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NO305:比叡山延暦寺の「弁慶水」

2019、8,25比叡山 199-1q
だいぶ前から相方さんに「比叡山ドライブウェイ」に湧水が出ているところが在るそうな・・・と、比叡山延暦寺に誘っていたのだが、一向に良い返事が出ない。・・・で、相方さんの用事が有る日に、吾輩は待ちきれず一人で決行してきた。
比叡山奥ドライブウェイの道端に出ているという。ところが思いもよらなかった「弁慶水」と言う湧水がある事を知り2ヶ所の湧水を得る事ができた報告であります。(尚、湧き水が出ているのか確認するため奥比叡ドライブウェイの仰木ゲートから入り、田の谷峠ゲートから出たのですが、おはなしでは反対から行動したように書いています。あしからず)
京都と大津の比叡山越え、山中峠えの峠附近にある田の谷峠ゲートから入り
2019、8,25比叡山 262-1w
少し上がって行くと琵琶湖が眼下に見える駐車場が見えてきます
2019、8,25比叡山 260-1e
夢見が丘駐車場。そこには面白い石碑が立っていたので紹介
2019、8,25比叡山 261-1r
『比叡山野猿慰霊の碑』
     間  直之助 博士
 ひえい山のさると研究して
   えさを運びつづけた25年
      さるになった男に
         きようは 花吹雪
                  宮地傳三郎
良いか悪いかは別にして、日本で初めて猿の餌付けに成功された人物の様です。
2019、8,25比叡山 259-1t
ここから少し走った所から、本線をそれて比叡山山頂駐車場へ
2019、8,25比叡山 254-1u
周りを見渡せば
2019、8,25比叡山 250-1i
ガーデンミュウジアム比叡と、園内は有料の「陶板名画と季節の花の調和が美しい庭園美術館」だそうです。
京都からは比叡ケーブル、ロープウェイを乗り継いでここに到着で、ここからバスで比叡山延暦寺に・・・
下界の景色
2019、8,25比叡山 249-1o
ここから本線に戻り延暦寺の駐車場へ
2019、8,25比叡山 175-1a
比叡山の全体図
2019、8,25比叡山 176-1s
比叡山延暦寺の宗教施設は大きく分けて、中心の東塔エリア、修業施設が多く集まる西塔、奥比叡に当る横川エリアの三ヶ所に亘る。その延暦寺の国宝「根本中堂」が在る東塔エリヤからの案内です。
受付の手前にある看板「奥比叡八景」を見て
2019、8,25比叡山 182-111a
思いもよらなかった「弁慶水」なる湧水がある事をハッケ~ン(^_^)v地図も乗っていたのでそこには後程寄る事にして、受付で一枚の券ですべての施設が参拝できる「諸堂巡拝券」を700円で購入し境内に
この坂道を上って行くのですが、
2019、8,25比叡山 183-1g
国宝殿と書いてある看板が目に付き、写真撮影がOKなら入館して記事に書こうと尋ねてみたが×・・・((+_+))で、入館はやめて坂道へ、どこかの神社で見た図柄入りの「伝教大師・最澄」伝の看板
2019、8,25比叡山 185-1h
伝教大師(1)
    ご誕生:比叡山の東ふもと坂本には、後漢の孝献帝の子孫で日本に帰化した,三津首の一族が久しく栄えていた。ときに神護景雲元年(767)8月18日のこと、坂本の地には蓮華のはながふり、めでたいしるしがあらわれ、おりしも三津首百枝公の家に玉の様な男の子が生まれた。のちに日本天台宗比叡山の開祖となる、伝教大師最澄上人であった。
2019、8,25比叡山 186-1j
伝教大師伝(2)
神童広野さま:幼名は広野といい神童のほまれ高く、しかも敬虔(けいけん)な心の持ち主であった。7歳のころ村の小学に学んだところ、一を聞いて十をを知る天稟(てんぴん)の才能を発揮したちまち同輩を抜きんでて、ほぼすべての学芸をおさめ村人の師範と仰がれた。とくに仏道には、はやくから志があつかったという。
2019、8,25比叡山 186-1j
伝教大師伝(3)
仏門に入る:12歳の時、近江国分寺の大国師の行表法師(ぎょうほう)の門に入ることとなり、ご両親のもを離れて出家し仏法を学ばれた。そののち15歳に至って得度の許しをうけ、髪をおとし正式に僧侶となり、名も最澄と改めた。さらに20歳の春には奈良におもむき東大寺戒壇院において具足戒をうけ、僧侶としての資格をすべて具備された。
2019、8,25比叡山 188-1l
伝教大師伝(4)
仏舎利のふしぎ:出家ののち、行表法師のもとで勉学修業に励まれていたころのことである。父上のもとめに応じて故郷の比叡山のふもと神宮禅寺にこもり懺悔の行をおこなった。日ならずして香炉のなかに仏舎利を感得し、さらにその容器まで見つけられた。そこでこの仏舎利をまつり礼拝供養されたところ、多くの霊験があらわれた。
2019、8,25比叡山 189-1z
伝教大師伝(5)
比叡山に入る:奈良の都の仏教をつぶさにみて、清らかな山林こそまことの仏道の行われるべきところであると痛感された。そしてついに、延暦4年(785)7月に故郷の地にもどって初めて比叡山に登り山中に小さな庵を結んで、毎日大乗経を読誦(どくしょう)し、ひたすら座禅冥想につとめ一心に修業されたのであった。
2019、8,25比叡山 190-1x
伝教大師伝(6)
三尊仏を刻む:あるとき、庵室の北の峰に、昼は紫の雲がたなびき夜には白い光がたちのぼるのがみえるので、ふしぎに思ってたずねていくと香木のある古木がみつかった。それは仙人達がお譲りする霊木であった。大師は、早速身を清めて、一刀三礼のもと、薬師如来、釈迦如来、阿弥陀如来の三体の仏像をお刻みになった。
2019、8,25比叡山 191-1c
伝教大師伝(7)
比叡山の創建と不滅の燈:延暦7年(788)には比叡山寺(一乗仕観院、現在の根本中堂)を創建し、「阿耨多羅三藐三菩堤の仏たち我立杣に冥加あらせたまえ」(あのくたらさんみゃくさんぼうだいのほとけたちわがたつそまにめかあらせまえ)と祈られ、御自作の薬師如来を本尊とし、そのおんまえに永代不滅の常灯明を手づから供えて、「明らけく後の仏の御代まで光つたえよ法のともしび」と詠ぜられた。
2019、8,25比叡山 192-1v
伝教大師伝(8)
比叡山寺の落慶:比叡山のなかでまことの修行に励まれる大師の行動は、しだいに心ある人々の注目を集めた延暦13年(794)9月3日、めでたく竣工した比叡山寺一乗止観院(のちの根本中堂)の落慶供養の盛儀には、ときの帝桓武天皇が行幸され親しくこの法会に臨まれたと伝えられている。桓武天皇は平安京の鬼門にあたる比叡山寺を国家を鎮め護る道場とし、とくに大師の期待を表わされたのであった。
2019、8,25比叡山 193-1b
伝教大師伝(9)
法華の宣布と高雄講教:山中の堂舎の整備につとめる一方、比叡山新仏教の理念を中国天台大師(538~597)の法華経観に見いだされた大師は、この法華経の宣布に力を注がれた。そして、延暦21年(802)の夏和気氏の氏寺である京都高雄山寺でのせ盛大なる講演会に於いて、天台大師の三部作「法華玄義」「法華文句」「摩訶止観」の各書を講ずるや、大師の名声はたちまち朝野になりひびいた。
2019、8,25比叡山 194-1n
伝教大師伝(10)
入唐救法:大師は、なお一層天台の教えを深く知るために唐(中国)に渡ることになり、弟子義真を通訳に連れて延暦23年(804)御年38歳の7月6日、遣唐使の一行とともに肥前国の田浦を出航された。たちまち暴風雨にあいいまにも船が沈みそうになったとき、大師は仏舎利を海に捧げて平穏を祈り、神仏の加護を得てようやく9月1日中国明州(寧波)の地に着くことができた。
2019、8,25比叡山 195-1m
伝教大師伝(11)
天台山での受法:中国における天台宗の祖山天台山(浙江省大台)に登り、天台大師の法灯を継ぐ道スイ?・行満の二高僧より天台の法門を残らず伝えられた。そのとき、天台の開かずの経蔵が大師の所持する八舌鍵で開くことができたので、天台山の僧徒はいずれも驚嘆し、秘蔵の典籍や法具までことごとく大師に授けたという。この八舌鍵はかって比叡山の土中より拾われたものであり、尓来、由緒ある重宝として今に秘蔵されている。
2019、8,25比叡山 196-2q
伝教大師伝(12)
天台宗の開立:八か月の在唐受法のすえ、当寺の仏教のすべてを学びとって延暦24年(806)7月に一年ぶりに無事帰国された。新たに将来された天台の法門や真言密教の教えを世に広めるよう、朝廷より、勅宣が下された。さらに、翌延暦25(806)1月26日には、南都6宗と並んで比叡山の天台法華宗(日本天台宗)が公認されるにいたった。
2019、8,25比叡山 197-2w
伝教大師伝(13)
弘法大師との交際:大師と共に平安初期、仏教界の二大名星と称される弘法大師(774~809)は、大師と同じくの延暦23年(804)に入唐留学された、両師のの交際は、大同4年(809)に弘法大師が比叡山に登ってこられたのに始まるという。その後しばらく親密な交際が続けられたが、弘法大師の真言密教至上主義は伝教大師の法華一乗の立場とは、思想的にあい容れないものであった
以上弘法大師の『絵巻物語』でありました。
開宗1200年落慶法要を記念して設立された「祖師御行績絵看板」
 この御行績を拝読されることを通じて、伝教大師による「一隅を照らす」人材養成の理念に触れていただき、また触れていただくことが国宝的人材のあふれる明るい社会の建設を資するものであると願ってやみません。
                    比叡山延暦寺
看板を詠み終えて坂を上り詰め広場に入ると
2019、8,25比叡山 201-2e
大講堂(重要文化財)が見えてきます。
2019、8,25比叡山 203-2r
 天台座主第一世義真和尚の建立によるもので、僧侶が学問研鑽のため論議する道場です。
 ことに慈恵大師が始修され、四年目ごとに行われる比叡山の古儀「法華大会広学堅議」は、一人前の天台僧となる為の重要な儀式、階梯として現在に続いています。
 現在の建物は昭和三十一年の旧堂焼失後、山麓坂本にあったものを移築したもので、堂内には比叡山で研修された各宗派の御開山の尊像が安置されています。
2019、8,25比叡山 202-2t
正面の写真ですが、堂内に自由に入ることができます。尚撮影は禁止との事です。
その端にある「開運の鐘」撞き堂で
2019、8,25比叡山 205-2u
情報では一突き50円との事、鐘楼の前では親子連れの記念撮影、邪魔をしてはと思いパスして次へ
2019、8,25比叡山 206-2i
この通りを下りて根本中堂(国宝)へ
2019、8,25比叡山 208-2o
チョイト変な根本中堂?・・・へ降りて行く参道へ
2019、8,25比叡山 209-2p
どうも改修しているらしく、根本中堂全体を工事用パネルで覆われていて、全くお堂が見えない・・・((+_+))
で、工事中だが内覧できるという事なので入ってみる事に
2019、8,25比叡山 215-2s
ここが根本中堂の入口で、工事中も同じ入口でした。
2019、8,25比叡山 216-2d
根本中堂を取り巻く回廊、これは実物デス
2019、8,25比叡山 218-2f
堂内に入る会談か?
そして、スリッパに履き替え
2019、8,25比叡山 219-2g
工事現場の様な通路を登って二階部分へ
『ところで今日9月21日、NHKのブラタモリ19:30~の放送で「比叡山~比叡山はなぜ母なる山になった?」をしていた。それを見ていたので、放送の内容を交えながら進めていきたいと思っています。後編は次の土曜日28日に放映されます。』
2019、8,25比叡山 220-2h
回廊の屋根を上からみた状態、檜皮葺きの屋根ですが、本殿の屋根は
2019、8,25比叡山 223-2j
こちらは瓦の様で、今は取り去っている状態。こんなことは珍しいので改修期間に来れたのがよかったのか・・・判らないが本来の姿の根本中堂デス
item_100681_5-111.jpg
堂内に1200年間消えずに燈る灯明があり、「油断大敵」の「油断」の語源になったとか、下記にウィキペディアから

比叡山延暦寺の根本中堂内陣にある不滅の法灯(ふめつのほうとう)は、西暦788年(延暦7年)に最澄が根本中堂の前身である一乗止観院を建立した時に本尊の薬師瑠璃光如来の宝前に灯明をかかげて以来、1200年間一度も消えることなく輝き続けていると伝わっているため、「不滅の法灯」と呼ばれる灯火。最澄の「明らけく後の 仏の御世までも 光りつたへよ法のともしび(仏の光であり、法華経の教えを表すこの光を、末法の世を乗り越えて弥勒如来がお出ましになるまで消えることなくこの比叡山でお守りし、すべての世の中を照らすように)」との願いを込めたと伝わる。消えずの法灯(きえずのほうとう)とも。

現在も菜種油を燃料にして灯芯が浸り、火が点るという原始的な構造の灯篭内で燃え続けている。毎日、朝夕の2回、燃料の菜種油を絶やさないように僧侶が菜種油を注ぎ足し続けている。気を抜くと燃料が断たれて火が消えることから「油断」の語源になったと言われている。なお、比叡山延暦寺は歴史上、数度の焼き討ちに遭っており、元亀2年(1571年)9月の織田信長の比叡山焼き討ちの際には「不滅の法灯」は消え去っているが、法灯は山形県山形市立石寺に分灯されて灯し続けられていたものが、再度延暦寺に再分灯で戻された。

根本中堂改修現場から出て来た様子
2019、8,25比叡山 228-2k
正面の石段の上に「文殊楼」があります。何回も焼失され再建されたもの
2019、8,25比叡山 231-2k
ここで延暦寺の説明を
2019、8,25比叡山 210-2a
比叡山延暦寺
 比叡山延暦寺とは大きく東塔・西塔・横川(通称三塔)にわかれ、この御山にあるすべての堂塔伽藍を総称して言いあらわしたものです。1200年の昔、伝教大師(最澄上人)により開かれたのに始まり、のち法然・親鸞・日蓮・道元・栄西・一遍など各宗派の祖師方が若き日々をここで学ばれました。それゆえ山は日本仏教の母山として千古の歴史を今に伝えながら霊山としてたたえられています。
東塔
このあたりは延暦寺東塔であり、1200年間絶えたことのない不滅の法灯が輝く根本中堂(国宝)はじめ、各祖師像を安置した大講堂や比叡山中一番清浄な浄土院その他戒壇院・阿弥陀堂・文殊楼などがあります。また昭和55年10月には法華総寺院東塔も再建落慶されました。

               つづく
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