NO51:夏谷の名水

平成 天空のお城:日本のマチュ・ピチュ竹田城跡の近くに在る湧水デス
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まさに雲に乗った感覚が味わえる場所です。必ず、雲海が城郭近くまで上がっている時に行ってください。日本一の雲海です
昨年の11月に大江山の鬼嶽稲荷神社の御神水を汲みに行ったとき見た雲海が忘れられず、今年はもっと良い所の雲海が見たいと思っていたところ、映画「あなたに」の中に出てきた竹田城跡の雲海を見て、これだ!と、雲海の出る時期を待っての水汲みでした。
仕事の関係もあり、日曜日しか行く事が出来ず「その日」を待っていたのであります。とりあえず、「その日」が前日から晴天で、夜雲のない放射冷却現象が起こる日が一番良いのですが、噂によると、日本海に高気圧が張り出している時が一番良いらしいという事です。今回は西日本をすっぽり高気圧が覆っており少し噂とはずれるので心配でしたが行く事に決定しました。行くのなら、近所に湧水が出てないか探してみると、有りました!後ろの竹田城跡が見える峠「藤和峠」付近にあるという事でしたので、そこにもよって水を汲んでくる計画を立てました。
写真撮影は、日の出1時間前からシャッターチャンスを狙うのが良いとの事、写真撮影に適した場所は三ヶ所、一つは先ほど書いた「藤和峠」二つ目に「立雲峡」で三つ目には「竹田城跡」です、雲海に浮かぶ竹田城を写すには「立雲峡」が無難だという事から、とりあえずそこに行って見る事にしました。
「立雲峡」は丸山川を挟んだ竹田城の対岸(山)?に位置し、山の中腹が公園になっています。しかし、噂によれば駐車場からさらに山を登って行かなければ最高の撮影場所がないとの事、歩いて上がる時間を30分とみて、我が家から「立雲峡」に行くのを約1時間として、日の出が7時ごろなので逆算すると、7時前に待ち時間ー1時間+行く時間ー1時間+上る時間ー30分で合計ー2時間30分となり遅くともAM4時30分には家を出発しなければならない!マタマタ夜夜中起きをしなくてはならない^_^; ・・・という事でAM4時に出る事が出来ました。
国道から脇道に入り、「立雲峡」に行く山道をを探すのだが、カーホテル立雲峡の出口と一緒になっていて解りにくい場所でした。よくよく見るとカーホテルの看板でなく、「立雲峡」公園の案内看板でややこしい事この上ない
所にホテルが在るもんだと思いながら、山道を登って行くと駐車場が出てきました。が早満車のようで、結局路上駐車してしまいました。しかしまだ駐車場に近く、帰りに見たのですが、多くの方がホテル付近の道端に止めて歩いて上がっておられるようでした。
駐車場から息を切らせながら急坂をよじ登って行ったのですが、後からも次から次へ見物人が来ているようでした。
で上から一番展望地二番展望地三番展望地とあるうち、一番展望地に着いた時の人混みの様子と、竹田城です。
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まだ薄暗く竹田城跡ははっきり見えません。それでもアマチュアカメラマンは場所取りに早く登って来とられるようで、早三脚も立てて準備万端の方たちが白方向を凝視しておられました。私はブログの写真を撮るぐらいでバカチョンカメラですからある程度の雰囲気が取れればそれで満足なのです。
次第に明るさが白見出してきましたので、その雰囲気を↓
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さらに↓
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さらに↓
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さらに↓
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このころになると、さらに上に登って見だしました。その近くで撮影をしていたオジサンと話しをすると、近所にお住まいという、なんでも雲海が出るようなときは日参して良い場面を狙っているらしい。今日の雲海の出来はと尋ねてみると60点だという^_^;  これで60点なら100点満点はどんな時なのかと尋ねると、雲海がかすかに竹田城を隠す時だという、寒いと雲海が下の方で上に上がってこない、ある程度の寒さの日の方が雲海は竹田城近くまで上がってきて最高のシーンが撮れるとの事、今年は10月3日ごろが良かったと言っておられました。
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さらに↓
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で、そのオジサンいわく、この辺の雲海は少し先に在る三つのダムから出てくるとの事、そういえば生野ダム・黒川ダム・多々良木ダムが在る、近くに三つもダムがある所はまれにはないだろう、ダムの水から寒い夜に水蒸気として上り霧が立ち込める事によって雲海が発生するらしい、雲海を見ているとそのダム方向から流れている様子が見えた。
太陽も顔を出し切ったので次の目的地、竹田城跡へ向かうために山を降りる事にした。
途中まで降りてきたら、竹田城は雲海で隠れていた↓
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駐車場に降りてくると、遠方から来ている車も結構止まっていました。この時間になると、日曜日という事もあって家族連れの人たちが次から次へと登って来られていました。

早速竹田城の登り口へ、国道から見る竹田城を表側とすると混雑するときだけか?裏側の登り口から表側の降り口と一方通行に規制されていた。
まだ、そう注目されていないゥン十年前に行った時は表側から城跡入口まで車で行けたが、今回は県道から登り口に入るところ付近の道端に車が止めてあった。おそらく車の渋滞で歩いて上がったのだろう、行った時はそこまで渋滞はしていなかったので中腹に在る駐車場へ向けて登って行った。少し走って行くと40分待ちという看板が倒してあった。それを横目で見てさらに上がって行くと渋滞のどん尻の車に追いついた。
これはたまらんと思い車を反対車線の道端に置くことに、どうも交通規制をしていて、中腹の駐車場が満車なので、そこが空いた分だけ車を入れている模様であった。
山城の里という物産店前で警備員が交通整理していたので、歩いていくとどのくらいかかるか尋ねてみると、駐車場まで20分、そこから城まで20分との事、実は立雲峡を登ったことで足腰がつかれていたが再度気を取り直して登ることに!!
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やっとのことでお城の入口に、そこには竹田城の成り立ちの説明が書かれた看板が立てて在りましたので何時もの通り書き出しをします。
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史跡 竹田城跡
      ー遺構についてー
竹田城は別名「虎臥(とらふす)城」という。嘉吉年間、山名持豊(宗全)が播磨・丹波から但馬への侵入路に位置する要衝の地に13か年を費やして築いたものと伝えられていきた。
築城当時の城には石垣はなく、曲輪を連ねただけのものであった。それが現在の完成された城郭に整備されたのは、天正~慶長初期と推定される。
石垣は近江穴太(あのう)衆の手による穴太石積の技法を用いた”野面(のづら)積み”である。石材は現地のほか山麓付近から集めたものであろう。
遺構は最高所の天守台をほぼ中央に置き、本丸以下南方に南二の丸、南千畳、北方に二の丸、三の丸、北千畳を築いている。さらに、天守台の北西部には花屋敷と称する一郭があり、主郭のなかでも最も低い位置に在るため、南北には向かい合った塁状石垣列を築いている。
規模は南北約400m、東西100mで今なお当時の威容を誇っており、山城として全国でも数少ない現存する遺構である。
国史跡(昭和18年9月8日指定) 
所在地:兵庫県朝来市和田山町竹田字古城山169番地

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さらに↓
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ー城主についてー
城は築城後、山名の家臣太田垣光景が初代城主となったと伝えられ以後太田垣氏は七代にわたりこれを守り継いだ。応仁の乱では二代城主影近が京都へ出陣した際、夜久野へ来襲した細川軍を影近の二男宗近が打ち破ったという。
永禄12年(1569)羽柴秀吉は但馬へ攻め入り竹田城を攻略した。天正5年(1577)再び秀吉軍の攻撃をうけ、竹田城はついに落城した。このあと秀吉は弟小一郎を城代として城内の整備を命じている。同8年(1580)桑山重晴が城主となり、13年には四国征伐等で戦功のあった赤松広秀を竹田城主として入れた。広秀は九州征討、朝鮮の役等に出役したほか、文化人としても儒学者藤原惶穴との親交も厚く、領民には産業を奨めて深く敬慕された。
関ヶ原の役には西軍に属した。関ヶ原敗戦後、徳川方として鳥取城を攻め、戦功をあげたにもかかわらず、城下に火を放ったことで徳川家康の忌避にふれ、鳥取真教寺において自刃して果てた。享年39歳、慶長5年10月28日のことである。
         朝来市教育委員会

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さらに↓
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写真で見たように、天空の竹田城を写真に収めるなら立雲峡へ、天空の城の気分を味わうなら竹田城跡に行かれることをお勧めいたします。どちらも日の出前に行きその幻想的な世界を味わってください。

という訳で、次の目的地にへ・・・   下は帰り道で写した一コマです。
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この時分(10時過ぎ)には霧は晴れてしまっていた。
ようやく下界に降りてきて腹が減ったので山城の里で何か食べようという事になり寄ってみたのだが、開店したばかりで食事はまだできないとの事、早朝からこんなに観光客が来ているのに、それも早朝の寒い中、温かい物を土日だけでも売ればそれなりに売れると思うのだが、まして駐車場を開放しているようなのでもっと商売気を出しても良いのじゃないかな~と思いながら、残念ながら次の目的地、夏谷の名水を汲みに藤和峠向けて出発した。
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藤和峠の分かれ道にこのような標識が立てて在り、地元の町おこしの気持ちが伝わってくるようでした。
で、右にハンドルを回して進んで行ったのだが、汲む処が出て来ず「ホンマにあるんかいな?」と言いながら登って行くと中腹あたりに看板が見えてきた。先客が入れているようだったので、竹田城第三の写真スポット藤和峠頂上へ行って見る事に。
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余にも遠いくて、私のバカチョンカメラではズームにしてもこんな感じでした。
これではゆっくり見ている値打ちがないと「夏谷の名水」場所へ引き返した。
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すぐ引き返してきたものだからまだ水を汲んでおられたので待ちながら世間話を・・
なんでも、お住まいは姫路の方だとか、出身は和田山町で今日は松茸を探しに来たついでに水も汲みに来たとの事、松茸採りはこの辺は入山料を払って採りに入るようで、今年の出来は悪いとの事、なぜ悪いのかと尋ねると今年は雨が少ないとの事、大きな雨を降らす台風の襲来がないと山の掃除をしてくれないようです。そういえば、昔は薪や植林に山に入り掃除のようなことをしていたから松茸もたくさん取れたというようなことを聞いた事があった。オジサン曰く「平成16年の23号台風の丸山川が大氾濫した年はたくさん松茸が取れた」と言っていた。
そのうち連れのオジサンも合流されて湧水談義になり、結構いろいろと湧水を汲みに行っている様子で、あそこがどうのこちらの方が美味しいとか情報の交換をし、ここの水は一口飲めば美味しいと判ると自慢をしておられました。
ココの「夏谷(なったん というらしい)の名水」は岩間から湧き出しており、それが岩の窪みに貯めたやつを二本のエスロンパイプで導いて来ており、その窪みに沢蟹が居ついており時々砂利をパイプの中に入れているようだと面白い話をしておられ、最後にこの水はパイプに青粉がつかないので良いのだとの事、その辺は青粉がつく方が良いのか、つかない方が良いのかわからないが、私は着いたほうが生物(人間)には為が良いように思うのだが?
まあ、そのような世間話をしながら、水を汲んでお別れした。
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地元の御好意で、お茶碗と漏斗が置いてありました。
尚、「夏谷の名水」の云われは、朝来市和田山町山波字夏谷(なつたに)の地名から来ているそうですが、
地元の方は「なったん」と呼ばれているそうです。なにか ほほえましい気分を感じますネ
情報元は:但馬情報特急の管理人さんからデス(^_^)/

長くなりましたが、「なったんの名水」の味ランクは、帰って三週間なくなるまで美味しく飲めました。
デェ~独断と偏見の味ランクは
(^_^)v (^_^)v (^_^)v (^_^)v (^_^)v でした

詳しい場所は

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NO50:黒部の湧水 かってに「名水・黒部の太陽」

第Ⅱ部
室堂のバスターミナルで、大観峰行のトロリーバスに乗車、
昨夜組んだ予定では、トロリーバスの所要時間10分:ロープウェイ7分:ケーブルカー5分合計22分で往復とすると44分約45分として、それに待ち時間往復に各1時間見積もったとして2時間45分、あと黒部ダムの散策時間を30分取るとして合計3時間15分プラス余裕分15分として室堂に帰って来るのに約3時間30分必要となる。
8時にトロリーバスに乗れば11時半には帰ってくる事が出来る。予定では、余にも紅葉が綺麗だった弥陀ヶ原で1時間ほど散策して帰路に就くことにしたので、遅くてもPM1:00には室堂を出発したい計画でした。
このようなスケジュールを作ったが、時間に少し余裕があったので8:30分ごろの立山トロリーバスに乗り込んで黒部ダムに向かって出発しました。
左トロリーバス内の様子    右大観峰駅から黒部湖を見る    
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次のロープウェイの待ち時間は10分ぐらいで乗る事が出来た。
        大観峰駅から見た紅葉
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大観峰駅では山の上の方は雲がかかっていましたが、紅葉も風景も十二分に堪能できました。以前二回乗った事が在るのだが、二回とも雲がかかって十分風景を楽しむことができませんでしたので、今回はバッチグー
さらにケーブルカーも待ち時間がわずかで乗る事が出来ましたが、反対のロープウェイ乗り場には沢山の人が待っておられ、帰りの待ち時間が心配になってきました。
左 すれ違うロープウェイ  右 すれ違うケーブルカー
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という訳で、行は思いのほか早く黒部ダムに着く事が出来ました。
黒部ダム周辺では予定より時間に余裕が出来たので、のんびりと散策できました。日差しも射すようになり、暖かく気持ちの良い時間を過ごす事が出来ました。
    黒部ダム観光放水期間は6月26日~10月15日まで
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ダム中央から黒部ダム下流の景観(左) 長野側から見たダム放流(右)
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ダムの放流はダイナミックの一言に尽きます。ダムの上を移動していると風にのって巻き上げられた水煙がかかってきます。
記念写真も写し、おなかがすいたので草もちを買って休憩をしていると、嫁さんが「水を汲んでるみたいよー」と指して教えてくれた。見てみると小さなペットボトルに入れたり、柄杓で飲んだりと次から次へ観光客が集まって来られていた。
もしやと思い、近づいてみると{「黒部の太陽」で有名な破砕帯の美味しい湧水です}と書いてあるではないか これは天然水研究家?としては持って帰らずして後ろ髪を引かれる・・・ と急遽持っていたアクエリアスを飲み干し、入れて帰ることにした。
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で無事思いがげない湧水もゲットし、時間も気になりだしたので帰途に就いた。
上右の写真は心配していた予想が的中し、ケーブルカーからロープウェイに乗り換える黒部平駅の様子で、ここで約1時間待ちました。その待ち時間の時に移した、大観峰が雲で覆われている中降りて来たロープウェイの様子
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この時分になると、黒部ダムで晴れ間が出ていた空模様も、山には雲がかかり時折小雨もパラつきだして来ました。
あとトロリーバスの待ち時間も20分ぐらいで乗り継げて、予定どおりの時間に室堂に帰ってくることが出来ました。
後は、弥陀ヶ原に曇っていても行きたいという嫁さんに引っ張られて30分ほど散策をして立山駅に5時ごろ降りてきました。その後近くの温泉に入り夜中の1時ごろ無事帰って来れました。
       弥陀ヶ原の紅葉と我が家の大蔵大臣殿
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 詳しいことはこちらのHPを見てください
立山黒部アルペンルート
黒部ダム観光
黒部ダム建設
グランドサンピア立山

で肝心な名水「黒部の太陽」の味ランクは、500mLぐらいの水量では判断付きにくいですが、「玉殿の湧水」のようなコクのあるコーヒーの味で後味も酸味が残らずすっきり味でしたが、2杯のコーヒーでは・・・
独断と偏見の結果は
(^_^)v (^_^)v (^_^)v (^_^)vとします。
詳しい場所です






NO49:立山・玉殿の湧水

急に決まった立山アルペンルート一泊旅行!
見どころをパソコンで検索してみると、な、なんと!昭和の名水百選に選ばれた湧水がある事が分かった。
立山アルペンルートは、以前にも隣組の親睦旅行で行った事が在るのだが、その時は雲がかぶって何も見えずに帰ってきた思い出があるコースで、再度行くときは晴れた紅葉の季節を期待していた。

今回行く事になったのは、結婚ウン十年記念(歳が分かるのでこれ以上は い え な い)に今年一泊旅行に行こうと嫁さんと決めていた事から、天気もマズマズの予報であったのと、連休中の紅葉情報も良かったので急遽行く事にしたのである。
まず
立山・室堂で宿泊できるかどうかが全ての日程コースを左右する大事な事であった。
三連休(土・日・月)の土曜の夜の宿泊が第一条件であったので、ネット検索を掛けてJTBで「雷鳥荘」という旅館が見つかった。それも三人~五人部屋で予約は三人以上での予約が必要であるとの事、夫婦で行くのだから二人なのだが、ここで迷っていたらとれるものも取れなくなるとの思いから、大人二人、子供一人で予約することにした。子供一人分余分だがトータルの金額で三万数千円でしたので、少し高い旅館に泊まったと思えば済むことだということでこれにしました。これで、泊まることは解決した。
これがその旅館です。
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次にコースの計画
アルペンルートは乗り物の乗り継ぎが多く、時間待ちが出ると予定が立てにくくなる。
立山駅からだと
ケーブルカー(美女平7分)→高原バス(室堂50分)→トンネルトロリーバス(大観峰10分)→ロープウェイ(黒部平7分)→トンネルケーブルカー(黒部湖5分)
とりあえず立山駅のケーブルカー始発時刻を検索してみた。通常7:00初の始発が6:00に早まっている。
今回は室堂で一泊するので急がなくても良いのだが、昨年の駒ケ岳でもバス待ちに1時間、ケーブルカー2時間待ちであったので、今回も立山駅発が何時間待ちになるのか心配であった。こればかりは行ってみなければわからない(?_?)
我が家から立山までの所要時間はルート検索で6時間半、6時に着くとしても金曜日の23時30分には出発しなければならない。そうこう思案していると、黒部アルペンルートオフィシャルHPで「WEB予約切符」というものが有るのを見つけた。それも私が乗りたいと思っていた時間のバスが予約可能であった。早速土曜日の10時発の予約を取った。
これで次のようなルート計画を立てる事が可能となった。

①:立山駅→室堂(昼食)→黒部ダム→室堂→雷鳥荘  二日目:雷鳥荘→雄山登山→室堂(昼食)→立山駅

②:立山駅→室堂(昼食)→雄山登山→雷鳥荘    二日目:雷鳥荘→室堂(昼食)→黒部ダム→室堂→立山駅

後は天候の状況によりどちらかを選べばよく、土曜日のAM3:00予定通り出発で来た。
予定より30分早く立山駅にAM9:00に到着、残念な事に思い通り駐車場が遠くにしか空いておらず、そこから10分ほど歩いて立山駅に到着した。
 駐車場からの見た標識       駅近くから見た駐車場方向
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その前に、雷鳥荘に連絡して予約三人だが子供一人行けなくなった事を伝え、部屋の予約条件が三人以上のためキャンセルはしない代わりに、一人分の食事を二人の食事にプラスα付けてくれないかとの旨をお願いしたところ快い返事で安堵した。これで少し得した気分になった(得はしてないのだが・・・)

立山駅では、予約切符の交換は通常の切符売り場ではなく駅前の別棟の所でしてくれた。その時のケーブルカーの待ち時間は1時間との事、それから美女平で室堂行きのバスをまた待たねばならないだろう・・・
ケーブルカーの乗車時間だったので、行ってみると混雑しているので立山駅からバスで直接室堂まで行くとの事、ますますラッキーであった。
尚、山の紅葉の状況を聞いたところ弥陀ヶ原の紅葉が良くなってきているとの事、気持ちはわくわくするのだが空が今一つさえない、山の稜線は見えるのだから高い雲だと思うのだが下界と天界では違ったりするので視界が良いことを祈るばかりであった。
  富山電鉄の踏切       立山駅前広場
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立山駅玄関        バス停の乗り込む前の様子
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写真の通り集合時間5分前に行ったのだが長蛇の列?、ネットで誰かさんがバスは運転席に向かって左側に乗ると見晴らしが良いと薦められていたので、これでは思うように座れないかもと・・不安がよぎったが、乗り込んでいくと、左に一人座っておられた女性が右側の連れの席へ移動されて、これまたまたラッキーであった。
・・・という訳で左の席に二人とも乗ってラブラブの気分で?出発進行(^^)/
称名滝方面から一般車進入禁止の有料道路から絶壁に近い道を上がって行きケーブルカーの美女平駅も素通り、気分はだんだん高揚して行くのだが天気は曇り小雨も降ってきそうな雰囲気 ^_^;しばらく乗っているとアナウンスで、千年立山杉が紹介された。この辺一帯にこのような幹回り5mとも10mともあるような杉が多いいとか、バスが停車してくれるのだがバスの中からなのでじっくり見る事が出来ず残念であった。どのような種類の巨木にも精霊を感じるのは私だけだろうか・・・
さらに登って行くと、称名滝の展望台に到着、ここもしばしバスを止めて案内してくれます。
     ぼけて残念ですが立山千年杉です
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                右が日本一長いと言われる称名滝
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      ここで一休みをして、立山開山の昔話を一話 

立山は昔、「たちやま」と呼ばれ神の現れる山として崇められて、安楽往生を願う人々が全国各地から訪れて登山した霊山です。
この立山を開いた物語は、
佐伯有頼という少年が今から1280年ほど前、越中の国司佐伯有若の息子有頼が、父の白鷹を借りて鷹狩をしていると、白鷹が飛び立ち有頼が後を追いかけて行くと、茂みから大熊が出てきたため、捕まえかけていた白鷹がまた逃げて行ったため怒った有頼が弓でその熊を射ると熊の胸に命中し熊はそのまま逃げて行った。
傷ついた熊の血が点々と続く後を追っていくと、血懸けから芦峅寺(あしくらじ)を通り流れの速い称名川に出た。
流れが速くわたる事が出来ず困っていると、金色の猪がでてきて有頼を背中に乗せると川を渡り、向こう岸に連れて行くと去って行った。
有頼はさらに熊を追いかけ深山の中を七日七夜追いかけた。
立山の頂上近くの岩穴に逃げ込む熊を追って近づくと、真っ暗な岩屋(玉殿の岩屋)の奥で、熊のうなり声がしています。
今度こそはと、弓に矢をつがえながら入って行くと、金色に輝く阿弥陀如来が建っておられた。
なんと、阿弥陀如来の胸に矢が突き立っているではありませんか。
思わず、ひれ伏した有頼に、仏がお告げになりました。「大熊も白鷹、猪も、立山神の化身であったのです。さっそく僧となって、この山を開きなさい」
こうして有頼は、名も慈興と改め、一生を立山開山にささげたと言います。    おわり
以上「立山と黒部の昔ばなし」 発行:立山黒部貫光株式会社  第一話からの要約
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二十一話の昔話が綴られています。立山に行かれた際には買ってあげてくださ~い(^_^)/ 
(利用させていただきましたので、お礼のCM)
ここに注目→立山黒部貫光(観光が貫光に)アルペンルートらしい名称デスね

称名滝の展望地からさらに登って行くと七曲りを通り弥陀ヶ原へと入って行きます。
七曲りとは、山の尾根を同じような曲がりくねった道が七回続くという所から付けられた名称で、この辺に来ると天気は曇っているものの、見晴らしがよくなり紅葉も色づき、一気に乗客のどよめきが聞こえるようになってきた。
そういう私たちも、見るたびに歓声を上げずにおれませんでした。
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さらに進んで行くと、弥陀ヶ原の絶景部分に入って行きます。みんなため息交じりで声も出ません。写真は、バスの窓越しに、それも動いている中での撮影,カスミが懸かっている様ですがホント綺麗だった。
ココの紅葉を見ただけで今回立山に行った値打ちがあった。
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弥陀ヶ原の紅葉を見ずして立山に行ったとは言えねぇな~。
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弥陀ヶ原の正面には大日岳が正面に見え、さらにバスが進んで行くと天狗平では正面に剣岳が見えます。
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そのうち正面に雄山が見えてきて、室堂のバスターミナルのある立山ホテルに到着。
ターミナルの中は、さらに黒部ダム方面に行く方や、黒部ダムから今来た美女平方面に行かれる方でごった返していた。
私たちは、とりあえずは早昼にして今後の相談という事でレストランへ、席順待ちが1時間後ということでその上に在るカフェーに、ここは時間待ちなしに座る事が出来た。ここでは焼き飯にカレーといったアルプスカレーとやらを食べ次の行動へ、これから雄山登山へ行くことに、黒四ダムは明日のお楽しみという事で早速行動開始。
ホテルの屋上から室堂平周辺へ出て行くことになっていた。
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上の写真 いわゆる立山で右の高いところが雄山神社があるところデス,しかし、一番高いところは真ん中の大汝山(おおなんじ)3,015m、その左富士の折立2,999m、ちなみに雄山神社3.003mです。
今回の一泊旅行で大きく三つ目的を決めて行った。立山アルペンルート黒四ダムまで行き紅葉を楽しむ、立山に上る、昭和の名水100銭に選ばれている「玉殿の湧水」を汲んでくる、そして番外で帰りに温泉を楽しむです。
その中の一つ、「玉殿の湧水」が出ている処を確認して、いざ立山登山、雄山神社目指して出発!
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左:一の越への石畳   右:一の越し山荘
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左:一の越しへ登る途中に在る祓堂で、昔はここでお祓いをして白袈裟 白足袋で登ったとか・・・ 右:一の越から室堂方面
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登山道はコンクリートにコブシ大の石が滑り止めに植えつけられており、歩くには気軽な靴でも歩けますが足首を痛めたりしそうなので、最低でも運動靴できれば登山靴がよろしい様で・・・
こんな登山道が一の越まで続きます。でも山登り!我が老体には息を切らせてやっとこさ到着デス。曇っているものの見晴らしは良く、汗を流して登って来た感動は苦労した者のみが味わえる特権です。

左:一の越山荘入口   右:峰の長野県側
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しばらく休憩をしていると、嫁さんが雄山神社まで登ると言いだし、ワタシャア3時起きと最近血圧が高くなり薬を飲みだした事もあり、これ以上登って行くと人に迷惑をかけるとの思いから「しんどいからここで待っているので登ってこい」と返事をした。内心諦めるかと思いきゃ、ホンナラ登って来るから下で見守っていてくれとの事^_^;
銀座の街並みの人通り波(見たことないが)までも行かないが、大勢の登山客で行きかっている尾根をすたこらさっさと登りだした。
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途中何回も手を振り合図をするものだから、こちらも応答して手を振っていたらそれも見えなくなり風も強くなってきたので山小屋の中へ退散することに、腹も減ってカップヌードルを販売されていたので食べながら待っているとすごい風の音、晩秋に起こるみぞれ交じりの嵐のような風で、心配して小屋を出て待っているとツアーの集団に交じって下りてきた。話を聞くと、神社があと一歩という所で雪交じりの強風に逢い、集団のインストラクターらしき人から、引き返す勇気も必要だと諭され泣く泣く?御一行と下山をしてきたとの事、メデタシメデタシという訳で嫁さんも満足した気分で今夜の宿泊宿「雷鳥荘」目指して下山をして行きました。途中みくが池の周りを通り地獄谷の有毒ガスを吸いながら宿に到着PM5時前でした。みくりが池は天気が良ければ立山(雄山)が湖面に映って綺麗だそうですが、この日は曇りでただの火山湖でした。また、地獄谷も、最近有毒ガスがきつくなっており近づくことができないようにロープが張られていました。
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その日は、美味しい夕食を食べ温泉に浸り早い目に翌日の天気を期待して夢の中へzzz・・・。

夜中寒いだろうと思い、羽毛布団に毛布を掛けて寝たのですが、床暖房のせいか暑苦しく目が覚めて毛布を剥いでしまいました。

翌朝は、霧が濃く天気がよく判らなかったのですが、霧がハレルにしたがって今日も「今一の天気」、それでもたまに蒼空らが覗く様子に期待を託し宿舎を出発、とりあえず昨日確認しておいた「玉殿の湧水」を汲みに、家から二本ペットボトルを持ってきて、それにに汲んで持って帰る予定でした。
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ココが水汲み場ですが、遠く立山の下をくり貫いたときに破砕帯から湧き出した水を引いて来ているそうです。
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汲んだ水は黒部ダムに持って行くには大変でしたので、室堂のバスターミナルのロッカールームに預けて次の目的地黒部ダムへ出発して行きました。
第一話ここで終わりです。

持って帰ってきた「玉殿の湧水」を飲んだ味ランクは、現地で飲んだ時の一言が「うまい」でした。二本の水でしたが、下界の美味しい水でも飲んだ後の余韻が酸味の残る水が多いいのですが、この水はそれがなく、好きになりました。
という訳で、独断と偏見の味ランクは
(^_^)v (^_^)v (^_^)v (^_^)v (^_^)v デスタ

詳しい場所です


津波の防災ズックにライフジャケットを!


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