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NO380:野土路の水

             2024年元旦
  今年もよろしくお願い申し上げます

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元日早々、令和6年能登半島地震と2日の日航機と海上保安庁機の衝突と、この一年が思いやられる災害・事故の発生から始まりました。
被災者、被害者の皆様には心よりお悔やみとお見舞い申し上げます。
我が輩は義援金で応援していきたいと考えております。

2023年も終りとなる12月30日、天気予報で最高の晴天となるとの事で急遽年末の多忙な一日を許可戴き大山に再チャレンジしてきました。
というのも、ブログの中で場所の取り違えや、山頂の雲隠れに気持ちが納得できず、年越しのシメと思い行ってくることにしました。
今回は、鍵掛峠の冬の大山を撮してくる事を第一目的として、時間があれば前回予定していた最後の一ヶ所「野土路の水」を汲んで来ることとしました。取りあえず大山の冬景色を!!・・・とで出発(^_^)/
前回は行き帰り多くを高速で走ってきましたが、日本海回りの無料道路を走れば何時間で着くのか比べてみたい事もあったのです。ちなみに前回は片道4時間ぐらいでありました。
ということで、与謝野町から一路国道で兵庫県の香住地区まで進み、佐津IC山陰近畿自動車道(現無料)に入り一部(浜坂・その他)一般道を経て、概ね高規格道路らしき道を走り大山ICで降りる予定が高速道路内で事故発生のため一つ手前の名和ICで下ろされ、そこからカーナビ頼りに大山寺向けて一般道を走り出しました。
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遠くに大山北壁が見え出しました。近づくにつれて大山が少しずつ大きく、
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何回も停まり大山の雄姿を映して進んで行きました。
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カーナビを大山寺に合わして走って行きましたが、今まで日本海側から見た大山で感動したのは初めてでありました。
いつの間にか大山寺へ行く直線道路に入り近づくにつれて木々の合間から雄姿が見え隠れ、もうすぐ到着する大山環状道路の突き当たりに来ると
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まさに北アルプスのダイナミックな岩峰のパノラマ(^_^)/実は表紙の写真を、コレを使うか悩みましたが、生活の中に溶け込んだ大山を表紙に採用した次第です。
今回の「野土路の水」がタイトルですが、「大山の撮影巡り」の方がふさわしい内容で、主に大山の冬の表情を出していきます。
同じ場所からですが、コチラは大山全体を映したモノです。
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望遠と広角で写真にすると受け取る感じが変わってきます。
前回この道を左に入り大山環状道路に進んで行ったのですが、冬期は通行止めになっているようです。
で我が輩は予定どおり鍵掛峠に向けて右の方向へ進んでいきました。
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途中環状道路から見た大山です、夏場の大山では目に付きにくい峰嶺ですが、雪がかぶると目にとまりやすい!!
まもなく桝水高原スキー場に到着
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ここまで来ると山容もガラリと変わってきました。丁度腹も空いてきたので昼ご飯と、大体ここまでが4時間ぐらいで、高速道路(中国道)周りと時間的には変わらなかった。
食堂はスキー場から道を隔てた「まつおか食堂」へ入ることに
食券は自動販売機、この季節なのかメニューは数種類のみ、我が輩は大山名物「大山おこわ定食」にいたしました。
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山菜おこわですが、結構具(山菜・その他)入っていて美味しく食べれました。それに、しっかり胃袋に納まり帰るまでお腹は持ちました。
で、この先が本来目的の鍵掛峠に行く道ですが、カーナビ画面上には通行止めのマークが出ていたので、食堂の方に「行く方法はないですかね~」と尋ねると、歩いて行くしか無いな・・・との素っ気ない返事、コレは弱ったと思案、カーナビを調べて見ると、桝水から大山環状道路を離れ下っていくと広域農道が環状道路と並行に付いている事が分かったので、ダメ元で走ってみることにした。
広域農道を走り出して大山が富士山のような姿に変わってきた。何度か停まって写した写真で一番良いのがコレです。
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さらに進むと、富士山の横にギザギザ山頂が現われてきている写真が
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広域農道に入ってきて正解であった・・・と満足しながら進んで行くと、更に山容が変化をしてきた
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大山環状道路は大山に近すぎて変化が余り分からないのかも・・と思いながら、少し離れた広域農道の方が大山を見るにはいいのかも・・と思いながら進んで行くと
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次第にアルプス形の山容と変化していきました。
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この辺まで来ると、まさに北アルプスの世界である。そして進んで行くと、大山の風景で有名な撮影場所に偶然出くわしたのはうれしい誤算であった。
それはこの小屋です
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御机(みづくえ)の茅葺小屋というもの。知る人ぞ知る?有名な写真スポットで、我が輩は構図が下手くそですが、上手い人は周りの建物を入れず里山の田園風景を醸し出しています。この時期も良いのですが、小屋の横に柿の木があり、それが実る秋の風景が良いらしい(^_^)/柿の木の葉っぱで裏の家並みが隠れるようです。
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そういえば、現地に到着したときに車の中で寝ていた人がいましたが、今から思えば、夕日に照らされた大山をバックに茅葺小屋を狙っていたのでは?それは後ほど分かります。
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我が輩は水汲み紀行が主目的ですので、スナップ程度の写真しか撮りませんが、本格的な人達はイメージの瞬間を狙って何時間も我慢大会をしているのでしょう、我が輩はそこまで求めません(*^-^*)尚、このシーンがまさに鍵掛峠のスポットとです。今回は通行止めで行きませんでしたが・・・
尚、見出しの写真は御机集落の路地から撮したモノで、もう少しgoodな場所を探して撮ればモット素敵な写真になったと思います。
先を急ぐため最後の一枚をお届けして大山を後にした
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次なる目的の水汲みは、岡山県の新庄村野土路地区に出ているという。我が輩のカーナビには住所を入れてもこの地名がでず、新庄村の中心地を入れて、それに従って進む事にしました。それにしても日本ハムの新庄 剛監督と同じ苗字があったとは( ^o^)ノ
地図で言えば大山の南側の山の中に連れて行かれるようである
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この時点で何処を走っているか、まぁ大山の南側を走っているのだろうとカーナビが示す方向へハンドルを回していたのである。
デモ何かブログにかけれるようなモノはないかいな~と思いながら進んでいたら、ありました( ^o^)ノ
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なんと金持神社と言う道路標識!!「かねもちじんじゃ」世の中にはあるもんじゃな~・・・と早速寄ってみることに
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なんでも正月にはこの近辺渋滞するようで道端には注意書きもチラホラ、実際の名前は「かもち」と呼ぶようですが、駐車場の縁には
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こんな岩石が展示してあった。
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金持礫岩
 礫岩は様々な種類の石が礫として集合し、堆積することにより岩石となったものです。
含まれる種類の礫を一つ一つを詳しく調べると、地球の長い歴史を読み取ることができます。
 金持礫岩は、ここ金持地区に少量その分布が認められ、中生代白亜紀(今からおよそ1億年前、まだ恐竜がいたころ)にできたと考えられています。
しかし、この岩石には、それよりも古い時代の花崗岩や変成岩などの岩石が礫として存在し、礫以外の部分(基質)を火山性の物質が占めていることから、火山活動によってできたと考えられています。地質学的にはまだまだ謎に満ちあふれた貴重な岩石です。
平成19年11月 解説 島根大学 松本一郎
というモノだそうです。神社まで参拝に行こうと思いましたが、川の対岸の駐車場から遠い様なので
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今回はパスすることに、看板の説明でお許しを(*^-^*)
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  日本で一番縁起の良い名前の神社(鳥取県日野町)
 金持神社
御祭神
天之常立尊(あめのとこたちのみこと)
八束水臣津努命(やつかみずおみずぬのみこと)
淤美豆奴命(おみずぬのみこと)
天常立命を御祭神とする全国でも数少ない神社。国土経営、開運、国造くりの神様をお祀りしています。
由来
 810年出雲の神官の次男が、伊勢神宮参拝のためこの地を通りかかったところ、お守りとして身につけていた神前の目付の玉石が急に重くなりました。そして、この地に宮造りするよう神夢があったので、宮造りしたと伝えられています。
 金持郷は、昔、黄金より勝ると言われた「玉鋼」の産地で、原料の砂鉄が採れる谷を多く所有し、金具の文字で表わされているように鉄のことを「かね」と読んでいた事から、金の採れる谷を多く持つ郷「金持」と呼ばれるようになったと伝えられています。
境内の銘木
 金持神社境内には、鳥取県銘木100選中、サワラ、チャンチンの二本があり樹齢600年ぐらいと云われています。サワラは神社の遷宮の際に屋根のコワ材として利用するために植えられたものと考えられています。チンンチンはセンダン科の薬木で果実は目薬に用い、先人が鉄生産の予防薬として、中国より取り寄せたものと考えられています。県内では、このちゃんチンの木、1本しか確認されていません。
金持姓のルーツ
 二本で一番景気の良い名字の「金持」。その金持姓のもとになった地名がこの地です。歴史は古く鎌倉幕府御家人、金持広親は1205年から守護職として、この伯耆の国を治め、鉄器製造が盛んである地域にふさわしく、国宝太刀「童子切安綱」で知られる日本最古の刀匠、伯耆安綱を輩出しています。「吾妻鏡」などにも記載のある由緒ある名字の「金持」。全国の「金持さん」、自分のルーツを探しにぜひこの地へ。
   「影藤影景藤氏公が必勝祈願」
 この地の豪族、金持景藤は、1333年、隠岐を脱出された後醍醐天皇を奉じ
て倒幕の軍に参加し大活躍しました。その際、金持神社に必勝祈願し、神前の戸帳を御旗にしたと伝えられています。京都への遷幸の折りには、天皇の右側に名和長年公・左側が金持景藤公で「錦の御旗」を持ち上洛しました。金持大和守景藤公のお墓と伝えられている宝篋印塔が金持地内に現在も残っています。
開運伝説
   「長谷部信連公の再起」
 平家物語や源氏盛衰記など多くの古書で快男児としてうたわれている長谷部信連公。1180年、後白河法皇の第二皇子の平氏追討計画が事前に発覚、信連公は密かに皇子を宮殿から脱出させ、孤軍奮闘しました。そのため7年間、金持郷に流刑の身となりました。その間に日野町にとって大切な延歴寺、長楽寺、祇園神社などを残しています。平氏滅亡後、源頼朝御家人7人衆の一人として、安芸国宮島の検非違使、能登国の地頭職として山中温泉の発掘等を手がけ、後に加賀百万石前田家の筆頭家老職(穴水城主)として明治まで続く長氏の始祖となりました。
問合せ
「金持神社」札所(売店)営業時間午前10時~午後4時 
日野町観光協会まで
ということで「疲れました~(^_^;)」  それでは先に進み四十曲峠を越えて新庄村へと入ってきました。
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新庄村役場をみつけ、年末だが誰か職員の方が居られると思いインターホーンをならすと玄関先まで出てきて下さり、「野土路の水」の場所を聞いてそちらの方に、
聞いた内容が「峠のトンネルの手前に標識があります」とのことで向かって行くが
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峠にさしかかり、ゆっくり走りながら標識を探していたのですがトンネルまで来てしまい、再度引き返す事に(^_^;)
再度ゆっくりと道縁を見ながら降りていくと
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木々に隠れてなんとか見える標識、コレでは見落とししてもしゃぁないな~と、そちらの方へ
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コチラはしっかりと確認できましたが、どうも旧道にあるようで進んで行くと
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ありました(^_^)v、よ~く見ると池の底からコンコンと湧き出ている様子
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蒜線高原の湧き水みたいに盛大には出ていないが、コレはコレでオツなもの、早速汲みに掛かるが最近全国各地でクマ被害が多々発生、しかも冬眠しないクマも・・・と夕暮れ時の山の中で心細く一人汲むのでありました。
そのため車のエンジンを掛けぱなしにしてライトも付けての用心、汲みをえてすたこらと引き返して行きました
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そして帰り際、来るときは背を向けた形になり見えなかった大山が、山の間から夕日輝く山頂が素晴らしく我が輩を実を食ってくれました
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そして拡大
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満足のいく長い一日でした(*^-^*)

「野土路の水」の独断と偏見の水評価は
軟水系と硬水系の中間より心持ち硬水がかった水で、飲み口は軟水系のコーヒーの種類が味わえる水で、冷めると甘みの増す硬水系と思える水であった
(^_^)v (^_^)v (^_^)v (^_^)v (^_^)vでした
詳しい場所は

こうして地図を見ると大分遠回りしていたようです(T_T)





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NO379:犬挟の水

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年開けを数時間後に控え急ぎます。
塩釜の冷泉地から国道313に入り15分も掛かるかどうかぐらいで道の駅「いぬばさり」に着く、その一角に水公園が作られソコに「犬挟の水」が湧き出している。この公園は天皇も立ち寄られたと標識には書かれてありますが、おそらくその時に整備されたのではないか?と勝手に想像したのですが、
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この様な道の駅です。その公園は
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端から見れば綺麗な公園で東屋も作られ休憩するにはいい場所の用でしたが、
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水が湧き出している池を覗くと、清掃がしてないのか水垢が多く浮いている環境でした。水を何処で汲もうかと流れの方向を見ながら
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この辺かな~と
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水垢の流れの少ないところを選んで掬い、水をいただいてきました。今回は変える時間を気にしての水汲みとなったので写真も紺だけししか撮ってなく情報は是で終わりますが、最後に「犬挟」のイワレを道の駅のHPからコピーさせて戴いたモノを載せておきます
「犬挟」の由来 ※諸説あります。
第一説
鎌倉時代に後醍醐天皇が北条方に追われて通ったことで、蒜山地方ではこの峠を「院走り峠」と呼び、「いんばしり」が「いんばさり」となり「いぬばさり」となった。

第二説
4世紀頃、古墳時代に日本武尊が西国平定のため国境の矢筈ヶ山(やはずがせん/標高1359m/大山の北東に位置する)から「この矢のとどく限りの敵すべて従え」と言って矢を討ったところ、これが峠にささったことから「矢ばささり」となり、これが変化して「いぬばさり」となった。

第三説
犬でも狭い道だから「犬挟」となった。

第四説
狭くて急な峠で犬すら逃げる「犬ば去り」から「犬挟」となった。

尚、「犬挟の道の駅」のHPデス


独断と偏見の水評価
塩釜の冷泉で少し書きましたが、コチラの水は、癖の無いコーヒーに合った硬水の水で、コクのある、マイルドな飲みやすい水でした。
(^_^)v (^_^)v (^_^)v (^_^)v (*^-^*)
詳しい場所

NO378:昭和の名水百撰「塩釜の冷泉」

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再度、大山環状道路へ向かい鍵掛峠という面白い名前の紅葉絶景地へと車を進めた。この先蒜山高原の近くにあると言われている「塩釜の冷泉」へと行くのであるが、取りあえず鍵掛峠へと
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朝のうちは天気も上々でしたが、この頃になると晴れまもなくどんよりとした天候、晴れ間なら紅葉も良かったのだろうが今一の様子、それでも木々から覗く景色は紅葉の美しさが感じ取れた瞬間でもありました。
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車で走っているので余り脇見運転も出来ず、どこかいい場所に出くわさないかいな・・・と思いながら走っていたら、そのうち抜けていた。この鍵掛峠の大山南壁は素晴らしいモノらしいのだが、このときは大山山頂は曇が覆っていて観られなかったので展望所もパスして通ってしまいました。景色と鍵掛の由来は「日本旅マガジン」に出ていましたので見て下さい。
・・・ところが、このブログを書きながら地図を見ていると、どうも鍵掛峠までも行っていないノが判り、皆様にお詫びをしなければならない事になりました。結局「鍵掛峠」と思っていたのは「地蔵峠」の辺りから大山環状道路の一部分だったのかなと非情に恥ずかしい気分になっております。
で、気分を持ち直して続けていきたいと・・・( ^o^)ノ
そうする、休暇村奥大山辺りに到着
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ここで、大山環状道路から「蒜山大山スカイライン」に方向を変え蒜山高原へと向かって行った。「鍵掛峠」はさらに大山環状道路を大川寺方向へ進まなければなりませんでした。尚、NO274「地蔵滝の泉」で鍵掛峠は書いていたようです。(*^-^*)
方向を変えて少し走ったところに「鬼女台展望所」に到着したのですが、車が渋滞して駐車場に入れきれませんでしたので、「鬼女台展望所」もパスしてさらに走って行くと
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蒜線高原の賑やかいところにさしかかり、遊園地も見えてきました。
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「塩釜の冷泉」は蒜山の奥、奥蒜山と言われるところにあると言うことなのでもう少し走れば着くようです。
行く前に地図で確認したところ、蒜山高原の山の中という感じで、クマが出たらどうしょうかなぁ~と思いながらカーナビ通りに走って行くと、思いのほか賑やかな雰囲気
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こちらの方が高原の雰囲気を醸し出していました。駐車場を探しながら
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奥の方に進んで行くと、奥いる蒜山の中心地の雰囲気の奥に無料の駐車場をみつけ
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車を置き、さて「塩釜の冷泉」を探しに歩き出すと、その駐車場の傍に
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並んで水を汲まれていましたノで尋ねて観ると、「冷泉が湧き出ているところはコノ奥の方で、そこから水を引いているのです」と、それなら取りあえず、現地を探訪してからと、
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高原を散策する気分で歩いて行くと
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粋な石版の案内図、思わずハイ、パチリと・・・その方向へ歩いて行くと、川のせせらぎに
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橋が架かり、その奥の方から大量の水が流れてきている、相当な噴出量では・・・と思いながら、無断でこのカップルをモデルさんに写真を撮らせて戴きました。その後この水をペットボトルに汲んで織られました。ということで我が輩は更に水の流れに沿って上流へ
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そう50mも歩くと広い池に突き当たり、覗くと綺麗な水中がノゾケレ真下が
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天気の良い日なら、池の水がコバルトブルーに見えるノじゃなかろうかと思える綺麗な水中でした。
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  全国名水百撰  塩釜の冷泉
この冷泉は、中蒜山山麓の標高約520mの谷間の突如として湧き出し、東西12m・南北5m・約60㎡の、ひょうたん形の池となっています。池は最深部1,9m、湧水量毎秒300f・水温約⒒℃で水温・湧水量ともに年間通じて変わりません。
認定:環境相
認定年月日:昭和60年7月22日
管理者:真庭市
と大事に守られて観光に活用されていました。
我が輩はその後
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第3回目の水をゲットして次の水場を目指して奥蒜山を後にした。

で、独断と偏見の水評価は
コーヒーに合います最高の水でしたが,次にゲットした水よりも少し硬質な感じの水でした
(^_^)v (^_^)v (^_^)v (^_^)v (*^-^*)でした
詳しい場所は


NO377:大山水紀行「清水の命の泉」

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長谷の銘水を汲み終えて、近くにあるであろう「清水の『命の泉』」を探しに行くことにした。
今回はカーナビの住所に小字まで入れることができなかったため、偶然走っていて旧国鉄倉𠮷線観光案内所の前を通りかかって、しめた!ここで「命の水」の情報を聞こうと立ち寄ったら・・・・
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なんか観光地になっているのか駐車場には車が数台
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中に入っても人影は無く、受付のおじさんが1人暇げに留守番、で「命の泉」がどの辺にあるのか聞いてみるも、そんなモノは聞いたこと無いとの返事・・・(-_-;)・・・・が、親切にチョイと待ってくれ・・・と、ネットで検索、「この土地「清水」ならこの道をまっすぐ行けばつきますのでその辺で聞いてみて」と、で我が輩「何が観光地なのですか」と尋ねると、「旧国鉄倉𠮷線の廃線が竹藪の中を通っている見事な景色が保存されて、多くの方々が見にいらっしゃっている」とのこと、我が輩もチョイと観たくなり行ってみることに
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旧駅舎を利用した観光案内所の間を通り廃線へ、そこの案内版には竹林エリアまで1kmと(T_T)
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写真には人影は映っていませんが、多くの人達が行き来しており、我が輩も1kmに負けず歩くことにした。
歩いて行くと、野良猫か近所の飼い猫か・・・がどこから来たのだ・・と言いたげに、コチラをにらんでおります
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1km以上歩いたであろうか「泰久寺駅跡」に着く
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近くの案内版には、簡単に読むと
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旧泰久寺駅の駅舎はすでに撤去されましたが、プラットホームやレールが残り、旧山守駅方面へ向かって歩くと、山守トンネルまでに竹林の間に横たわる線路を臨む幻想的な空間が広がっています。
山守トンネルに入るには旧国鉄倉𠮷泉廃線跡トレッキングツアーに申し込みください。
  【【申し込み:問い合せ先】   一般社団法人・倉𠮷観光マイス協会

都のことで、更に先へとトレッキング?
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トレッキングしていくと
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歴史を感じる線路跡を観ながら
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次第に竹林の中へと誘(いざな)われて行きました。
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なんと線路の中央に竹が生えています。自然に生えたのでしょうかd(^-^)ネ! それとも、インスタバエを狙っての植え付けたモノなのでしょうかd(^-^)ネ!
さらに進んでみると
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竹藪の中を蒸気機関車が通っている空間を創造すれば・・・まさに幻想的な佇まいであろう( ^o^)ノ
さらに幻想的な空間を求める方には、霧がたなびく早朝などがまさに幻想的な佇まいであろう事間違いない(^_^)v
というわけで写真マニアの方は是非とも・・・・(^_^)/
我が輩の思いは、田舎住まいなモノで竹林が100mほど続いていれば目が飛び出るぐらい感動していたのだろうが、さらに奥に行けば幻想的になってくるノかと思いながら足が棒になってきているのをこらえて進んで行くと
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トンネルが鉄板で蓋をされている異次元空間を感じる場所で行き止まりとなっていた。この日は、写真には写っていませんが多くの方達が見学されていたので思わなかったですが、一人で歩いてくると霊気を感じるであろうと思いながら引き返してきました。
往復30分以上は掛かったであろう時間を気にしながら、教えてもらった道順を進んで行った。
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三叉路に突き当たったが、案内版に「清水」←が書いてあり左の方へと入って行きました。そうで集落が出てきたので、だれかおられないかな~と思いながら走っていると、軽トラから降りてこられた60代と思しき方にお尋ねすると、チョイトまって・・・と家の中に入って出てこられてオレに付いてきてくれとサイド軽トラを動かし走り出された。
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清水の集落の裏山の麓に導かれ着いた所が
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東屋があり、その横の石庭に作られた筒から水が流れ出ていました。
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ここが「命の泉」です・・・と、話をする中で、ここの水は遠く蒜線高原から流れてきているらしい・・・と、その辺はチョイと疑問のある所ですが、話の中でNO376でも書きました娘さんの話が出てきたり、案内人サンはここの水を愛用しているとのこと、
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   清水「命の泉」 の由来
 ここ清水集落は中国山地を分水嶺として小鴨川に流出する 清水川沿いに木地師が定着し開拓してできた集落です。
通称「清水」集落は、読んで字のごとく清らかな清流の里であり、豊潤な水量が大地の恵みととなり、村人の喉を潤し、農地を耕し、また、特産の「わさび」を生産してきました。
 清水には集落を挟んで北の鎮守の森の中に「熊野十二社・三社権現」があり南堀地区の「産土の社」として尊崇され、南の小高い林の中にある「足尾神社」は足王様・手王様とも呼ばれ足・手の神さまとして信仰されており参拝者が多数あります。また、清水川上流集落より約8km西に当たる蒜山に通じる山道わきに、約10mの黒い奇岩がそそり立ち、仏さまの化身の仙人が住んでいたという「塔王権現」があります。
 「足尾神社」の山裾の岩から清冷な清水がコンコンと湧き出ており、「塔王権現」に住む仙人が発見したと言い伝えられ、この水は清水集落の住民にとって欠かすことの出来ない「命の泉」として親しまれています。
   平成8年うるおいのある村づくり対策事業

で、案内人サンに近辺の紅葉のことを聞いてみたら、昨日大山の環状道路の一部「鍵掛峠」仁行ってみたら最高の紅葉だったとの事、「清水の命の泉」もゲットできたし、そちらを目指して出発して行った。尚、案内人様には丁寧に御礼を言ってからのことであります。

「清水の【命の泉】」の独断と偏見の水評価は
長谷の名水よりも硬質な感じがした水で、チョイと微妙なところでした(と、言うのも次からの水が美味しすぎたからかも)
(^_^)v (^_^)v (^_^)v (^_^)v (^_^)v
詳しい場所








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