NO220:生駒山宝山寺の「延命水」

  2017,2、18生駒連邦 009-1q
雪の為身動きが取れにくい日が続きストレスが溜まり溜まって爆発!相方さん置いての一人旅に出発!
大阪府の摂津地方の湧水を汲みには何回か行ったが、生駒山系の水はまだ一度も汲みに行っていなかった。
同郷のお友達から、生駒山ハイキングに行った折、大きなお寺から登って行ったが、そこには水の神さんが祀ってあったと聞き、そこへ行く事にした。雪降りが続く中ネタが乏しくなっていたので、できたらあと一ヶ所廻れたらとの思いで車を走らせた。
京都縦貫道を走り第二京阪へハンドルを切り交野北ICで下り、そこから下道で宝山寺へ向かうのだが信貴生駒スカイラインからでも行ける事の様なので、そのルートを選択して行く事に
   2017,2、18生駒連邦 002-1w
ここが入口、約2時間で着いた。
ここから宝山寺へ行くには片道360円の料金、生駒山山頂遊園地はお寺の参拝後に考えるとしてとりあえず片道で行く事にした。
350円がもったいないほどすぐ着いた。宝山寺第二駐車場
   2017,2、18生駒連邦 003-1e
実は、境内の中に有る第一駐車場に入ろうとしたのだが駐車待ちの車が渋滞、Uターンしての第二駐車場
底からの展望生駒市街
    2017,2、18生駒連邦 005-1r
を見ながら
    2017,2、18生駒連邦 004-1t
境内へ歩いて5分。第一駐車場の横に在る
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交通安全御祈祷所。ここで宝山寺の歴史を
   2017,2、18生駒連邦 015-1o
        生駒山:宝山寺
延宝6年(1678)僧宝山湛海(たんかい)の開山。古くは都史陀山大聖無道寺という。本尊不動明王。奈良時代、役行者が般若窟を行場としたと伝えられている。秘仏大聖歓喜自在天は「聖天さん」と呼ばれる。所蔵品:絹本著色弥勒菩薩像(重文・鎌倉)など
ふるさとの文化財を大切に  生駒市教育委員会
      宝山寺境内図
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見出しの写真の石段を上がり終えた所に
   2017,2、18生駒連邦 012-1a
いつも思うのだが、なぜ仏教の境内に鳥居が立っているのか(?_?)
この件に関して宝山寺のホームページに「神仏霊場会」なる組織がある事が出ていました。昔から八百万の神と言われて、自然万物に神が宿るという信仰があった。神仏和合の神仏信仰が明治以降人為的に分けられた経緯があるが、ここに新しい組織として「神仏霊場会」を発足し「神仏霊場 巡拝の道」として活動を広めて行く。・・・と大まかにはこのような内容でした。
つまり明治以前の神仏習合の信仰を広めていく事の様で、その一環として鳥居が立てられているのではないかと思うのですが、宝山寺に確認していませんから不確かでございます(?_?)
「延命水」を頂きに山門ここでは惣門から入って行きます
   2017,2、18生駒連邦 014-1d
さらに石段が続き、地蔵堂を横目で見ながら
   2017,2、18生駒連邦 018-1f
上ったところに授福の神 七福神が奉ってあります
   2017,2、18生駒連邦 020-1g
踊り場的な所から石段を上り
   2017,2、18生駒連邦 022-1h
中門をくぐると正面に朱色の多宝塔
  2017,2、18生駒連邦 023-1j
おお!と感嘆の声・・・・と思いきや右に有る本堂の方を見ると
   2017,2、18生駒連邦 024-1k
右が本堂で、左奥が拝殿その奥に聖天堂が在りその中に「聖天さん」がおられるハズ、その後ろの山の崖には磨崖仏らしきものが
   2017,2、18生駒連邦 028-1l
正式には「般若窟」。弥勒菩薩が安置されている。宝山寺の第一の特徴であろう 
こちらが拝殿の正面
   2017,2、18生駒連邦 027-1z
それにしても、老若男女の人々のお参りの多さに び・く・り 吾輩は水が目的なのであまり礼節正しくお参りはしてないが、年寄よりも若い人の方がわきまえていらっしゃる様子、脱帽した次第であります。吾輩も真似してやってみるのだが、どうもぎこちない(^_^;)
・・・で、それからは普段通りの一見ちゃらんぽらんなお参り・・・どうもこちらの方が吾輩にはしっくりくるのであった。
そこから石段を上り
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文殊堂
   2017,2、18生駒連邦 031-1c
     文殊菩薩
このお堂の御本尊「文殊菩薩」は智慧第一の御仏」で私たちに活きる智慧、何が幸せか、何が尊いかという事を教示してくださり、特に学業中の者には勉学、記憶力増進などのトコ諸願を叶えさせてくださる御仏であります。
 私たちの智慧や才覚は真に微々たるものでありますから、この足りない点を授けて頂くよう至心に祈願いたしましょう。
御真言   おん あらはしゃのう
    2017,2、18生駒連邦 033-1c
観音堂の上に見えるは
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般若窟内に朱のお堂を見ながら
   2017,2、18生駒連邦 037-1m
        般若窟
 般若窟は、その昔、役行者が窟内に梵本の般若経を納められ、その往鐲の霊域を訪ね、弘法大師もこの地で修業された霊跡であります。
中興開山湛海律師は、役行者がこの般若窟を、弥勒浄土の内院になぞらえて修業されたことから、本尊弥勒菩薩坐像を初め、役行者像を祀られました。
 また、巌頭には雲上閣を建立して、自ら彫刻された虚空蔵菩薩像を安置され、八千枚不動護摩供に並ぶ苦行である、虚空蔵求聞持法を修しておられます。
   2017,2、18生駒連邦 038-1m
 石段を上がって行くと「延命水」が出ている水神さんへたどり着いた。
   2017,2、18生駒連邦 039-2w
祠の中には
   2017,2、18生駒連邦 090-2q
水乃神の石造です。撮影もすみ、さて「延命水」を戴こうかと準備をしていると、先ほど抜いた参拝者が御参りに
   2017,2、18生駒連邦 036-1n
どうもこの方、総ての祠に御参りして回っていらっしゃる様子、吾輩と心根がだいぶ違うようだ(*_*;
『延命水のイワレ:おそば屋さんがこの水を汲んで帰り、蕎麦打ちに使って商売が繁盛したと云う言い伝えが有るそうな』
そうする、次から次へ御参りの方が続き、これでは柄杓で入れていては迷惑になると思い、情報元から聞いていた奥の院にも出ているという水の様子を見てみる事にして、さらに上に向かって進んで行きました。
   2017,2、18生駒連邦 040-2e
奥の院へ続く石段の登り口の横に下の境内から見えた「多宝塔」が
   2017,2、18生駒連邦 044-2r

立派な多宝塔・・・ですが、このような立札が
   2017,2、18生駒連邦 042-2t
宝山寺多宝塔:湛海律師御自作
塔内御本尊   愛染明王
塔の高さ     46尺5寸
起工        昭和29年7月
竣工        昭和32年5月
お願い:三年の歳月と、信者各位の心を込めて造った尊い宝塔でありますから心ない落書きや汚染のないようにお願いいたします
『このような立札を建てなくても良いように心掛けて下さいネ(*^_^*)』
ここからの境内の眺めデ~ス
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左奥に見える洋館風の建物は「獅子閣」といって重要文化財のようです。そして風情のある石段を・・・
   2017,2、18生駒連邦 045-2o
奥の院と言ってもよくある山道を1時間ほどかけてたどり着くというような所ではなく、この様な石段を登って行きました。写真の左には「飲料不可」の札がかかっています。
   2017,2、18生駒連邦 048-2k
参道をかれこれ10分ほど歩いて行くと「奥の院」の境内に着きます。
   2017,2、18生駒連邦 049-2p
境内図で、こちらが「奥の院・本堂」
   2017,2、18生駒連邦 050-2
本堂の右手裏に、「般若窟」の元まで行けます。そちらの方に回ってみると
    2017,2、18生駒連邦 053-2a
おや、あの御参りの方が映っているではないか!ブログを書いていて分った次第ですがストーカーのように後を付いて歩いていたようです「般若窟」の写真は近く過ぎて写せませんデスタ(*_*;で、本堂で「延命水」の件を尋ねてみると、手水舎に出ている水が同じもので、地下から引いてきた水との事、参道に点在する「飲料不可」と書いてある水は、山水を引いて来ているもので、昔はこれも飲んでいたのだが、近年は「イロイロと難しく」飲まないようにと書いているとの事であった。で手水舎の所へ
   2017,2、18生駒連邦 057-2h
こちらには
   2017,2、18生駒連邦 056-2g
竜の口から出ている水は飲める水です(宝山寺山内の湧水)手水(ちょうず)に溜まっている水は手を浄め、口をすすぐ水です。と書いてあります。つまり蛇口から出る水を飲んでくれとの事、でている水が少なく、柄杓二個を使い交互に水を溜めてペットボトルに入れる始末、かれこれ1本に入れる時間が10分もかかり、リュックに4本入れていたのだが、根負けして2本で終了にしてしまった。しかし、これが後に思わない水を持って帰れる事となったのでした。
水を頂き、奥の院の奥に在る「福徳大神」にあやかろうと
   2017,2、18生駒連邦 059-2s
ここも自然石の石仏、願いを込めてお詣り(神社の場合はこちらを書くとの事)
   2017,2、18生駒連邦 058-2f
慾な事を頼んだのか、帰りにこのような標識を見つけた
   2017,2、18生駒連邦 063-2d
経塚まで650米ー参詣道ーようこそお参りを
     宝山寺青年部
    2017,2、18生駒連邦 065-2f
山道をしばらく歩くとコンクリートで舗装した道に出た、その道を上がって行くと
   2017,2、18生駒連邦 067-2g
湧水タンクと書いたタンクが設置してあった。その先を見るとパイプの先が
   2017,2、18生駒連邦 066-2f
地中の中に入っている。はぁ~ん、これが「延命水」の源水ではないか?と横目で見ながら上がって行くと又
   2017,2、18生駒連邦 069-2j
同じようなタンクが、「延命水」にしては規模が大きすぎる感がする。おそらく宝山寺の水を賄っているのでは・・・と勝手に思い
   2017,2、18生駒連邦 071-2j
コンクリートの道をさらに上がって行くと
   2017,2、18生駒連邦 070-2h
立ち入り禁止の柵が・・・・・・ガァ~ン((+_+))何処で道を間違えたのか(?_?)標識は無かったハズ!仕方なく経塚は諦めて引き返していくと、先程のタンクが有ったあたりから、それらしき雰囲気の獣道と言ってよい程の道?
    2017,2、18生駒連邦 080-2n
ここを覗いて見ると、工事用の鉄パイプが何本か刺さっている
   2017,2、18生駒連邦 077-2c
この様な道なき道を上がって行き、時には
   2017,2、18生駒連邦 078-2v
倒木を乗り越え、時には
    2017,2、18生駒連邦 076-2x
昔の標識のような、原石に何かを彫って印として使われていたのだろうと思えるモノや
  2017,2、18生駒連邦 075-2z
登って行くと、標識が立ててあった
   2017,2、18生駒連邦 072-2j
 札には350メート経塚と書いてある。この時点で体力のない吾輩は力尽きかけていたのだ(~o~)
トコロがまだ半分程道なき道を登って行かなければ・・・と思うと、急に気力が衰えてきた((+_+))結局経塚行は後ろ髪を引かれる思いで引き返す事になった・・・と言うのはチト大袈裟
ところが、二股に分かれた道、登っている時には気付かなかったが、コンクリートの舗装道路に出る前は地道であったのを頼りにそちらに降りて行った。
行けども行けども宝山寺青年部の立札にたどり着かない、その内車の走っている音が聞こえてきた。
奥の院の近くに来るまでこれるような所は無いはず、ここにきて初めておかしいと気づき引き返す羽目に((+_+))
引き返している時、湧き水ハッケ~ン
   2017,2、18生駒連邦 087-3q
まだ、からのペットボトル2本あったのだ、よし!入れて帰ろうと
   2017,2、18生駒連邦 085
写真では周りが汚いように映っているが、コンクリートの断片が地中から顔を出していた。昔湧水を汲み易いようにしていた所かもと良い様に判断、早速入れてリュックに入れてきたペットボトル4本、水を入れて帰ることができ満足の気持ちで無事下山し宝山寺のお水取りは終了する事になりました。
帰ってからコーヒーを沸かして飲んだのだが、宝山寺の「延命水」より美味しく飲めたことを報告しておきます。

独断と偏見の「延命水」の水評価は、山水が美味しかったので、比べてみると物足りない思いがしたが、マイルドな美味しい水でした。
(^_^)v (^_^)v (^_^)v (^_^)v (^_^)vでした 
詳しい場所
 
   

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NO219:松尾大社の「亀の井」

    
またまた、映画を見たついでに水汲みに行くはめになりました。
母なる神への旅~遠藤周作・原作、マーティン・スコセッシ監督
「沈黙 サイレンサー」思いのほか重い内容だった(^_^;)
国会では「テロ等組織犯罪準備罪」元共謀罪を言い方を変えて提出されようとしている。
「沈黙 サイレンサー」は江戸幕府のキリシタン弾圧を題材にした映画である。
何か深~いところで繋がっているように思えてならないのである。

この映画、テレビでのCMを見て相方さんが観たいと言いだし、乗り気でなかった吾輩のおしりをたたいて実現したのであった。
吾輩も、伏見稲荷大社での「薬力さんのご神水」も3本しか持って帰ってこなかったのでスッカラカン、イオン桂川に行けば近くに「松尾大社」が在り、前々から行ってみたい神社でしたので併せて行く事でOKをだしたのである。
   2017・130松尾神社 008-1w
嵐山の渡月橋の手前に大きな赤い鳥居が有りますので一目で分かります。行ったのは映画終了後の4時ごろでしたので、人影もまばらで、まだ正月気分が抜けきらない吾輩は少々さびしい漢字を受けました。
   2017・130松尾神社 001-1e
参道から駐車場へ車を入れ
   2017・130松尾神社 002-1r
石畳を歩いて社の方へ
   2017・130松尾神社 005-1t
松尾大社の境内全景絵図です。
途中にこのような資料館が
    2017・130松尾神社 003-1y
なんでお酒の資料館なのか・・・と
    2017・130松尾神社 009-1u
松尾大社平成の御遷宮
      ご奉賛のお願い
 松尾大社は、京都最古の神社で、その創祀は遠く上代に遡ります。その後、文武天皇の大宝元年(701)に至り、秦忌寸都理が勅命を奉じて、松尾山に鎮まります神霊を山麓の原社地に神殿を営み遷座されてからも、千三百十余年を経てまいりました。
 特に平安時代にあっては、、「賀茂の巖神、松尾の猛霊」と並び称せられ、皇城鎮護の神として朝野の篤い崇敬が寄せられました。以来、洛西総氏神、醸造祖神として全国の酒造家をはじめ醸造関係者よりも格別な崇敬をいただいております。
 振り返れば、昭和42年から46年にかけての所謂「昭和の大造営」に始まり、「松風苑三庭」の築造、昭和天皇御在位60年記念諸殿舎修復事業。そして平成に入り、平安京遷都1200年記念大鳥居の建立、平成13年には御鎮座1300年を記念しての諸事業などを進めてまいりました。・・・・・・・・云々
世情いまだ厳しくご多端の折とは存じますが、本趣旨にご理解ご賛同頂き、皆様の格別のご奉賛を賜りますようお願い申し上げます。
     松尾大社 平成の御遷宮委員会  会長
     松尾大社                 宮司
との事、
ウィキペディアから朝鮮半島からの渡来集団秦氏との関わり
松尾大社は、古代から渡来系氏族の秦氏(はたうじ)に奉斎されたことで知られる。秦氏は、秦王朝の始皇帝の後裔とする弓月君の子孫を称したことから「秦」を名乗った氏族で[注 4]、同様に漢王朝の遺民を称した漢氏(あやうじ)とともに渡来系氏族を代表する氏族である[22]。同じ渡来系の漢氏が陶部・鞍作部・工人等の技術者集団から成ったのに対して、秦氏は秦人部・秦部等の農民集団から成り、これらの人々は日本全国に分布して古代日本において最も多い人口を誇ったといわれる[23]。

秦氏発展の経緯として、『新撰姓氏録』[原 6]によるとまず秦氏は大和国の葛城に定住したという[24]。その真偽は明らかでないが、5世紀後半から末頃になると山背地方(のちの山城国)に本拠を置いたとされ[25]、以後は山背地方で経済基盤を築き、これが長岡京遷都・平安京遷都の背景にもなった[26]。山背地方のうち特に重要地とされたのが紀伊郡深草と葛野郡嵯峨野であり[27]、紀伊郡の側では現在も氏社として伏見稲荷大社(京都市伏見区)が知られる。葛野郡の側では桂川の葛野大堰に代表される治水事業によって開発がなされ[28]、現在も一帯には氏社として松尾大社のほか木嶋坐天照御魂神社・大酒神社、氏寺として広隆寺が残る。秦氏に関する文献は少ないため上に挙げた神社同士の関係は明らかでないが、松尾大社はそれらのうちで最も神階が高く、秦氏のゆかりとして第一に挙げられる神社になる[29]。

なお、前述のように松尾大社祭神の大山咋神・中津島姫命はそれぞれ日吉大社・宗像大社と結びつく神で、元々は秦氏特有の神ではなかった(他氏の神の勧請)とされる[25][30]。祭神が秦氏特有でないのは伏見稲荷大社・木嶋坐天照御魂神社も同様で、いずれの社でも秦氏が入植の際に入植以前の祭祀を継承する形を採ったためと見られている[31]。このように在地神を尊重・継承する傾向は、秦氏の祭祀姿勢の特徴に挙げられる[31]。
秦氏とは
『新撰姓氏録』によれば秦の始皇帝の末裔で、応神14年(283年)百済から日本に帰化した弓月君(融通王)が祖とされるが[1]、その氏族伝承は9世紀後半に盛んになったものであって[2]、真実性には疑問が呈せられており[3]、その出自は明らかでなく以下の諸説がある。
秦人が朝鮮半島に逃れて建てた秦韓(辰韓)を構成した国の王の子孫。新羅の台頭によりその国が滅亡した際に王であった弓月君が日本に帰化した(太田亮)[4]。
新羅系渡来氏族。聖徳太子に仕えた秦河勝は新羅仏教系統を信奉していたが、これは蘇我氏と漢氏が百済仏教を信奉していたのと対照的である[5](平野邦雄・直木孝次郎・上田正昭)[6][7][8]。
百済系渡来氏族。「弓月」の朝鮮語の音訓が、百済の和訓である「くだら」と同音・同義であることから、「弓月君」=「百済君」と解釈できる。また『日本書紀』における弓月君が百済の120県の人民を率いて帰化したとの所伝もこの説を補強する(笠井倭人・佐伯有清)[9][10]。
中国五胡十六国時代の羌族が興した後秦に由来する。また、羌族がチベット・ビルマ語派に属するチベット系民族であって、同言語においてハタは辺鄙の土地、ウズは第一、キは長官を意味することから、ハタのウズキとは「地方を統治する第一の長官」を意味する。同様に、マは助詞「の」、サは都を意味することから、ウズマサは「第一の都市」を指す(田辺尚雄)[11][12]。
五胡十六国時代に氐族の苻氏が建てた前秦の王族ないし貴族の系統とする説[要出典]。
景教(キリスト教のネストリウス派)徒のユダヤ人とする(日ユ同祖論)。平安京は碁盤の目のような十字路で構成されている為に景教と関連がある、とも言われている[要出典](佐伯好郎)[13]。

『隋書』には、風俗が華夏(中国)と同じである秦王国なる土地が日本にあったことが紹介されており[14]、これを秦氏と結び付ける説もある[15]。

本居宣長や新井白石は『新撰姓氏録』や『古語拾遺』に依ってハタでなく韓国(からくに)語のハダ(波陀)と読むとした[12]。

秦氏が創建に関係した主な神社・寺院[編集]
神社松尾大社
伏見稲荷大社
木嶋坐天照御魂神社(蚕の社)
大避神社 - 兵庫県赤穂市坂越にあり、秦河勝を祀る。対岸の生島には秦河勝の墓がある。
敢国神社
寺院広隆寺

だいぶ流れがそれた様なので元に戻し
平成の修復のため
  2017・130松尾神社 004-1a
神門となる楼門ですがテントで覆われ見る事できず(+o+)、そこを潜り抜けると目に飛び込んできたのが
    2017・130松尾神社 011-1s
拝殿に大きな絵馬
日本一の絵馬かと思いきや、日本一は鹿児島霧島市の和気神社の絵馬のようです。
横から見れば
    2017・130松尾神社 015-1d
境内マップには拝殿と書いてありますが、舞殿かな?と・・・
本殿はと言うと
   2017・130松尾神社 043-1k
こちらも、外装を修復中でしたが、本殿内では祈祷をされていました。
境内には
    2017・130松尾神社 016-1f
当社が「日本一の酒造神」と仰がれている事から、新酒の樽が奉納されているのか飾ってありました。
その手前には
   2017・130松尾神社 017-1j
樽の中に鉄板がはめ込んであるそうで、矢が当たると大きな音がするらしい。大きな穴なので誰でも当たるワナ・・・とたかをくくっていたら、なっなんと3本中1本しか当らなかった・・・あちゃ~((+_+))
   2017・130松尾神社 020-1k
夫婦和合 相生の松 恋愛成就
   2017・130松尾神社 019-1l
この古木はもと雌雄を同じくし相生の松として350年の樹齢を保ち、、さる昭和31・32の両年それぞれ天寿を全うした世に比類なき名松の大株である。昭和47年4月某氏天声によって神意を得、大〆縄を幹に巻き覆屋を設けてこれを保存せらるるに至った。
爾来人々は霊徳にあやからんものと本霊松を夫婦和合、恋愛成就の象徴として厚く信仰し今日に及んでいる。

他にも「幸運の撫で亀」寿命長久・家庭円満
   2017・130松尾神社 021-1z
こちらにも:軽の石
  2017・130松尾神社 023-1x
一、まず石を持ち上げる
一、願いを込めて、もう一度持ち上げる
一、最初より軽く持ち上がれば願いは叶う。重ければ叶い難し。

 松尾大社の神使が亀であることに由来するとされる[51]。神社文書によれば、松尾神は大堰川を遡り丹波地方を開拓するにあたって急流では鯉に、緩流では亀に乗ったといい、この伝承により鯉と亀が神使とされたとされる。(ウィキペディアより)

2017・130松尾神社 024-1c
「幸運の双鯉」もありました。  
さてさて「亀の井」は何処かいな~と境内を探すにもナイ、全景図も古くてよく判らない、社務所で尋ねてみると「盤座登拝道入口」から行けるとの事
    2017・130松尾神社 041-1v
本殿右の奥にあり、その入り口に御触書が
    2017・130松尾神社 026-1b
          「盤座登拝の心得」
松尾山は別雷山とも称し七谷に分れ、その一つである大杉谷頂上近くの斜面に巨大な岩石が有ります。これが古代の盤座で社殿祭祀以前に当社の神を祀っていた所です。昔からこの盤座をご神蹟とか御鎮座場と称して敬拝し、神職以外の登拝を禁じた神聖な場所です。従がって許可なく登拝することはできません。
但し、特に登拝を希望される方は登拝受付所に願い出の上、左の定めを守って参拝する事ができます。
定   遵守事項
一、一人での登拝は禁止します
一、お祓いの後、盤座登拝証を携帯の上、敬虔な気持ちをもって登拝しましょう。
一、登拝口以外よりの入山、下山は一切禁止します。
一、登拝道以外の脇道に入らないこと。
一、三時間以上の入山はしないこと。
一、タバコ、ローソク等、火気類の持ち込み禁止(火気厳禁)
一、カメラ、ビデオ等の持ち込み禁止(撮影禁止)
一、携帯電話の持ち込みは許可しますが、カメラ付携帯電話については下山時に撮影の有無を報告のこと。
一、草木、キノコ、鳥獣、土石類を取らないこと。
一、お供え物等は持参しないこと。
一、弁当など飲食はしないこと。
一、蜂や害虫の危害、落石等充分注意し怪我をしないよう気をつけること。
一、松尾山の清浄護持に心がけること。
     受付事項
○入山受付 午前9時より午後3時迄。
○下山受付 午後4時までに下山すること。
○ 1名に付千円  
     *二回目からは、1名に付500円
  ◎入山登拝禁止日(正月三ヶ日及び中大祭当日他)
で、廊下の下をくぐり入って行くと、右に受付所が有り「亀の井」を頂きに来たと申し出ると料金はパス。
   2017・130松尾神社 032-2q
松尾山登り口の方へ少し行ったところに在りました。
    2017・130松尾神社 028-2w
亀の口から出ていたので、持っていた漏斗は左のとこに置きペットボトルに注いだのは良かったが、最近年のせいか物忘れが激しく(~o~)帰ってから無いのに気付き(?_?)どうも置いたまま忘れてきたようです・・・
水を入れ終え帰ろうとすると、相方さんが赤い鳥居の方へ
   2017・130松尾神社 033-2e
その方へ着いて行ってみると「滝御前」という水の神様が祀ってある
   2017・130松尾神社 037-2r
「万物神が宿る」の如く、滝の神様でした・・・・・が、
   2017・130松尾神社 040-2t
看板には天狗の岩が見えると書いてありましたが、どうあがいてもそれらしき物は見えなかった・・・おそらく、信心が足らんのだろうと相方さんとけなしながら帰途についた。
*「亀の井」の水を、お酒を作る時に入れると腐らないと言われ、昔から重宝されていたのが日本一の酒造の神社由縁足るところだそうです。
    2017・130松尾神社 048-2y

独断と偏見の「亀の井」の水評価は、日本的硬水に感じ、コーヒーの後味に苦みが残る感じであった。吾輩的にはまろやかさも欲しいところであった。
(^_^)v (^_^)v (^_^)v (^_^)vでした
詳しい場所は

   

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