NO54:二見の水源「無限水」

今年の正月、水汲みに行ったが大雪で場所が見当たらず断念した平成の名水に選ばれた「二見の水」に再度挑戦してきました。
その後
この記事を書くにあたって、昭和・平成 の名水100選を調べてみたのですが選ばれておらず、なんかの勘違いであったようです^_^;
という事は横に置いて、今度は絶対探して水を汲んでくる決意で出発したの良かったのですが、情報では玄武洞駅の近くという事でその辺を探しても上水道のタンクは在るのだが、湧水が出ているようなところは見当たらず、在るであろうと思しき山道に入って行けども行き止まり。
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畑仕事をされていた初老?の方に
「この辺に湧水が出ている処は在りませんか?」と尋ねてみたが
「この辺にはそんなものはない」と言われ
再度「湧水を上水道にも利用している処なんですけど」と聞くと
「それなら谷が一つ違う、引き返して大きな橋が出てきたら右に降りて行けばある」との返事
お礼を言って、来た道を引き返していくと出てきました。橋といっても川をまたいでいる橋ではなく、谷をまたいでいる陸橋であった。
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その橋を右に降りて行くと、右の写真の看板が出てきましたのでココだ!と、やっとの思いで見つけた感慨深い思いが込み上げてきた。・・・というのはチョイト大袈裟であるが・・・
そこは谷間(陸橋の長さの間)に人家がひしめき合っているような場所で、水源はちょうど陸橋の下に位置し車も陸橋の工事ついでに止めやすいように整備されていました。
水汲み場所は一目でそれと分かり、コンテナボックスを車から運び水を汲むには水道の蛇口が設置されていたので、入れるには大変便利でありました。それもポリタンク用とペットボトル用?とあり気が利いた設備であった。
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次のような注意書きが取り付けてありました。車が多いい時は陸橋付近の道に置いて地元の生活の邪魔にならないようにとの事です。
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また、水源地のタンクから余ったであろう湧水が流れ出てきていましたが、それほど多くの水が湧いている模様でした。その横には二見地区に在る天満宮の境内に祀られている「水神」を分祀して安置してありました。
「無限水」と命名されているようですが、名付親は対岸に在る天然記念物「玄武洞」の名付け親、江戸時代の儒学者「柴野栗山」と書いてあります。
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向かって右上には、湧水を上水道に利用する設備が在りました。
今回は、2012年最後の水汲みにしたいと二個のコンテナボックスを持ってきて水を頂きました。我が家では一つのコンテナで約二週間持ちますので4週間約一ヶ月有ります。今年いっぱいはこれでOKです。
という訳で水も入れて帰る支度をしていると写真(二見古墳群)の標識が目に入りました。こりゃ見て来なくっちゃという事でそちらの方へ・・・
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二見古墳群は二か所に分かれており、一ヶ所は「二見の水源」の近くと、もう一ヶ所は陸橋の近くに在りました。
水源の近くの墓場に行く道から行くのですが、ちょうど地元の人が通りかかったので尋ねてみると
「ある事はあるのだが、たいしたことないよ^_^;」との返事
まあ行ってみようと心もとない階段を上って墓場の周りを探してみると下のような穴の開いた石垣が見つかりました。
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与謝野町にある古墳「加悦町古墳公園」のイメージからするとガックリですが、ふつうはこんなものなんでしょう。
もう一ヶ所の方も帰り道でしたので寄ってみました。
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右の写真は墓地の中央に在った巨石ですが、古墳と関係が深いのか周りを杭で囲んでありました。

話は水源に戻りますが、「二見の無限水」は年間12,5℃の水温を保ち、城崎温泉の裏にそびえる来日岳(くるひ)から湧き出すと言われています。詳しくは二見谷の池ヶ平噴火口跡の伏流水だそうで城崎温泉のお湯をたくさん使うと水量が減ると言われているようです。
うんで、本来の予定としては玄武洞に寄って帰る計画でしたが、来日岳山頂まで林道が延びているという事なので急遽そちらを先に回ってからにしました。
その林道は、二見区の近くにある来日区から入って行くのでそちらの方に車を向け、来日川沿いに上って行った。
来日川の橋のたもとにはお堂に入ったお地蔵さんが迎えてくれます。
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道幅は車一台が余裕をもって走れる幅があり、頂上まで舗装がされていました。中腹には光雲寺というお寺が在り、名前から察するに、眼下に出る雲海が素晴らしい眺めから付けられたであろう名前ではないかと想像しています。
此の地は「豊岡盆地を中心に、一年に発生する霧の日数121日。三日に一度の割合。盆地霧では日本一とも云われている。
・この霧づくりの主役は円山川で、霧の発生は、移動性高気圧が本州をおおっているとき、〝西高東低〟の冬型の場合に多い。また風の弱いことも条件の一つである。 」(豊岡河川国道事務所HPから)
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お寺の前の展望地
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林道はさらに伸びていたので進んで行くと、ブナの原生林の中に入って行った。
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晩秋の時期ですのでブナの木は素裸で何もつけていませんでしたが、新緑の頃は気持ちの良いドライブが出来そうです。
そうこうしている間に来日岳の頂上に、見晴らしは天気が今一という事もあって思ったほど・・・^_^;でした。
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三角点の石標と567mの標識木が有りましたが、後に情報を見てみると、さらにイロイロと写してくるべきものが在ったようですが、下記の写真ノミになりました。
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朽ちかけた使用できるかどうかわからないトイレと、NTTの中継塔ですが何を狙って写したのでしょうか ^_^;?

という訳で、腹も減っていたので次なる目的地「玄武洞」へ向けて下山して行きました。
帰り道プリウスとすれ違った。プリウスでも登って来れる道だという事、晩秋の曇りのこんな日に同じような人もいるもんだと思いながらの下山でした。
「玄武洞」へ行くには来日地区から県道に出たあたりに円山川にかかる「結和橋」を通って対岸に渡ります。
この「結和橋」の名前に関心が湧いたもので、Webで情報を得るとやはり意味のある名前だった。
「この橋は戦後間もなく昭和22年、結(むすぶ)地区の婦人・老人・子供の労働力で完成した吊り橋の名前が地区の名「結」と力を合わしてできた「和」から「ゆうわばし」と名がつけられたと言われています。
この吊り橋も第二室戸台風で流され、昭和33年から今の橋に変わったそうで、幅3,3mしかないチャチな橋です。
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橋を渡り円山川の上流に向けて走って行くと「玄武洞」が有ります。
玄武洞駅付近から渡し船が出ていますが、今では車の観光客が増えて寂しくなっています。
目印は、玄武洞ミュージアムと公園入口の階段です。
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玄武洞は入場料はいりません。
以前二回ほどここには来ていますが、その時のイメージでは大きな石の崖ぐらいしか記憶になくたいしたところでないという思いでした。
それでも今回はブログ用の写真を撮りたいとの思いから来てしまったのです。
玄武洞の成り立ちは「160万年前起こった火山活動で流れ出たマグマが冷え固まる際に規則正しい割れ目を作り出し、柱状に節理が形成され誕生しました。玄武洞周辺の岩石は灘石と呼ばれ、江戸時代から採石場として利用されてきていたそうです。」
公園入口の階段を上って行くと、シルバー人材センターから派遣されてきたような老人の方がパンフレットを配っておられたので頂いて、まず最初に青龍洞に向かった。

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あるいていくと下の看板が掛けてあった。
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清龍洞は
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思っていたより圧巻であった。
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玄武洞公園の洞窟の中でも特に美しい柱状節理を見せてくれるのが青龍洞です。
ところで玄武洞の名付け親は、二見の清水「無限水」の名を付けられたと書いた柴野栗山で,この洞の岩石が作り出す節理の形や断面の模様などから、中国の妖獣「玄武」を連想し、「玄武洞」と命名されたそうです。
でその玄武洞がこれです
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玄武洞は採石場として人工的に作られた洞穴と掘り残された柱との対比がダイナミックな状景です。以前は洞内に入れたそうですが大正14年の北但大震災で大きく崩れ入れなくなりましたが、その時の玄武岩は近くの赤石地区の建築材や城崎温泉の大谿川(おおたに)の石垣に使われたそうです。
「白虎洞」
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水平方向に伸びた柱状節理の断面が見られ、溶岩が早く冷えると細くなる状況が見られるとの事
「南朱雀堂」
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「北朱雀洞」
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ココには玄武洞の成り立ちが見られ、表面がごつごつとして節理が出来ていない溶岩流の先端部分と、その先に節理ができている部分から成り柱状節理の作られる過程が観れます。

玄武洞がもとで世界的発見「地磁気の逆転」
玄武岩の中には鉄分(磁鉄鉱など)が含まれていて、溶岩が冷えて固まるとき、地球の磁石の方向に磁化されて残ります。(残留磁気とか古地磁気という)1929年、玄武洞の岩石の残留磁気を調べた京都大学の松山基範氏は、地磁気が現在の磁気と全く逆の向きであり、時代によって逆転することを世界に先駆けて発表した。
                     以上パンフから
と一通り洞窟を見て回り帰りにふと対岸を見てみると、二見の陸橋が見えた
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でぇ~肝心な、「無限水」の独断と偏見の評価は
(^_^)v (^_^)v (^_^)v (^_^)v (^_^)vでした。

詳しい場所は

大きな地図で見る


読んで下さっている皆様へ、A HAPPY NEW YEAR 2013


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