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番外:湧き出でる底に潜む「赤い石」の謎 (ベニマダラ)

醒ヶ井のテレビ放映で、偶然見つけた川底に潜む「赤い石」探し探して3千キロ!
初めて出合った「赤い石」は,NO66:洞川湧水群「泉の森霊泉」での出来事でした。
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湧水を咳止めている石が赤く染まり、その下の石ころも赤くなっている。この時は別段堂の項のとは思っていなかった、しかし、近くにある龍泉寺の湧水口に行ってみると、
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このように、水中の石が赤くなっていた。それも出口付近だけで、下流の方の石は普通の石の色をしているのである。この時点で、洞川の湧水には何かが含まれていて、それが色を付けているのかな~ぐらいにしか思っていなかった・・・しかし、洞川の水は美味しかった。  そのこともアリ、「赤い石」の謎は記憶にとどまる事になった。

・・・が、二例目の存在を知ったのは、近畿北部でも最高の美味しい水(コーヒーを沸かしての)だと思っている、NO45:瓜破の滝「駒名水」が出ているトコロでの事であった。
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NO45:を書いている時は意識もなかったし、写真も撮れていなかった。それが、NO71:「轟の水」で書いた、義兄を案内した時に、再度湧水口を覗きに行った時偶然「赤い石」を見つけ携帯のカメラで写してきたのです。
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この時から、この「赤い石」と美味しい水が関係しているのではないかとの思いを持つ様になったのですが、二例だけでは確信が持てず、その時は公表しなかったのです。・・で、三例目を探してから、水の味も確かめ確信を持っての公表としたかったのです。
それが三例目となった、NO83:醒ヶ井湧くわく街道「居醒の清水」で書いた「赤い石」の事です。
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年末、お正月には美味しいお水でコーヒーを飲みたいと思い、福井県にある神宮寺の「閼伽水」と瓜破の滝「駒清水」を汲みに、「閼伽水」は瓜破の滝に近く美味しい水であるところから、「ベニマダラ」
が生息しているのではないかとの推測の元、確かめにも行きたいと思っていた所でした。その結果
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湧き水の壺から出てくるところの石に
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赤い色が付いているのが確認。その水が流れて行く水路にも
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そして、排水の壺に「閼伽水」は流れて行きます。
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「閼伽(あか)は、仏教において仏前などに供養される水のことで六種供養のひとつ。 サンスクリット語のargha(アルガ)の音写で、功徳水(くどくすい)と訳される」
つまり、案外、おいしい水の出てくる湧き水の周りは赤くなっているところから「閼伽水」と当て字に使われたのではと推測してみた。

コーヒーを入れての美味しい味は、常日頃「独断と偏見」を入れていますので、まずこの水が「本当に美味しい水」なのか、私の知り合いのコーヒー店主、F氏に吟味してもらう事に、「道場破りに来た~」とお願いして水を渡すと、「店で使っている地元の水は美味しいので、分からんだろう」との返事、とりあえず飲んでみてくれと私もコーヒー代を払ってのお願い、彼曰く、「スーと入って行く、これなら二杯飲んでもいける」との好評価。どうもコーヒー店主は、お客がコーヒーをたくさん飲んでくれるかどうかで判断するらしい。まっ、それもアリか。
次に、お茶をやっている師匠、私の同級生の嫁さんに吟味してもらう事に、結果塩気を感じるとの事、お茶の味は分からないという返事で、思っていた様な分析がしてもらえず残念でしたが無理も言えないので・・・

で、石を赤くしているものは何かを検索、・・・とひらめいたのが「瓜破の水」と「ごろごろ水」を販売している会社のHPを見れば何か分かるかもと覗いてみると、「瓜破の水」のHPに赤い石のなれ初めが書いて有り、石を赤くしているのは「ベニマダラ」と書いて有りました。
「ベニマダラ」とは、
世界中に分布しており、淡水産種と海産種があり淡水産種はコケが生えられない程度の流れの中で清流が洗い出している岩や石の表面に付着しています。また、海産種は大潮時には干出する潮間帯下部から推進20mより深い場所まで広く生育しているようです。淡水産種ベニマダラは環境省の準絶滅危惧種に指定されています。

洞川湧水郡と醒ヶ井湧水郡は鍾乳洞ができる石灰岩の中を通って出てきている湧水です。石灰岩は長い年月をかけて生物の死骸が海の中で積り固まってできたものです(他にもありますが)。
そのようなところに生存しているという事は、太古の昔海産種ベニマダラが雨水と共に流れ出して淡水の中でも生息するように成ったのではと推理してみるが・・・(?_?)。

湧き水の効能を東京医科歯科大学名誉教授藤田紘一郎氏が講演で言っておられます。
最近よく耳にする活性酸素、人間の健康を害するものとして出てきますが、この活性酸素を押さえる力が「石灰層や磁鉄鉱の層を通ってきた天然のわき水」にもあるという事を!!

ホントかどうかは知りませんが、これらの湧水は悪い物ではないようです。

現地でも水を汲む事はできますが、下記の所でも販売しています。
ごろごろ水
わかさ 瓜破の水
尚、わたくしは、これらの会社の回し者ではございません。あしからず




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NO86:醒ヶ井湧くわく街道⑥「天神水」

ココも前回10年前に来たところデス。
その時は地蔵川での水汲み場が分からず、醒井養鱒場に見学に行く途中に偶然立札を見つけて行ってみる事になり、水を汲んだ記憶があります。
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平成20年・平成の名水百選に「居醒の清水」が選定されたことから、当時このようなものも有りませんでしたが、公園らしく整備されたようです。
ココが駐車場で、トイレもあります。ここを降りて行くと池が目に入ります。
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池の中の石灯籠には「灌田泉」と書かれてあり、その昔には田んぼに水を確保する大事な泉だったに違いありません。
今は「天神水」となっていますが、どうも後から付けた匂いがします。
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     天神水(池)
この集落の背後の山々は石灰岩でできており雨水の浸食作用を受けた空洞が有り多量の地下水が流れていて一部がココに湧いているものと思われる。清水は枯れることなく湧き、今日まで生活用水や農業用水として不可欠なものであった。
 また夏には冷蔵庫代わりとして重宝されたものである。
 このため天満宮を祀り「天神水」と崇められ、池の中の灯篭には「灌田水」と刻まれている。

この下流には、水車も整備されていました。
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右の写真は、水が流れて行く方です。
水を汲むのはその横の方で、ここだけは以前来たときと変わっておらず、自然のまま湧水が出てくるところを保存されています。これはこれで、非常にいいことだと思います。
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これで、醒ヶ井湧くわく街道の旅は終わりです。尚、米原市には昭和の名水百選に選ばれている「泉神社湧水」がある事が分かりました。機会が有れば行ってみたいと思っています。

注意:居醒の清水は、H24円年8月29日の水質検査で大腸菌が検出されています。飲む場合は煮沸してくださいとの事です。

天神水をコーヒで沸かして飲んだ味ランクは
独断と偏見の
(^_^)v (^_^)v (^_^)v (^_^)v (^_^)vです 

詳しい場所は
 
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NO85:醒ヶ井湧くわく街道⑤「醒ヶ井渓谷の岩清水」

養鱒場の「鐘乳水」を満足する量を得る事が出来なかったので、急遽養鱒場へ向かう途中に出ていたパイプの水を汲む事にして、醒ヶ井渓谷に引き返して行った。
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渓谷美の良い処の(ただし醒ヶ井渓谷での)道路の縁からパイプが出てきています。
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誰かが大切に管理しているらしく、洗面器が置いて湧水が溜まるようにして有り、その溜まった水を汲んでいただきました。横には竹ぼうきが置いて在り、掃除もしておられるようです。

もう一枚渓谷美
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秋には紅葉がさぞ綺麗だろうな~と思いながら、最後の水汲み場所「天神水」へ先を急いだ

醒ヶ井渓谷の岩清水でコーヒーを沸かした味は、他とは少し変わっていてマイルドさが少ないけども飲みやすいコーヒーに仕上がりました。
独断と偏見のランクは
(^_^)v (^_^)v (^_^)v (^_^)v (^_^)v でした。

詳しい場所は

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NO84:醒ヶ井湧くわく街道④「養鱒場の鐘乳水」

地蔵川沿の散策を終えて、次に向かったのが霊仙山の麓にある、昔東洋一であった「醒ヶ井養鱒場」です。
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車で丹生川(にゆうがわ)沿いに上流10分ほどで着きます
途中イボ取地蔵が在りました。
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この水をイボ取り地蔵に供えて、イボに付けるとイボが取れるという伝説がある様です。
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しかし、この水は飲まないでくださいと、立札が立っていましたのでパス

渓谷美の良い醒井渓谷を横に見ながら走っていると、がけ崩れ防止柵の隙間からパイプが出ておりり、そこから水が流れていましたが、この辺ではどこでもパイプを差し込めば水が出て来るのとチガウカァ~と言いながら走っていると醒井養鱒場に着きました。
本来は、養鱒場に入る手前から醒井楼のある方へ入って行けば、役行者(えんの)がお堂を建てようお斧で石を割ったら水が湧いて出たきたという、「役行者の斧(ヨギ)割水」があるはずであったが、醒井楼の方らしい人に尋ねると、災害で崩れて今は出なったという事でしたので、ここもパス。
で、醒井養鱒場にある、鐘乳水をもらいに
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有料駐車場のオバサンに湧水の事を聞くと、今は汲めなくなっているとのつれない返事^_^;
・・・との事なので、水汲みはあきらめて昼飯と園内散策に切り替えて入園して行く事に、実は10年前にもここには来ていたのだが、その時は正月休み、人がいなく殺風景な記憶しか残っていなかったので、今回は観光客が次から次に訪れておられる様子で活気が感じられました。
園内に入って行くと、最初に目に留まったのが小鮎塚
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花崗岩の石碑ですが、その建立の出で立ちが書いて有るのだが、例の如く読めない、でもって、それを印刷して横に貼ってあった。
  小鮎塚 「この地に小鮎塚が建立されたのは、醒井養鱒場の池で小鮎が大鮎になりうることが確認された事からである」

 琵琶湖産小鮎は大正時代の末期より淡水養魚界に登場して重要視されることになる。それ以来滋賀県当局の指導のもとで再捕蓄養輸送の施設を完備し、今や年々延長四千kmに至る全国河川に移植され、その出荷額は実に5百万円に上る。小鮎の功徳や偉大なりと伝える。
 ここに小鮎塚を建立して移植放流事業開始以来今日までのその犠牲となった小鮎3億尾の霊を慰めると共に小鮎族が永劫に繁栄し、わが国の水産資源の開発に貢献しうることを祈願する。
 ちなみに古来小鮎はその漁体が終生小型で、大鮎とはその種類を異にすると信じられていた。しかし、滋賀県水産試験場の魚類学的識県はこれに疑問を懐くに至り、場員水産講習所出身の柳本斗夫を研究主任として、知内分場に於いて明治42年より、地中飼育試験に着手し更に翌年より鮎の生息しない水域の天野川上流丹生川に放流試験を実施し、その成果で小鮎は大鮎と同種で体型の大小は環境の相違に基因することを実証するに至った。
 小鮎の河川移殖事業の創始発達は一に歴代本県水産試験場員各位の絶大なる努力と農林水産局の活魚遠距離輸送試験のたまものである。歳月を経ることによって、この尊貴すべき発見創意に関し異説を生ぜんことを恐れここにこれを併記する。
皇紀二千六百年十一月十日(昭和十五年十一月十日)
             滋賀県小配給協会長   荒木勝次
             元農林次官従三位勲二等 阿部寿準 題
             衆議院議員       森孝太郎 撰

一度来園しているので、今回は昼飯の食べるとこを、ちょうど休憩所「せせらぎ」が目にはいり行く事に、入館しようとすると「お父さん湧水が出ているよ」との連れ合いの声、入口に石組で作った「鐘乳水」と書いた立札が、しかし、容器がないのでどうしたものかと考え、とりあえず昼飯を食べて持ってきたお茶のペットボトルを飲み干して入れる事に、
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ダメかと思っていた「鐘乳水」をめでたくゲット
・・・で鐘乳水の云われとは
      醒井の七湧水の一つ鐘乳水(醒ヶ井養鱒場の源泉水)
霊仙山より湧出る水を源からここまで引いています。夏も冬も12℃みずです。手でふれてみてください。

コーヒー二杯分ぐらいしかありませんが、味をみるには大丈夫!あとは、釣り堀を見に
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以前書いた綾部の渓流山荘とは規模がちがいまぁ~ス。魚も違いまぁ~ス
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どうもビワマスのようです(^_^)v

スゴイ獲物をゲットしたカップルの嬉しそうな場面も見れたし、次の水汲み場に行く事に、最後に養鱒場の歴史を
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      醒井養鱒場の沿革
 当場の歴史は、1878年(明治11年)、当時の醒井村枝折に琵琶湖特産のビアマスの増殖の為の県営ふ化場として開設されたのに始まります。翌年に現在地の米原町上丹生に移転し、事業を拡大しました。その後一時民間に仕事を移した事もありましたが、1929円(昭和4年)に県水産試験場醒井養鱒場として復帰し、ニジマス養殖振興のための種苗生産基地として再出発しました。それ以来、種苗生産設備の整備を重ねるとともに、その時代の内水面漁業や養鱒業界の要請に応えて試験研究や調査事業、技術者指導を進めてきました。
また一方では魚の生態等学べる研究施設も整備し、広く一般の人々にも観光を通して水産の普及啓発をはかるなど、総合的で開かれた試験研究機関としての活動を進めてきています。

入場料:大人ー450円  高校・大学生ー250円  以下ー無料
釣り場:入場は有料でサオとエサが借りられます。 釣った魚はすべて買い取りになっています。

という所です。魚好きの方は機会が有れば寄ってみる価値はあると お も い ます。

で、「鐘乳水」をコーヒーで飲んだ感想は、「居醒の清水」のまろやかさを濃いくした感じで、水を牛乳にたとえるとジャージー牛乳の様な感じかな、アクが強すぎたので

醒井養鱒場の「鐘乳水」の味ランクは、偏見と独断の評価は
(^_^)v (^_^)v (^_^)v (^_^)vでした
詳しい場所は

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NO83:醒ヶ井の湧くわく街道③「居醒の清水」

「西行水」から少し歩いていくと地蔵川に出会います。
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ここからが、中山道の宿場町醒ヶ井の観光道路になって行きます。車でも通れますが、のんびり歩いて行くのがイイです。
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写真で二つ目の橋の傍に十王水とゆう石灯籠が立っています。
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   十王水
平安中期の天台宗の高僧・浄蔵法師が諸国遍歴の途中、この水源を開き、仏縁を結ばれたと伝えられる。もとより浄蔵水と称すべきところを、近くに十王堂があったことから「十王水」と呼ばれるようになったという。
その湧水は、写真を見ても分かるように。民家の屋敷境を通り流れて出て来てましたので汲む事はあきらめました。 ^_^;
地蔵川沿いには、百日紅(さるすべり)が季節最後の花を咲かせていました。
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テレビでは、百日紅の赤い花が地蔵川に落ちて梅花藻の白い花との競演を綺麗に映していましたが、今はこの様子でした。
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なんでも、先般の雨台風で滋賀県も所どころ被害が発生していましたが、ココ地蔵川も道まで水位が上がり氾濫しかかったとの事、その時に、梅花藻の花が皆流されたちゅう、ご近所さんの話でした。
この地蔵川の水量がすべて湧水だという事がスゴイ!(^^)!
すこし歩いていくと醒ヶ井・宿問屋がある。
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その前の地蔵川には、新しい梅花藻が小さな白い花を咲かしていたのだが・・・
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連れ合い、何かを引き寄せて すけべェ~心を出して何かを覗いております(^.^)/
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みなさんも梅花藻が分かりますか~  そう、日が射すと可憐な花が水中から水面に顔を出すのです。
この地蔵川には絶滅危惧種のハリヨが生息している事でも有名らしいデス(吾輩は知らなかったぁ~^_^;)

  バイカモ(沈水植物 キンポウケ科)
水温15度前後を保つ澄んだ湧水を好み、川の水底に群生し、流れに沿って這うように育つ鮮やかな緑色をした多年生水草である。手のひら状の葉が特徴で長さ約50cmの藻である。初夏から晩夏にかけて水面上に梅花様の白い花が咲く。
 梅花藻に寄生する水生昆虫は、ハリヨの好物であり、バイカモが繁殖するする事により急流をさえぎりハリヨの巣つくり、産卵に絶好の場所を提供している。

ぶらぶら(反対に読んではダメ)と連れ合いとあるいていると、川をせき止めて芋洗い器が有ったり
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観光客相手に無人販売をされてたり
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説明しますと、田楽わらびを中心に、左に缶コーヒー右に瓶のコーラーが置いて在り、瓶コーラー120円・田楽わらび一本百円、前の箱に入れてくれと書いて有ります。但しナイショの話ですが、缶コーヒーは誰も買わないのか錆が出ていました
そのお家で、缶コーヒーではなく、醒ヶ井の名水で沸かしたコーヒーを飲んできました。うまかったぁ~
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本業は呉服屋のようでス

さらに歩いていくと、木彫り美術館もアリ森大造記念館ともいうらしく、醒ヶ井の山手に在る上丹生(かみにゅう)の集落が木彫りで有名だとか、その裏手で湧水が湧いており、汲みに行こうかとすると
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こっちにも湧いとるでぇ~ の声、行ってみると地蔵堂の横の方々から湧いて出てきている。汲み易いところを探して頂く事に(^_^)v
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ココの地蔵さんが地蔵川の由来のようで
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       米原指定文化財(歴史資料
  石造地蔵菩薩坐像
鎌倉時代:総高270cm  像高234cm  法善寺所有
 花崗岩を丸彫にした半跏像で、その彫刻の特徴から鎌倉時代後半の制作であろうと考えられます。総高27cmを測る大形の丸彫り地蔵尊の類例は全国的にも数少なく、滋賀県下では本像が唯一のものです。
 明治時代に火災に遭い補修が激しのは惜しまれますが、体部の納衣や手足の彫刻は良く残されており、特に光背の蓮弁のレリーフは鎌倉期の写実彫刻の作風を良く伝えています。
 古くより延命地蔵尊の名で親しまれ、毎年八月二十三・二十四日に行われる地蔵盆は盛大で、近郊はもとより遠方からも多くの人々が参詣に訪れます。
            平成十年三月     米原市教育委員会

もう一つ合うようで
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こちらは昔話のようで
      醒ヶ井延命地蔵尊縁起
弘仁八年(西暦817年)百日を超える早魃(ハツ)が続き、野も山も草木が枯れ、川や湖は干上がりました。
御心配になった嵯峨天皇の命により、伝教大師(最澄)は比叡山の根本中道に祭壇を設け、降雨をお祈りになりますと、薬師如来が夢の中に現れ、「ここより東へ数十里行ったところに清浄な泉がある、。そこへ行って雨もとめよ」とお告げになりました。
伝教大師が泉を尋ねてこの醒井の里へ来られますと、白髪の老翁が惚然と現れ「わつぃはこの水の守護神である。ここに衆生済度・寿福円満の地蔵尊の像を刻み安置せよ、そうすれば雨が降り草木も行き返るであろう。」と言い終ると水の中へ消えてゆきました。
大師は早速石工を集め、1丈2尺(3,6米)地蔵菩薩の座像を刻み、祈念されますと、黒い雲がみるみるあらわれ、大雨が三日間降り続きました。
この雨で緑は甦り、生気を取り戻した人々は、地蔵菩薩の深いお慈悲と、伝教大師の比類なき知恵と徳行に、尊信の念をいっそう深くしたということです。
本尊の地蔵菩薩は、はじめ水中に安置されていましたので、俗に「尻冷し地蔵」と唱えられていましたが、慶長十三年九月濃洲大垣の城主石川日向守が霊験を感謝し、佛恩に報いるために砂石を運び、泉の一部を埋め、辻堂を建立したと伝えられています。
               米原町 米原町観光協会 醒井区
上手く撮れていませんが
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という事から、地蔵川が古(いにしえ)のころから人々に大切にされてきていたことが分かります。人間水がなければ生きていく事ができないからねぇ~。その中でも湧水は気候に左右されにくいことで重宝されたのだと思います。  そこに神社やお寺が作られて崇められている場合も有るのではないでしようか。

その地蔵堂の横が地蔵川の源流「居醒の清水」の湧水池になっていました。
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そして
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ここにも
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で、「居醒の清水」の名前の由来が
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この湧水公園の中に「ねがい橋」があり、願い事を唱えて渡ると叶う、という言い伝えがあるとか(?_?)
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と、テレビで瞬間写ってた「赤い石」見つかれ、見つかれ と願いながら渡っていると
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おぉ~橋の下に在るではないか!
願いが叶った~・・・と言うのはウソ、・・・しかい、赤い石が有った。この赤い石は後程特集を組みますが、ここで三ヶ所目、おそらくココの湧水も他二ヶ所同様美味しい水であろうと確信を持ち、「居醒の清水」の近くで湧水を汲んで頂いてきました。尚、「居醒の清水」は「平成の名水百選」に登録されています。

もう少し中山道沿いに足を運ぶと
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    佛心水
 仏教用語で「佛心」とは、仏の心、大慈悲(心)ことをいいます。
中山道 馬頭観音の近くにあり、街道を往来する馬の息災を祈願して、江戸時代後期に建立された馬頭観音に対して、この井戸には、旅人の喉を潤すだけでなく、御仏の慈悲のもとで旅の安全を祈願したような意味があると考えられます。
 他に事例が見当たらない事、中山道の要所にあることから、非常に貴重なものだと思われます。
                          地縁団体 一色区

というものも有りました。

で、「居醒の清水」でコーヒーを沸かした美味し評価は5ランクでした
(^_^)v (^_^)v (^_^)v (^_^)v (^_^)v でした。

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