年もよろしくお願い申し上げます

IMG_3779.jpg
元日早々、令和6年能登半島地震と2日の日航機と海上保安庁機の衝突と、この一年が思いやられる災害・事故の発生から始まりました。
被災者、被害者の皆様には心よりお悔やみとお見舞い申し上げます。
我が輩は義援金で応援していきたいと考えております。

2023年も終りとなる12月30日、天気予報で最高の晴天となるとの事で急遽年末の多忙な一日を許可戴き大山に再チャレンジしてきました。
というのも、ブログの中で場所の取り違えや、山頂の雲隠れに気持ちが納得できず、年越しのシメと思い行ってくることにしました。
今回は、鍵掛峠の冬の大山を撮してくる事を第一目的として、時間があれば前回予定していた最後の一ヶ所「野土路の水」を汲んで来ることとしました。取りあえず大山の冬景色を!!・・・とで出発(^_^)/
前回は行き帰り多くを高速で走ってきましたが、日本海回りの無料道路を走れば何時間で着くのか比べてみたい事もあったのです。ちなみに前回は片道4時間ぐらいでありました。
ということで、与謝野町から一路国道で兵庫県の香住地区まで進み、佐津IC山陰近畿自動車道(現無料)に入り一部(浜坂・その他)一般道を経て、概ね高規格道路らしき道を走り大山ICで降りる予定が高速道路内で事故発生のため一つ手前の名和ICで下ろされ、そこからカーナビ頼りに大山寺向けて一般道を走り出しました。
IMG_3728.jpg
遠くに大山北壁が見え出しました。近づくにつれて大山が少しずつ大きく、
IMG_3735.jpg
何回も停まり大山の雄姿を映して進んで行きました。
IMG_3739.jpg
カーナビを大山寺に合わして走って行きましたが、今まで日本海側から見た大山で感動したのは初めてでありました。
いつの間にか大山寺へ行く直線道路に入り近づくにつれて木々の合間から雄姿が見え隠れ、もうすぐ到着する大山環状道路の突き当たりに来ると
IMG_3742.jpg
まさに北アルプスのダイナミックな岩峰のパノラマ(^_^)/実は表紙の写真を、コレを使うか悩みましたが、生活の中に溶け込んだ大山を表紙に採用した次第です。
今回の「野土路の水」がタイトルですが、「大山の撮影巡り」の方がふさわしい内容で、主に大山の冬の表情を出していきます。
同じ場所からですが、コチラは大山全体を映したモノです。
IMG_3748.jpg
望遠と広角で写真にすると受け取る感じが変わってきます。
前回この道を左に入り大山環状道路に進んで行ったのですが、冬期は通行止めになっているようです。
で我が輩は予定どおり鍵掛峠に向けて右の方向へ進んでいきました。
IMG_3749.jpg
途中環状道路から見た大山です、夏場の大山では目に付きにくい峰嶺ですが、雪がかぶると目にとまりやすい!!
まもなく桝水高原スキー場に到着
IMG_3753.jpg
ここまで来ると山容もガラリと変わってきました。丁度腹も空いてきたので昼ご飯と、大体ここまでが4時間ぐらいで、高速道路(中国道)周りと時間的には変わらなかった。
食堂はスキー場から道を隔てた「まつおか食堂」へ入ることに
食券は自動販売機、この季節なのかメニューは数種類のみ、我が輩は大山名物「大山おこわ定食」にいたしました。
IMG_20231230_134055.jpg
山菜おこわですが、結構具(山菜・その他)入っていて美味しく食べれました。それに、しっかり胃袋に納まり帰るまでお腹は持ちました。
で、この先が本来目的の鍵掛峠に行く道ですが、カーナビ画面上には通行止めのマークが出ていたので、食堂の方に「行く方法はないですかね~」と尋ねると、歩いて行くしか無いな・・・との素っ気ない返事、コレは弱ったと思案、カーナビを調べて見ると、桝水から大山環状道路を離れ下っていくと広域農道が環状道路と並行に付いている事が分かったので、ダメ元で走ってみることにした。
広域農道を走り出して大山が富士山のような姿に変わってきた。何度か停まって写した写真で一番良いのがコレです。
IMG_3758.jpg
さらに進むと、富士山の横にギザギザ山頂が現われてきている写真が
IMG_3763.jpg
広域農道に入ってきて正解であった・・・と満足しながら進んで行くと、更に山容が変化をしてきた
IMG_3765.jpg
大山環状道路は大山に近すぎて変化が余り分からないのかも・・と思いながら、少し離れた広域農道の方が大山を見るにはいいのかも・・と思いながら進んで行くと
IMG_3771.jpg
次第にアルプス形の山容と変化していきました。
IMG_3772.jpg
この辺まで来ると、まさに北アルプスの世界である。そして進んで行くと、大山の風景で有名な撮影場所に偶然出くわしたのはうれしい誤算であった。
それはこの小屋です
IMG_3778.jpg
御机(みづくえ)の茅葺小屋というもの。知る人ぞ知る?有名な写真スポットで、我が輩は構図が下手くそですが、上手い人は周りの建物を入れず里山の田園風景を醸し出しています。この時期も良いのですが、小屋の横に柿の木があり、それが実る秋の風景が良いらしい(^_^)/柿の木の葉っぱで裏の家並みが隠れるようです。
IMG_3775.jpg
そういえば、現地に到着したときに車の中で寝ていた人がいましたが、今から思えば、夕日に照らされた大山をバックに茅葺小屋を狙っていたのでは?それは後ほど分かります。
IMG_3777.jpg
我が輩は水汲み紀行が主目的ですので、スナップ程度の写真しか撮りませんが、本格的な人達はイメージの瞬間を狙って何時間も我慢大会をしているのでしょう、我が輩はそこまで求めません(*^-^*)尚、このシーンがまさに鍵掛峠のスポットとです。今回は通行止めで行きませんでしたが・・・
尚、見出しの写真は御机集落の路地から撮したモノで、もう少しgoodな場所を探して撮ればモット素敵な写真になったと思います。
先を急ぐため最後の一枚をお届けして大山を後にした
IMG_3782.jpg
次なる目的の水汲みは、岡山県の新庄村野土路地区に出ているという。我が輩のカーナビには住所を入れてもこの地名がでず、新庄村の中心地を入れて、それに従って進む事にしました。それにしても日本ハムの新庄 剛監督と同じ苗字があったとは( ^o^)ノ
地図で言えば大山の南側の山の中に連れて行かれるようである
IMG_3787.jpg
この時点で何処を走っているか、まぁ大山の南側を走っているのだろうとカーナビが示す方向へハンドルを回していたのである。
デモ何かブログにかけれるようなモノはないかいな~と思いながら進んでいたら、ありました( ^o^)ノ
IMG_3804.jpg
なんと金持神社と言う道路標識!!「かねもちじんじゃ」世の中にはあるもんじゃな~・・・と早速寄ってみることに
IMG_3805.jpg
なんでも正月にはこの近辺渋滞するようで道端には注意書きもチラホラ、実際の名前は「かもち」と呼ぶようですが、駐車場の縁には
IMG_3807.jpg
こんな岩石が展示してあった。
IMG_3808.jpg
金持礫岩
 礫岩は様々な種類の石が礫として集合し、堆積することにより岩石となったものです。
含まれる種類の礫を一つ一つを詳しく調べると、地球の長い歴史を読み取ることができます。
 金持礫岩は、ここ金持地区に少量その分布が認められ、中生代白亜紀(今からおよそ1億年前、まだ恐竜がいたころ)にできたと考えられています。
しかし、この岩石には、それよりも古い時代の花崗岩や変成岩などの岩石が礫として存在し、礫以外の部分(基質)を火山性の物質が占めていることから、火山活動によってできたと考えられています。地質学的にはまだまだ謎に満ちあふれた貴重な岩石です。
平成19年11月 解説 島根大学 松本一郎
というモノだそうです。神社まで参拝に行こうと思いましたが、川の対岸の駐車場から遠い様なので
IMG_3809.jpg
今回はパスすることに、看板の説明でお許しを(*^-^*)
IMG_3806.jpg
  日本で一番縁起の良い名前の神社(鳥取県日野町)
 金持神社
御祭神
天之常立尊(あめのとこたちのみこと)
八束水臣津努命(やつかみずおみずぬのみこと)
淤美豆奴命(おみずぬのみこと)
天常立命を御祭神とする全国でも数少ない神社。国土経営、開運、国造くりの神様をお祀りしています。
由来
 810年出雲の神官の次男が、伊勢神宮参拝のためこの地を通りかかったところ、お守りとして身につけていた神前の目付の玉石が急に重くなりました。そして、この地に宮造りするよう神夢があったので、宮造りしたと伝えられています。
 金持郷は、昔、黄金より勝ると言われた「玉鋼」の産地で、原料の砂鉄が採れる谷を多く所有し、金具の文字で表わされているように鉄のことを「かね」と読んでいた事から、金の採れる谷を多く持つ郷「金持」と呼ばれるようになったと伝えられています。
境内の銘木
 金持神社境内には、鳥取県銘木100選中、サワラ、チャンチンの二本があり樹齢600年ぐらいと云われています。サワラは神社の遷宮の際に屋根のコワ材として利用するために植えられたものと考えられています。チンンチンはセンダン科の薬木で果実は目薬に用い、先人が鉄生産の予防薬として、中国より取り寄せたものと考えられています。県内では、このちゃんチンの木、1本しか確認されていません。
金持姓のルーツ
 二本で一番景気の良い名字の「金持」。その金持姓のもとになった地名がこの地です。歴史は古く鎌倉幕府御家人、金持広親は1205年から守護職として、この伯耆の国を治め、鉄器製造が盛んである地域にふさわしく、国宝太刀「童子切安綱」で知られる日本最古の刀匠、伯耆安綱を輩出しています。「吾妻鏡」などにも記載のある由緒ある名字の「金持」。全国の「金持さん」、自分のルーツを探しにぜひこの地へ。
   「影藤影景藤氏公が必勝祈願」
 この地の豪族、金持景藤は、1333年、隠岐を脱出された後醍醐天皇を奉じ
て倒幕の軍に参加し大活躍しました。その際、金持神社に必勝祈願し、神前の戸帳を御旗にしたと伝えられています。京都への遷幸の折りには、天皇の右側に名和長年公・左側が金持景藤公で「錦の御旗」を持ち上洛しました。金持大和守景藤公のお墓と伝えられている宝篋印塔が金持地内に現在も残っています。
開運伝説
   「長谷部信連公の再起」
 平家物語や源氏盛衰記など多くの古書で快男児としてうたわれている長谷部信連公。1180年、後白河法皇の第二皇子の平氏追討計画が事前に発覚、信連公は密かに皇子を宮殿から脱出させ、孤軍奮闘しました。そのため7年間、金持郷に流刑の身となりました。その間に日野町にとって大切な延歴寺、長楽寺、祇園神社などを残しています。平氏滅亡後、源頼朝御家人7人衆の一人として、安芸国宮島の検非違使、能登国の地頭職として山中温泉の発掘等を手がけ、後に加賀百万石前田家の筆頭家老職(穴水城主)として明治まで続く長氏の始祖となりました。
問合せ
「金持神社」札所(売店)営業時間午前10時~午後4時 
日野町観光協会まで
ということで「疲れました~(^_^;)」  それでは先に進み四十曲峠を越えて新庄村へと入ってきました。
IMG_3788.jpg
新庄村役場をみつけ、年末だが誰か職員の方が居られると思いインターホーンをならすと玄関先まで出てきて下さり、「野土路の水」の場所を聞いてそちらの方に、
聞いた内容が「峠のトンネルの手前に標識があります」とのことで向かって行くが
IMG_3796.jpg
峠にさしかかり、ゆっくり走りながら標識を探していたのですがトンネルまで来てしまい、再度引き返す事に(^_^;)
再度ゆっくりと道縁を見ながら降りていくと
IMG_3797.jpg
木々に隠れてなんとか見える標識、コレでは見落とししてもしゃぁないな~と、そちらの方へ
IMG_3790.jpg
コチラはしっかりと確認できましたが、どうも旧道にあるようで進んで行くと
IMG_3791.jpg
ありました(^_^)v、よ~く見ると池の底からコンコンと湧き出ている様子
IMG_3793.jpg
蒜線高原の湧き水みたいに盛大には出ていないが、コレはコレでオツなもの、早速汲みに掛かるが最近全国各地でクマ被害が多々発生、しかも冬眠しないクマも・・・と夕暮れ時の山の中で心細く一人汲むのでありました。
そのため車のエンジンを掛けぱなしにしてライトも付けての用心、汲みをえてすたこらと引き返して行きました
IMG_3792.jpg
そして帰り際、来るときは背を向けた形になり見えなかった大山が、山の間から夕日輝く山頂が素晴らしく我が輩を実を食ってくれました
IMG_3815.jpg
そして拡大
IMG_3814.jpg
満足のいく長い一日でした(*^-^*)

「野土路の水」の独断と偏見の水評価は
軟水系と硬水系の中間より心持ち硬水がかった水で、飲み口は軟水系のコーヒーの種類が味わえる水で、冷めると甘みの増す硬水系と思える水であった
(^_^)v (^_^)v (^_^)v (^_^)v (^_^)vでした
詳しい場所は

こうして地図を見ると大分遠回りしていたようです(T_T)





スポンサーサイト



コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

水汲みマン

Author:水汲みマン
FC2ブログへようこそ!

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
湧き水のおすそ分け
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR