NO195:家原遺跡の近くにある「千年水」(酷道429号の旅最終章)

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高野峠を下りてきて、合併前の一宮町まで戻ってきた。酷道と呼ばれる国道も、さすが市街地は国道らしい道になってる。
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もうすこしで、選鉱場がある神子畑に着く、ここまで来ると福知山までの到着時間が読める。
朝来市に向けて走っていると、遠くに遺跡らしき建物が見えたので、429号から道をそれ行ってみた
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家原(えばら)遺跡公園と案内板、なんでも三方盆地を一望できる河岸段丘に縄文時代から中世にかけての住居跡が発掘された所に公園として復元されているという。時間もないので素通りしようと思っていたところ、「千年水」という公園に合った名称の湧水の立札が立っていた。
どうにかペットボトルは1本ある。最後の水を汲みに行く事に、しかし、すぐ近くかと思いきや車で5分ほど走った所に
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道の脇にそれらしき小屋が見えてきた。
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説明書きには、千年水の由来
播磨風土記(713~714)御方の里の条(くだ)りに「鉄を生(いだ)すは金内と稱(い)う」とあり、公文には金屋、タタラ場、鍛冶屋敷、堤ヶ谷カマス置場等、鉄に因んだ場所と、数ヶ所のタタラ跡があります。
この地より北へ100m先に、手洗淵鉄山で高殿や千種への馬路も残っております。
古歌に「朝日さす、夕日かがやくこの奥は、真金千杯、うるし千杯」
タタラの炉の色は、真っ赤に燃える朝日、夕日の色をもって最上とした。
公文の枝郷小原、溝谷は木地師の里で小椋姓ばかりである。木地屋、鉄山、うるし採取、炭焼き等、山は栄え、賑やかで、但馬との交流も多かった。
往来の人々のオアシスとして、千年も前より飲用されてきました。
美味しい湧水として大変喜ばれています。
              西公文自治会
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説明文は何が言いたいのか?ですが、千年とは?・・・かも
最後の一本を入れて、後は帰るのみ、時間もPM4:00を回っていたので、日が沈むころに福知山終点到着は諦め安全運転で帰る事に(^o^)/
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朝来市に入り、選鉱所の前を
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何回も来ているので先を急ぐことに
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和田山と姫路を結ぶ国道312号に着いた。ここからしばらく共用区間になるが、右折して生野市街へ、兵庫県に入ってからというもの供用区間になっても親切に国道の重複はしてくれていない。岡山県側は親切にダブル・トリプルの標識が設置されていた。やはり出発地のプライドか!
生野市街から、生野ダム周辺を走るルートへと
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この辺に来ると、すれ違う車もなく、1台寂しく走るのみ、何回も走っているルートだが道も間違えたり、鹿と遭遇したりで、
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青垣まで長~い下り坂、酷道429号を下って、さらに、兵庫県と京都府の県境の酷道をひた走り、福知山の9号線へ
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到着したのがPM6:45分でいした。そして我が家へはPM7時30分へ無事帰宅。大河・真田丸を見る事ができマスタ(^_^)v

朝の3時から夜の8時まで、ろくに休憩もせず走りぱなし、老体にはチットきつ過ぎたのか、数日後インフルエンザに罹るという「おまけ」付で無理は厳禁!!・・・と第一に思ったこと
第二は、酷道429号線、生活道路区間は総じて国道であったが、峠とか無理やり国道429号線へ繰上げした区間が酷道とよべる道でした。予算の関係でおいおい改修されるのであろうが、生野市街から青垣区間はどのように手を付けて行くのか見ものである。

独断と偏見の「千年水」の評価は、今回の汲んできた水の中で一番美味しかった。
(^_^)v (^_^)v (^_^)v (^_^)v (^_^)v
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