NO59:浦島伝説の里に湧く「イボ池の水」

NO57:「越水」の所で記事にした浦島伝説の本場を案内したく、知られていなかった湧水を探してきましたのでご案内いたします。

浦島伝説の里はというと、伊根町本庄地区という所に在り、その付近に湧水の頂ける場所がないものかとWEBサイトで検索をイロイロとかけて、やっと台湾茶専門店ちんざおーchinzaoのHPで「イボ池」の水という湧水がある事が分かり、早速もらいに行きました。

その地は浦島伝説が残る浦島神社が在るとこです。
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浦島神社の手水舎、一度この水が井戸水かどうか聞いてみたいと思っています。
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境内に在る資料館と誰かが奉納したという北前船の模型
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資料館はあいにく鍵がかかっており見る事できずでした ^_^;
尚、ここの資料館には、浦島明神縁起絵巻(重文)・玉手箱(玉櫛笥)・乙姫小袖(重文){資料による}等が保管されているようです。

神社の右側には曰くのある庭園があり、説明書きがしてありました。
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説明書き
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        逢山(とこよ)の庭
嶋子(くしき)が神女(おとめ)に誘われて水乃江里より海の彼方の逢山に渡る物語を丹後国風土記逸文(いつぶん)はつぎのように記している。
「その地は玉を敷けるが如く、ミカドキラキラしくタカドノカガヤカけり目にも見ざしり所 耳にもきかざりし所なり」伝々
これは「とこよ」の有様を記したものだが、その他に「逢山」「神仙」「仙都」と書いて「とこよ」と読ませ、日本書紀、浦嶋口伝記では「蓬莱山」を「とこよ」、万葉集では「常世」「とこよ」としている。
これは、古代中国の神仙思想の影響を強く受けたものであり、この庭はこれら文献及び浦嶋明神絵巻(重文)にもとづいてつくられた。       浦嶋神社 社務所

神社の参道の右手には下のモニュメントが作ってあり
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輪っかによって常世の国と現生との境を表しているのでしょうか(?_?)その奥には
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立派な浦嶋館が建っています・・・
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最近は閉鎖されている雰囲気でした。バブル期の補助金無駄使いの成れの果ての姿でしょうか。
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ココが亀を逃がしたとされる本庄浜(この辺の事は?)
地元の資料から
浦嶋神社(宇良神社)  御祭神:浦嶋子(浦嶋太郎)
 浦嶋神社は延喜式(901-923)神名帳所載にによると「宇良神社」と記されている。創祀年代は淳和天皇の天長二年(825)、浦嶋子を筒川大明神として祀る。その大祖は月讀の子孫で当地の領主であった。浦嶋子は、人皇二十一代雄略天皇の御宇二十二年(478)七月七日美婦に誘われ常世の国へ行き、その後三百有余年を経て五十三代淳和天皇の天長二年(825)に帰ってきた。
常世の国に住んでいた年数は三百四十七年間で、淳和天皇はこの話を聞き浦嶋子を筒川大明神と名付け、小野篁を勅旨として宮殿が御造営された。
 浦嶋神社に伝わる浦嶋物語は起原が最も古く、八世紀にできた丹後国風土記、日本書紀、万葉集などにきさいされている。古代より浦嶋神社への崇敬の念は厚く誠に顕著なものがある。

浦嶋太郎になったら困る?のでこの辺にして

本題の湧水の場所「イボ池の水」探しへ
当日本庄地区へ入って、大きな通りを一通り探してみたのですが見当たらず、ちょうど目に入ったのが駐在所の建物、シメタと思いお訊ねするために入る事に・・あまり入りたいとこではないが・・・
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当日は日曜日、お巡りさんにも快く対応して頂き、その時はブログで「イボ水」だと早合点をしていたのだが、チラシの裏に書いてくれた地図に「イボ池の水」と書いて頂き、その時に正式な名前を知ったと思ったのですが、後でブログを見たらチャンと「イボ池」の水と書いてあり私のそそっかしさを再認識した次第であります^_^;
・・・が、最近このような事がヨク起こるのです。
で、地図に従い言ってみると、お巡りさんが言っておられた「道が狭いので邪魔にならないところにおいて汲んでくれ」との事がホント狭い道であった。
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この路地を入って行けば有りました。これではよそ者には分からないわな!
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このように水汲み小屋が設置されており、地元の方たちが大切に管理されている様子を感じました。
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水槽が大・小とあり水をうまく使うように工夫されています。さしずめ、小さい方では何かを洗ったりするのでしょうが、夏になればスイカを丸ごと冷やすのにもってこいの大きさだな~と、想いを馳せていました。
鍋で作った柄杓は、一杯を掬ってペットボトルに入れると少し残る程度で具合の良い大きさでした。

水も汲み終え、浦嶋神社以外の地元の見どころを紹介するために移動して行きました。

一つは、この場所から数百メートル行ったところに見える「布引の滝」です。
この滝は、幻の滝とも称され、大雨が降った後とか、大雪の雪解けの時ぐらいしか水らしい水が流れておらず、その時期に出逢うのが難しいと言われています。当日も写真のように布引ならぬ糸引き程度ぐらいしか水は流れていませんでした。
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ところが、下の写真は昨年大雪だったので「野村の清水」を汲みに行った時に写しておいた写真です。
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おそらく、一段落差の長さでは京都府内最長ではないかと思います。

この布引の滝は、国道から見る事が出来ます。
丹後半島一周道路(176号)を走っていると下の写真の公園が見えてきます。
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ここから見るのが一番ですが、この公園がないと素通りしてしまいます。
チョいくら伊根町の宣伝も
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写真が小さく字が読みにくいようです。別窓で写真を大きくできるようなのですが、やり方が今一分からないのでゴメンナサイネ^_^;

もう一ヶ所は、蒲入展望台です。
ココは、公園から3kmほど行った地図でいう甲崎の半島の付け根にあります。
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この向こうは「かまや海岸」でその先に経ヶ岬が有ります。
この「かまや海岸」には、地域消防団に入ってた頃、貨物船が座礁して真っ二つに折れた船から油が流れだし、重油の回収にこの崖っぷちを降りて行った思い出があります。
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写真の下が蒲入漁港でその先に冠島と沓島がぼんやりと見えます。
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経ヶ岬も今は観光化して行きやすくなっています。

2013,03,14 今日のニュースで、昨年の「布引の滝」と同じ日に写した風力発電機6基のうち一基が折れたというニュースを見てびっくり。
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湧き水の味は、お茶屋さんが汲んできて使っているだけの事はあり
独断と偏見の水評価は
(^_^)v (^_^)v (^_^)v (^_^)v (^_^)v でした

汲みに行かれる場合、家の近くに在りますので迷惑の掛からないようにお願いいたします。m(__)m

詳しい場所は


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NO58:武田尾温泉の温泉水

今回は、三田市のウッディタウンに映画を見に行ったついでに、湧水を探して来ようと行った結果温泉水になった話でございます。

我が夫婦は山田監督の大のファンである。ここ数年来山田洋二の監督作品は良かろう悪かろうにかかわらず観に行くのであります。
今回も「東京家族」を観に行くに当たり、最寄りの舞鶴の映画館も上映予定を確認しましたが予定はなく、結局京都市内にするか三田のウッディタウンにするか家族会議を開いた結果、三田の劇場ワーナー・マイカル・シネマーズに行く事に決定しました。
水汲みも兼ねていたので、三田市内の湧水の出ている処を、webサイトで探すのだがなかなか見当たらず、やっとこさで三輪神社の近くに「宮水」があるらしきことが分かり、正確な場所も分からずじまいで行く事にしました。
予定としては、上映時間が、AM9:55 PM0:50 PM3:45 の三回であったので、まずは水を汲みに行ってPM12:50分の二回目の上映を観る事にして、朝の8:00出発にしました。

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ウッディタウンは三田市街の北西部にあった丘陵地をニュータウンとして開発した新興住宅地です。電車も乗り入れしているし、三田西ICのアクセスも良くしてあります。イオン三田ウッディタウンに併設されているワーナー・マイカル・シネマーズは駐車場も無料になるので、買い物・食事も兼ねて、たまに映画鑑賞にいきます。
で三田西ICには9時20分ごろ着き、嫁さんの「今からなら一回目の上映時間に間に合うんとちがうカー」とのご発言に、優柔不断の吾輩は予定を変更して車をウッディタウンに向けて進めてしまった。
劇場には9時40分ごろ着き良い時間であった。
で見た感想は「うむー、盛り上がりのない映画だったなー  山田監督が巨匠と仰ぐ小津安二郎監督の東京物語をモチーフに制作されたと言われていたが・・・ 小津安二郎の映画はその時代の日常生活を題材にした映画が多く・・・まぁ そこが見る人が見ればわかるのだろうが、我らのラベルでは・・・(?_?)
という訳で見終わった今、次なる映画「遺体 明日への十日間」に行く事に家族会議で決定(^_^)/

昼飯も終わり、次なる目的「宮水」を汲みに出発して行きました。

三田駅の近くに在る三輪神社の付近に在るという情報だけでしたので、とりあえず行って探す覚悟で三輪神社へ
神社はさすがすぐ分かりました。
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ここからが大変、車で探すのだがそのようなものはなく、三輪神社の駐車場に車を止めさせていただきその周辺を探しても分からない、思い余って、ちょうど歩いてこられた地元の人らしい人に聞いてみると「それなら、この路地を入って行けば有りますよ!しかし、工事中で水は枯れているのようですよ」との事、お礼を言ってその現場に、家の改修をしている雰囲気の所へと行くとマサニ改修工事中でした。^_^;
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中はというと
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こんな工事では水が飲めるようになるのは、コンクリートのアクが抜けるまでには半年ぐらいはかかるな~と勝手な判断で、また、映画を見に来た時に寄ろうと心に決め、もし探せなかった時には、近くの武田尾温泉に温泉水が出ている処が在るらしい情報の元、行く事にしていたので、早速そちらの方向へ進みました。
三田市から武田尾温泉へ行く道は山間の田舎道で、オセイジでも走りやすい道とはいえるものではありませんでした。
以前、カヌーをやっていた関係で武庫川の下見に通ったことがある道でした、10年程前とあまり変わっていなかったのですが、谷合を通っている時に突如大がかりな工事現場に行き当たったので、道路を改修しているのかな~と思っていたら、横に乗っていた嫁さんが「新名神高速道路工事中と書いてあるよ」と、つまり。新名神高速道路計画その現場でした。ついでに、見返りに地元の道も良くしてもらえばと思いながら走って行きました。そこから間もなくして武庫川縁に出て行きました。
ココの集落は、川沿いに30件?ほどと川の両岸に温泉旅館が4~5件ある、宝塚の奥座敷的集落です。その中心的存在が武田尾駅です。
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この駅は、複線化の時に新駅として作られ、武庫川のダム建設の計画があったため旧駅舎より高い所に移動したそうです。尚、今もってダム建設は宙に浮いているようです。また、廃線は武庫川探索のハイカーに利用されているそうです。
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で、此の川を挟んで、駅舎側宝塚市、対岸旅館側西宮市となっています。
武庫川のホントの姿が、このブログに出ていましたので見てください。(続きも見なければわからないよ)
「あ~、なんてカヌーは楽しいんだろ~」と言葉に出てきます。

武田尾駅に立ち寄った折に、100m程先に足湯がある事が分かりそちらの方へ、廃線の跡が道路になっており、古いトンネルもそのままで、車でその中を走ります。短い距離ですが、走っているとハイカーの一団が歩いておられビックリ、おそらくハイカーたちもビックリされていると思います。写真を撮るのを忘れていました^_^;
でこれが足湯の休憩小屋デス。
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そして、その後ろの山肌に温泉が滝のように流れて来ていました。これが目的の温泉水が汲めるところなのか!
と早速汲みに採り繋った。その間嫁さんは足湯で疲れ?を取っていました。
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下のたまり湯を汲んでペットボトルに入れましたが、湯村温泉の「荒湯」の熱さはなくペットボトルの変形も心配せずに汲み終わりました。
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自然の温泉が湧き出ているのか上を覗いてみると、パイプが上の旅館から引いて在り、
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後で分かったのですが、温泉旅館紅葉館:別庭・あざれさんが設置して一般観光客にも無料で開放していて下さるようです。当日も、嫁さんが入っていると次から次にハイカーが脚を休めに来ておられました。ハイカーにはもってこいの設備ですね(^_^)v

で、肝心な温泉水はどうだったかというと、一口飲んでみて余にも塩っぱかったので「別庭・あざれ」さんに電話で尋ねたところ、「飲用には適していないので、飲まないでください」という事デスタ ^_^;

で当然、温泉水の評価は ^_^;でした。
カクシテ温泉水は、胃袋でなく我が家の風呂へ入って行ったのであります
詳しい場所は

NO57:正徳院の越水

今回は隣町京丹後市網野町の正徳院の裏山から湧き出ていると言われています「越水」をお送りします。
網野町浅茂川という所に出ている水で、近くには静御前の生誕の地があります。
静御前といえば、源義経の愛妾として有名である。後程生誕の地を尋ねる事にし、まずは浅茂川へ

正徳院の「越水」はWEBで見つけたのですが、詳しいことが出ておらずタダ浅茂川に在るという事だけでした。
そのため、農協の保険外交員で網野町からこちらに来ているという方に聞くと、なんでもお寺の入口に在るらしい・・・?という事でとりあえずお寺を目指して出発した。
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網野町浅茂川に着いてお寺はすぐ見つかった。しかし、お寺の山門前を走ってみるのだが見つからない、他のお寺が在るのか探してみるのだが他にはない、思い余って地元の住民の方に尋ねる事に、すると、先ほど走ったお寺の石段の左の路地を入ったところに在る事を教えてくれました。上のお寺の写真がそのお寺です。
そのお寺の山門の横には、イロイロとユニークな石仏が置いて在りました。
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どうです、この石仏群  面白いでしょう(^_^)/

・・で、水を汲む場所はどこに有ったかというと、山門の左に路地が在り、その路地の片隅に下の写真の汲み場所が整備されて在りました。
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蛇口が付いていてどこかから水を引いているようです。
横に、京丹後市教育委員会作成の「網野ふるさと自慢百景」の一つになっているそうで、古くから地域の人たちに親しまれているようです。
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水を入れて本来なら水源地を探しに行くのでですが、お寺に入って行くには敷居が高かったのでやめました。
説明書きを書いておきます
『越水(コシミズと呼ぶのだろうか?):正徳院裏山の岩の間から湧出する清水で、お茶の湯に使われています。
なお、長禄三年(1459)に記された「丹後国郷保庄惣田数帳」浦富保の「性徳院」は「正徳院」の事と思われます』
と書かれてあります。
この正徳院の裏山には、水無月神社も祀った日吉神社がありますが、その裏には「静の里:浅茂川温泉」もあり、「越水」が湧き出してきている山も近年は開発されて湧水は大丈夫なのかなと不安もよぎります。
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この水無月神社の祭礼が7月下旬に盛大におこなわれています。その祭りはカワソッサンと言われていますが、この地に残る浦島伝説の島児神社と水無月神社を取り合わせた祭りのようです。

水も頂き、次に村おこしとなる地元の観光地巡りに、とりあえずその浦島伝説の神社に行って見る事にしました。
お寺の前の河口です
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その河口を海の方へ行くと、浦島太郎が祀ってある神社の鳥居が在ります。
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島児神社
京丹後市網野町および浅茂川には、浦島伝承が伝わっています。島児神社は浦島子(浦島太郎)を祀る神社です。この近辺には網野神社(京丹後市網野町網野)と六神社(京丹後市網野町下岡)にも祀られています。
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砂浜に在る可愛い社の神社です。 この辺の人は石仏が好きなのか横にはこのようなものもありました。
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次に紹介するのは、鳥居の写真の裏に移っている浅茂川温泉:静の里。紹介すると言っても、当日風邪気だったので温泉に入るのは止めたので写真だけですが紹介しておきます。
この浅茂川温泉は、丹後地方の日帰り公営温泉の先駆けとして設立され、以後京都北部には多くの日帰り温泉が出来ています。この温泉はプールもついていて幅広く利用されているようです。
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詳しくはHPを見てください。

その浅茂川温泉の下を通り過ぎて、静御前の神社があるという磯地区に向かいました。断崖絶壁の道を進んで行くと
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子午線公園なる看板が見えてきました。こんな所にこんなものが有ったかな?と初めて見るものだったので、降りて見学に行く事に、な!なんと日本子午線最北端の地という素晴らしい?ところでした。
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この階段を上って行くと
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子午線塔のモニュメントが立っていました。
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この公園の入口の石垣に面白い説明書きが在りました
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読めない人のために書いておきますネ  

      日本中央標準時 子午線最北の塔
このモニュメントは、網野町のローマ字の頭文字「A」をデザイン化したもので、統計135度の子午線上最北の地に位置し、日本標準時、世界標準時をデジタル時計で表示しています。時差は軽度15度ごとに1時間ですので、日本とイギリスの間は9時間差があります。時計の電源には太陽電池を利用しており、昼間太陽電池によって太陽の光エネルギーを電気エネルギーに変換し蓄電池に蓄え、その蓄えた電気エネルギーを利用して時計を動かしています。
また、昔から「北は子の方角」「南は午の方角」と呼んでいましたので、経度線を子午線といい、このモニュメントの土台には「十二支」と「東西南北」が刻んであります。

と書かれていますが、子午線の意味を初めて知りました。^_^;
子午線公園から見た海の景色です。
丹後半島方面            磯地区方面
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次に向かったのは静神社。
静神社は、浅茂川地区から写真のような道を約2kmほど行った磯地区に在ります。
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このような絶壁に近い海岸べりに食らいつくように家々が建てられています。長年平安時代以前から居住されているので、住めば都なんでしょうね。
そのの家並みを過ぎたあたりに静神社がありました。
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説明版は
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       静神社
悲劇の英雄、源義経の愛妾であった静御前を祀っているのがこの神社です。
静は磯の禅師の娘として生まれ、京に出て、白拍子になり義経に見初められたのですが、義経が追放された後は故郷の磯に帰り晩年を過ごしたという事です。
義経が磯の惣太という船持ちの豪族にあてた手紙が残っていたという江戸時代の記録もあります。しかし、この手紙や多くの遺品は天明二年の大火で神社と共に消失してしまい、残念ながら残っていません。現在の社も、元の所から西へ200m離れた位置に建てられ、静御前の木造が祀っています。

独断的な考察:まず白拍子とは遊女らしい、それも高級がつくらしい。 静御前をウィキべディアで探しても現地の磯の事は伝説の項にも載っていない。静御前の伝説は各地に残っているようですが、ココ磯地区の伝説は、静御前の母親といわれる 磯禅師 の名前に磯という字がついているから、それに結びつけてまことしやかに伝えられてきたのではないだろうか?しかし、行方知れずで・・・静御前は吾妻鏡という物語に出てくる人物のようで実在してたのかどうか? デス

という事でこんかいの「正徳院の越水」の旅はこれで終了しました。

「越水」の評価は、独断と偏見の
(^_^)v (^_^)v (^_^)v (^_^)v 
でした。美味くもなくそれとてまずマズクもないといったところデス。

詳しい場所は
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