NO111:おほもと綾部聖地の「長命水」

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・・・という訳で、一本の水では飲み続ける事ができませんので、綾部市に祭祈本部を持つ「おほもと宗教法人(大本教)」の境内に有る「長命水」を頂きに行きました。 以下大本教で統一
私が大本教を知ったのは、教祖が戦時中投獄されて大変な目にあったということでした。今回ブログを書くにあたって調べてみたら、国家新道と相いれない教義を展開したという事から、終戦までの7年間二大教祖の一人出口王仁三郎氏が牢獄に入れられていたという事でした。それよりビックリしたのが今のNHK朝ドラ(花子とアン)で出てきている、九州の石炭王に嫁いだ「白蓮」が宮崎龍介(ドラマに出てきている)の子を身ごもって駆け落ちした時に、ココ綾部の大本教の「梅松苑」に匿ったという事実があったようです。サテサテ「花子とアン」の中でこの件が描かれますでしょうか。
で、話を元に戻して、何はともあれ承諾を得に職員さんにお願いしたところ、現在「長命水」は使えないのではないかとの返事、そうこうしていると、苑内(境内の事)の奥の方から一人の男性が出て来て話に加わって、先ほど「長命水」という所で水を飲んできたとの事、職員さん首をかしげていましたが、その方に連れて行ってもらう事にしまさいた。
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大本教ではこの池の事を「金竜海」と海に見立てておられます。その奥の方に
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「長命水」の水溜め小屋が見えてきました。ちょうど大本教の神主さんが、一日のお勤めの終りの儀式である祝詞を各祠に挙げに回っておられた時に、「最近は水ために動物が進入してきたなくするので、こちらから頂けるようにしています」と蛇口を指され、案内してくれた男性が「先ほど飲んだ時には、最初は汚い水が出たが綺麗になったので飲めた」と返事をくれた。
神主さんは、こちらより「金明水」の方が美味しいですよ・・・といわれた。
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この時点で、もう一つの天然水がある事が分かり、何時もの椀ケースの半分4本に「長命水」を頂きそちら「金明水」の方へ行く事に、その前に「長命水」の云われですが、『これを飲むと長生きするという伝説の水です。昔、この水を生活水として利用していた村に、長寿の人がたくさんいたからだそうです』情報元から
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「金竜海」と言われる池の一コマ、

「長命水」でコーヒーを立てた味は、私的にはイケテル味でした。残念な事は一週間を過ぎたころから鮮度が落ちてきた感じがしてしまったという事。 こうなると「金明水」の味に期待が持てます。

で、独断と偏見の味評価は
(^_^)v (^_^)v (^_^)v (^_^)v (^_^)v
水を頂く場合は、大本教の承諾を得て下さいね。

詳しい場所は

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NO110:若宮神社の元屋敷「若宮清水井」

     

以前菩提寺:西禅寺:閼伽水を紹介した折り、花園流御詠歌を御稽古していることを紹介しましたが、先日綾部市の中丹文化会館にて開催されました両丹奉詠大会に日頃の練習の成果を披露してきました。その折、別行動で綾部市若宮神社の元屋敷に今なお湧き出ていると言われている「若宮清水井」の湧水を頂きに行ってきました。

正式な名称は、第55回京都両丹教区 無双教会 発展拡充講習会(記念大会)との事で、長い歴史を持っています。
当日は午前から午後4時半の予定で行われ、私たちの西禅寺第二支部(男性部)の登板は午後からでした。
上記の出演が終わり、三時ごろには早退をして水汲みに行く事にしました。
この中丹文化会館には併設する天文館パオがあります。
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まだ行った事がないので、一度は行きたい思いでココを後にしました。
「若宮清水井」は、情報元によれば、
綾部市市街地最古の水源地で、江戸期には藩主が維持費を出して保護したいわれています。茶の湯に適し、祭礼にも利用されています。との事、しかし場所の説明はなく、地図で調べたが分からず市役所に問い合わせる事にしました。
しかし、残念な事にメールで問い合わせたのですが返事が返って来ず(送信済みに入っていたので、確実に届いていると思われ)、仕方なしに地図に出ていた若宮神社に行けば何か手がかりがあるものと思い行ってみました。
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思いのほか立派な神社で、ここに湧き出ていたら水を持って石段を降りて来なければならないので、上まで車が行けないか探してみると、車道が横についていたので境内奥まで車で登らせて頂く事に。
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本殿はさらに石段を登って行かなければ、その前に登ってきた境内のどこかに「若宮清水井」の建物がないかいなと探してみるのだが、情報元の写真のような建物は見当たらない、「厄除の滝」というものは在ったが水は出ていない。
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石段を登って本殿付近を
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やはり立派な本殿です。この本殿の横に
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御祭神:杵  杵の宮  厄除けの神  九鬼霊神社 御祭神:九鬼家の永代の御霊と書いてある。こちらも
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綾部藩九鬼家後裔  現熊野本宮大社宮司  九鬼宗隆氏  御植樹  九鬼神社建五百年記念  昭和五十四年十月十六日
と、若宮神社は九鬼家が創建した神社のようで、前出の「若宮清水井」が藩主によって保護されていたというのもうなづけるものである。この九鬼家を調べてみると九鬼氏:ウィキペディアに書いてありましたので、興味のある方は読んでください。ここではパスします。
イロイロ境内を探したのですがそれらしきものは無く、社務所で尋ねてみる事に、宮司さんらしき方が裏庭の方から来られ一通りの説明をして聞いてみると、それは若宮神社の元屋敷に在り、手入れをしていないので水が汲めるかどうか分からないとの事、とりあえず行ってみたいので所在地を教えてもらいそちらの方に車を回した。

車が通れるか否かというぐらいの家と家の路地の奥にひっそりと古めかしが荘厳漂う小屋が建っていた。
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宮司さんが言っておられた割には、長ネギは干してあるが花も咲き閑静な佇まいといったところでした。
側溝には少しだが水が流れているし
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少し判りにくいかナ?これは汲めるのではないかと内心
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入口の戸をあけて中に入ると、「この井戸は昔から伝わる大切な井戸です。よごさないよう大事にしましょう」田町自治会
という標語が書いてありました。自治会で管理されている様子、溜まり水を見てみると
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どうも水が動かずよどんでいる雰囲気、表面には日ごろのホコリが浮かんでいる様子!写真では分からないが、これではダメ・・・と諦め、外に出てみぞこを再度覗いてみると
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みぞこ(丹後、但馬地方の方言らしい。側溝のこと・・・初めて知った)の底から水が湧き出ているではないか(^_^)vそんなに多くはないが、前回の如意寺ほどでもなかったので、片手鍋を使って綺麗な水をうまく掬ってペットボトル一本なんとか入れて持って帰る事が出来ました。しかし、このような事もあろうかと、事前に大本教本部にも湧水が出ている事を調べておいたので、そちらの方にも行く事にした。
尚、若宮神社ではH26年6月30日 午後3時~
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夏越の祓(なごしのはらえ)  神事が開催されます。
夏越の祓とは
上半期の最終日にあたる6月30日、半年間の穢(けが)れを祓うとともに、無事に夏を過ごせるよう祈願するおまつりです。
茅の輪(ちのわ)の神事
「茅の輪」とわ、茅(ちがや)を束ねて大きな輪にしたもので、罪や穢れ、疫病を祓うための祭具です。若宮神社では「蘇民将来(そいんしょうらい)、蘇民将来」と唱えながら茅の輪をくぐります。
持ち帰られた茅は輪にして玄関の上に祀れば家のお守りになrます。
お詣りをお待ちしています  宮司 四方義規  宮総代 大槻 忍

で、汲んできた一本の水の味評価は、水溜を見た事やら、周りが開発されて湧水の環境に適しておらず、先入観から来たことも手伝ってか、最近にない水ランクになりました。
独断と偏見の水ランクは
(^_^)v (^_^)vでした。
詳しい場所は

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NO109:花の寺、如意寺の「閼伽井の水」

    久美浜閼伽水 061-b
今回は天気が良かったので、急遽行ってきた関西花の寺、第七番札所・如意寺の「閼伽井の水」(あかすい)をお送りいたします。

京丹後市久美浜町にあるお寺で、この近辺のお寺としては観光客もお参りされるお寺として有名です。成相寺ほどではありませんが(^_^)/
こちらが仁王門
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仁王門の前に開ける久美浜湾と兜山、
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TOPの写真は兜山山頂からの眺めです。
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        如意寺縁起
 天平年間(奈良時代)、行基菩薩が当地に留錫の折、山上より火出て海に入り、海より火出て山に昇るを見て網を引かせたところ如意宝珠を得た。菩薩は伽藍を建立しこれを納め、宝珠山如意寺と号された。これが当山の開基である。本尊は菩薩一刀三礼三年と伝えられる十一面観世音菩薩である。
 鎌倉時代後期、伏見天皇は当寺に深く帰依され、正四位行左馬頭藤原定成を勅使として「如意寺」墨書の勅額を下賜された。当時は寺領五百石、院家十二坊の伽藍を有し栄えたが、応永年間(室町中期)の兵火でその多くを消失した。しかし、戦国期の天文、江戸期の寛文・寛延・寛政、また明治後半に大復興事業が行われるなど、往時より参籠・参拝する者常に絶えず、萬人帰依の寺院として今日に至る。宝永六年(1710)に宝珠を、大正七年には銅尖塔(平安後期)伽藍より出土し銅尖塔は国の美術品に指定されている。現在の伽藍は、参拝の便も考慮し、昭和38年より観音山から末寺大円寺跡であるこの飛び地境内の地に順次遷徒したものである。
 御本尊は霊水「閼伽井の水」と共に眼守護のご利益で知られ本尊会である「千日会(8月九日)」には花火・灯篭流し大文字焼きなど町を挙げての夏祭りとなる。不動堂は昭和58年新改築で、当地出身の名工中村淳治棟梁の手による和・唐・天竺三様式融合、日本唯一の珍しい重層宝形造である。堂内には弘法大師爪彫と伝えられる日切不動尊をお祀りする。
 庫裡の阿弥陀如来は平安後期、恵信僧都作と伝えられる桧の一木造の美しい坐像である。仁王門の金剛力士像は鎌倉初期の木像で重文級とされる。
 また、当寺は「関西花の寺二十五ヶ所霊場」の第七番札所であり、年間約五百種類の花木や山野草が咲く。特に、境内周辺に密生する(みつばつつじ)自生林は四月初~中旬満開となり、一帯をピンク色に染めて見事である。
 如意寺は高野山真言宗で無檀家。初詣をはじめ、厄除け・安産・病気平癒・交通安全・所願成就・七五三等の〈祈祷〉〈永代供養〉、また〈華寺巡り〉の団体参拝など、年間約十万人の参拝者が訪れる「花とご祈願の寺」である。
そして
 吽形像(うんぎょうぞう)    阿形像(あぎょうぞう)
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「阿」はものの「はじまり」を象徴し、万物の根源・真理に到達することを意味する。
「吽」はものの「おわり」を象徴し、一切の知徳がそこに帰結し悪の門を閉ざして罪悪を遮断する。
また、「阿」が出発点で、「吽」が結末であるというように、すべてには始めがあって終わりがある。
門を通るとき自分は今ちょうどその中間にいると自覚させてくれるのが仁王だと考えることもできる。
仁王は破摧(はさい)の武器である金剛杵を執り寺院の山門に立つ念弩の像である。
                    (如意寺の説明文から)
もう一つ珍しいモノが、曼荼羅宝壺(まんだらほうこ)
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上からお賽銭を入れると、妙音を発し、胴体部分を手で静かに回せば、胎蔵界曼荼羅諸仏の高徳が得られます。当山・・・と書いてあります。寿円玉を入れるとい~い音色(*^_^*)
早速境内へ、
入って右の庫裡で「閼伽井の水」の場所を尋ねようと、宗教の小物を縁側に並べて販売しておられる所から声をかけたのだが「ふん」とも「すん」とも反応がない、そうこうしていると境内にお土産やら、大判焼きの露店を出しているおばちゃまが声をかけて下さり、尋ねてみると「上のお堂の奥の方にアルヨ」と親切に、とりあえずそちらの方に行って見る事に。
石段を登って行くと
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不動堂:日切大聖不動明王が祀ってありるお堂が・・・ 日本で唯一の建築様式である「重層宝形造」らしい・・・で、中の様子は
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お堂内での写真はキンシでしたのでこれでお勘弁を、その横には六角堂が
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沢山の絵馬や折鶴が奉納されている様子を見ると、観光のお寺ではなく信仰のお寺だと思い知ることができます。
そして、横からさらに後ろへ回ると、本堂がありました
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本尊は「十一面観音」で、眼守護のご利益で知られています。「十一面観音」は秘仏だそうで、
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奥に立っておられるのがそうです。
その「眼守護」の霊水が「閼伽井の水」であります。それはこの本堂の裏手にひっそりと、ひっそりと流れ出ていました。
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この祠の中を覗いて見ると
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な、なんと一筋の雫、そのパイプをよ~く見ると
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粋な計らいが・・・椿の葉と思われるものが、パイプの受水に利用されて。「閼伽水」が流れて来ています。
この水をペットボトルに入れるには何時間かかるかと・・・思案した挙句、祠に溜まっている水を頂く事に(^_^)/~
・・・ところが、三本ぐらい入れた所で異変に築き、よ~く見ると水が濁っている!一本目はまだ不純物が少なく飲めるようでしたが、二本、三本目はどうも祠の底に積年のヘドロが浮き上がって入ったようである。どうも欲を出したバツが降りたのではないかと思い、二本は地球にお返しして、一本だけは出てきている水を直接ボトルに入れて終わりにした。一本入れるのに15分ぐらいはかかってしまったが、納得の一本を持ち帰る事が出来ました。(^_^)v
例の如く後ろを覗いてみると
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パイプが山肌の中から、それより、この祠が明治の造りのようで今ビックリ(祠の横に明治三と書かれている)

結局ポリ容器に二本頂いて帰る事に、その後少し山野草を楽しみ
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ミツバツツジの季節は終わっていたようです。
仁王門まで下りてきて、親切に教えてくれた露店で大判焼きを「かみさん」に買って帰ろうと、「子供も今は家におらず二人住まいなので」と言いながら、アン入りとクリーム入りを二個ずつ頼むと、なっ!なんと「一個ずつ二個おまけしてあげる」とサービスしてくれた、悪いと思いその半額を余分に払うと、いらない・・・と断られたのだが、気持ちだからと払って如意寺を後にしました。
いや~、こんなことはお互い気持ちの良いモノでー(向こうはどう思っているか分からないが)好い一日になりました。
それから、久美浜を紹介するために、久美浜湾を一周して帰る事に、
湾内の一コマ
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湾内と外海の水戸口に掛かる湊大橋
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砂州の中の一コマ
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そこから見た兜山
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ここから見ると兜の格好をした山に見えます。
そして、その頂上には
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     京都府選定文化的景観
文化財の名称 京丹後市久美浜湾カキの養殖風景
選定年月日  平成20年3月21日
所在地     京丹後市久美浜町
区域      京丹後市久美浜町河内、湊宮、久美浜1区の各一部
面積      約470ヘクタール
 久美浜湾は日本海の内湾にあたり、椀の周囲は約28㎞に及ぶ。久美浜町を流れる多くの河川を受け入れ、水戸口と呼ばれる部分で日本海に注いでいる。
 この湾口は幅30メートル、深さ3メートル、長さ300メートルと狭小であることから湾内は日本海の荒波を受けにくく、一年中波は穏やかである。
 日本海に面した潟湖は、原始、古代を通じて、大陸からの文物や高度な技術の導入をはかる上で欠かせない天然の良港であったため海上交通の基点となった。隣接している函石浜遺跡から中国「新」の時代に鋳造された「貨泉」が出土していることから当時の交流の様子がうかがえる。その後、こうした潟湖は、河川による土砂堆積により姿を消したものも多いいが、久美浜湾は現在まで潟湖が残る数少ない事例であり、現代では新たな生業の場として活用されている。
 湾内の波が穏やかな事に注目した地元有志は、昭和12年に試験養殖に成功し、昭和25年頃からカキ棚を作って養殖を開始した。
 その後養殖拡大方法の研究がなされ、昭和34年には久美浜湾に適した養殖技術が完成した。
 現在湾内4ヶ所でカキ棚が敷設され総数は合計300基を超える。特に河内湾は海底までの深さが数メートルと浅いこともあり、海面から杭を打ち込み、それに棚を敷設する昔ながらの方法が残っており、当地の文化的景観を特徴づける大きな構成要素となっている。
 波穏やかな久美浜湾にカキの養殖筏が列をなして浮かぶ風景は、京都府北部を特徴づける良好な文化的景観となっている。      京丹後市教育委員会
以前来た時より全体的に荒れ放題という感じですが、どちらが良いのか私には分かりません
登山道路の入口も分かりにくく、道も大分荒れてきていました。
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写真で見ると、道幅は余裕があるようですが一杯です。入口も海側の反対甲山地区の方から入りますが、できればハイキングで登られることをお勧めいたします。その入り口近くには
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ヒラヤ乳業(美味しい牛乳で有名)の丹後ジャージー牧場があり、数年前からミルク工房が出来ていましたので寄ってみる事に
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お店の前、人が写っていませんが多くのお客さんでごった返していました。中の売店御様子
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お客の多くは、カップルやら子連れのヤングママばかり、くるとこを間違えたかな~と感じながらも、ガンバって買ったのがコレです。
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かっこよくいうと・・・ストロベリーのジェラートです。すぐたべちゃいました・・・はい、おしまい

ところで、「閼伽井の水」はその後、家に帰ってみると、結局一本しか飲めるものは無く、味わって飲んだ結果
独断と偏見の味ランクは、近年ない爽やかな飲み口の水で、あんなチョロチョロしか出ていない水ですが、長年大切にされてきたのが分かるようです。ただ、眼に良いかどうかは分かりませんデスタ
(^_^)v (^_^)v (^_^)v (^_^)v (^_^)v
詳しい場所は

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おわり

NO108:平成の名水百選、「真名井の清水」

   舞鶴の真奈井の湧き水水 075-b
今回は、舞鶴市にある平成の名水百選に選ばれています「真名井の清水」をお届けいたします。
昨年、父の日にステーキを食べに丹後半島・碇高原ステーキハウスに行ってくれたお返しと、三朝温泉のランチバイキングの仕切り直しに、「母の日」一週間遅れで、舞鶴の大浦半島にある「ふるるFARM」バイキングにご案内することに、ついでに(どっちがついでだか???)以前から行ってみたかった、「真名井の清水」も汲みに行ってきました。

「ふるるFARM」は大浦半島にあります。
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その日本海に面した瀬崎という所に在ります。石炭火力発電所が出来て、道路も良くなり東舞鶴市街から「一直線」という言葉がよいぐらいに、以前と比べたら交通の便がよくなり、行きやすい場所となっています。
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遠くに見えるのが冠島です。
今回の目的は農村レストランで、ランチビェッフェ(バイキング)を楽しむ事ですが、その前に頂いてきたインフォメーションガイドから園内の紹介を少々
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・・・と考えましたがふるる FARMのHPを見てもらった方が”よ~く”分かりますので割愛させて頂きます。m(__)m
しかし、それでは味気ないので写してきた写真から少々・・・
駐車場から入って行くと、ミニブタハウスの「ミニブタ君?」のお出迎え
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チョイトさぼり中で・・・
「ふるるマーケット」
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その中の様子
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「ふるるFARM」は地元産の地産品目を中心に、この農園で採れたものも売っている様で、その中でも圧巻なのが家畜の餌、おそらく(勝手な想像)今から行く農村レストランの食材の端くれらしき物をコップに入れての販売、それを持って「豚ちゃん」や
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ポニーに「家畜の餌」というのは間違いで、「動物のおやつ」を買って食べてもらうのです。
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この家族連れは
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ヤギさんに「おやつ」やりです。動物も子供も大喜び(*^^)v、お店に並んでいた「動物のおやつ」も瞬く間に完売という事で一石三鳥・・・なんと考えたものだ(^_-)-☆
他には、できるだけ地元産の食材を使ったお菓子工房
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そして、体験教室の手作り工房で作ったクッキーやパンを焼く、石窯です
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そして、30分ほど待って、順番が来た、農村レストラン
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白い帽子をかぶった人が、スキップをして入って行きました。
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やら
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最後に
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定番で
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満腹で、はいおわり(^_^)v
食べる物はもっとあったのですが、気が小さい吾輩、これでもブログにUPしたいため「ドキドキ」しながら写したのである。食べ物あまり撮りたくないな~(~o~)
そして、少し遊んで帰るのです
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「ふるるFARM」バイキングは、農園で採れる取れたての野菜を中心に、お魚、鶏系等々の地元産食材で子供からシルバーまで楽しめるレストランでした(高級な肉系は少なかった)。わが愛妻(今日だけ)も気にいってくれた様子で、後程支払ったお金の還付をしてくれました^_^;(お小遣いの少ない吾輩は遠慮なく頂いておきました)
(この近辺の観光スポットはこちらから
で市内に戻っての「真名井の清水」を汲みへ
「平成の名水百選」に選ばれた理由の一つに、江戸時代、田辺城主細川藤孝(幽斎)によって城内に引き入れられ、日本最古ともいわれる上水道の水源となった湧水とのこと。下調べをしていた時に、「真名井の清水」を祀った神社があるという事で行ってみた。27号の陸橋横に祀られていました。
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そこにはこのような物が立ててあった。
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       笠水神社 
 一般的には「かさみず」とよばれていますが丹後風土記には「宇介美都(うけみず)」の訓が振られています。又、真清水の湧くところで「真名井」の名もあります。昔は池内川、真倉川、高野川がこの辺りで合流し、すぐ近くまで海が迫っていたようです。
 祭神も海に関係した笠水彦神と笠水姫神で、先史時代に丹後一円で勢力を誇った海浜族の海部直(あまべのあたい)の祖神と言われ古代から祀られていたようです。元亀三年(1572)写の神名帳にこの社の名があり、又、社の所蔵の鰐口には「天正六年(1578)三月十九日笠水大明神」と陽鋳されています。現社殿は棟札から天保八年(1837)に造営されたと推測されています。
 明治二年廃藩置県の時、新行政区の藩名として「舞鶴」と共に、「笠水」も候補に挙った程、藩の信仰が厚く、藩を代表する社であったことを示しています。       設置 城下町倶楽部
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ここから、直線で約500mほど上がった所に、「真名井の清水」がありました。
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ここは道路わき、湧水は田圃の中を進んだところに在ります。看板には
    平成の名水百選
           真名井の清水(まないのしみず)
由来・歴史
白雲山(場所不明)から三本の矢が射られ、落下したところから清水が湧いたという伝説があります。奈良時代の「丹後風土記」の中では、「その味甘露の如し、万病を慰す力がある」と記され、当時から語り継がれる名水です。伏流水は流域一帯で湧き出し、この池の約二百メートル上流にある湧水池「一升」の他に「三合」、「五合」、「「しゅうず」、「幾白」と呼ばれる湧水池があります。
清水の環境
一日約一万千五百トンの湧水量を誇る真名井の清水は、伊佐津川の伏流水が湧き出しているものといわれております。湧水池や流域水路には、魚や亀などが生息し、ヤマトミクリやコカナダモ、エビモなどの水生植物が多数自生しています。
 真名井の清水は、江戸時代より田辺城の城内に引き入れられ、湧水を利用した都市上水道として日本最古ともいわれています。城内に引き入れられていた水路は「御水道」(おすいどう)と呼ばれおり、湧水池やその水路の雑草を掃除する保全活動は「御水道掃除」と呼ばれ、江戸時代から現在もなお地元自治会により定期的に行われています。
注意事項
平成の名水百選の認定は、飲用に適することを保証するものではありません。飲用は自己責任であることをご理解ください。   舞鶴市
池には錦鯉が悠然と泳いでいます。
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「真名井の清水」を汲みに上流に、ため池の雰囲気
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そして、その上流
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そして、その昔湧水を利用していたであろう朽ち果てた設備
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さらに進むと、カラーの花が・・・保存会の方が植えたのかな(?_?)
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そして、湧水池が見えてきた
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小川に流れる湧水の透明度!わかるかなぁ~
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そして湧水池  
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素晴らしい池!手つかずの昔ながらの佇まいで、悠久の時を感じさせてくれます。
しかも、フナと思われる魚も悠然と人も怖がらず
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湧き水は池の中ほどから湧いている様子、本来はそこまで行って入れたいのだが・・・この縁で頂きました。
   舞鶴の真奈井の湧き水水 032-b
説明文によると他にも湧水池が数か所あるようでしたが、そちらは諦め、ほんとうに田辺城(舞鶴城)まで続いているか検証してみる事にした。
まずは鯉の溜池から流れ出た水路
舞鶴の真奈井の湧き水水 038-b 舞鶴の真奈井の湧き水水 039-b
まだ田園風景の中です。流れ出てきた方面
 舞鶴の真奈井の湧き水水 040-b 舞鶴の真奈井の湧き水水 041-b
近くの小学校へ向けて流れて行きます。まだ綺麗な水が学校の周りを流れています
舞鶴の真奈井の湧き水水 044-b 舞鶴の真奈井の湧き水水 047-b
この辺になると水草が増えてきました。徐々に市街地に入って行きます
舞鶴の真奈井の湧き水水 049-b 舞鶴の真奈井の湧き水水 050-b
急に立派な作りの水路に。と思いきやこの辺に来ると又狭くなってきた
舞鶴の真奈井の湧き水水 052-b 舞鶴の真奈井の湧き水水 058-b
何度か直角に方向を変えながら、伊佐津川の土手まで、ここで伊佐津川に飲み込まれていくのかと・・・
舞鶴の真奈井の湧き水水 060-b 舞鶴の真奈井の湧き水水 063-b
合流せず再び市街地へ、 JRの線路下へ危険により入れず。しかし、再度水路を見つけ
舞鶴の真奈井の湧き水水 067-b 舞鶴の真奈井の湧き水水 070-b
27号線の下をくぐって出てくると大きな水路に、静渓(しずたに)川という名前に、そして海へと・・・
舞鶴の真奈井の湧き水水 071-b 舞鶴の真奈井の湧き水水 073-b
田辺城(舞鶴城)に行かずに海に流れて行っているのか・・・(?_?)・・・真偽を確かめる為、お城へ行く事に
   舞鶴の真奈井の湧き水水 083-a
お城の石垣を見て回ったら、線路の下から入り、現在は城内には入らず市街地へ
P5180085-b.jpg P5180084-b.jpg
犬の散歩をしておられた老女に尋ねてみると、真名井の水路は、田辺城の上流で三つに分かれ、その内の一つがこの水路だと説明してくれました。これで一件落着(^_^)v、 お城から出て行こうとすると、杭に鉄兜が載せられていた。
   舞鶴の真奈井の湧き水水 090-b
その横に館長さんらしき方が、この鉄兜と刀を挿して当時を思いやってくれとお奨めになられたが、何回も丁重にお断りしたのだが、根負けしてかぶる事に^_^;
   舞鶴の真奈井の湧き水水 088-b
なんせ刀が長く、うまく剣を抜く事が出来ないところの御見苦しい写真でごわす。
その後、館長さんらしき人と話をする中で、商店街にも真名井の水が出る所が作ってあると聞き、そちらも行って見る事に
    舞鶴の真奈井の湧き水水 091-b
          P5180088-b.jpg
どうも平成の名水百選に選ばれた記念に作られた様で、この下の地下水の様でしたので水はパスをしておきました。
この真名井商店街 の日曜日午後の様子ですが、数十年前の面影がどこへ行ったやら、今や地方都市の商店街は衰退の一歩、何とかならないものか・・・ 

というわけで、平成の名水百選に選定されている「真名井の清水」の感想は、美味しくも田圃と市街地の中に湧き出ている水という事で、常飲するには抵抗がある事から
独断と偏見の水ランクは
(^_^)v (^_^)v (^_^)v (^_^)v (^_^)v-☆しておきます 
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