NO211:揖斐川町の二本杉親水広場の「地蔵名水」(仮)

  夜叉が池 041-1w
春に行けなかった岐阜県と福井県の県境にある夜叉が池(福井県側)に行ってきました。
  夜叉が池 085-1q
岐阜県側からは、こんな険しい絶壁をよじ登る風光明媚な登山でした。(天候はイマイチでしたが)
夜叉が池に行くには、福井県側からと岐阜県側から行くルートが有りますが、福井県側からは、登ってきた知り合いが「えらい山登りで二度と行きたくない、また、みるとこがないコース」という事で福井県側からは却下(^_^;)で、岐阜県側から計画をたてました。
当然近くに湧水を汲むとこがないか検索、本来なら登山コースに在るのがベストなのですが、ち~と離れた、揖斐川町日坂近辺に在るであろう「清水川」に寄る予定で出発しました。
当日は、前日夜から前線が本州を横切る雨模様(+o+)決行かどうか朝方決める事に、朝5:00起きても雨は降っていた。
しかし、天気予報の雨雲ズームレーダーでは、現地の様子では10時ごろには前線が通り過ぎて雨雲も無くなっている感じであった。
我が家から現地駐車場までは3時間の予定でしたので、AM7時30分ごろに出ればよかろうという事で出発する事になった。
滋賀県の木之本に降りたのが9時過ぎ、そこから国道303号線へ入り坂内川上地区から登山道へ向けて9時半ごろ入って行った。
まぁ、遅く行けば遅いほど天気の回復も良いだろうと、最初の寄り道
 夜叉が池 117-1e
脇道へ入るや、夜叉龍神社なるモノがでてきた。ソコには
   夜叉が池 118-1r
夜叉龍神社  イブ側丁坂内川上 字地蔵平
 夜叉が池に最も近い人里であるここ川上の地に、池の守護 高龗神(こうらいじん)を奉斎する社である。
 正保四年(1647年)に大垣藩主戸田氏鉄公により創建され、その後大垣藩領治水の鎮守として歴代藩主の崇敬篤く、時々の修復建て換えも藩の奉献に依っている。
 明治28年(1896年)ナンノの大崩壊の折神霊を長昌寺に祀り 後八幡社境内に遷して高雷神社と称す。
 昭和9年(1934年)揖斐川電工株式会社(現イビデン株式会社)川上発電所を開設するに際し、この地蔵平の故地に本神社を復興した。
水の恩恵に謝し村と会社の平安隆盛を祈願する意に発する夜叉姫伝説ゆかりの宮であるこの近辺にはいくつかの話題の地点がある。
夜叉が池 120-1y
立派な境内にしては、少し小さめな祠。そして、もう一つの立て看には
   夜叉が池 119-1t
岐阜県十勝遊覧地投票入選(45,348票)  夜叉が池
右者 本社主催岐阜県十勝遊覧地投票に際し、前記の成績を以って入選せらるたるは畢意本県の名勝として誇り得る特色を有し汎く江湖に喧伝せられつつある結果に外ならず 仍て本社は 右土地に十勝中の一勝地たる標柱を建設し之を顕彰すると共に併せて永久に其栄誉を保持するに努められん事を望む
 昭和8年5月14日      岐阜日日新聞
さらに進んで行くと
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夜叉が池 入山記帳所なる公園らしきところが見えてきた。
   夜叉が池 008-1i
トイレの横の方に登山届と下山届の用紙が置いて有り記入、その近くには
  夜叉が池 111-1o
ナンノ谷崩れ100周年・床固工群完成 モニュメント 1995・11・3 坂内村 建設省
裏には
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ナンノ谷崩れとは
1889年(明治18年)川上部落に集中豪雨が襲い、1週間に亘って空からロープを下げたような大豪雨となり、山は崩れ、川は増水し、村からは一歩も出られない状態になったと言われ、この豪雨でナンノ坂の山が大崩壊し(土石流=153万m3)川をせきどめ一時自然ダムと化した。一週間後、このダムが決壊し、ナンノ坂の出作り小屋が一瞬にして流され男女四名の尊い命が奪われました。また、下流の家や、橋、田畑など多数流され大災害となった。
その後、県、建設省で砂防工事が進められ、現在の状況に至っている。
   夜叉が池 114-1p
夜叉姫伝説:その昔、美嚢の国神戸(現在の安八郡神戸町)郡司安八太夫という長者がいて、たくさんの田んぼを持っていました。ある年、大変な日照りが続き安八太夫をはじめ、多くの村人が作物が取れず途方に暮れていました。
信仰の厚い太夫は、毎日お宮へお参りして願いをかけていましたが、ある時、乾き切った田んぼで出会った小さな蛇に太夫は「おまえが雨を降らせてくれたら、どんな願いもかなえよう」と、ひとりごとを言って家へ帰りました。
すると不思議な事に間もなく、雨が降り出すではありませんか、農作物は生き返り、みんな大喜びです。
ところがこの翌日ヘビが山伏の姿になって現れ、太夫の娘の三人のうち一人を嫁にして揖斐川をのぼっていってしまいました。
こうしたことから旱が続くと村人は、龍の池、夜叉が池に祈りを捧げるならわしになったといいます。
入山届二人分を出して、さらに山奥へ車で入って行きました。しばらくして古げなダムに
   夜叉が池 109-1a
さらに山奥へ、すると鳥居が
   夜叉が池 009-1s
ここも「夜叉龍神社」と書いてあります
   夜叉が池 011-1d
どうも御神体は「夜叉が池」ではないかと(?_?)そこを曲がり少し行くと駐車場に着きあたりました。
   夜叉が池 012-1f
見た瞬間、連れ合いの口から「わ!スクナ!」雨上がりと言えども20台ほどは停まっていると思っていたのだが・・・(*_*;
予定が外れて駐車場に着いても小雨、夜叉ヶ池までの距離約3km、高低差350m、所要時間1時間30分前後との事でしたので雨が止むのを期待して、準備をゆ~くりとし始める。駐車場の端にひっそりと
   夜叉が池 013-1y
飛騨、美濃紅葉33銭の地 夜叉ヶ池(33選て中途半端でわないヶ)余談だが桜33選もあるそうな
でその横に登山案内板があり
   夜叉が池 104-1u
その左の登山道を登るのでなく、
   夜叉が池 015-1i
下って行きます。その底に
   夜叉が池 102-1o
立派な?橋が架けてあり、おー親切なところ・・・と言う思いで渡
   夜叉が池 016-1p
こんな山道を上がったり下がったり・・・して徐々に登って行きます。全体を通して、最後以外歩きやすい行程でした。
時たま
   夜叉が池 018-1s
この様な沢が道を横断、そこにはこんなものも
   夜叉が池 019-1d
チョイト息がはずむころ、本来なら
   夜叉が池 100-1f
途中で、夜叉ヶ壁が山の合間から顔を見せるのだが、今回は
   夜叉が池 017-1a
雨は降っていないものの、雲にかくれてサッパリ(?_?)『上も下の写真も判りずらいが、上は帰りに望遠で写したもの』
   夜叉が池 095-1j
徐々に登って行くと
   夜叉が池 023-1g
幽玄の瀧が現れます
   夜叉が池 024-1h
 夜叉ヶ姫がこの滝の水で身を清め、て聖域に入り沼?底にくだり身をひそめたという。
 滝の水は肌を若返らせ長寿が叶うとも伝わる。
 仙境の地にて所在わからず幻の滝と言われていたが、遊歩道コース新設の折に不思議と出現したものである。
滝を過ぎて見上げてみると
   夜叉が池 031-1x
山の斜面を九十九折れの山道に(*_*;・・・知らぬ間に相方さんがパチリと
   夜叉が池 028-1z
今回から山登り用ストックを使うようになり、チョイト楽に登っていますがダウン寸前
   夜叉が池 033-1c
九十九折れを登り始めて間もなく、視界が開けたかと思いきや目前に岩山、これは信州の山ではないか(@_@;)それに天空の彼方からの滝、最高のシチュエーション!ここでしばし休憩
一息ついて登りながら
   夜叉が池 043-1v
風景を楽しみながら
    夜叉が池 046-1b
快晴なら、さぞ絶景だろうと相方さんとダベリングしながら登っていると、
   夜叉が池 044-1n
絶壁の岩場、これが噂のクサリ場か~((+_+)) その上この看板
   夜叉が池 045-1m
登山ロープは補助的なものであり、過信しないで下さいとの事(^_^;)
   夜叉が池 048-2q
このクサリ場を過ぎると尾根に到着!(^^)!さいわい雨にたたられる事は無かったが、山の上は雲がしぶとく居座っていらしゃる
   夜叉が池 054-2w
尾根から見える夜叉ヶ池も雲の中
   夜叉が池 052-2e
どうも太陽が覗きそうもなく、期待していたコバルトブルーの湖面は見れそうにない、とりあえず昼飯の場所を探しに湖面まで降りて行く事に
   夜叉が池 077-2u
池を守るために木道が整備されていた。そして池の縁に到着
   夜叉が池 062-2a
池の横には
   夜叉が池 056-2s
以前は祠が有ったようですが、現在は石碑に変わっていました。食事を終える頃には視界も良くなり
   夜叉が池 074-2y
ヤシャゲンゴロウという、夜叉ヶ池にだけ生息するという絶滅危惧種
   夜叉が池 058-2i
ゲンゴロウならずイモリのお出迎え
   夜叉が池 067-2o
食事も終え、少し肌寒くなってきたので帰る事に
   夜叉が池 083-2g
クサリ場の写真は帰りがけに写したものです。
   夜叉が池 089-2g
アッシをおいてスタコラサッサと帰りの途につく相方さん。お~い待ってくれ~と言ってもスタコラサッサ(*_*;
所要時間:行き2時間(ふつう1時間30分)帰り1時間でした。参考までに
帰って来ると駐車場には
   夜叉が池 103-2h
下山途中家族連れ4人とすれ違った方の車とマイカーの二台。暗くなるまでに無事下山できたのかな~と心配しながら夜叉ヶ池の山登りは幕を閉じました。おわり・・・と行きたいとこ、登山に付き物の温泉行へ、その途中に湧水を汲む予定で道の駅「夜叉ヶ池の里さかうち」へと向かっていった。
「清水川」という湧水を汲みに行く予定でヤフーの地図をダウンロードして持って行ったのだが、地図が余りにも詳細過ぎてよそ者にはサッパリどこかわからず、道の駅の方なら判るはずと尋ねてみると「久瀬温泉の近くにある」との事、行き方も国道303号からと、近道の県道からと二通り有るが県道の方は少し道が狭いとの事、この辺の人は県道の方から行っていると言うもので我らもその道で行く事にした。ついでに近辺で湧水の出ているところが在ったら教えを乞いたいと尋ねてみると、その「清水川」に行く途中に公園がありそこにも水が出ているとの返事(^_^)v早速そちらへ出発
10分ほど走ったところに
    夜叉が池 123-2h
ありましたよ~\(^o^)/
   夜叉が池 125-2j
パイプから流れ出している。
この地下からか、それとも何処からか引いて来ているのか解らなかったが頂く事に
  夜叉が池 123-2k
後にお地蔵さんが祀ってあったので、(仮)「地蔵名水」と付けておきました。誰か名前を知っておられたら連絡ください。

独断と偏見の水評価は、あっさりとしたコーヒーに仕上がり美味しく頂きました。
(^_^)v (^_^)v (^_^)v (^_^)v (^_^)v
詳しい場所は



 
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NO210:三方石観世音の「観音霊水」

  三方五個 274-3m
三方石観世音に行く前に以前から行きたかった常神半島・・・自生して数百年経つと言われているソテツを見に
三方五湖の海側に突き出た半島が常神半島ですがその先端の集落が常神(常神半島の島の名前は神功(じんぐう)皇后を祀る常神社(つねかみしゃ)に由来するといわれている)に行くのに半島にへばりつく道を走ります。
  三方五個 204-4q
村に入って行くと、すぐ目についたのが三方海中公園グラスボート乗り場
   三方五個 216-4w
常神の観光の基地となっている大駐車場かねての船乗り場、吾輩もソテツは後回しにして船に乗って海中公園を散策する事にすぐ決断した。1時間に1航海、出発するまでの間でぶらぶらと
   三方五個 211-4t
港の岸壁から海を見ると魚がのんびりと、人間様も恐れず
   三方五個 214-4y
エサのおねだりなのか、吾輩が行く方によって来る・・・・・そうこうしている間に出発の時間が
   三方五個 205-4u
この船に乗り込みました。乗船人数合計5名での出発
船内はと言うと
   三方五個 262-4i
帰り際に写した為、お客さんは出口へ向かっておられますが、その手前中央に箱型の覗き窓が設置されています。
気持ちが昂る中船内から常神の集落を望んだ写真デ~ス
   三方五個 221-4o
アップすると
   三方五個 222-4p
ソテツの・・・の大看板・・・ソテツで売り出している様子が伝わってきます。ソテツの樹齢数百年と書いていましたが、1300年との事、屋久島の縄文杉の7000年には遠く及ばないものの、1300年と言ってもピンとこない(・・?
航路は半島の先端にある御神島(おんがみしま)を一周して帰ってくるらしい。半島の鼻辺りに
   三方五個 225-4s
小さな祠○島神社と書いた幟がはためいていた、イワレを船内で聞いたのだが歳のせいで忘れてしまった(*_*;
ネットでイロイロと探したのですが見当たらず、まぁ大したことのない神社なのでしょう。
その沖に見えた小さな岩
   三方五個 229-4d
なにかの顔に見えませんか~・・・・吾輩はゴジラ・・・モトイ、ゴリラの顔に見えるのだが、そのまた沖には
   三方五個 232-4f
すごい場所で磯釣り、そうこうしているまに御神島が近づいてきた。島に近づいた頃船が止まった。海中を見ろというのか
   三方五個 233-4h
お客さんは四角い箱の中を覗いて見るのだが、海底の岩らしきものは薄っすらとしか見えない。まして魚と言うものなど全く見えない(~o~)お客一同、こんなもんかいと口々に言っていると、船は又走り出した。
   三方五個 234-4v
船釣りしている方々を横目で見ながら、御神島の裏側へ・・・と、洞窟が見えるではないか
   三方五個 238-4j
近づいていくと、ここでも釣りをしている。
   三方五個 237-4z
・・・ということは、この辺一帯は漁場なのか、魚が見えるかも
   三方五個 236-4k
と、船が洞窟に入ろうとしている(*_*;・・・しかし、船が大きすぎてココまで、船首を洞窟の中に入れて、またもや停止。海中を再度覗いて見る
   三方五個 235-4l
今度は何~もそれらしき物は見えず、しばらくして再度出発。それにしても磯釣り師、一時間に一度観光船が回って来るのだが釣れるんでしょうかな~(?_?) そして、御神島の先端を回り帰路へ
   三方五個 240-4x
1200円が安いのか、高いのか気分がモヤモヤしている中、湾内に入っても乗船場とは別の方向へ進んでいる。
   三方五個 246-4b
湾内の奥深いところに入ってきたところ前方を見ると
   三方五個 260-4n
生け簀(いけす)が口を開いていた。・・・と
   三方五個 259-5q
網を乗り越えて生け簀の中へ入って行くではないか((+_+))オイオイオイ・・・と思っていたら生け簀の中にまるまる舟が入ってしまった
   三方五個 258-5w
オ・オ・オ、そうだったのか(*^^)v早速船底を覗きこむと
   三方五個 253-5r
こちらにも
   三方五個 255-5e
養殖用?観光用?魚が見えるではないか・・・・嬉しい気遣い・・・・これでモヤモヤも吹っ飛んだ(*^。^*)
小浜の蘇洞門の遊覧船も50分2000円、サービス付で1200円高い値段ではないと思った瞬間であ・り・ま・し・た。
港に帰るなり、ソテツ観光へレッツゴー・・・気分も爽やか・・・テクシーで・・・
   三方五個 270-5y
漁村の狭い路地を進み、
   三方五個 269-5u
案内板の路地を曲がり、たどり着いたところが
   三方五個 268-5i
民宿らしき「ソテツの家」どうもこの狭い軒下を行くようである

遠慮しながら通って行くと
   三方五個 265-5o
      国指定天然記念物:常神のソテツ
           指定:大正13年12月9日
 この大蘇鉄は、雌株で根元から樹高4,5~6,5mの支幹5本と樹高1,5~3mの支幹3本の8本が株分れし、その全幹の周囲は5、2mを計測します。
 樹齢千年以上と思われますが、日本海側の北限といわれるこの大蘇鉄は、栽培されたものか、自生したものか定かではありません。
文化庁 ・ 福井県教育委員会 。 三方町教育委員会(若狭町)
   三方五個 264-5p
余りの大きさの為、場所が狭く全体を撮ることができませんでした。
海中グラスボート遊覧(もし関係者の方が読んでくれましたら、グラスボートに水中サーチライトを取り付けるとか、船が止まって海底を見る場所に漁礁等設置して魚を棲息させればと提案したい思いです)
に予定時間をオーバーしてしまったため急いで引き返す事に、半島の道を走っていると前方に止まっている車が、追い越そうと車の前を見ると
   三方五個 271-5a
お猿さんが数匹遊んでいるではないか、これは撮るに値すると車から降りると
   三方五個 272-5s
驚いたのか逃げ出した。カメラを向けると
   三方五個 273-5d
樹の根っこ(蔓かも)を伝って山へ帰ろうと・・・慌てふためいていた。心の中で「ごめんよ」と言いながら車を追い越して常神半島を後にした。
   三方五個 275-5g
三方五湖に帰って来て、周遊道路を走っていると、所どころに芸術作品が
   三方五個 276-5h
「紺碧」まさに今日(*^^)v、そして走っていると異様な構造物が(?_?)
   三方五個 284-5j
三方縄文博物館です。ユリ遺跡出土丸木舟(縄文時代後期・晩期)で有名になり、それが元で建てられたとか。その近くには茅葺の舟小屋も
    三方五個 279-5k
国道27号線に入り、道沿いに三方石観音の案内板が
10020018.jpg
お寺の山門の横に立っていたのでそちらの方へ上がって行った。
   三方五個 289-5z
車を止めた後ろの方は、境内の墓地、そこにはこのような墓石のお墓「無縁塔」がその上に石像が乗っていた
   三方五個 288-5x
我が地方では、このような墓の『墓地』は見たことがなかったので衝撃を受けた。しかし、チト観音さんではない様な(?_?)
湧水がどこに在るのか、探して見る事に
   三方五個 285-5c
それらしき物が見当たらない、そのうち本堂の方へ
   三方五個 286-5v
立派なお堂、怪しげな男が入って来たと思われたのか、女将さんが出て来られたので湧水の場所を尋ねると、それはこの先の「石観音」ですよ・・・と、エ~ここが石観音ではないのですかぁ~・・・と、行き方を聞いてそちらへ
   三方五個 290-5b
どうもここらしい。
   三方五個 293-5m
三方観世音の本尊さんは片手が無いらしい(後程云われは紹介)、正面の観音立像石仏は最近建てられたもので、本尊さんは秘仏の様です。それはともかく、本堂へお参りと霊水を求めて
   三方五個 292-6q
時間も日没が近く、林の中は暗くチト心細い。少し登ると
   10020015-5r.jpg
弘法大師の姿を彫った石像が迎えてくれた。弘法大師が守ってくれて百万力\(^o^)/俄然気持ちが落ち着いてきた(*^。^*)
 三方五個 296-5t
石観音だけあり石尽くめ、本堂が近づいてきた雰囲気
   三方五個 298-6w
で車を置いて石段の参道へ
   三方五個 299-6e
そこの横には
  三方五個 300-6r
    石観世音菩薩・妙方石   由来記
御本尊は一大花崗岩に刻まれたる所謂(いわゆる)石観世音菩薩にして南面せらる 然も 弘法大師一夜の御作りにして桓武天皇延暦年間の草創なりと云えば大師入唐以前の作なるべし 大師若狭路に遍歴せらるるや此の地の風光明媚なるを愛でられ此の山に宿らる或る夜霊像御彫刻中鶏鳴聞えたれば僅かに右手首より先を残して飄然山を下りらる故に片手観音なり されば手足のさわりは元より諸病に霊験あらたかにして不可思議なる事実亦多し
左の石は正徳年間の元旦に観世音大師に参詣せる村人が鶏鳴を発するを聞きたり故に鶏鳴石又は妙法石と称す  了
ウィキペディアより現代版
『石観音菩薩由来記[1]によると弘法大師が若狭に布教の際、三方五湖を一望できる雲谷山山麓の花崗岩に一夜で彫ろうとしたが、完成する前に一番鶏が鳴いた為、右手首が未完成のまま下山した。このことから片手観音とも呼ばれている。手足の病にご利益があるとされ参拝者がたえない』
写真に写る左の石かな?

石観世音には、時間に余裕があれば寄ってみる位しか思っていなかったので下調べもしなかった、此の立札を写した時は読まず本堂の方へ向かった。(このため、石観世音の重要な所を写してこなかった((+_+)))
本堂へ向かう参道の左の奥には
  三方五個 302-6t
こんな所に滝が有るという事は湧水かもと思い・・・帰りに頂こうと本堂へ
  三方五個 304-6y
本堂へ近づいてきたワンシーン。本堂
  三方五個 305-6u
本堂後ろは岩にくっつけて建てられているそうです(ここも写していない、その岩に片手観音様が彫られているのかも)
片手石観世音菩薩は33年に一度の御開帳がある秘仏だそうです。
そしてその左側に
  三方五個 306-6u
観音霊水を汲める蛇口が、
  10020012-5o.jpg
観音霊水を汲みかけていると、お坊さんが上側の水溜か水道の蛇口から汲んでくれと親切に言ってくださった。そのついでに水の水源を教えて頂くと、奥の院近くに在るという。では、そちらのほうで頂こうと奥の院の方へ
   10020013-5a.jpg
案内図に観音霊水の場所が書いてあります。 ここから車でも登れました。
   10020010-5s.jpg
登って行くと異様な砂防ダムにめぐり合わせ((+_+))
   10020009-5d.jpg
草する観音霊水のお堂に到着
   三方五個 311-6o
と こ ろ が・・・
  三方五個 313-6p
この筒から出ていた水は雀の涙程度・・・より少し多め・・・筒の元に栓が有ったので回しても最大になっていた。仕方なくペットボトルに入れだしたが、1本汲むのに10分以上かかり、2本入れて根負け(+o+)残りは本堂の横の竜の蛇口で頂く事にして、夕暮れになって来たので、奥の院(歩いて登る)へはいかずに引き返しました・・・というお話でした。
尚、くっるとき見た参道横の滝水はホースで引いているとの事、また「三方石観世音」の詳しい内容は『日本珍スポット100景』のHPで見てください。

独断と偏見の水評価は、沢水の伏流水の様で?満点の味のコーヒーは味わえませんでした。苦みが強く出て多様な?
(^_^)v (^_^)v (^_^)v (^_^)v 
詳しい場所です
       

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