NO88:丹生川上神社下社「いのちの水」

春「ごろごろ水」を汲みに行った時に、奈良県吉野郡下市町長谷の丹生(にぶ)川上神社の前を通った折、はためく幟に「日本最古の水の神」という字が書いてあったのを横目で見ながら走った時の事が気になっていて、この神社に行きたいが為に、連れ合いに「洞川の紅葉を見に行こう」と上手く誘って行ったのであります。苦労します。
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今回のコースは、天川村の紅葉狩→山岳道路→黒滝村→吉野山→帰宅を予定して出発した。
このコースの中で湧水がもらえる所を探して、丹生川上神社下社(水の神の神社だからあるだろう?)、黒滝村に有るであろう葛の井・赤滝の水・地蔵の水の四か所を尋ねてみる事に。

そのⅠ、丹生川上神社に寄って湧き水を探しに
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左に:太古の名水「いのちの水」丹生の御食の井(みけのい)の大書きした標識が                
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御食とは、神への供物との事、これで湧水一つゲット確実、太古の名水なる誇らしげな字に心も踊る事に
例のコンテナを持っての参拝、駐車場から入るとそこには馬が!
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右の写真の右に在る小屋には白馬がおりました。
この馬には・・・このような意味合いとそれに繋がる絵馬が

水神を祀る丹生川上神社と京都の貴船神社の特徴は奉幣(お供え)とは別に馬を奉る神社で知られます。雨を祈り「黒い馬」晴れを祈り「白い馬」と定められ、これがやがて「神さまに願い事をするのに馬を奉る」そして「神さまに願い事を書く絵馬」に代わってゆきます。しかしここに日本人の思考変化が描かれています。
もともとは日本の何処かで干ばつや長雨が起こると天皇は水神に祈る為に馬を用います。
所謂「国のため」「人の為」に馬を奉ったものが現在の絵馬の用い方は個人の願い事を書き記すのが一般てきです。
全てを否定せず感謝して人のために生きる。日本人が本来もっていた心根から現代の思考までの変遷を描いた神社が丹生川上神社です。今に大切な日本の心を伝える神さまです。 (社報第七号より)

その写真に写っている石、奥の大石を牛石と呼び、手前の小さい石を蛙石と呼ぶらしい。
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             牛石に思う 
この石は形が牛の寝ているように見えるところから、誰となく牛石と呼ぶようになった。この石は大正天皇御大典の奉祝を祈念して丹生区より奉納されたものです。当時これと言った道具もない時代に、これだけの石を人力だけで、そり台に乗せて川より引き上げ、若者の心意気と辛抱強さの象徴として此処まで持ち込んで下さった労苦に頭の下がる思いがします。
それから約一世紀に亘り辛抱強くここに座ったままの石である、だから世の移り変わりの色々を知っている、ロマンに満ちた石である。今改めて当時の人々の労苦に感謝しながら、いつの世にあっても辛抱の大切さを教えてくれているこの石を愛しく思い真心込めて優しく三回撫でてあげましょう。
思いがけない幸運に恵まれるかも。
(最後の一節に、宮司さんの心根が現れているように思えます)
「しかしどう見ても、牛には見えねェえだが。牛に見えないものは、神さんに嫌われているとか?^_^;」
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              蛙石
牛石の傍の石、この石が、なぜ牛石の傍に立っているのか現在の氏子中で誰も知らず不思議に思っていた。
だが、最近その理由がわかった。
この石をじっと眺めていると蛙が立ち上がった姿に見える、そこで、この石を蛙石と名付ける事にした。
牛は、じっくりと物事を見極めて粘り強く歩むことから、人世も商売も牛歩のようにあれ言われている。
一方蛙は瞬時に物を捉える瞬発力を持っている、すなわち、静と動の対照的な性格を持つ石を並べて置いたのは、人世にも物事を決めるとき、熟慮すべきか、即決すべきか、判断に迷う時がある、そんなとき、この二つの石に触れながら心静かに考えてみよう、そのとき二つの石の精がきっと良い決断を与えてくれるでしょう。
牛の粘り強さと蛙の瞬発力を兼ね備えた人生であるために何事も原点に帰る(蛙)気持ちこそが大切だとこの石が教えてくれている。
「こちらの石は、蛙石に見えるでござる。神さんもこれで救ってくれるかも(^_^)v」
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丹生川上神社下社の由緒(にふ→にゅうと呼ぶらしい)
丹生川上神社には他に、丹生川上神社(中社)、丹生川上神社上社があります。各神社とも場所は離れており、関心のある方は各HPで調べてください。
御祭神:闇龗神(クラオカミノカミ)
御壮健:天武天皇白鳳四年(676)「人声の聞こえざる深山に宮柱を立て祭祀せば、天下のために甘雨を降らし、霜雨を止めむ」との御神話に因り創建された古社である
御例祭:6月1日
御神挌:延喜式の名神大社二十二社の一社 元官幣大社 明治四年列挌
御鎮座地:丹生川の川上 丹生山
     神武天皇御東征の途御親祭遊ばされた地である
朝廷の尊崇:天平宝字七年(763)弊帛の外、特に黒毛の馬を奉納される。その後、祈雨には黒馬、祈晴んは白馬を献ずる事が恒例とさえた。
      孝明天皇安政元年(1854)に、「外患惧服国家清平」の祈祷を仰付けられた。
御神徳:大気を浄化し、万物生成化育の根源たる水を主宰遊ばされ、地球上のありとあらゆる物象の上に、はかり知れない恩恵を垂れ給い、守護あらせられるいのちの神様である。
         あ~~~疲れてしもたー(~o~)
境内の上段に上がり拝殿で賽銭をお供えして降りてくると、拝殿の右手から75段上の本殿を眺めてくださいとの立札が、右に回ってみると
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丹生山と言うらしい左に回ってみると、
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山への出入りを見張っているかのように祠が建っていました。
当神社背後の丹生山山頂に、祭祀遺跡と思しき矩形の石群があること(ウィキペデア)
『このことから、神社の御神体は実際は山頂の雨乞いの遺跡であるのではと推理してみる』

肝心な湧水はと言えば、拝殿の左に丹生御食の井(神さんにお供えする水)御神水:いのちの水 がありました。
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連れ合いも、御神水の神徳にあやかろうと労力に励んでくれています(^^)/

これで一つ目の目的はゲットできたし、帰ろうと振り向くとおかしな石がまたもや
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立札には     産霊石(むすびいし)  と
産霊石には、男根と女陰のご神体が重なり合っています。この石の底には径10cm位の深い穴があいています。
いつのころか神社にお参りして子宝に恵まれた信者が禊ぎをした丹生川の底にあったものを奉納したもので、今も遠方から参詣者が集まって来ています。
産霊(むすび)は生産・生成を意味する言葉で、造化三神のうちの女神である神皇産霊神(カミムスビ)と、男神の高皇産霊神(タカムスビ)のことを言います。一対の神であり、この二神は一心同体だとする説が唱えられ、「創造」を神格化した神であり、男女の「むすび」を象徴する神でもあると考えられます。
この「むすび」の神には衰えようとする魂を奮い立たせる働き(すなわち生命力の象徴)があるとされています。
よって子宝に恵まれるよう静かに参拝してほしいものです。

石にもイロイロとあるものだなぁ~と、感心ひとしきりデス。

その、神社のまえの丹生川です
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上流の工事の為か、水が汚れていたのが残念!
次に目指すは天川村へGo(^^)/

で、「いのちの水」でコーヒーを沸かしたあじ評価は、あっさりしたうま味のあるコーヒーが点てれました。
独断と偏見の
(^_^)v (^_^)v (^_^)v (^_^)v (^_^)vでした

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