NO140:中山寺奥の院の「大悲水」

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宝塚の中山寺奥ノ院にある大岩(白鳥の石)の下から湧き出ていると言われている「大悲水」を、三遍目の正直でやっと貰いに行けました。
キッカケはこの映画でした
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「ふしぎな岬の物語」公開日からだいぶ過ぎていたので、上映する劇場が限られ且つ上映時間も限られた中、初めて行く宝塚にある「シネ・ピピア」が一番都合がよく、行く事に決定!
時間的に余裕があったので、観賞後水汲みに行く計画も立てた。検索してみると、子授祈願・安産祈願で有名な中山寺の奥ノ院に「大悲水」またの名を「白鳥の水」という湧水が出ている事を知る。で、もって、当日ルンルン気分で出発したのはよかったのだが、「シネ・ピピア」に着くころには今にも雨が降りそうな雲行。奥ノ院は山の中腹に在り、現地まで車で行くのは不可能の様な場所、心配しながら鑑賞する。
この映画、「虹の岬の喫茶店」森沢明夫の小説を元に吉永小百合が企画立案したというものです。吾輩が観たいと思ったのは、お店のコーヒーを湧水を使って沸かしているという事ダケ、
あまり期待していなかったのだが、今から言えば昨年中に観た映画で一番泣けた!連れ合いも昨年中の観た映画で一番良かったといっていた。(この年になると泣けると良い映画となるらしい)、吾輩は柘榴坂の仇討の方が内容的には見ごたえがあったのだが(^_^)v
内容はさて置いといて、館内から出て来ると外は土砂降りの雨、これでは行けねぇな((+_+))という事で一回目のキャンセル。
二回目は、年末30日仕事も終わり、ちょうど空白日ができたので、一人で水汲みに行く事に、宝塚という所は、行かれた方は分かっていると思いますが、山の上の方までマンションや住宅が建っています。住宅が建っているという事は当然道もある。できれば奥ノ院の近くまで車で行けたらとの思いから、地図を調べてみると、中山寺から出ている道と、住宅街からその上にある自衛隊演習場を経て奥ノ院近くまで付いている道があった。
中山寺からの道は、おそらく登山道と思い住宅団地の道から行く事にしてカーナビにセットした。その日は天気も良く、少しぐらいなら歩いてもよいかな~と思いながら現地宝塚へ到着。カーナビが指示する通りに走って行くと、なっなんと、奥ノ院を正面に据え右側の団地に行ってしまった。こちらには奥ノ院へ通じる道はなし、でもう一度検索しなおして左の団地へ行くも、それらしき道には金網付の扉で厳重に管理されて車で入って行ける様子ではない。後で知ったのだが、この辺の一帯を長尾山連山と言って国有林に指定されている。地図で見た道は管理道の様であった。結局この日も諦め、前回の記事出雲大神宮の「真名井の水」をもらいに変更した。
で三回目になるわけですが、この日は正月四が日明け、吾輩は五日まで休みなもので、天気も良く急遽再再度挑戦することにした。
今回は、車で近くまで行く事は諦め、中山寺に初詣してから山道を登山することにした。でもって水はペットボトル3本をリュクに担いでもらってくる段取りで進めた。
先ずはは中山寺
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全景の写真ですが、陰で見えにくいデスが左上に奥ノ院が有ります。
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そして山門です。写真は山から降りて来た時に写したのでお詣りの人も少ないですが、着いた時は人をかき分けて入って行きました(チョイト大袈裟ですが).。そして参道
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境内の中の写真は、奥ノ院から帰っての撮影。
この参道を進むと、なっなんとエスカレーターが石段の脇に設置されている
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そして本堂
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宗派は、真言宗中山寺派大本山で、寺伝では聖徳太子が建立した日本初の観音霊場との事、子授かりや安産の祈願で有名です。他の建物は、本堂の左側に在る
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大願塔(かって中山寺に存在していた塔を2007年に鉄筋コンクリートで再建したとの事)
本堂の裏手一段高い所には
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大師堂があります。弘法大師が祀ってあり西国三十三番観音霊場、二十四番札所であります。
その他、ちょっと変わったもので石の櫃(からと)なるものが
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そして中には
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そう石棺です。と言っても、お寺にはお墓は付き物ですから
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石の櫃     兵庫県指定文化財
 中山寺古墳は、時伝によれば第14代仲哀天皇(ちぅうあい)の后 大仲姫の墳墓とされ、別名「石の櫃(からと)」とも称されます。
 古墳洞内の大きさは、横幅2,50メートル、奥行き3,60メートル、高さ3,20メートルです。石窟内には、石棺が安置されています。まさしく上代の陵墓制であることは明らかで、貴重な史跡といえます。

もう一つお勉強 ((+_+))
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地蔵さんとは何ぞや(?_?)
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亥の子地蔵(北向き地蔵)
 地蔵菩薩は、大地を包蔵するという意味の名前を持つ菩薩です。天空を象徴する虚空蔵菩薩に対して、大地を表す地蔵菩薩は、現世の人々はもとより、地下の冥界にあって苦しみの極まった地獄の中の人々も、救済するほとけとして、広く信仰されてきました。とくに釈迦入滅の後、次世代を担う仏とされる弥勒が出生するまで、無仏の時代に現れ、六道に輪廻して苦しむ衆生を救済し、延命をもたらすとされています。向かって左より、宝幢・宝処・宝手・持地・宝印手・延命・堅固・除一切優冥・不空見・除蓋障です。いずれも地蔵菩薩の徳を顕した名前です。
 中山寺の亥の刻まいりとは,旧暦10月の亥の日に詣でて、ほうきにて地蔵尊を掃き清めて後に、自身を加持すれば、頭痛・肩こり・腰痛・中風・リュウマチ等に功徳があるといわれています。亥の子地蔵尊の縁日は、毎年旧暦10月の亥の日です。
と、これらのものを横目でみながら信徒会館のまえから細いみちを墓地に降りて行き、そこから目印の石柱壹丁を皮切りに登って行き出しました。
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1丁、そして2丁
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この時点では並行して住宅がまだ建っています。
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ここまで来ると周りは梢ばかり、3丁
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ところで、この1丁の長さはいかほどなのか?ウィキペディアでは
条里制においては6尺を1歩として60歩を1町としていたが、太閤検地の際に6尺3寸を1間とする60間となり、後に6尺を1間とする60間となった。メートル条約加入後の1891年に、度量衡法によりメートルを基準として1200メートルを11町と定めた[2]。したがって1町は109.09091メートル、1キロメートルは9.16667町となる。」
ヒィハーヒィハーと息を切らせながら、4丁
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この辺になると登山道も
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さらに進み、5丁ー6丁
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登山道も
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広くなったり、狭くなったり、岩でごつごつだったりで山道イロイロ
ほんでもって、7丁ー八丁
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道すがら、お地蔵さんが祀られていましたが、ここのは
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岩のかけらを積んでの地蔵さん、これもイロイロ
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9丁、そして
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宝塚自然休養林(北中山国有林)
 ここ北中山国有林は、かって、中山寺、清荒神清澄寺の森林であり、信仰の対象として大切に扱われてきた場所でした。明治4年に「社寺上地令」が布告され全国の社寺有地が境内を除き明治政府に上地されることになり、この北中山の森林も境内と一部の参拝道などを除き国有林として取り扱われることになりました。
 このため、林中には夫婦岩をはじめ、様々な文化的な面影を今に伝えるものも残され、アカマツ、コナラ、ミツバツツジなど自然豊かな森林や眼下に広がる阪神間の眺望とともに、親しまれている。
 また、この北中山国有林は、昭和53年に、市街地に近く身近に自然とふれあえる森林として「宝塚自然休養林」に指定されました。現在、地域との密接な関わりを背景に、地元の方々と行政機関の参加による宝塚自然休養林保護管理協議会を中心に、自然環境の保護及び育成に取り組んでいます。
 今後も、宝塚自然休養林で楽しんでいただく皆様方の協力も頂きながら、この豊かな自然を守り引き継いでいきたいと考えています。
みんなで守り、育て、つないでいく森林・・・それがこの「宝塚自然休養林」です。
  宝塚自然休養林保護管理協議会  事務局
       宝塚市 公園緑地課  TEL・・・・・・
 兵庫森林管理署 神戸森林事務所 TEL・・・・・
そして、夫婦岩園地
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遠方には同じ高さまでベットタウンが見えます
眼下には
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宝塚の市街、とポッコリ山(なまえ知れず)
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少し歩いて10丁、
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そこに夫婦岩が有ります
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だいたいこの夫婦岩が中間地点だと言われています。少し休憩したおかげで元気回復
11丁~12丁
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13丁
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この付近に
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夫婦岩まで0,6km:奥ノ院まで0,6km:最高峰まで2,0km   神戸営林署
俄然足の進みが早く14丁~15丁
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16丁そして急坂を上がれば
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17丁の所には
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宇多天皇御自彫天神
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盤座です(前回のブログで書いた)
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そして近づいて岩を見てみると
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岩に彫ってあるスジが見えますかねェ~
宇多天皇の経歴(ウィキペディアより)
光孝天皇の第七皇子であり、母は桓武天皇の皇子仲野親王の娘・皇太后班子女王であった。父光孝天皇は即位後に関白藤原基経の外孫であり、陽成天皇の弟であった貞保親王をはばかり、元慶8年(884年)6月に26人の皇子皇女を臣籍降下させて源氏とした。定省王もその一人であり、源定省(みなもと の さだみ)と称した。この臣下時代、殿上の間の御椅子の前で在原業平と相撲をとり、二人の体が椅子にぶつかったため手すりが折れたという話が残っている[2]。
仁和3年(887年)には光孝天皇が重態に陥ったが、後継を指名しなかった。実力者の基経は天皇の内意が定省にあるとして、朝議を一決した。定省は8月25日に皇族に復帰して親王宣下を受け、翌26日に皇太子に立てられた。定省は基経の異母妹である尚侍藤原淑子の猶子であり、後宮に強い影響力を持っていた淑子は定省後継を熱心に推薦した。しかし基経自身は特に定省を気に入っていたわけではなかった[3]。立太子したその日のうちに光孝天皇が崩じたため践祚し、11月17日に即位した。
お詣りを終え、近づいてきた奥ノ院へ向けて老体にムチ打って登り出した。
間もなく18丁
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上を見上げると
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話しが少しずれますが、先週の金曜日連れ合いが揚げ下しの胃腸風邪(ノロウイルスかも?)に罹り、うつらない様に気を付けていたのだが、日曜日の昼過ぎになって体がだるく寝込んでしまい「休日当番医」に行くも、風邪だから解熱剤を出しておくので明日にでも掛かり付けの病院へ行ってとツレナイ診察、帰って夕食を食うやすぐさま「揚げ下し」遂に連れ合いの風邪が移ってしまった事を実感((+_+))、月曜日に病院に行き今日火曜日の夕方になり熱も収まり、少し元気がで出したかなぁ~というトコ。インフルエンザの検査では陰性であったものの、未だ腹はグルグル聞こえてくる。

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やっと奥の院へたどり着き境内を眺めると、下調べで見てた本殿がえらい立派になっていると、それ以外にも境内全体を整備し直した感じでコンクリートも新しい。
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こちらも真新しいようです
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そして目的の湧水は、本堂の左裏に出てた。
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リゥクにペットボトル3本大事に背負って持って上がって来た。それに水を頂く至福の時である・・・と、言うのはイョイと大袈裟カモ・・・水量も豊富に出ており、夏場なら「命の水」と思うであろう。そのうち次から次に水を汲む人
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ところで、「大悲水」が湧き出てきている大岩の名が「白鳥石」というらしい、寺社仏閣に行くとその名前のイワレが書いてあるものだが、ここにはそのようなものが無かった(?_?)まぁ吾輩が見落としていたのかも知れないが、どうも気になって帰って来てから調べてみると、次のような事が書いてあった。
「聖徳太子が忍熊皇子(オシクマノミコ)の石棺を開けたら白鳥が飛び立ち、それを追って行くと奥ノ院の大岩に止まりそこの下から水が湧いてきた」という事らしい。
また、「大悲水」は、仏教用語「大悲」からくる
① 衆生の苦しみを救おうとする仏・菩薩の広大な慈悲の心。
② 観世音菩薩の別名。
奥の院の御本尊が十一面観音であり、山に登って来た人たちの「喉のかわき」を潤すところから来ているのかも
>>『三省堂 大辞林』の表記・記号についての解説を見る

  あと、奥の院の詳しい事が知りたい方は調べて下さいネ~(^_^)/
吾輩は目的が無事達成できたので、休む事無く帰ろうとしたら登拝回峰行○○回成満者なる名簿の一覧
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  最高2000回の方も 
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2000回と言えば、毎日登っても約5年半 頭の下がる思いで奥の院境内を後にした。

「大悲水」の評価は、前回の出雲大神宮の「真名井の水」に似た水で、透明感のあるあっさりした水でした
独断と偏見の水ランクは
(^_^)v (^_^)v (^_^)v (^_^)v(^_^)v

詳しい場所は   

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NO139:出雲大神宮の御神水「真名井の水」

   亀岡出雲神社 042-a
今回は出雲という名前を、島根の出雲大社より早く使っていたと主張されている、元出雲・出雲大神宮に湧き出ている「真名井の水」をお送りいたします。
奥吉野で汲んできた水もなくなり、正月を迎える水が無くなり年末に急遽掃除を放ったらがして行ったため、連れ合いプンプン(~_~メ)
行った先は、京都府亀岡市、先般も「乳の泉」に行きましたが、亀岡市一帯は湧水がたくさん出ているところで、その三段目になります。
京都縦貫道千代川インターチェンジを降りて国道9号線を横切り、桂川に掛かる月読橋を渡りドン着きの道を左に曲がりすぐ右手の道を入った山の麓にあります。
   亀岡出雲神社 073-c
ポッコリ山が、出雲大神宮の御神体で「御蔭山」である。
境内案内図では
    亀岡出雲神社 035-c
御蔭山から麓までの広い敷地で、御蔭山は聖域にて通路以外入山禁止となっています。
本殿正面の鳥居がある外側の駐車場まで登り
   亀岡出雲神社 072-a
そこで、土産の煎餅と飴を売っておられたおば様に、湧水の事を訪ねてみると、「まずお参りしてから汲む事」を言われ、その言葉に従い、容器を持たず参拝へ行く事に、鳥居の手前には
   亀岡出雲神社 058-c
水溜の堤があり、弁財天が祀ってあった。そして境内入口
   亀岡出雲神社 055-a
そして、横の方に出雲大神宮の由緒書きが
   亀岡出雲神社 056-c
        出雲大神宮由緒
当宮には、大国主命とその后神三穂津姫命 御二柱の御神挌を併せて主宰神と称して祀り他に天津彦根命天夷鳥命を祀る
殊に三穂津姫命は天祖高産霊尊の御女で大国主命国譲りの砌天祖の命により后神となり給う、天地結びの神即ち縁結びの由緒亦ここに発するもので俗称元出雲の所以である
日本建国は国譲りの神事拠るところであるが丹波の国は恰も出雲大和両勢力の接点にあり此処に国譲りの所由に拠り祀られたのが当宮である
古来大平和の御神意に拠り国と国人と人総ての結びの大神を祀るとして上下の尊崇極めて篤かった 崇神天皇再興の後元明天皇和銅二年に始めて社殿を造営現社殿は鎌倉初期の建立にして(重要文化財)それ以前は御神体山の御陰山を奉斎し古来より今尚禁足の地である又御陰山は元元国常立尊の鎮まり給ひし聖地として傳えらえている
(式内)名神大社 丹波国総社一之宮
(御階)正一位
(社名)正しくは出雲大神宮千年宮神社千年宮 出雲神社
チョイト読みにくい文章ですが、辞書を片手に頑張ってください。

初詣の準備で忙しそうな中、本殿に参拝
   亀岡出雲神社 029-c
しかし、こちらの方が立派に見えませんですか(?_?)
   亀岡出雲神社 033-c
拝殿です。それから境内を散策、なんでも、今パワースポットで若い人達に脚光をあびているとか・・・で、第一のパワースポット
   亀岡出雲神社 038-c
盤座(古神道における岩に対する信仰のこと。あるいは、信仰の対象となる岩そのもののこと)デス
   亀岡出雲神社 039-a
この盤座へ行く道を引き返して、斜め上へ歩いていくとパワ-スポットそのⅡ・みかげの滝が有りました。 
    亀岡出雲神社 041-c
この滝の後ろ斜面は
   亀岡出雲神社 043-c
この様に水路はなく、御神体山・御陰山から湧き出している水なのです。最後に汲みに行った「真奈井の水」はこの流れ落ちている水とは少し違うとの事、それは後程、それにしても、稲荷神社との関係は何だろなぁ~との思いひとしき
そして、さらに上に行くと
   亀岡出雲神社 045-c
立派な社が、上の社というらしい。社の裏手は、先ほどの滝の後ろに在る斜面、湧水が出ている一帯を御神体としているように建っている。祀ってある神は、スサノオノミコトとクシイナダヒメノミコト、出雲神社の祖師大国主神の親らしい。
この社からさらに山の中へ行くと、上に登って行く道に鳥居が
    亀岡出雲神社 047-c
そして横の立札には
   亀岡出雲神社 049-c
神の盤座参拝の方へ(入山受付時間午前9時~午後4時まで)     
御神体山(御影山)の盤座群に国常立尊様が御鎮座されています。此れより先、神域なる神奈備山の盤座がございます。
御参拝の際は必ず社務所にて受付を済まされ、たすきをお受けになり入山してください。
また、下山の際は、たすきを社務所までご返却ください。
                     出雲大神宮社務所
という訳でございますから、いちど社務所に戻りたすきを借れて再度出発、その姿がコレです
          亀岡出雲神社 068-c
モデルがモデルなもんで、気分を害さないよう写真は小さくしておきました。(*^_^*)
先ほどの鳥居ををくぐり
    亀岡出雲神社 061-c
、このような道を歩いていくと、パワースポットその三
   亀岡出雲神社 063-c
この盤座、よくよく見てみると、顔の模様が彫れている様にみえます。そして最大のパワースポットと思われるその四が
   亀岡出雲神社 065-c
灯篭の後ろに鎮座しているであろう盤座を写そうと覗き込むのだが、どれもこれも上手く写っておらず、どうも神の力が働いているのではと思われる(?_?)
横に立札が有りましたので
   亀岡出雲神社 066-c
「御神座」  盤座群
この盤座群は、御神体山「御影山」に鎮(しずまる)国常立尊(くにのとこたちのみこと)の象徴として皇祖より一万年以前からこの地に鎮まっております。
伝承によりますと、国常立尊は丹波国の桑田の宮に天の御舎を立て、ここにお遷(うつ)りになられたことが述べられております。
今尚、禁足の地であるこの盤座は、まさに国常立尊の聖蹟であると伝えられます。
注:国常立尊(日本神話に登場する神である。日本神話の根源神として一部神道・新宗教で重要視されている。『日本書紀』においては、初めての神とされる。)ウィキペディアから
この御影山の境内の中には古墳(推定5~6世紀初めの横穴式墳墓)もある事からの伝承かも
で、これ以上は立ち入り禁足になっているので引き返し(たすきの写真は途中お参りに上がって来られた「お姉さん」にお願いして写してもらいました(^_^)v)社務所でたすきを返し、記帳に名前・住所・電話番号・入山~帰社時刻を書き、本目的のお水を頂く事に
「真名井の水」は石の鳥居をくぐった右側にあり、車からも近くて持ち運びには便利な場所です
   亀岡出雲神社 051-c
この手水舎の裏に有ります
   亀岡出雲神社 054-c
お願い 御神水(真名井の水)
1、神様の恵みに感謝して、まず手水で手を洗い口を漱ぎ、本殿にお参りの後お汲み下さい。
2、容器を洗われますと宮池が汚れますのでおやめ下さい。
3、一度にたくさんお汲みになりますと、他の人に迷惑がかかりまいますので、お譲りいただき(10リッター)、改めて後列にお並び下さい。
4、この御水は皆様のお賽銭によって維持されております。皆様のお志をよろしくお願いします。
と言うことで、お賽銭と、おっちょこちょいの吾輩は10リッターまでと勘違いして、2リッターのペットボトル5本で済ましてしまった^_^;
その横には
   亀岡出雲神社 053-c
真名井の水:古来より絶えず流れ続ける真名水の水は大神様の御恵みであり、その御神陰を頂いて田畑が潤い、秋には山吹色に色色付いた稲穂が収穫される事から、その水は自ずと御神水と奉られてきまいた。
「千年山これやむかしのさされ石は  ほにふかき苔のいろかな」
これは宗尊親王が詠まれた和歌ですが、藤原為章によれば、古歌や旧紀に載す千年山とは御影山を指すとしてます。
御神体山中の静けさに響く清らかな御影の瀧の水音を聞けば、自ずと神聖さを感じずにはいられない事でしょう。
     丹波国一宮  出雲大神宮
水占い、最近はやっているのか、やり方イロイロですがよく耳にします。
そして、その横には
   亀岡出雲神社 050-c
夫婦岩なるものが、吾輩も一抹の不安が有るのでお願いを! 何をお願いしたかは、ナイショ
最後にお土産やのおば様に、親切に教えてくれましたので、立ち寄って何か買って帰ろうとしたところ・・・ 
と、その前に、おば様から「真名井の水」は、「みかげの滝」の水ではなく、その地下何メートルにパイプを通し雑菌の少ない水を汲みだして提供されているとの事、なんでもどこかの大学の先生に調べてもらったところ、フランスのどこかの湧水と成分が似ているとか・・・とおっしゃっていた。シオリには「御神体山から絶える事なく湧き出る水は真名井の水と呼ばれるミネラルバランスの良い中硬水で、霊験あらたかな水として、古来より近隣の田畑を潤し、人々を万病から護ってきた」
写真に写っている男性を「神主さん」と紹介してくれたところ、その男性「今までは神主で、先ほど出雲オオカミノミヤに辞表を出してきて、今は一般人」だというていた。なんでも、神社内で腑に落ちない事があり、堪えられなくなりやめたらしい、20代に見えたので、しこりの残るやめ方は今後に尾を引くので・・・と感想をいっておいたのだが、遅かったかも(?_?)
・・・とこの男性おば様にやめる報告に来てたのだと思うのだが、それ以外にも、世間話をしていると・・・先日の衆議院選挙で落選された民主党議員の秘書をやっているという人が、このおば様に挨拶に、事務所の残務整理がやっと終わり引き払うとの事を報告に、少し話をされてそそくさと帰って行かれた。神社の社務所にはいかずとんぼ返り、おば様「肝心な社務所へ行くのを忘れて帰られたのでは・・・」と言っておられたが、その実おば様の挨拶が目的だったら、「このおば様何者なんかな~」と思いを巡らしながら出雲大神宮を後にした。
こころざしで買ってきたモノ
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「真名井の水」はミネラル分がわずか感じれる程度の、癖のない飲みやすい水でした。
独断と偏見の水ランクは
(^_^)v (^_^)v (^_^)v (^_^)v (^_^)vでした。貴船神社の水にはもう少しというところ。

詳しい場所です

大きな地図で見る

    

NO138:不動窟鍾乳洞の「不動水」

   瑠璃渓 187-c
最後の目的地、不動窟鍾乳洞に出ていると言われている「不動水」を汲みに進んだ。
大滝ダムの湖面が終わり、本来の渓谷美を左に眺めながら
   瑠璃渓 201-c
進んで行くと、不動窟鍾乳洞の看板が見えてきた。本通りからそれて脇道へ入って行くと
   瑠璃渓 203-c
下が駐車場になっている事務所に行きついた。まずは、鍾乳洞の見学に行ってから湧水を汲むという段取りで二階へ、
そこで入場料500円払って階段を降りて行く
   瑠璃渓 172-c
この急な階段を降りて行けば
   瑠璃渓 175-c
鍾乳洞の入口が、その横に云われの書いた
   瑠璃渓 176-c
    天然記念物   不動窟鍾乳洞  昭和57年3月12日指定
 不動窟鍾乳洞は、国道169号線の吉野川沿いに位置する。不洞窟を構成する岩体は、従来古生代に属する秩父系上多古層の輝縁凝灰岩中に夾在する石灰岩とされていたが、近頃その中から中生代放散虫及びコノゾント化石が発見され、中生代トリアス紀である可能性が強くなっている。 
 不洞窟の入口は間口約10m、周壁は緑色岩類(輝縁凝灰岩)で、石灰岩を夾在する。ここから約10m進むと第一窟ががある。高さ約10m幅約5mぐらいの小ホールで、周壁は石灰岩。表面に浸食跡があるが、鍾乳石等は見られない。
 次の下り道の左側に不完全な小石筍がある。さらに進むと第二窟に到る。高さ約8m幅4~5mぐらい(天の窟、地の窟)で、周壁は石灰岩。右折して下ると第三窟がある。高さ20m以上(大天井・小天井)それ以外の天井は狭く高い。広さは南北やく10m、東西は長く、西方に細くのび約50mぐらいと推定される。左側に滝上の急流があり(不動の滝)幅約2m上流の洞穴は長く続いているが狭くて不詳。屈の中央付近には杭形の石灰岩が数本あり、西側石灰岩塊上には不動尊を安置している。右折して流れに沿って下ると(三途の川)狭い通路(胎内潜り)を過ぎると第四窟(奥ノ院広場)に達する。
高さ約12m広さ約10mぐらいの大ホールで、周壁は石灰岩及び緑色岩類。不完全な石筍、膜状の鍾乳石、その他いろいろの石灰沈積物がみられる。特に西隅の浅流中には皿状の石灰沈積物が生成されつつある。急流は入口のはるか下で吉野川の崖下水面下に流れ出し、源流は後背地の山地であるが詳細は不明である。この鍾乳洞の皿状沈積物の生成状況は学術上価値の高いモノである。県下では、既に県指定の天川村の面不動鍾乳洞、五大松鍾乳洞と共に貴重なものである。
  昭和61年3月   奈良県教育委員会 
洞窟内が暗く写真が上手く写す事ができなく、了解してください。
まず入って行くと、見つけたと言われている「役行者の石像」が迎えてくれます
   瑠璃渓 177-c
この辺りが第二門と書いてあります。そして第三の門
   瑠璃渓 178-c
頭を打ちながら進んで行きます。不動坂という急な坂に
   瑠璃渓 180-c
温度計も12℃を指しています
   瑠璃渓 185-c
そしてトップの写真、不動滝を過ぎて鉄板の下が川になっている
   瑠璃渓 191-c
川面を移したのですが、水面判り辛い
   瑠璃渓 192-c
最後の洞窟(奥ノ院)と呼ばれている第四の洞窟
   瑠璃渓 196-c
そして、狭く急な階段を上って地場へ、ぶじでメデタシメデタシ
  瑠璃渓 199-c
そして、事務所で水の取水をお願いすると、洞窟入場者は無料との事でゲット
  奥吉野 不洞窟の滝の伝説
修験道の開祖「役行者」が1300年前に不動屈を発見してから、現在まで地元に伝わっている言い伝えがあります。
不動屈の滝の水を一口、口にすると健康で安らかな人生が送れるというものでございます。現在の科学では解明できない不思議な力の不動窟の中の滝です
という湧水?というより地下水ですが、汲み上げた水を頂いて帰りました。
   瑠璃渓 205-c
2014年中(夜が明けるまで)に何とか奥吉野編を終える事ができました。後半は急ぎ足になりましたが(常がゆっくり過ぎるかも)詠み続けてくださいました皆様には感謝致しております。皆様の2015年が慶びの多いい年になりますよう心より願っております。

「不動水」を沸かしてコーヒーで飲んだ感想は、石灰岩質の湧水は美味しいという先入観が壊された水でした。全く飲めないと言うことはなく、むしろ期待が大きかったのかも(?_?)
独断と偏見の味ランクは
(^_^)v (^_^)v (^_^)v (^_^)vでした 

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