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NO344:ぽつんといっけんや・近くの「弘法大師の清水」

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コロナ過に依りお休みしていた水汲みも、ワクチン2回接種を無事終えて、政府も緊急事態宣言の中オリンピックを開催するという意味不明の中で、それならば再会しても良かろう・・・と、NO330の時に行ったご老体3人連れで行く事となった。
その3人の中の一人が、テレビ番組の「ぽつんといっけんや・富山版」を見て、湧き水も出ているようで行かないか・・・とチョッカイを出してきたのが始まりであった。
春の緊急事態宣言下のなかの話で、今は行けない・・・と先延ばしにしていたのだが、書いたように様子も変わり計画を立てる段階になり、一ヶ所ではもったいないと、ネットで探して見ると近くにさらに有名な湧き水の出ているところが見つかり、予定としてその二ヶ所を回ってくると言う行程となったのでございます。
こちらをAM6:00時に出発して、滑川ICに着いたのが大体10:00過ぎであった。ルート検索では4時間半掛かるということででしたので、まあまあの時間。これから本来は上川町のキャチコピーが剱岳の町というもの。ホームページに剱岳ビューマップというものがアリ、
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マップで一ヶ所ぐらい寄ってから目的地へ行こうとしていたのだが、
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生憎剱岳方面は雲で覆われて見えず諦めてそのまま目的地の「ぽつんといっけんや・八十八」行く事にした。
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ICを下りてすぐぐらいに「八十八」の大きな看板にであい、この信号を左に曲がり山手へと入って行った。地図で見る限りでは麓から現地まではそう遠くないようだが「ぽつんといっけんや」おそらく道が細くて難儀をするのではないかとワイワイと言いながら走って行った。
現地に着くまでに、「東福寺野自然公園」という名の有名な場所の近くを通って行くようなので、先ずはそこを目指して山道を登って行きました。
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丁度分かれ道に到着。我々は左に入り進むとすぐに
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怖い看板にであい「ぽつんといっけんや」の雰囲気を醸し出してきた。
テレビに出てくるような山の中の細い道とはチト違うが
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こんな道を上っていくと、今回は天気が良すぎて富山湾までは見えなかったが見晴らしが良くなってきた。
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景色に見とれて谷底に落ちないように運転してさらに上っていくと、神社らしい建物が見えてきた。
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この辺か・・・と思っていると、立派な家が一軒有りました。
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「弘法の霊泉:八十八荘」と書いてあるように、ここのオーナーは、弘法大師の清水に惚れ込んでこんな山奥に料理旅館(民宿)を建てたとか・・・
若い頃、高野山でも料理の修業をしたということもアリ四国八十八ヶ所巡りの語句から戴いたというもの、一時はニュージーランド日本大使館でコックを勤めたり、ニュージーランドの国営レストランでもシェフの経験も持ってらっしゃるお方です。詳しくは「八十八のシェフ」の企業・店舗ガイド八番目を見て下さい。

で、我々一行は取りあえず水を汲む前に、お昼の予約をしておこうと「八十八」へ
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尋ねると、うちは予約しか扱っていないとの事・・・ガク(-_-
話をしていると、数日前には京都からや兵庫県の丹波市から泊まりに来て居られたとの事
昼飯は何処かを事に事にと変更し、「弘法大師の清水」は八十八から100m程先に見えていましたのでそちらの方へと。
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お昼を食べれなくなった、落ち込んだ気持ちを取り直し水汲みに。
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        「弘法さまと護摩堂」
 護摩堂部落は、今から1300年余年前から人が住んでいたと言われていて、その当時、付近の山野は猛獣毒蛇の巣にて人々が被害を被り困り果てていたのであるが、たまたま弘法さまがこの地に来て、住民の苦しみを憐れみ、住民の安寧を企画し、胡麻をたいて野獣の放逐を神にお祈りになった。以来、この地を護摩堂と、称えるようになった。
 弘法さまはこの地に来て、ある老婆に水を乞われると、老婆はいそいそと数町も隔てた峡谷を下って水を求めて来た。弘法大師はその遅かったわけを問いただされた。老婆は求水の困難なことを語ったところ、大師は深くこれを憐れみ、すぐ穴を穿ったが、不思議にも湧き水が流れ出た。
 今の弘法堂背後の湧き水がこれである。以来、1200年の間、今日に至るまで住民の飲料水となっている。
 こうして弘法さまは住民の福祉を祈って立ち去られた。まもなく村人たちによって弘法堂がつくられ、住民の崇敬のまととなった。
 今から50余年前さらに造営したのが、今の弘法堂である。今尚堂下に胡麻を焚いた痕跡を止めた大石がある。
 弘法様の遺書、遺品があったと伝えられているが、数百年前部落が全焼して詳細はわからないのが残念である。ただ由緒深い”粉ひき臼”一つ残っているのは幸いといわなければならない。
 昭和59年10月、富山県の名水20選に選ばれている。
こちらがその護摩堂です
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そして、「弘法大師の清水」の水汲み場ですが、
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その一段下にも水が汲めるようになっていました。
各自容器を持ってきていたので、それに水を汲んでいると、どこからともなく一人の男性が水を汲みに来ていましたが、簡単に写真を撮って水をたくさん持って帰るでもなく何処かに行ってしまいました。チョイと邪魔をしたかな~と気になってしまったが・・・
そして、こちらが護摩堂の後ろにある湧き水の出ている所でした
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・・・が、井戸になって厳重にフタがして管理されていました。
こちらは、同行お友達であります。
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といっても我が輩より7歳先輩でございま~す。水も汲み、一通りの写真も撮ったので、次の予定していた水汲み場「穴の谷霊泉」へと移動することにして、初めに見えた神社の前を通ってこの場から下っていった。
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途中「東福寺野自然公園」内を
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通って行くと近道になることから、入って行くと結構車が止まっており
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多くの人たちがレクレーションに来ている様子。なんでも、ここからの富山湾展望は一見の価値があるとか・・ないとか?
我々は、目的が違うので素通りして先を急いだ。
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思っていたより走りやすい林道を走っていくと・・・

護摩堂の「弘法大師の清水」の独断と変形の水評価
何時もの通りコーヒーを淹れての評価ですが、軟水の用ですが、まろやかでコーヒーが冷めても「甘み」が楽しめて美味しい水でした。
やはり、一流のシェフが見立てただけのある水だと納得いたしました。
(^_^)v (^_^)v (^_^)v (^_^)v (*^_^*)でした。
弘法大師の着いた水汲み場所に書いてある説明文は、少しの違いはあっても内容は同じような意味である。遠く離れた地でも同じということは、その昔「弘法大師」を神格化する何か力が働いていたと考えたくなる歴史的な事ではないかと思えてきます。
詳しい場所は


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