NO93:阿上三所神社・御神水「みたらし」

2013年最後の湧水紀行文となります。
昨年の末「大杉の岩清水」を頂きに行った時寄った琴滝のイルミネーションを見に行くのに、ちょうど湧水も無くなったので、京丹波町(少し離れていますが)の合併前和知町下粟野の地区にある「御神水・みたらし」を頂きに寄ってきました。
場所は、和知ダムの上流
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ダムは改修中、その日は今季初里雪の舞う日でした。
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和知ダムの上流から支流の上和知川に入って行きます。
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和知川の  上流(左)               下流(右)
その渓谷に掛かる橋の真下です
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以前、所属していたカヌークラブの会長さん(当時)がこんな川を下るのが好きで、この和知川も、無理やりつれて行かれたことが有ります・・吾輩も好きですけどネ~。雪解け、増水時一見の価値アリです。この橋、目もくらむ高さ、自殺願望のある方は下を覗くのはおやめください!!!

ソコから上流に向かって行くと、その下粟野集落が有ります。
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田圃の中に
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地元の、老女に尋ねて初めて判ったのですが、その老女曰く「あまり美味しくないでぇ」との事、たいてい地元の方は自慢されるのですが、今回は正直に言われたようです。
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この看板を見るまでは、正式な名前は知りませんでした。  その井戸の中を覗くと
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沢蟹が、腹を向けてダウンしていましたが、見にくいですが、その横には二匹の魚も泳いでいました。沢蟹は陣取り合戦に負けたのでしょうか・・・。
阿上三所神社(あじょうさんしょじんじゃ)は、同じ名前の神社が、旧和知町の中に四社あり、そのうちの一つにも有名な湧水が出ていますので、詳しくはその時に回し、今回は、国指定重要文化財の明隆寺・観音堂を紹介します。
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室町時代後期、33体の観音像と四天王像が祀られ、本尊の観音立像は邊暗時代末期の一本造だとの事
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御開帳は60年に一度らしい。
更に郷土の紹介を探しに奥に車を向けた。
おそらく、最後の集落と思われるところまで来ると、山間からかっこいい山が雪景色をしていた。
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長老ヶ岳という標高917mのやまです。西は大江山、青葉山、南東は愛宕山、大峯山まで展望できるらしい。
この集落は仏主(ほどす)というとこで、水車が回っていました。
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水車小屋全景
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その入り口には
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仏主の水車:水車は平成17年に作られました。目的は、水車の力を利用した精米、小水力発電に取り組み、水車のある風景を新たな観光資源に活かしていくため。
水車の利用:水車の力でゆっくり時間をかけて精米したお米はおいしく、「水車米」として製品化している。発電した電気は外灯や、電気柵に利用できる。今は外灯を点けている。
水力発電は:平成20年に水力発電設備がとりつけられました。発電量を増やすため、須知高校生と地域住民が協力して新しい導水路を作った。電気は、常時出力70w、最大出力200Vの発電が可能。
水車の歴史:水車が初めて作られたのは、紀元前1世紀頃、トルコを中心とした小アジアと言われている。その後、日本には、610年に中国、朝鮮半島を経て伝来した。
水車の種類:水車はやや高い所にある田んぼに水を組み上げる揚水用と、原動機として使われる動力用に大きく分けられる。この揚水用と動力用では構造が違う。揚水用は、水輪の先に箱や籠缶などの水をくむ部分を付けている。これに比べ、動力用は心棒の回転を利用し、杵を動かしたり、挽き臼(ひきうす)を回したりする。
水車の果たした役目:この地域にあったほとんどが動力用で、主に穀類の精白や精粉につかわれた。
                        以上
この地域は、ウッディーパルわちのログハウス、わち山の家など公営の宿泊施設もあります。
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時間も、琴滝海ボタル開始PM5時が迫ってきたのでそちらへ
着くとこのありさま
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少し進むと
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イルミネーションが迎えてくれます。
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入口で協力金500円払い入って行きます。しばし幻想の世界へ
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このアーチから
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終点琴滝へと
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最後に、帰ってきて御当地グルメ、Bー1グランプリならず、
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京丹波食の祭典、屋台グランプリ・最優秀賞に輝いた、「鴨ネギハンバーグ丼」を食べて帰ってきました。

で「阿上三所神社、御神水・みたらし」でコーヒーを飲んだ感想は、きわどいところですが「地元の老女さんの意見を尊重して、独断と偏見の水ランクは
(^_^)v (^_^)v (^_^)vにしておきます

2013年12月31日 今年も余すところ1時間となりました。
2013年のネタは丁度これで書き終えました。だらだらと書くブログで読み難いと思いますが、今年最後まで読んで下さった皆様に感謝いたします。少ないネタで日々?更新していこうとするとこの様になってしまいます。
2014年もネタを探して続けて行きたいと思っていますので、今後もよろしくお願い申し上げます。
2014年、読者の皆様にご多幸を(*^。^*)

詳しい場所は

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2013年おわり
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NO92:甲坂のお不動さんの清水

1023,12,8 ワイフの○○歳の誕生日に行けなかった、うどん屋さんに日曜日の8日の日に行く事になっていた所、朝刊に、京丹後市久美浜町にナベ鶴が飛んで来ているという記事を読み、急遽久美浜まで足を延ばすことに!ついでに湧水も探して汲んで来ようという事に決定。
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パソコンで探した情報によると、京丹後市久美浜町杤谷甲坂という所に、「甲坂のお不動さんの清水」と言う湧水が出ている処が有り、その近くに滝が有ると書いてあったので、時間が許せば滝観にも行ってくる計画を組んだ。運がよければナベヅルにも出会えたらとの気持ちで・・・

「うどん屋さん」と言うのは、これも隣町の京丹後市大宮町に昨年開店したお店で、「さぬき風うどん」を出してくれるのです。注文してからうどんを湯がくので時間が掛かり、昼飯時に行けば長~く待っていなければ食にありつけないため、お客が減りそうな1時半過ぎ位を目指して行く事にして、AM9時過ぎ位に久美浜に向けて出発しました。
栃谷の甲坂に行くには、国道312号から集落に入って行くのだが、入口が分かりにくく、初めに入って行ったところにはイボ地蔵さんが祀ってあるとこに出てしまった。
甲坂地蔵菩薩 036-b
この地蔵さんの云われは
甲坂地蔵菩薩 035-b
       イボ地蔵尊の由来
◇杤谷・荒神下にある通称イボ地蔵尊は、六面の石に六体地蔵尊が刻まれている石造仏で、石屋弥陀六(いしやみずろく)の作と伝えられ、最も古い尊像と言われている。
◇この地蔵尊附近に、元和年代(1615年頃)には大阪城落城による落武者の子孫が住んだ十戸余りの村が有り、その村の辻堂に成ったものと言われている、明治初期には小字名にちなんで「ヲイカケ地蔵」と呼ばれたこともあったが、霊験あらたかで祈願すれば、イボをとったり、マラリアを治す奇瑞があり、多くの人々がお供えしお陰を受けたので「イボ地蔵尊」と呼称されている。
     祈願の作法
お参りの作法は、先ず礼拝し、その場で藁縄をなって、石像仏に結いつけて祈願し、お帰りには、後ろを振り向かない。これが祈願成就の作法と伝えられています。
 お陰を受けた後は、ワラ縄を取り外し「イボ地蔵尊祈願御礼、えと、男女別」を印した布旗を供えることも作法のうちと言われています。
  平成二年十月吉日    管理者 杤谷区

という事で、再度国道に出てから、杤谷の集落に入り甲坂へと車を向けた。
  甲坂地蔵菩薩 034-b
こんな山道を登ってきた山の中腹に在りました。
  甲坂地蔵菩薩 012-b
下から見たお堂
 甲坂地蔵菩薩 007-b
正面から見たもので、お花が新しく、麓から歩いてくるには30分はかかる距離ですが、大事にされている事が分かります。
 甲坂地蔵菩薩 004-b
筒から活きよい良く湧水は出ているのですが、後ろを見ると
甲坂地蔵菩薩 006-b
上の方から黒いパイプが引いてあるようだ。で、いつものスケベ心を出して、滑りながら道のない斜面を登って湧水が出ているであろう所へ
   甲坂地蔵菩薩 008-b
コンクリートの貯水槽が作ってあり、溜まった水をパイプで降ろしているようでした。こんなところまで登って来れたのも、この季節吾輩の大大だ~い嫌いな「蛇や蝮」と出会う心配しなくて良いので登れたのです。

そこから降りようとしていたら、ワイフが「おと~さん滝が有るでー」と大きな声で知らせてくれた。で、そちらの方に行くと
甲坂地蔵菩薩 011-b
うむー、滝と言えば滝だが、滝を見物に来る値打ちのある滝とは言えねえな~、水を汲み終えてもう少し上へ林道を登ってみる事にした。
少し上がると行き止まりの広場に出ました。
甲坂地蔵菩薩 031-b 甲坂地蔵菩薩 032-b
右はNTTの中継基地への進入路の為、進入禁止の鎖が。
滝に上がる登山道は
  甲坂地蔵菩薩 029-b   甲坂地蔵菩薩 013-b
思いのほか整備されていました。右は、吾輩を置いてすたこらサッサと登って行くワイフであります。
上がりきると
  
a href="http://blog-imgs-46.fc2.com/m/i/z/mizukumiman/20131226215901394.jpg" target="_blank">甲坂地蔵菩薩 022-b
甲坂不動尊の立派なお堂が在りました。その横には
甲坂地蔵菩薩 021-b
         「天長の滝」整備事業
この事業は、本町が平成三年度に京都府の生活排水対策重点地域に指定されたことを受け、平成8年度に環境庁の身近な水辺環境再生事業補助金を受けて施工したものです。
 「天長の滝」は、古来より一年中枯れることもなく、「命の水」として利用され親しまれてきました。
この場所は、遠く久美浜湾、日本海を望み風光明媚な景勝地でもあります。
 恵まれた自然を生かし、豊かな水辺空間を整備しましたので、末永くご利用ください。
 吾妻屋:一棟 平石張り歩道:46,6㎡ 水路工:22,1m 玉砂利敷き:194,3㎡ 階段工:68,0m 植樹ほか
これが「天長の滝」です
  甲坂地蔵菩薩 016-b
先ほどの案内板の絵からすると、偽装の絵なんじゃなぁ~い、と言いたくなる滝ですが、後ろを振り向くと
 甲坂地蔵菩薩 014-b
日本海と甲山(かぶとやま)が山間から見えます。
地元の人が誇りに思う天長の滝の良さは、日本海が見えるという位置に滝が有るというのがイイのではと思えてくる場所です。それも、年中水が枯れない滝の有り難さ、もしやこの水は湧水ではと、湧水にすると結構な水量ではないでしょうか。
で、この界隈の紹介を
お堂とその内部の甲坂不動尊です
  甲坂地蔵菩薩 024-b   甲坂地蔵菩薩 023-b

「天長の滝」は、天長年間に弘法大師がこの地を訪れ岩に向かって印を結んで祈ったところ、水が流れ出して滝となったと言われています。その横には爪で彫ったという不動明王坐像が見られます。
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水と、弘法大師の繋がりは相当強い様で、多くの所で弘法大師伝説がかたられています。
観るとこは見たので引き返す事に、次なる目的であるナベヅルを探しに!
情報では。久美浜湾にそそぐ川上谷川の河口付近に飛来して来ているとの事、河口から上流に向かって進むも居りそうな気配無く、あきらめて帰りかけた時に、ワイフが「おとーさん、あれは何」との声、そちらを見ると
  甲坂地蔵菩薩 039-b
田圃の中でエサを探している鳥の様子、しかし、ナベヅルにしては少し違うような
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もしかして!コウノトリではNO62の城崎強調文で写した鳥とは確かに違う!
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羽のクロさの位置といい、大きさとイイまぎれなもなく「コウノトリ」に違いない!そういえば、コウノトリの郷公園は、久美浜町の山を越えた所に在るのである。飛んで来ているという情報も聞く。
今回は、ナベヅルに逢う事はできなかったが、幸せを運ぶ鳥(我々はだいぶ年増なので関係ないが)コウノトリに出逢え幸せな気分で久美浜を後にする事ができました。
帰りに寄る「うどん屋・匠」に向けて出発、時間もPM1時で丁度頃合いでした。
店舗は、以前から店主が何回となく変わっている処で、うどん屋らしくない店構えです。
  甲坂地蔵菩薩 045-b
店主の出身は四国で、天の橋立のホテルでコックをしていて独立されたとか、お店にはうどんの仕込みのやり方が書いてあり、冬と夏で塩かげんやその他変えているとか、うどんも注文されてから湯がくので、少々時間待ちしなければなりません。
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店内御様子です。腰がしっかりしており、前回大盛(2束)を頼んでアワや食べきれないとこでしたので、今回は並のカレーうどん、ワイフはうどん通なので、釜揚げうどんをたべ、ワイフの誕生日安く上がりました(吾輩持ちなので)。
  甲坂地蔵菩薩 043-b
残念ながら食べ終わった後の情景です。  

「甲坂のお不動さんの清水」の味ランクは、この辺の湧水では美味しい方ではないかと思っています。
独断と偏見の
(^_^)v (^_^)v (^_^)v (^_^)v でした。

詳しい場所は 

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NO91:三室戸寺・霊泉「不動水」

柳谷寺を終えて、イオンシネマでチケットの手配をして宇治市にある三室戸寺へ向かいました。
柳谷寺・独鈷水 148-b
紅葉が見ごろという事で三室戸寺に行く事になった訳ですが、調べてみると湧水もあるそうで、楽しみに行きました。
三室戸寺と言えば関西では西国三十三番札所で有名です。又、花のお寺という事でも親しまれています。
春桜に始まり、ツツジ、シャクナゲ、紫陽花、ハスと秋には「もみじの」紅葉を楽しめます。尚、札所は十番です。
宇治と言えば他にも見どころは、平等院、宇治上神社があります。
という訳で、拝観料500円を払って上の写真の山門をくぐって登って行きます。
   柳谷寺・独鈷水 161-b
            三室戸寺略縁起
当山は西国観音霊場10番札所で、本山修験宗の別格本山です。約1200年前(宝亀元年)、光仁天皇の勅願により、三室戸寺の奥、岩淵より出現された千手観世音菩薩を御本尊として創建されました。開創以来、天皇貴族の崇敬を集め、堂塔伽藍が整い、霊像の霊験を求める庶民の参詣賑わうことになりました。宝蔵庫には平安の昔を偲ぶ五体の重要文化財が安置されております。現在の本堂は約180年前(文化二年)に建立された重層入母屋造りの重厚な建築で、その背後には室町時代の十八神社社殿、東には鐘楼・三重塔があります。

柳谷寺・独鈷水 158-b 柳谷寺・独鈷水 154-b

紅葉真っ盛りの中石段を上がって行くと、ユニークな石像がお出迎えしてくれます。
柳谷寺・独鈷水 157-b
この石像は宇賀神といって、金運の蛇神で、頭は老翁、体は蛇で蓮に乗る姿で撫でると財運・良運がつくといわれています。しかし、賽銭箱がついているので、お金が飛んで行くかも(?_?)
[宇賀神=日本で中世以降信仰された神、日本神話に登場する宇迦之御霊神に由来するものと一般的に考えられている]
その「宇賀神」さまの対極に手水舎が在り、
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この水が霊泉「不動水」と命名されているようなので、帰りに汲む事にしてお参りに本堂へ足を進めた。
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本堂の正面両サイドには、神社でいう狛犬ならぬ狛牛と狛兎が安置されています。狛牛は宝勝牛と言うらしいデス。
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「宝勝牛」の口の中には石玉があり。これを撫でると勝運がつくといわれています。石のお腹の所に丸い覗き窓が見えますが、中に木彫りの子牛が見えるそうです。吾輩は見そびれましたが。
対極には狛兎(福徳兎)が
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誰かさんが、兎の抱える石の中に手を突っ込み何かをしています。
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中にはタマゴ型の石が入っており、立つと昇運がつくと書かれていましたが、あれから何日も経ちましたけれどその様な気配が感じ取れません。もう少し待たないけないのですかねぇ~(?_?)
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賓頭蘆(びんずる)絵馬
「びんずる」さんは、お釈迦様の弟子で体の病気を治し健康を分け与える仏様です。
古くからそれにあやかり「びんずる」さんの体の箇所を撫でると撫でた人のその箇所が必ず治ると云われています。
「びんずる」さんを撫でた後絵馬にあなたの良くして欲しい箇所に〇印を付けて又健康な人は、更なる健康を祈願して絵馬掛けに掛けてください。
   柳谷寺・独鈷水 173-b
こちらの「びんずる」さんは歴史を感じさせ、思いを汲み取ってくれそうです。
しかし、お金の要るものはしてません。賽銭は入れましたけどね(^_^)/
それにしても、御利益モノの多いいお寺だこと。良し悪しはご自分で判断を!信じる者は・・・
  
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本堂の奥には三重塔が有りますが、以前一度行きましたので写真だけ、帰りに「不動水」を汲むため手水舎(ちょうずや・てみずや)へ
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ヨ~く見ると、本来は上の水溜から活きよい良く水が流れて落ちていなければならないが、落ちていない、それも石に水流跡が残っている程度、これは飲むに値しないのではと思い、上の水溜をカメラで写してみると
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これはなんじゃ!!!この緑色は水コケか!見ただけでキモい! これでは飲めたものでないという事で霊泉・「不動水」はパスをする事にしました。
帰りは、石段の下にある、枯山水と池の有る庭園を見て
柳谷寺・独鈷水 186-b 柳谷寺・独鈷水 192-b
最後の目的地、久御山イオンモールへ
 中島みゆきの映画「夜会」の感想は、ヒット曲も取り入れた演劇だと思っていたのですが、期待はハズレ不完全燃焼で帰ってきました。

今回の水の評価はナシという事で、ご勘弁を m(__)m
三室戸寺の詳しい場所です。

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NO90:楊谷寺の「独鈷水」

マタマタ映画を見に行くついでに湧水を探しに行く旅に!
今回の映画は、連れ合いの観たい映画と、吾輩の観たい映画がちがうため、観る時間帯が近寄っている劇場を探しての行動となった。
吾輩は、中島みゆきの「夜会」
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連れ合いは、「清州会議」
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を観る事に。
中島みゆきの「夜会」は、イオンシネマ系でやっているのでそちらを探すと、京都府の久御山町のイオンモール久御山に併設されているイオンシネマ久御山の時間帯が、「夜会」14時30分 「清州会議」15時からの上映という事で、イオンシネマ久御山に決定した。

京都縦貫道も京滋バイパスに繋がり足の便も最高!
という訳で、その近くの湧水が出ている処を探して、時間的な事から2ヶ所行ける事で、楊谷寺と花のお寺で有名な三室戸寺に行く事に。共に紅葉のお寺としても知る人ぞ知る場所です。

で、「楊谷寺」の正式な名前は、柳谷観音(やなぎだにかんのん)楊谷寺(ようこくじ)で、紫陽花と紅葉のお寺としても知られている。
  柳谷寺・独鈷水 088-b
全体の境内と言えば
柳谷寺・独鈷水 090-b
長岡京ICで降りて、天王山の山の中に向かって走ります。この辺は京筍で有名な産地です。
柳谷寺・独鈷水 144-c 柳谷寺・独鈷水 145-b
この様に整備された竹藪の中、車一台が通れる道になったりしながら登って行きました。

写真を撮っている時にフト気づいたのがコレです。
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マネキンの顔が・・・なぜこんなとこに・・・?

「楊谷寺」では月の17日行われる御縁日の日に当っていて、参拝者も多くビックリ!その日には、本尊の十一面千手千眼観世音菩薩の御開帳がある日でした。
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御本尊様で写真も撮らせてくれました。
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       楊谷寺(柳谷観音)
 当寺は立願山楊谷寺といい、西山浄土宗光明寺に属す。
 寺伝によると大同元年(806年)洛東清水寺の開祖延鎮はある夜のこと霊夢を見られこの地に尋ね来たるところ楊樹茂る谷間に十一面千手千眼観世音菩薩像の尊容を拝すことができた。僧都はたいへん喜びこの地に草庵を建て菩薩像を安置したのが当寺の開創と伝えられている。
 慶長十九年(1614年)志筌禅師七間四面の本堂を建立したと伝えられている。現在の本堂は元禄年中(1688~1703)の修復によるものです。
 本堂には本尊十一面千手千眼観世音菩薩像が安置してある。また、御本尊を収めた厨子は淀君寄進のもので桃山時代の豪華絢爛たるものである。寺宝に中御門天皇御寄進の御鏡などがある。
御鈷水は後程に
とりあえず紅葉見ながら境内を一回りする事に。
奥ノ院へはココから行きます。  入って間もなく、淀君の像が有りました
柳谷寺・独鈷水 103-b  柳谷寺・独鈷水 104-b
その横には、弁天水という湧き水らしきものが出ているのでしょうが、今日はおやすみのようでした。
柳谷寺・独鈷水 107-b
で、奥ノ院とその中の仏様
柳谷寺・独鈷水 110-b 柳谷寺・独鈷水 112-b
そして、帰り道の紅葉
柳谷寺・独鈷水 117-b 柳谷寺・独鈷水 118-b
まだ11/17の時点では7分の紅葉でした。これはこれで吾輩は好きなのですが。
本堂前に戻ってきて、次に行ったのが、この門を入って水を頂きに。
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ココで独鈷水のイワレを
         独鈷水(おこうすい)
弘仁二年(811)弘法大師が当寺に参けいされたとき、岩屋からしたたり落ちる清水で、子ザルの目を洗う母ザルの姿を見て、ケモノにも霊験のある水であれば、人間にもきくのではないかと、十七日間の熱心な加持祈とうを続け独鈷で清水をかきまわし祈ったと言われている。
 それより、柳谷の独鈷水として全国に知られることになった。
                 長岡京市観光協会
門の通路を抜けると、左には弘法大師像が立っていました。
柳谷寺・独鈷水 120-b 柳谷寺・独鈷水 122-ab

弘法大師像前の足跡は大師の足型です。その下には四国八十八霊場の砂が敷いてあります。足腰が丈夫になるよう履き物を脱いで上がり南無大師遍照金剛(ナムダイシヘンジョウコンゴウ)(二十一返)を唱えご利益を頂きましょう。
その足跡です
柳谷寺・独鈷水 123-b
そして、悪いトコだらけの連れ合いも「藁にもすがる」思いで・・・
柳谷寺・独鈷水 128-b
私も御利益を信じて挑戦しましたが、二十一回唱えるまでに、何回唱えたか分からないようになり、あまり期待できないようです^_^;

その反対右側へ行くと「独鈷水」が頂けますが、その日は月の縁日だったのか、どのような方か分かりませんが、おば様二人が正面でお水の給仕をしてくれました。
柳谷寺・独鈷水 126-b
大きな声では言えませんが、オジサンの向こうには三宝(30cm角)が置いて在り、そこには小銭が山のように盛り上がっていました。当然吾輩もチョイト多めの賽銭?を三宝に載せてから汲んで頂きました。なんせペットボトル8個入れてもらったので・・・。
帰り際、吾輩と同じように沢山のペットボトルを持つて石段を上がって来られる人に出会いました。(右のお二人さん、石段の下の露店付近でも出会った)
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この風景を見ると、否が応でも「独鈷水」に期待が膨れ上がっちゃいます(^_^)v

帰りがけの三叉路で、大仏・乗願寺の案内標識が目に付いたので寄ってみる事に。その途中、紅葉のアーチです
柳谷寺・独鈷水 142-b

そこを過ぎれば乗願寺が在ります。大仏(おおぼとけ、と呼ぶそうです)と書いて有りますので、さぞ大きなお寺かと思ってきたのですけれど、草庵と言う言葉が似合うようなお寺でしたが、境内に入るなり、猫屋敷かと思うぐらい、
柳谷寺・独鈷水 135-b 柳谷寺・独鈷水 138-b
そこかしこに大小さまざまな猫が思い思いの行動をしているではないか
柳谷寺・独鈷水 137-b
飼い猫かと思うぐらい人なつっこく、足元におねだりに来たりもする。
柳谷寺・独鈷水 139-b
しかし、よく見ると体の手入れが行き届いておらず、野良猫のようである。という事で、お寺の全景を撮る事を忘れてお見せすることができません。で、お寺の本堂に入らせてもらうと
  柳谷寺・独鈷水 140-b
立派な仏像が有りました。住職様に猫の事を聞くと「捨て猫で、持って来るとめんどうを看てくれると思って捨てて行かれる」との事、無責任なペットの飼い方はしたくないものです。
柳谷寺・独鈷水 134-b
最後に乗願寺の歴史を
 西山浄土宗光明寺の末寺。西山大仏(おおぼとけ)とも言う。
 寺縁起によれば、天延年中(973~976)恵心僧都がこの地で修業中に阿弥陀仏の来降を拝み、その姿を写して仏像を刻み草庵を結んだのが同寺の始まりと言う。
 この浄土谷一帯は、平安時代以前に開かれたらしく、「観音壇」からは九世紀の千手観音立像が出土した。そのほか式内社(御谷神社)があり、「釈迦ん谷」・「たいこん堂」・「欄杵房(なんかぶ)」などの地名も残っている。「本朝新修往生伝」には、平安時代末期の阿弥陀信仰者の姿が伝えられ、往時の浄土信仰の様子がうかがえる。
 本尊の阿弥陀如来坐像は平安時代後期の作で、丈六(高さ2,8メートル)の巨像で大仏と言われ、京都府の指定文化財になっている。
         長岡京市観光協会 (社)京都府観光連盟

以上で、この項おわりです。

独鈷水でコーヒーを飲んだところ、不思議にも美味しい水のペットボトルと今一のペットボトルの水が有り、オバサン二人で入れておられたので、もしかして!もしかして!違う水だったとか?そんなバカな・・・
独断の偏見の水評価は
(^_^)v (^_^)v (^_^)v (^_^)v (^_ にしときます
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