NO186:三千院門前町漬蔵の「清和井」の名水

結局「カッパ村」が何なのか分からずじまいで、大根炊きが呼んでいる大原「三千院」へ向かった。
駐車場もすんなり見つかり、

真ん中の通り600m先に「三千院」があるそうな・・・歩いて10分と書いてある。

しばらくは、こんな路地を歩いて行きます。途中

和紙の店「もとしろ」さんの黒板には「ようこそ大原の里へ 三千院:幸せを呼ぶ 初午 大根炊き 2月11日~14日 9時~4時30分
横の花のつぼみは 和紙の材料の三ツ又です 3月15日ごろきれいに咲きます 3月15日は、わたしの誕生日(これは番外)
こんな掲示板もいいな~と思いながら歩いて行くと

「女ひとり」の石碑がひっそりと立っていた。デュークエイセスが歌う歌、大原の地:三千院を一躍有名にした立役者?女性の憬れの地となって行った。

川沿いの坂道になり

左:なるほど大原の里⑦「呂川の清流」
滋賀との県境の比叡の山麓に源をもつ呂川は、大原川、高野川、鴨川、淀川と名前を変えながら大阪湾へ注いでいきます。
源流である大原の里では、きれいな水を保つように地域をあげて努めています。 呂川を美しくする会
右:なるほど大原の里⑧「里の藪椿」
早春から咲き出す藪椿は、大原の里の花の一つです。
この大椿は樹齢250年以上と言われています。椿は(木も良し、散ってなお良し) 花言葉はひかえめな優しさだそうです。呂川を美しくする会・・・藪椿の写真は無いョ~
川沿いには


を見ながら

もう少しで「三千院」の雰囲気が出だした・・・・そして角を曲ると

そして、この石段を上がって本堂へ

この参道の左側にはおしゃれなお店が並んでいます。そして

三千院:天台宗五箇室門跡の一つ。最澄(伝教大師)が比叡山に庵を結んだ時、東塔南谷に一堂を建立したのが起こり。
本堂往生極楽院(重要文化財)は、江戸時代に大修理を行ったが、内陣は比較的古形を保つ。殊に山形に板を貼り、二十五菩薩の来迎図をを描いた船底天井は有名で、堂内に阿弥陀如来両脇士坐像(三体・重要文化財)が安置される。
大正初年に修補された客殿内部各室の襖は竹内栖鳳等、当時の京都画壇を代表する五氏の筆により飾られている。
京都市

拝観料をたしか700円払い客殿へ。院内は撮影禁止にて、周りの庭園のみ撮影OKとの事…本来は春、秋に来るべきところなのだが、大根の匂いに導かれて冬に来てしまった(*_*;撮影はへたくそなので聚碧園(しゅうへきえん)・有清園はパス・・・で、堂内を回り回ってから裏庭へ

その出口の様子

その先にある、往生極楽院の阿弥陀如来(国府)堂内での撮影禁止により、外からの撮影

お堂には、三仏が祀られ右に観世音菩薩、左に勢至菩薩合わせての国宝です。詳しくは拝観してくださいねぇ~(*_*;

このい左に有楽園の一部の池があり、そこに「金色水」という湧水が出ているはずだったのだが、当日は池が改修工事中水も泥色でしたのでパス。

ようやく目的の大根焚きの場所に到着・・・・ここでも運が付いていた。

お椀の中に・・・みんなは1個・・・それも若い大原女が「おにいさ~ん、2個はいかがですか~」 即「頂きマ~ス」

金色不動堂で、ここで朱印を頂いたり、お坊さんに相談事を聞いてもろたり・・・・・と人間的な営みがされていた。
吾輩は大根も食べたし、目的の湧水は出てなかったし帰るのみ、そういえば参道の途中に湧水の看板があったのを思い出し、帰りに寄ることに、相方さんの機嫌取りに少し庭園内を散策していたが足と気持ちは帰る方向を向いていた。

で、帰り道「漬蔵」とゆう漬物屋さんに

「清和井の湧水」(せがい)という案内板が立ててあった。尋ねてみると、ご自由にとの事

この奥に入ったところに

頂いたお礼に、3つ千円の袋に入った漬物を買って帰路に就いた。・・・そうそう、今評判の一本100円のアイスきゅうりを販売、食べたかったが、食べながらの姿を思い浮かべると、この歳では抵抗があり止めときマスタ(*^_^*)
独断と偏見の水の評価は、良くも悪くも普通の水でした。
(^_^)v (^_^)v (^_^)v (^_^)v
詳しい場所は
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