NO189:裏菊水(酷道429号の旅そのⅠ)

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NO159でお伝えした、日本中の国道で一番哀れであろう国道429号!岡山県の倉敷から京都府の福知山まで続いている。誰が言ったのかは知らないが、酷道という汚名のついた道である。
一度この国道を全線走破したいと思っていました。以前コメントを頂いていた節分までは西方面の旅行は要注意という厄も晴れて明けまして、今回酷道429号を走破する旅に出てきました。
酷道429号の付近に天然水が出ていれば汲んでくるという目的をもって(^_^)v
まず悩んだことは、出発をどちらにするかという事でした。福知山を起点にすると、夜明けから出発すればよいので、朝が楽である。しかし、吾輩の性格上、倉敷に近づくのが遅れれば水汲みの事が吹き飛んでしまう。
その点、倉敷を出発地にすると夜中起きで出て行かなければいけない。しかし、福知山に着くことが遅くなっても、こちら側の水汲み場所は大方汲みに行っているので、素通りしても苦にならない・・・というわけで、国道429号起点通り倉敷から福知山に向かうことにした。
関西方面のテレビ番組で、PM1:55~5;30の時間帯で、月曜日~金曜日まで放送されているTBSの「チチンプイプイ」その中の木曜日の5時椙から始まる「昔の人は偉かった」、毎回見ている好きな番組で、昔の人と同じように「日の出から日の入りまで(日の入りまでもではないが)歩いてその地域の事やら、テーマに沿った内容を紹介するのであるが、今回それを真似して、日の出から出発して、コース途中で見つかった天然水を汲んでくるという、『当たるも八卦当たらずも八卦』気分で取り組むことにした。
どれだけの水が汲めることが出来るのか?最後のお楽しみデンデン・・・ということで始まり始まり~\(^o^)/

我が家を出発した時刻が、AM3:15、例のごとく京都縦貫道から舞鶴若狭道に入り、中国道から神戸JCTを経て山陽道へ入ろうとしたが通行止め、よって中国道の福崎から播但道を経て姫路から山陽道に入り倉敷JCTから瀬戸中央道へ、高速道を児島ICで降りたのがAM6:45、距離286kmであった。
ここまで来れば、やはり瀬戸大橋の絶景が見たい!やはり鷲羽山へ行くことに
鷲羽山の近くで日の出と対面(^_^)v
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鷲羽山の公園から、瀬戸大橋のいいところをパチリと
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それから
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山頂まで登り、その後国道429号の起点へと車を進めた。
と、その前にもう少し鷲羽山の事
頂上からの眺め
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鷲羽山の知られざる歴史
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鷲羽山と遺跡:鷲羽山には数万年の昔から人類が住みついていました。彼等は香川の五色台付近に産出するサヌカイトという岩石を加工してつくった石器を使い、魚や野獣を捕らえて生活していました。
山頂付近に古墳も
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鷲羽山から国道429号ならず430号を使って水島コンビナート
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その2
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そう言えば、最近カメラ女子の間でも、工場の夜景を撮る人達が増えているとか、さぞかしコンビナートの夜景は喜ばれるのじゃないかな~・・・と思いながら国道429号の起点に着いた。
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道路標識に国道2号と左右に書いてある道が、上の陸橋で2号線バイパスとなっており、そのガード下を抜けると国道429号線になるようでした。
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倉敷市玉島唐船交差点付近がどうも起点のようである。
国道429号、本来は国道2号線だったところ、岡山バイパス~玉島バイパスが開通して国道2号線になり、元の2号道が国道429号線になり国が管理するように成ったのではと推理してみた(真実のほどは?)。
何はともあれ、日の出に起点の唐船交差点を出発する予定が、鷲羽山で予定外の時間をくったためAM9:00時に出発となった。
1キロ弱は、国道2号と重複する道を走り2号線はバイパス側へ、429号線は川沿いにそれて行った
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しばらく走り、倉敷市を流れる高梁川の川を渡る橋に出た
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この辺りの429号線は立派な道が通っている。この国道が酷道と呼ばれる道になって行くとは、おそらくこの近辺の住民は誰一人として思っていないのでは・・・と思いながら、さらに429号道なりに進んで行った。
そして、倉敷駅手前の2号線と交差する場所
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さらに、倉敷駅前を過ぎて郊外の総社市へ向けて曲がって行きます。
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そして、何度か曲がり
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郊外の雰囲気へ
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そして、突如として国道429号が消える場所へ
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右に曲がれば総社バイパス国道180号線になる。そこを走って行けば岡山道路(自動車道)の岡山総社ICに着き、ここから429号の標識が出て来るのである。
この総社バイパスを走っていると
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県立岡山大学のキャンパスが見えてきた。たしか、資料ではこの近辺に名水が出ていると書いてあった。
情報では、岡山県立大学の東、道路脇にある。と書いてあったが、始めて来た者には西も東も判っちゃもんじゃあ~りません。まぁ、カーナビを進行方向上から北を上にすれば判るとゆうもんですが、めんどくさい(~o~)
こんな時に手っ取り早いのは、地元の人に聞くのが一番(^o^)/いい具合に畑で野良仕事をしていらっしゃった年増のご婦人にお訊ねしたところ、この道を真直ぐ行けば在ると、その上聞いていないもう一つの名水と言われている場所も、その手前の道を曲がって村中に入って行くと有りますよと教えてくれました。厚くお礼を言って車を進めると、
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まさに道路脇に在りました(^_^)v早速石垣の中を覗いて見ると
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正面に、涙の雫よりましですが、一筋の雫になって流れて出ていました
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ペットボトル2本入れる予定にして
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入れだしたのだが、1本を入れ切るのに15分ぐらいかかり、根負けしてしまい1本で終わりにした。
こんな湧水だが、昔から有名らしい
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裏菊水(清水の井戸)  『どうも行く順番が違ったようだが・・・』
 奈良に「菊のした水」、いわゆる「菊水の井戸」がある。そこから北西へおよそ六百メートル、長良山の西麓にもうひとつの名水がある。
これら山麓の泉の水は、古く平安時代に「君が代は長良の川の水すみて底なる石も玉とこそ見れ」と歌われ、長寿の水としてはるか都にまで知れ渡っていた。
 今では、「長良の川」を特定する術はないが、このふたつの菊水は当時より世人に広く知れていたに違いない
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という事らしいので、歴史は長いようです。ところが
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ここの看板には注意書きが「生水は飲まないで下さい」と書いてあった。その時は『ふふ~ん』ぐらいしか思わなかったのだが、一本のペットボトルでは分からない、後程行った「菊水の井戸」の水と比べたら、ありゃりゃ水の色が違うではないか((+_+))
しかし、帰って来てコーヒーを沸かして飲んだという事は言うまでもないハハハ。

という事で、独断と偏見の水の評価は「沸かして飲んだ事、コーヒーを作るのにコーヒーメーカーで作った」事から雑菌、及びゴミ類はクリアーできていると思います。飲んだ感想は、まぁまぁ というトコでしたが、やはり水がくすんでいる(濁っているよりまし)』という事からお薦めすることはできません。ゆえに
((+_+))にしておきます。
詳しい場所は

案外、少し先に在るため池から来ているかも(?_?)


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NO188:朧の清水(おぼろ)

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ただ今インフルエンザビールスB型と闘病中・・・・・・((+_+))
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     平家物語(建礼門院)ゆかりの泉
今日からぼちぼち仕事ができるようになってきた。上のリレンザ、四つ粉薬が入った容器を専用吸入器にセットして、専用吸入器に付いているレバーを上げて粉薬の容器一か所に穴を開け、下の突起部分を思いっきり吸い込むこと約三回、朝2か所、夜2か所の粉薬を吸い込み5日間続けて無事回復いたしました(*^_^*)

「朧の清水」三千院から寂光院へ行く道中の大原散策路にあります。腰ぐらいの深さの石段下に水たまりがあり、掬ってみると意外と綺麗な水だったのでペットボトル1本入れて帰ることにしました。ここでも知らぬ間に
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『平家物語』の「大原御幸」に「おぼろの清水月ならで御影や今に残るらん」と出ている。建礼門院がこの清水に身を写したところ、老い果てて見る影もない自分の姿に驚き悲しんだという。大原の名所として有名である

で、われらの本来の目的が最後になった夜のお食事会の会場「うまもんや こむ」へと
  コムコース 2,850円 の紹介へ
食前酒(アルコールなし)
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おばんざい(京都市内で古くから食べられていた季節の食材を生かした食べ物)
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食い気が張ってつい食べようとしたら、保護者様が写真を撮ってからとのお叱りの後・・・横の麦ジュースは別注もん
海の幸カルパッチョ
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魚のカルパッチョ(日本発祥)[編集]
日本においては、生の牛ヒレ肉の代わりに、マグロやカツオ、サケなどの刺身を使用したカルパッチョが和洋折衷料理(西洋料理の日本風アレンジ)の代表例となっており、その創作者はレストラン「ラ・ベットラ・ダ・オチアイ」の落合務だといわれている[2]。カルパッチョの発祥国イタリアにおいても、世界的な刺身ブームの影響を受け、生の魚肉を使ったカルパッチョや、野菜やフルーツを使ったものも多くなってきている。(ウィキペディア)
焼き物
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牛のたたき、ビール二杯目(*^_^*)
揚げ物
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カキフライ、アツアツの出来立て・・・うまかったので吾輩はお替り
負けじと、保護者もかぶら蒸しの注文
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お互い満足満足(^_^)v
酢の物
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タコと藻ずくで、家で食べるより何倍~もうまかった(ナイショ)
椀物・ご飯物
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アサリの赤出汁・山菜おこわ・・・鞍馬山門前食堂で食べたものに匹敵・・・山菜おこわ自体が美味いのかも 
最後に、デザート
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コーヒーが付かなかった事が心残り・・・

というわけで、帰りは相方様の運転で帰ってきました。・・・おわり

独断と偏見の水評価は:たいてい溜まり水は、掬ってペットボトルに入れると底の溜まり物がかき混ぜられて入るんだが、掃除が行き届いているのか、きれいな水でした。普通に飲ましていただきました。
(^_^)v (^_^)v (^_^)v (^_^)v
詳しい場所は

  

番外:詐欺パートⅦ

今回は、タイの詐欺事件ではありませんが、先週フィシング詐欺メールが入ってきました。
何とかコンピューターウイルスに感染することは免れましたが、昨日またも同じ詐欺メールが入ってきましたので、その全容をアップいたします。

拝啓
配達員が注文番号026051130458の商品を配達するため電話で連絡を差し上げたのですが、つながりませんでした。従ってご注文の品はターミナルに返送されました。ご注文登録時に入力していただいた電話番号に誤りがあったことが分かりました。このメールに添付されている委託運送状を印刷して、最寄りの日本郵政取り扱い郵便局までお問い合わせください。
敬具
日本郵政ジャパンの宛先:
〒108-4729
東京都港区芝浦4-13-23
MS芝浦ビル13F
日本郵政
3/16/2016 00:21:41

以上の内容のメールです。

私の顛末を書いておきます。
私の場合、不正なメールが入ってきた数日前に近所の○○石油のクレジットカードを申し込んだ時でした。その時に確認電話の中で、二つ電話番号を書くところが、片方が誤っていたのをあちらの方が修正しておきますと電話を切られました。
ところが、カードがすぐ来ると思っていたところ三日経っても来ない、どうなっているのだろうと思っていたところにこの第一回目のメールが入ってきましたので、てっきりクレジットカードの件でのメールだと早とちりをしてしまいました。
添付されている委託運送状を印刷しようとしても、迷惑メールに入って来ていたため開くことができず、郵便局へ行くより電話で問い合わせた方が早いと思い、最寄りの郵便局へ電話をして問い合わせると、対応された方がそれは詐欺メールですと返事され、全国で同じような事が発生しているとの事でした。『添付されている委託運送状を開けるとウイルスがコンピュータ―に入り込み、銀行でのダイレクトバンキングのパスワードを盗取るらしいのです。翌日、全国紙でその事が記事になっていました。
皆さんも気を付けてくださいネ(^_^)/
尚、郵便局ではパソコンにメールを送ることはないらしいとの事、後日クレジットカードの連絡は郵便物できました。

NO187:建礼門院ご使用の清水

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駐車場に着くとPM3:30、レストランのオープン時刻 PM5:00にはまだ時間にゆとりがあるとゆうことで、近くの『聖徳太子の御父・用明天皇と平清盛の娘・健礼門院』ゆかりの寺、寂光院まで足を延ばすことにした。(^_^)/  
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三千院から続く大原の里の小道を歩いて寂光院へ、途中
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大原の里の風景を
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落合の滝を見て寂光院に着きます。
受付で、境内に湧水が出ている場所はありませんか・・・と尋ねてみると、受付嬢は、裏方に聞きに行かれて「そのようなものはありません」との返事でした。・・・・・ガク(+o+)
趣のある石段を登って行くと
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この門を入ると
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本堂が正面に
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ここで、寂光院の案内
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 当院は推古天皇二年に聖徳太子が用明天皇御菩提のためと普く天下安穏のためにお建てになったのを開創とする
 本尊六万躰地蔵菩薩(重文)は太子が御父用明天皇の御菩提のためと天下万民平和安穏のためにお作りになったものである
     寂光院御詠歌
  浪速より小原の里にしたひきて寂光院のみ仏にぞなむ
     願えひと六万躰の地蔵尊わけてたまはる信の深きに
 初代の住職は聖徳太子の御乳人玉照姫である その後文治元年九月に高倉天皇の皇后建礼門院がお住まいになった それ以来御閑居御所とも高倉后大原宮とも称してやはり代々貴族の姫等が静かに清らかに法燈を伝えてきた 文治二年四月に後白河方法が御幸あそばされた平家物語や謡曲で有名な小原御幸である 後世小原を大原と書いた
 本堂は飛鳥、藤原、桃山の三時代の様式からなり内陣及び柱は飛鳥、藤原、及び平家物語当時の物で 外陣は慶長八年に豊臣秀頼卿が片桐其元を工事奉行として修理されたものである また内陣の床は秀頼卿がおはりになりそれ以前は支那式(中国)の土間であった
 これら歴史的貴重な文化財が平成12年5月九日未明放火全焼その貴重な美しい姿は永遠に忘れることなく惜しまれるものである
 本堂前西側の庭は古びた池、千年の古松、苔むした石、汀の桜等後白河法皇が「池水に汀の桜散りしきて波の花こそさかりなり」と御製をお詠みになった平家物語当時のままである 北庭園は回遊式四方正面の庭で林水 木立 清浄の池等古き幽翠な名作の庭で特に石清水を引いた三段の滝は玉だれの泉と言って一段一段高さと角度が異なり三つの滝のそれぞれ異なる音色が一つに合奏するようにできている
 本堂前右側にある大きな南蛮鉄の雪見灯篭は太閤秀吉の桃山城にあったものである 書院前方の茂った山は平家物語に建礼門院が大納言佐局を供にみ仏にお供えになる花を摘んでお帰りになるところが書かれている翆黛山である
                          寂光院
本堂西側の庭
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四方正面の池
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西側の庭を通り「かって門」?を抜けると
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建礼門院御庵室跡である。そこに古びた井戸跡が
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その石碑には、御使用清水と書かれていた・・・やった~(*^_^*)
どこか汲む所がないかな~と探していたら
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井戸から流れている右の溝古をたどって行くと、水汲み場が作ってありました(^_^)v
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水を汲んでいると、だれかが盗撮をしていた・・・((+_+)) アップの写真もあったのだが、はずかし~ので、小さめの写真にしておきました。
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例によって、書き出しておきます。
        建礼門院御庵室跡
 ここは建礼門院御庵室跡と伝えられるところです。右手にある御使用の清水は、今もこんこんと湧き水をたたえています。
 『平家物語』のなかの悲劇のヒロイン建礼門院徳子。権勢を誇った平相国入道清盛の二女に生まれ、高倉天皇の中宮となって御子安徳天皇を生みました。絶頂の日々もつかの間のことでした。源平争乱が勃発するや、6歳の安徳天皇を奉じて平家一門とともに西国に赴くこととなり、ついに文治元年(1185)3月長戸壇ノ浦での合戦に義経軍に敗れました。女院は安徳天皇とともに入水しましたが、一人敵に助けられて生きながらえて京都に送還され落飾されました。秋も押しせまった9月末になって憂きことの多い都を遠く離れた洛北の地大原寂光院に閑居し、昼夜絶える事なく念仏を唱えて夫高倉天皇とわが子安徳天皇、および平家一門の菩提を弔う日々を送りました。
 文治2年(1186)の春、大原寂光院に閑居する建礼門院のもとを後白河法皇が訪れた話が『平家物語』の最終をかざる「潅頂の卷」に載っています。法皇が見た御庵室の様子は「軒には蔦槿(つたあさがお)這ひかかり、信夫まじりの忘草」「杉の葺き目もまばらにて、五月雨も霜もおく露も、もる月影にあらそひて、たまるべしも見えざりけり、後ろは山、前は野辺」という有様で「、「来る人まれなる所」でした。
 突然の法皇の行幸に、女院は翠黛山に女房らと花摘みに行って留守でした。待女の老尼阿波内待に案内を請うて御庵室の中を御覧になった法皇は、一丈四方の仏間と寝所だけという昔の栄華に比べて余りの簡素な生活にただただ落涙するばかりでした。いばらくして花摘みから帰ってきた女帝は、はじめ逢うことを拒みますが、阿波内侍に説得されて涙ながらに法皇と対面します。先帝や御子や平家一門を弔ながらの今の苦境は後世菩提のための喜びであると述べ、六道になぞらえて己が半生を語る女院に、法皇はじめ供の者も涙するばかりでした。
 建久2年(1191)2月中旬のころ、女院はこの地で往生の時を迎え、侍たちに看取られてその生涯をそっと閉じました。
はい、おわりました。

という万葉の時代から止まることなき湧き出ている水を汲めた事は、至宝の賜物である。・・・・・と書いてみた(・.・;)
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帰りに、建礼門院徳子の大原西陵の前を時間の都合上素通りして、また来た道を引き返して行った。

独断と偏見の水評価は、華麗なる水の漂いが感じられました…と書きたいところですが、残念なことに井戸の水でした。
(^_^)v (^_^)v (^_^)v (^_^)v でした

詳しい場所は 




    
   
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