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NO330:平成の名水百選「本願清水」

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その喫茶店は駅前を走っている国道476号にあたる6間通りにあるという。
老人の一人から言われたときは、あやふやな喫茶店名であったので、後ほど検索してみるとホントに美味しいコーヒーを求めてお店をやっておられる人柄が「牧野俊博」伝わってきた。で、我が輩も行ってみたくなり大野市へ行くきっかけになったのである。店名「モモンガコーヒー」であった。
ところが、行ってみるとコロナの影響で店内サービスは自粛との事、テイクアウトならするとのことであったが、紙コップで飲んでもな~と言うことになりお断りして、次の「平成の名水百選本願清水」へ行くこととなった。
本願清水は「イトヨの里」の敷地内(逆の言い方の方が正しいようで)にあるので、スマホの地図検索でもすぐ解った。
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着いたのは良かったのだが、「県外入場禁止」の張り紙。ここもコロナの影響丸出しw( ̄o ̄)w
水を汲むとこを尋ねると、池のそばにあるとのこと。
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「イトヨ」資料館の横が池になっており、その端の所に水汲み場が設けてありました。
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余分な人物が映っていますが無視してもらい、ここで水を汲みました。この池に梅花藻が自生しているかと探したがこの池には見当たらず、後で資料館の方に尋ねてみても、ないと言うことであった。綺麗な水の所には自生している事が多いいのだが・・・
イトヨが見えたので池の中を撮ったが
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残念ながら撮れてませんでした~。で、本願清水のイワレは
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環境省の、全国各地域の生活に溶け込んでいる清澄な水や水環境の中で、地域住民などによる主体的かつ持続的な保全活動が行われているものを「平成の名水百選」として選定しました。
 本願清水のある糸魚町は、木本扇状地の末端に位置し、伏流した地下水がいたるところで湧き出していたと伝えられており、
天正三年(1575年)大野に入封した金森長近公が、この地を一段深く掘り下げて、町用水の水源地として整備したのが本願清水の始まりと伝えられています。
 名前の由来は、昔この近くに本願寺派のお寺があったからとも、本願寺派の門徒を使って堀広げたからとも伝えられています。
                     平成20年6月      大野市
とのことです。水もくめて目的の残り一つ、大野で美味しいパンやに行くということ。本人曰く名前は知らない・・・(T_T)
とりあえず町中を走りそれらしきパン屋を探すことで出発。すると、資料館を出たところにパンやが在り、ここで買って帰ったら~と、その老人一人に促してみるもダメだとの返事・・・・(`o´)
結局市内を走り回ってもそれらしきパン屋さんを見つけることができず、老人一人に帰り道パン屋を探して買ったら~と行ってみても「ウン」という返事が出てこず、再度探す羽目に・・・が見つからず、ちょうど駅前に着いたところでタクシーを発見!老人二人目がタクシーの運ちゃんならよく知っているので効いてくると行ってくれた。効いてきた通りに進んでいくと
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着いたところが・・・・見たようなお店・・・・・ようよう周りも見れば「イトヨの里」資料館を出たところで、ここで買ったら~と行っていたパン屋さんであった。ギャフン+.(*'v`*)+
お店の中は
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美味しそうなパンが所狭しと並べられ、三人の老人共々買って帰った・・・という一日であった。

だ九段と偏見の「本願清水」の水評価は
「御清水」と同じように美味しく飲めました。が、市内と言うこともあり雑菌は多いと思いますので、必ず煮沸して飲まれますことを報告しておきます。
(^-^)/ (^-^)/ (^-^)/ (^-^)/ (^-^)/(^-^)/
詳しい場所は





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NO329:昭和の名水百選「御清水」

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緊急事態宣言が解除され、県をまたぐ移動は解禁されていなかったが、3月の終わりに行く予定を組んでいた「水汲み・コーヒー飲み・パン買い」目的で老人3人組のある人から連れて行ってくれと頼まれていたのだが、そこに突如としてコロナ騒動が発生!、今行くのはヤバイと言うことで延期していた予定を今回実行することとなった。
と言うわけで一路福井県の大野市へ出発したのだが、老人の一人が途中福井県の小浜市にモーニングコーヒーが安くてうまい店があるので紹介すると、今回の計画の中に組まれていたので、みんな朝食抜きで来ていたのでした。
出発:AM8:00でしたが、モーニングコーヒーはAM10:00までに入らなくてはいけないという。高速降りてから上手くお店にたどり着ければギリギリぐらいの時間。言い出した老人も道順は覚えていないと言うから不安であったが、市内に入り偶然信号で止まったところにその喫茶店はあった。「cafe.Mercado」という名のお店でした。その老人、入る前にそこのコーヒーは「瓜破の水」を使っているので美味しいのだとのことであった。で、ウエイトレスに尋ねてみたところ水道水を使用しているが、自家焙煎をしているので美味しいですよとのこと、その老人ガックし、がコーヒーは美味しくモーニングセット、ワンコイン(記憶に・・・だったかも?)で安く満足で店を後にした。(喫茶店の写真を写しておいたと思ったのですが写ってなかったぅ(@゚Д゚)@。Д。)わぁぁぁ~~~~ッ!!!!!!)
まぁ「瓜破の水」はオチということで、今回のハプニング第一となったのでありました。
第二のハプニングは、北陸道腹囲北ICを降りて中部縦貫道の入り口で起きたのでした。
ETCゲートに入るとゲートが開かず急停車!幸い後続車はいなく追突されることは無く一安心!ハザードランプを付けて職員が来られるのを待ち、すぐに駆けつけて事情を聞かれる。こちらは何が何だかさっぱり解らず、そうこうすると、とりあえず通行に邪魔になるのでこちらに来てほしいと車を横の広場に誘導してくれた。どこから来られたかと聞かれたので若狭道から敦賀の北陸道へ入ったと答えたところ、カードを出してくれと要請、それと直近通過したICはと訪ねられたので「小浜IC」と答え、少々お待ちになって下さいと、カードを持って事務所に入ったきり10分程経っても出てこられず、その間老人三人組で「あーだの、こーだの」と話す中で、小浜のICに入ってから途中トイレ休憩に三方五湖PAに入り、トイレが階段を降りていかなければならなかったので、老人組みの一人が足が悪く車を下の駐車場へ廻し、元に戻るときにスマートICを出て入り直したときに、ゲートをくぐらず途中に反対車線に入る通路があったのでそこを通り元の車線に戻ってきたことを思い出し、事務室へそれを言いに行くと、先ほどの職員さんがまだパソコンに向かって何かされていたので、思い出した事を告げると、結局三方五湖のスマートICで出たことになっていて、カードに入った記録がなされていなかった模様で、職員さんも納得、手続きを終え無事再出発と相成りました。メデタシ!メデタシ!
中部縦貫道は大野市まで続いており無料区間で行けるのでありました。
その後、大野市へ入り昼近くになっていたので、行く前に調べていた「福そば」店を老人2人に探してくれと告げて大野市内へと入っていった。ラッキーにも市内へ入ると、電柱に「福そば店」の広告が貼ってあり、この近くにあるぞ~と探していると幸運にもこれまたお店が目に入ってきた。駐車場に止め、最近は他府県ナンバーの車にいたずらをされるらしいとの事で、準備しておいた「防犯カメラ作動中」の用紙をダッシュボードに置いてお店に入っていった。
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お店の中ですが、入店したときはお客さんはチラホラでしたが、ソバが来たときには、9分ぐらいお客さんが入っていて、人気店だな~と思いつつ、ソバを食べていました。
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何時ものことで食べてから写真を撮るのを思い出して、器だけの写真になってしまいましたが、ソバは堅く「生蕎麦」と言うのだろうか、そのときは堅いソバだな~と感想を言い合っていたのだが、時間が経つになんか美味しかったな~と思えるようになった「福ソバ」でした。
お店を出て、さて、とりあえず「御清水」を探そうと、その前に大野市では市内から名水と言われる井戸がたくさんありすぎて(市内10ヶ所以上)、どこの水をもらいに行けば良いのか迷ったので、中でも有名な「昭和の名水百選:御清水」と「平成の名水百選:本願清水」をもらいに行くことにしていた。カーナビには出ていないので、スマホ地図で検索するのだが慣れていないせいで上手くルート設定ができず、結局老人の一人が地元の人に伺うことで解決、車を走らせて行くと「七間通り」という400年以上の歴史を持つ「朝市」の町並みに入って行った。幸いと言うか「コロナ」の件で人通りはスッカラカンで車が邪魔にされることは無かったが・・・・・
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写真を見てもらえば解りますが、これでも土曜日の午後である。この反対側を見れば
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町中から見上げれば大野城がそびえて見えていた。いいシチュエーションであった。
七間通りのあるお店
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麺屋「七間本陣」の入り口には張り紙が「コロナの関係で自主的に営業を自粛しています」張ってありました。緊急事態宣言は解除されていた日でしたが、まだこのようなお店が多いかった七間通りでした。この通りから角、角と曲がってい進んでいくと
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「御清水」へ着いたようである。思っていたより大がかりな設備である。
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一面池のように湧き水が溜めてありどこで汲むのかと・・・・・丸い陶器の中から水が溢れており、柄杓と漏斗が親切に置いてあった。そのソバには
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新型コロナウイルス感染防止のため、水飲みようのひしゃくを当分置いておりません。
現在置いてあるのは、皆様が御自身で用意した容器(ペットボトル等)に水をそそぐための大きいひしゃくです。
口をつけたりしないようお願いします。
また、衛生面上、臼の中に手を突っ込んだり水の出ているところを触ったりすることもおやめ下さい。
ご理解とご了承をお願いいたします。                 大野市
と、厳しいお触れが出されています。我が輩は水を汲み終わり、廻りを一巡すると
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高校生と思しき2人組が、撮影許可を取り、恥ずかしければ下を向いてくれというと、ホンマに下を向いてしまった。(。-_-。)
その奥の方では、
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親子連れの水遊び、これまた撮影の許可を得て、はいパチリと、どうもこの「御清水」は住民の憩いの場となっているようで、好いことであります。一周してくると、老人組2人は
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せっせっと水汲みをやっていたところであった。そこには
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「御清水(おしょうず)」のいわれが書いてありました。
天正年間、大野に入封した金森長近公が城下町大野を築いた時「清水町の南方に方40間の水溜りをを設け城郭内濠の源泉として押門を設け災害又は戦争にも備えた」と大野町史にに記されているのが当地と伝えられています。
また藩主の「米かしき水」として利用したので別名「殿様清水」とも呼ばれています。
水清く大野の象徴として親しまれ現在は共同洗場として重要な役割を果たしています。
ここにも以前は陸封型「イトヨ」が住んでいましたが、初冬から春にかけての地下水低下による慢性的な湧水の枯渇減少により現在は生息していません。              昭和59年10月
                         大野市
と言ったモノです。偶然にも新聞に「わがまちふるさと」の欄に次のような投稿がありましたので書いておきます。
「福井件大野市は、総面積872平方㎞で約9割を森林が占め、日本百名山の一つである、「荒島岳」などの山々に囲まれた盆地に位置する人口32000人余りの町です。
 碁盤目状の町並みは「北陸の小京都」ともいわれ、「北陸の天空の城」として親しまれる越前大野城がみられるほか、「七間通り」で開かれる朝市は400年以上の歴史をもち、特産の里芋や枝豆などの野菜が並びます。
 市内いたるところから地下水が湧出。上水道・簡易水道の加入人口は2~3割程度で、ほとんどの家庭が地下水を飲料水や風呂などの生活用水に使っています。
 恵まれた環境を生かし、酒造りやしょうゆ・みぞの醸造が盛んです。
 市内中心部にみられる「御清水」は1985年当時の環境庁名水百選にも選ばれました。しかし、この地域に下水道工事の計画があり、地下水位の低下や水脈が断たれて汚染される恐れがあります。
 市はこれまで、「名水のまち越前おおの 御清水」とPRしてきまましたが、地元の了解もないまま、問題の工事を強引に進めようとしています。こうした市のやり方を問題視する声が市民からあがっています。(N氏)
我が輩の町にも十数年前から下水道が引かれ、近代的な生活環境に浸って生活しておりますが、行政も住民に理解と納得をしてもらう中で進めて頂きたいモノです。自然環境を守る中での近代化を進めることが後世の人々に喜ばれることだと思います。
難しいことかもしれませんが、みんなで知恵を出し合っていく中で住民の和も深まっていき、より郷土愛が育まれていくのだと思います。\(^o^)/
「御清水」を老人3人組汲んだところで、大野に来たことの二つ目の目的、おいしい珈琲屋へと出発したのであります。

独断と偏見の「御清水」の評価
市内に出ている水ということで内心バカにしていたが、何が何が硬水系の水でコーヒーも美味しく飲めました。
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(^-^)/ (^-^)/ (^-^)/ (^-^)/ (^-^)/
詳しい場所は


NO328:宍粟市の名水巡り「石水山の御水」

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行者堂を後にして、国道29号を山崎IC方面へ下り、その手前から県道429号へ入って行き下牧谷地区にあるお堂の片隅から流れ出てきている情報を元に、進んでいったのだが
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それらしき神社に上っても見当たらない。
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そうしている間にも、雲行きが悪くなり、雨も本降り時間も夕暮れに・・・・と、このままではゆっくり探すことができないと・・・今回の名水巡りは一旦切り上げる事を決断(T_T)

で、とある過日再度挑戦
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再度下牧谷へと向かっていると、このような看板が見えたので寄ってみた。
車を止めるに神社の駐車場があったので、なにげに止めると「巌石神社」という神社。何やら大岩が立っている。
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鳥居の近くには
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石柱に神社のイワレが書いてあった。
史跡:磐座(いわくら)
古代神を祭るため、神霊が宿ると考えられた石の標識
自然石のままでも磐座と呼んだが、特定の場所に置いたり立てたりしたものを磐座とした。石は加工されていないものが普通で、形は不定形で一個の巨石の場合もあるが、巌石神社の磐座はおよそ10メートルもある巨岩で全国的にも珍しい、起源ははおよそ2200年前の頃と思われる
とのことで、見に行くことにした。石段を上がっていくと鳥居からは岩肌の前に神社があるだけのものであったが
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大きな岩がそそり立っているではないか。これは見応えがあるな~と思いながら社まで上ってきた
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神社の両サイドにも立派な杉が・・・歴史を感じさせてくれます。
そして、神社から見た河川プール
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田植えの時期であったので、川の水はお世辞にも綺麗だとは言いがたかったが、子供たちは川で泳ぐ事で、プールで泳ぐのとは違った楽しさがあるのでは・・・と思いながら、さいど下牧谷地区へと車を進めた。前回来たときは県道429号の右手側を探していて見つからなかったので、今回は再度情報を検索、県道を中心に左側の伊沢川よりさらに左側の山麓の集落内にあるとのこと。
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そちらの方の田圃の中にハイカラな保育所が見えたが、この頃ではナイが洪水になるような場所で大丈夫なんかいなと思えてくる雰囲気の所である。それはともかく、伊沢川を渡り
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下牧谷の集落へ、とりあえずお堂といえば神社を連想したので、氏神神社らしき「大倭物代主神社」名前はチョイと読みにくい(。-_-。)先ほど調べてみると「おおやまとことしろぬしじんじゃ」とのことでした。ハァ~
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あまり広いとはいえない境内をくまなく探したが、湧き水らしきものはなく他を探すことにして神社を後にした。
下牧谷地区はそれほど広い集落ではないので、探すか地元の人に出会えれば尋ねてみることにしてウロウロと・・・と
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夫婦杉の標識・・・さてさてそんな立派な杉があったかな~と思いながら道をゆっくりと走っていると
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「観音様」の名水」とう道案内があった\(^o^)/
ここの標識を曲がり集落の中を通り
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山のほうに向かって上っていくと、例のごとく獣除けの扉に出くわした。
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毎度のことで、勝手に開けて車を入れて扉を閉める儀式をしてから再度車に乗り込み出発。すぐにそれらしきところに到着
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この道をまっすぐさらに上っていけば観音堂の本来の駐車場に到達するのですが
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そこまでは分からなかったもので、誰も来ないだろうと車をここにおいて、脇道へはいって行った。
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上がって行くと石垣の上のほうから水が
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石水之瀧と石柱には書いてあります。この瀧が名水なのかな~と思いながらとりあえず石垣に書いてある縁起を読んでみることに
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本尊観音畧縁起
そもそも御厨子の内に安置し奉る御本尊正観音菩薩の由来をくわ志く尋奉るに人皇45代聖武天皇御代神亀2年(725年)中行基菩薩は衆生済度のため、諸国修行の砌(みきり)播磨の国宍粟の郡伊澤の里に巡り来玉ふ其時も入日の日かけに紫雲棚引き赫々として光明を放ち行基菩薩是を拝したまふに是は世の常の他に阿ら須。正しく尊き霊場にまします早速に当山守護の本尊出現那したまへと深く祈請したまへば岩間おし明け清浄の水流れ出でて石室の内に金色の宝殿ありその中に忽然として正観音、出現まします。則ち聖に告げて言う早速(はやばや)吾像(わがぞう)をつくりここに安置せば未世有縁(うえん)の大士とならん、この流水は毘盧遮那仏(びるしゃなぶつ)の大悲も智水なり遠近の国民の種々の病を助け安穏の楽をとらすべしと示したまう。これより行基菩薩自御像を作り石室の中に安置奉(たてまつ)り「そう庵一宇建立」し石水山金蔵寺と号す聖歓喜の思いをなしありがたきかな尊ひかな末世の今に至るまで霊験日々にあらたかにして群参絶る事なく志比尊像を結縁して一度拝する輩(やから)は今生にては五穀豊穣の福裕に預かり来世にては五濁悪世の因果をのがれ、極楽世界に生を得て永く無量の功徳を受ける事、疑い有るべからず。此のたび諸人結縁のため開扉せしむるの間、何れも近ふよりて御拝のあられましょう。
  安政7年 庚申 3月吉日
右は神宮寺中興四世法印  栄祥作書

石水山の御水のこと
この流れは毘盧遮那仏(万物を照らし給う仏)の大悲の智水(仏の智慧にもたとえる水)にして諸病平癒健康長寿の恵みあり
御本尊正観音菩薩を拝すれば福徳を受け厄難を逃れ生業繁栄 学業成就 子なき人は心身健在容姿端麗理想的な子を授り安産の御仏と御霊験あらたかなる観音様であります。石室より流れ出る水は冬暖かにして夏冷たく水温常時変わらす約12度ほどなり。
例祭日
開扉祭り:21年に1回   御祭:8月9,10日
   昭和63年4月吉日     下牧谷部落(地区)
と言う内容の事が書いてあり、たいそう昔から大切にされてきた水のようであり、余りにも御利益が多すぎる水であるが、反面多すぎると?を持つのは我が輩だけであろうか。
で、その先に在る石段を登っていくと
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それにしても、先ほど掃除されたような綺麗な石段であるが、正面には年代物の杉の木が鎮座見事な配置である。
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観音堂の境内が見えてきた。正面は休憩小屋でその手前左に池の中にお堂が建っていた。
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どうもこの中に正観音菩薩が奉られているようである。
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池の水は、石水山の御水が流れ落ちていた
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その一部が汲み易いように手製の竹パイプで池の縁まで引かれていました。
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我が輩はここから有り難く汲みましたが、水温は冷たくひんやりしていた。車まで遠いいのでコンテナにはペットボトル半分の4個で汲み終えた。
池の縁に石造りの水質検査表も、こんなのは珍しい
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公認検査機関  財団法人:姫路医師会による検査結果(大抵は保健所なんだけどネ)
水質検査項目・おいしい水の水質検要件・石水の水・判定
蒸発残留物  ・30~200         ・84,5  ・適当
硬度       ・10~100         ・52,5  ・適度
遊離炭酸    ・3~30           ・2,0   ・まろやかさが少し低い
過マンガン酸カリュウム・3,0以下     ・1,74  ・適度
臭気度      ・3.0以下         ・1未満  ・異常なし
水温       ・20c以下          ・14c以下 ・適度
色度・濁度・0  ・アンモニア性窒素 ・水銀・有機リン・検出せず
  昭和62年12月   下牧谷部落
との水質検査結果の様です。
これで宍粟市の予定していた名水巡りは無事回ることができて終了することができました。石水山観音菩薩様にコロナが早く収束できますことをお願いして、お賽銭をチャランと投げ入れ後にした。

独断と偏見の「石水山の御水」評価は
軟水系の水のようで、マァマァ飲めました。
(^-^)/ (^-^)/ (^-^)/ (^-^)/ (^-^)/でした。
詳しい場所


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