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NO128:姫路市の「岩部天然名水」

   姫路岩部の清水 037-b


奥様のご要望に応え、改修された姫路城と「柘榴坂の仇討」を見がてら「岩部天然名水」を買いに行ってまいりました。
この日の行動予定は、平成の大改修を終えた姫路城の観光→「柘榴坂の仇討」→「岩部天然名水」を探しに→最後の締めくくりは温泉へ
我が家から姫路に行くには、兵庫県の和田山へ出て播但自動車道に乗り姫路へ約2時間のドライブ。和田山へ行くには、福知山へ出て9号線を走ると時間が掛かるため、山越えの道を選んで走り約10分以上は短縮します。
たかが10分されど10分、気分的な満足感(^_^)v

車を入れた駐車場が後で分かったのだが、お城の入口の反対側、その時は堀に沿って行けば入口が有るとばかり散策
姫路岩部の清水 013-b       姫路岩部の清水 008-b
後ろから見た姫路城、春は桜、秋は紅葉と楽しめれるような公園の中をつききって、
   姫路岩部の清水 016-b
武家屋敷跡の路地を抜け切り
   姫路岩部の清水 018-b
濠の周りの散策路を歩いて
   姫路岩部の清水 020-b
堀を回り込んで正面と思える所から見たお城
   姫路岩部の清水 026-b
その前の市街地
   姫路岩部の清水 022-b
そして、桜門橋を渡り
   姫路岩部の清水 025-b
大手門をくぐって入って行けば,TOPの写真の姫路城が目の前にドガ~ンと飛び込んでくるのです。この工事中の姫路城もめったに見れたものでありませ~ン(^_^)/
お城も新品真っ白です。これもスグ左の小天守のように煤けるとの!
現在姫路城の大天守閣は公開されていません(来年2015年の3月頃から公開かと)、京はスケジュールも詰まっているので、あっさりコースだけで丁度ですので400円の入場料を払って入りました。
菱の門
    姫路岩部の清水 042-b
名前の由来は、正面の冠木に木製の「花菱」が飾られている事から
重厚な門をくぐると、正面から鎧に身を包んだ鉄砲隊らしき一団がこちらに向かって
    姫路岩部の清水 045-b
ついて見に行きたかったのだが、入城口から外へ出て行ったため付いて行けず断念。我らは百閒廊下と呼ばれる長局へ
その前にここからのお城
   姫路岩部の清水 043-b
そして、百閒廊下の外壁
   姫路岩部の清水 048-b
その中
   姫路岩部の清水 054-b
千姫の人形が展示してある部屋も
   姫路岩部の清水 056-b
説明書き
   姫路岩部の清水 055-b
千姫と化粧櫓(やぐら)
 千姫は徳川二代将軍秀忠の姫君に生まれ、政略によって豊臣秀頼に嫁がしたが、大阪落城の際に救い出され、後に本田忠政の子忠刻に再婚した。
 元和三年忠政が伊勢桑名から姫路15万石の城主となったとき、忠刻も千姫の化粧料として部屋住のまま十万石を与えられ、姫路に移り住んだ。
 忠刻と千姫の居館は、西の丸内に本館として中書丸を、桐の門内に下屋敷として武蔵御殿をそれぞれ築き住んだ。
 これらの建物は多く豊臣秀吉が築いた伏見桃山城を取りこわした用材を移して建てたもので、桃山時代の立派な書院造の建物であった。
 千姫は天満天神を信仰し、姫路へ来てからは、西方の丘男山にこれを祀り、毎朝西の丸の長局の廊下から参拝した。この時、この化粧櫓を利用した。
  忠刻と千姫の夫婦仲は睦じく、姫路に来てから相次いで勝姫(のち池田光正室)、幸千代の二児をもうけ、平和な日々を送ったが、長続きせず、幸千代は三歳で早逝、忠刻も寛永三年三十一歳で世を去った。
 千姫は、同年落飾して天樹陰と号し、悲しみの内に姫路を発って徳川家に帰った。
 この化粧櫓は、中書丸や、武蔵御殿がないまま、わずかに千姫の面影を偲ぶただひとつのたてものである。
   姫路岩部の清水 051-b
どの方角から見るのが一番かな(?_?)
次に向かったのが二の丸、天守閣が在る本丸敷地内は工事中につき入場禁止。で、姫路城と言えば「播州皿屋敷のお菊井戸」天気も良く日中であるから幽霊も出ないだろうと見学に行く。
   姫路岩部の清水 074-b
これがその井戸らしい
   姫路岩部の清水 075-b
       お菊井
永正年間〈1500年頃)、城主小寺則職の執権青山鉄山が主家横領を企てているのを、忠臣衣笠元信の妾(いいなずけ)
で、青山家に住み込んでいたお菊が探知し、元信に知らせて城主の難を救いました。
 しかし、鉄山は浦上村宗の加勢によって則職を追放し、一時主家を横領しました。
 村宗等を招いた饗宴の際、お菊を恋慕していた町坪弾四朗は、家宝の十枚揃いの皿の一枚を隠し、お菊を責め殺し井戸に投げ込みました。
 その後、毎夜この井戸から皿を数えるお菊の声が聞こえたということです。やがて、元信らが、鉄山一族を滅ぼし、お菊は「於菊大明神」として、十二所神社の境内に祀られました。
という事らしいですが、この皿屋敷幽霊物語は全国に数話有るという。歌舞伎のネタかも
そして、その横の櫓では、黒田官兵衛展が
   姫路岩部の清水 069-b
鎧兜が、特に兜に注目
   姫路岩部の清水 071-b
兜の形がお椀なのである。各時代の鯱(しゃちほこ)も
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写真で見ると分かり難いですが、人間の背丈ほどあります。
もう一つ紹介するもの
    姫路岩部の清水 060-b
鬼瓦の十文字
   姫路岩部の清水 061-a
十文字の鬼瓦
 にの門櫓(右の二層櫓)唐破風屋敷に乗っている鬼瓦には、十文字が彫られています。キリシタンの名残りとか、魔除けともいわれています。日本の城では珍しい紋瓦です。
 尚、この櫓の南面と東面お鬼瓦には、波しぶきが彫ってあります。これは火除けを祈ったものと思われます。
お城を出るとき、こんなものを見つけた。
   姫路岩部の清水 064-b
その後の結果
   姫路岩部の清水 065-b
漆喰が落ちて、数年も経たずして白鷺が灰鷺になるらしい。白亜の城を見るのは今のウチですよ(^.^)/~~~
駐車場に帰るため、お城の周りを回って行くと
   姫路岩部の清水 079-b
工事現場に入り込んでしまったが、無事駐車場にたどり着いた。
で、お城の入場券とセットになっていた
   img104-b.jpg
本来500円の所、セット価格700円(城400円-100円)(ドラマ館500円ー100円)計200円のお得な価格で見学
   姫路岩部の清水 094-b
展示場での写真撮影は2ヶ所だけでしたので、内容は行ってのお楽しみに残しておきますゾ。
と言うう事で、次の目的へ
    img105-b.jpg
シネパレス山陽座で、「時代の流れの中で、二人の男が過去に行かにけじめをつけ、明日に向かって生きていくのか」
連れて行かれたににしては、のめり込んでしまった映画であった。
・・・と、かっこよく言っときますダ。
姫路市内の予定は一通り終えて、待ち望んでいた湧水汲み。こちらの方は帰り道に在るのだが場所が確定できていない。
分かっている事は、姫路市の北部香寺町内に在り近くにネッスルの大きな工場がありその裏の方にバラ園が在るという事だけ、ネッスルの工場は大きく、国道321沿いに在りすぐ分かった。この辺の路地というと、農道に家を建てて行ったのか、車一台が通るぐらいの道幅、対向車を気にしながら探し回るも見つからない、それなら「バラ園」を探してみようという事になり、来た道を帰って行くと国道沿いに小さな看板が出ていた。車で入って行くも、園自体が小さく駐車場も無い。
思い余って、例の如く尋ねてみる事に、と「もっと先の方に行けば目印の看板が出ているので、そこを右に入って行けば有るよ」との事、日も沈みかけているし、目的はまだ一つ残っている。焦る心を押さえながら進んで行くと、無事発見(^_^)v
路地を入って行くと
   姫路岩部の清水 100-b
その奥にも駐車場が
   姫路岩部の清水 103-b
100円で15リッターですので、吾輩が頂くには余るほどの水量でした。
   姫路岩部の清水 102-b
この横にも遠方から水汲みに
     姫路岩部の清水 101-b
この家族、ポリタンクを持っての水汲み、余った水を汲んで下さいと伝えて最後の目的地へ
   これが成分の様です
   姫路岩部の清水 101-a
他にも保健所で調べた結果が書いてありましたが割合いしました。
最後に、山奥の温泉地かさがた温泉
姫路岩部の清水 107-b
という訳で、長~い一日を温泉で締めくくりました・・・というお話でした。おわり
「岩部天然名水」でコーヒーを沸かして飲んだ結果、連れ合いは「スーと」入っていくとべたほめ(^_^)v吾輩は「地下から汲み上げた水は、コーヒーには今一」の思いからランク5には・・・独断と偏見のランクは
(^_^)v (^_^)v (^_^)v (^_^)v (^_
詳しい場所は

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