NO135:七転八起の清水(仮)

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七滝八壷  平成の名水百選  選定
深山の紅葉を満喫しながら走っていると・・・・・
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橋の上にカメラを構えた群衆?が川下を覗いている
    瑠璃渓 067-c
こちらを向いている男性は、さしずめ写真の先生なのだろうか(?_?)気になってそちらの方向を見てみると
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渓流の紅を狙っているのであった。人里から離れた結構山奥なのだが・・・
車に乗り込もうとしたところ
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和佐羅(わさら)滝・国見山登山口:和佐羅滝と古木群
小さな滝が続く渓流の奥にある、水量豊かな落差50米の滝は、近郷唯一の名瀑であり、その足元に林立する杉桧の古木(樹齢2~3百年・所有者五条市 金久商事)は、偉容そのものです。
*約一キロ米・30分 運動靴必要    ふるさと村振興協会

こんなモノを見れば行かないわけにはいかない(^_^)v・・・と・・・思ったのだが、今回は一人旅、それも深山のさらに山奥、熊も出るかしれない、猪も出るかもしれない、まぁこの時期だから大の苦手なヘビは出る事はナイだろうから、まっ行ってみるかとのノリから行く事にした。
   瑠璃渓 106-c
こんな感じの山道を登り始めた。
   瑠璃渓 135-c
写真で見る通り人1人っ子通っていない中、不安にかいなばれながらさらに登って行くと
   瑠璃渓 133-c
木橋の下にパイプが見えてきた、何があるのだろうと思いながら進むと
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貯水槽の様なものが、それを横目にさらに人に出会うことを念じながら上へと登って行った
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この辺に来るとチラホラと滝らしきものが見え始めてきた。もう20分は登ってきている息もあえいできていた.。
疲れと、心細くなる中で登って行くと標識が
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上を望むと
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木立の中なので見えずらいが、上の方から何段かに分かれて水が流れて落ちてきている。部分的にアップに撮ると
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これが和佐羅の滝なのか!40m登ればもっと綺麗に見えるのかも、との思いで登って行く事に
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オーよく見えるとこまで登ってきた・・・と思いきや
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足元を見ると、和佐羅滝20mの標識・・・この時点で体力の限界突破・・・行くかどうか思案すること・・・分、弱冠疲れも取れたこともあり、最後の踏ん張りでこんなところを
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その前にこの看板も
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そして、ザイル?を伝って岩を登りきると(^_^)v
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これが「和佐羅滝」であった。疲れも吹っ飛び「しばし立ちすくんでしまった」
行は不安に怯えながら登り、帰りはルンルン気分での下山、やはり行ってみなければ何事も分からない・・・と訳の分からない事をめぐらせながら下りて来た。
そうすれば「七滝八壷」の滝は、「日本百名水」に選定されている!さぞかし名瀑なのだろ・・・しかし、和佐羅滝の案内版には、近郷唯一の名瀑と書かれてあった。チョイトそこが引っ掛かる思いでさらに車を深山へ進めた。
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渓流の紅葉を楽しみながらトップ画像の橋に着いた。橋を渡るとこの看板が出迎えてくれた。
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              七滝賛歌
 ここは南和モデル定住圏、明神平周辺整備計画に基き、故里再発見の故を以て拓いた。連瀑の奇観を呈している処である。
 この渓流の水源は台高主稜、伊勢辻山の山懐に発し、途次、各森林内に湧き出づる、いくたの真清水涓流(けんりゅう)を併せ、この処に到り、懸崖を一挙に落下し、連瀑を形成、古より名付けて、七滝八壷と謂う。
瀑相を凝視するとき、「老杉や滝は太古の水しぶき」こんな感情が心をよぎる。七つの滝に七つの壺、この通念を破り、七転び八起きの諺になぞえて、七滝八壷と名付けた、今は遼るかな吾が祖達の遺せし、軽妙な発想に畏敬(いけい)の念をもって、この地名を、永く後世に伝承したい。
 谿水(たに・けい)は、これみな山のもつ、哀歓の泪のしずくである。山は黙して語らず、されど今、目の前に展開する七滝は、太古より今日も山の詩、壡の詩をうたいながら、或はたぎり落ち、岩ばしりつつ、永劫のときを刻んで己むことなし、この悠久の姿をもとめて、訪れ来る清遊の士に、いくばくかの思い出を、残すことあらば望外の幸せである。
     平成八年一月  東吉野村 (久保清右衛門撰文)

和佐羅滝のように、くそえらく歩かなくてもホイホイと登って行くと、まず
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七段目のおぼしき滝が、さらに登ると
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名水百選の滝だから、もっと上には立派な滝が有るだろうと、さらに登ってみると
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あとは沢が奥に続いているだけ・・・これでは、名水百選の滝ではなく、迷言百選の滝ではないのかと思いながら後にした。
さらい奥には「魚返しの滝」が有るというので、さらに・さらに山奥へ・・・と
   瑠璃渓 084-c
道端にご年配の御夫婦が水を汲んでいる様子、早速車を止めて尋ねてみると
大阪市内から二週間に一度、こちらの方に湧水を汲みに来ているとの事
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水の出ているところは、山肌の落ち葉や草むらの中で分かり辛いが、沢水ではなさそうなので、吾輩も汲む事に
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順番を待っている間世間話をする中で、ココの水を飲んでいる集落からは賢い人がたくさん出ているとの事、ホ~と半信半疑で聞く中で、なんでもこの水には酸素の含有度が多くて、頭に酸素を補給するので賢くなるとの事、この御夫婦も20年だか30年通っているとの事、さらに世間話を進める中で、ご高齢にかかわらず車の整備工場で使用するソフトの開発を仕事としておられるとの事で、なるほど酸素の多いい水を毎日飲んでおられるので、頭の回転も良いのかとガッテンした次第である。汲んでおられるスタイルを見ていると、やはり長年汲みに来ておられることだけあって、椅子とか水を濾す道具とか年季を感じるモノであった。
そのうち、まだ汲み終わっていないのに、吾輩の入れ物を見て少ないなので先に入れてやると親切にしてもらって名刺交換をしてお別れした。水汲みに行き、この様に知らない人たちと出会い話が出来るのもひとつの楽しみでもある。
よって、この湧水を「七滝八壷の滝」に因んで「七転八起の清水」とかってに命名しました。
お別れして、吾輩はさらに奥に在るという「魚返しの滝」魚も登れないという滝を観に車を進めました。
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この吊り橋の中ほどから見学すると
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紅葉した木立の中にそれは見えましたが、木々に邪魔されて全体像はハッキリしませんでした。ここでもカメラマン2名の方が真剣カメラを向けておられたのでジャマはふなっし~と言うことで早々退散、車をUターンに道のドン着きまで
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どこかの山に登山なのか車がたくさん停まっていた。ここでUターンし、腹も減ったので食事がありつける処を探しながら帰路に、
廃校を利用した「ふるさと村・東吉野」に入る事に
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そして、地元名産品食事を探すと「ふるさと定食」があり
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見た通り食事の品目として、野菜、魚、から揚げ、みそ汁、里いも煮つけ等々ヘルシーの食事、でも美味かったー(^_^)v
廃校の前には温泉も(*^^)v
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やはた温泉ですが、今回はパスしました。昼も廻り次の訪問地へ急いだ・・・

「七転び八起きの清水(仮)」の評価は、この水にも塩分がわずか含まれているかな~と思われたが、程よいコクのあるお水でした。
独断と偏見の水の評価は
(^_^)v (^_^)v (^_^)v (^_^)v (^_^)vでした
詳しい場所で~ス

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NO134:丹生川上神社中社の御神水「清めの水」

   瑠璃渓 146-c
        ニホンオオカミの像
昨年丹生(にう)川上神社下社に行って、同じ名前を持つ「水の神様」を祀る神社が二つ、中社・上社がそれぞれ東吉野村と川上村にある事を知り、今年も紅葉狩り共々二つの神社に参拝と天然水を探してくる旅に出てきました。今回は寂びしながら一人旅と相成りました。

朝5時起きで、今回は京都市まわりで奈良に入り橿原市迄24号バイパスと無料自動車道を通り吉野川まで出て行くコースを計画。大阪廻りで行けば高速オンリーで橿原まで行けるのだが、たまには変わったコースでも行きたい。
5時半出発、京都縦貫道で一部和知で地道におり京都市内高速上で日の出を拝み、
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久御山町で再び地道を走り奈良県まで再度縦貫道に登り、奈良県内はR24号バイパスこもごも橿原市までAM8時半ぐらいに着いた。本来ならそのまま南下して吉野川まで行くのだが、今回は3連休観光客も多く、R169号は渋滞が予想される為、桜井市に入りそこからR166号から吉野川へ出るコースを選んだ。
東吉野村へは、吉野川から離れて伊勢街道に入って行きます。丹生川上神社中社を目指して走っていると犬の銅像が目に入ってきた。これは止まって見学しなくっちゃあと、
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よくよく見ると、ニホンオオカミの像、説明書きには
「ニホンオオカミについて」
 ニホンオオカミは、明治の初めまで、本州・四国などにかなりの数が生息していたようですが、その後急減し、明治33年(1905)東吉野村で捕らえられた若雄のニホンオオカミが日本で最後の捕獲の記録となりました。
当時ここ鷲家口の宿屋芳月楼で地元の猟師から、英国から派遣された東亜動物学探検隊員米人マルコム・アンダーソンに8円50銭で買い取られ、大英博物館の標本となっています。
 この標本には、採集地ニホン・ホンド・ワシカグチと記録され、動物学上の貴重な資料となっています。
 かって高台の山野を咆哮(ほうこう)したニホンオオカミの雄姿を、奈良教育大学教授 久保田忠和氏の手により、等身大のブロンズ像として再現しました。
 緑と水のふるさと・東吉野村の自然愛護をねがうシンボルとしていきたいものです。
  昭和62年(1987年)      東吉野村

さらに奥へと進んで行くと、道の横に立派な「吉野杉のみがき丸太」が置いて在ったので思わずハイパチリと
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そして旗がハタメク丹生川上神社中社に到着。
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そして意味深な鳥居
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鳥居の両側に立っている御幣が飾ってある石を、爺婆石(じじばばいし)というらしい。
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[鳥居に向かって正面左側が爺石、右側が婆石で夫婦石と呼ばれている。かってこの地方では、木材の搬送の主力が筏で、享保年間(1724年頃)より、紀州に送り出すのに始まったとされる。
当村より切り出された木材は筏を組み、爺婆石下の所を目安として川を堰き止めて、水を溜める鉄砲ぜきをつくり、鉄砲水を送って筏を流す処から、筏乗りは多年の経験を積んで一人前となったが、この筏にて川を下るという事は命がけの仕事であった。道中の安全を翁(人生の先輩、知恵を持つ賢者)に祈る信仰がいつしか生まれ、それが爺婆石の姿となった。
その後、時代の変遷と共に木材の運搬も自動車を主体としたものに移り変わり、筏流しも見られなくなったが、道中の安全を願う心は今も変わらない。昨今では当地区に長寿者が多く住んでいる処から、延命長寿・夫婦円満を願い、爺婆石をなでる老若男女の姿が見受けられる。]
で、道なりに進んで行くとどこかで見た雰囲気
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道の下に流れる川も良く似た流れと水の美しさ
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こちらの丹生川上神社下社です。
こちらが丹生川上神社中社です
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そして本殿
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造りも良く似ています。
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  丹生川上神社    旧官幣大社
鎮座地:奈良県吉野郡東吉野村小
御祭神;罔象女神(みづはのめのかみ)
御例祭:10月16日

当社は天武天皇白鳳4年「人声の聞エザル深山吉野丹生川上二我ガ宮柱ヲ立テ以テ敬祀セバ天下ノ為ニ甘雨ヲ降ラセ霖雨ヲ止メン」との御神教より創祀せられ、雨師の明神、水神宗社として上下の尊崇殊の外篤く、天皇の行幸五十数度、祈雨止雨の奉幣祈願九十数度に及ぶ。
又当地は神代新當の女神丹生都比売命が聖水を求めて巡幸せられ、神武天皇建国神話の最高潮を彩る場所として古くより信仰上の聖地であり、吉野離宮の故地として喧伝されている。
今日では、水道電力等水に関わる人々は勿論、水との縁から商売繁昌、酒造安全、又受験等の必勝の神として広く信仰され、御神水を戴かれる人々も多い

その御神水「清めの水」がこの井戸に湧いているのである
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井戸には、吉野杉の産地らしい重厚な蓋がかぶせてあり、それをどかして
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右の掛けてあるバケツで汲むのである
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天秤棒のような竿の先に鎖でバケツが取り付けてあり
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真っ黒クロスケの見えない水面に降ろして水を汲みあげるのであった。本来は釣瓶の方が趣きがあると思うのだが、これはこれでまた乙なものであった。
コンテナには、8本のペットボトルが入るのだが、今回はほかに汲まなければならないところが残っているので4本頂いて帰る事に(^_^)v
その後少々境内を散策、井戸の横には千年杉なるものが
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「叶大杉」と呼ばれ、両手を大杉幹に当て心願、口唱し御神威をお授かりください。と書かれてありましたが恥ずかしいのでやってません^_^;
またこちらには、いつの頃からか叶大杉に住みついたという
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チョイト写りが悪い「なで梟」夜の番人として境内を守ってくれている為、この木彫りのフクロウを撫でて可愛がってやりますと「徳」が授かるらしい。吾輩は撫でる代わりにこれを買ってきました。
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那智黒(飴ではありませんぞ、石ですぞ)で作った梟のお守りデ~ス。
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神社の前の川を少し溯って行くと、名勝「夢渕」がありそこには「東の滝」が有ります
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秋津野の滝・丹生の滝とも言う。この滝は日裏川から丹生川に注いでいる。東の滝とは、吉野離宮の東にあるということから名付けられたもので、万葉集に次の歌がある。
東の滝の御門に待へど昨日も今日も召すこともなし  日並皇子宮(日壁皇子)の舎人   東吉野村

滝の水が流れ込んだ渕
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「夢渕」
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夢渕と山口誓子
 夢渕の付近一帯は風光明媚な地で古来より多くの歌に詠まれている。神武天皇が東征と全国平定を完遂して、畝傍山(うねびやま)の麓橿原宮に即位できたのは、全く丹生川上の紺碧の深い淵に厳瓮(いつべ)を沈めて天神地祇(てんじんちぎ)を敬祭せよという天神の夢の訓えの賜であるとして感謝の誠を捧げられたことから、この地名が生まれた。
 近くの日裏川の「東の滝」にも古来よりの伝承と丹生川上神社との歴史の中に数多くのロマンを秘めている。
 平成元年の初夏山口誓子がこの地を訪ね当地に感嘆して御作を吟じられ同年11月3日句碑の序幕が行われた。
 瀧の水 直ぐ透き通る 神の淵(わた)

さらに深山に分け入ると、平成の名水百選に選定されたという滝が有るという。この橋を渡り奥へと車を進めた。
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「清めの水」の評価は、少々塩ぱく井戸なのか飲み終えた口の中がザラツキが残り、少し期待はずれであった
独断と偏見の味ランクは
(^_^)v (^_^)v (^_^)v (^_^)vでした

詳しい場所です

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