NO89:赤滝長命地蔵大菩薩の「長命水」(仮名)

丹生川上神社下社で「いのちの水」を頂いて、さらに国道309号線を奥に向けて出発。未だ何が起ころうとしているか分からず、ルンルン気分で運転しておりました。

途中、丹生川(笠木川の間違い:水系は同じ)の滝を眺めながら・・・
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紅葉が良いであろうと思われる、みたらい渓谷の入口滝があるところに車で行く事に、車一台が通れるような弥山川沿いの国道309号線(あくまでも国道デス)を通って滝が見える場所へ到着。←どんなとこ、こんなとこ:NO65を見てね(^.^)/~~~
紅葉はマダマダ色付かけもせず、さらにここから川の名前が変わる川迫川の上流・川迫ダム方面へ足を延ばして見る事へ
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山肌は紅葉真っ盛り、川迫ダムに到着
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ダムに溜まった水の色と、山肌の紅葉のコントラストが最高!(^^)! さらに
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そして、童心に帰って何べんも石をダム湖に落として
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広がって行く水文が分かりますかねぇ~、透明度が良いため、水文が広がって行くときに水文の波で光が屈折してダム湖底がウォンウォンと曲がるのが面白くてついついやってしもた。

そして行者還トンネル方面の分岐から川迫川下流を
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トンネル方面に行くと国道169号の川上村に出ていく為、ここで引き返す事に。
国道309号と言っても初めに書いた車一台分の道、たまにしか車に出会わないという事もアリ、気分よく走っていたら・・・
「お父さん危ない!!!」と絶叫の声、した時 すでに遅し 愛車の左脇腹をガードレールで引き裂く音!!!
やってしもたぁ~~~ 後のまつり
   前輪後ろ                後輪前
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道の真ん中を走っていたつもりだったのだが・・・
後程修理屋に見てもろたら、高齢者がよくやる事だよ~ との事、見積もってもらったら片側最低8万両方で16万以上((+_+))  昨年ガリバーに見積もってもらった中古車の査定20万 下取りでプラス五万であった。ゆえに修理をせずこのまま乗る事に、なんせタイヤを1ヶ月前に10万出して替えたとこだし・・・。

まぁ人様に迷惑を掛けなかっただけでも良かったと、気を取り直して、今度は湧水を汲みに黒滝村へ向かう事にした。

本来は、洞川地区から山岳道路を通って小南峠(ココのトンネルは岩盤丸出しの車一台がやっと通れるスリルあるトンネルデス)を越えて黒滝村に行く予定でしたが通行止めの看板が出ており、地元の人に聞くと2011年9月4日の紀伊大水害の時にトンネル内が崩落したまま通行止めになっているとの事、あきらめて元来た道を引き返し道の駅「吉野路・黒滝」の所から入って行く事に
写したはずの道の駅の建物が見当たらないので、代わりにこれを
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吉野杉の産地だけあって、木工製品が多数販売されていました。ついでに
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           黒滝村の紹介
 黒滝村は、奈良県の中央に位置し、吉野山地の中央を南北に走る大峯山脈の大天井ヶ岳から四寸岩山への山嶺と、その支流に囲まれた風光明媚な村です。黒滝という地名は、この地を潤す清澄な水の流れから名ずけられたといわれています。
 早くから大峯山修験道によって開かれ、14世紀半ばには、後醍醐天皇の南朝皇居の後背地として、重要な位置を占めるようになりました。南朝が没すると、この地も封建制に組み込まれることになり、江戸時代後半の約100年間は、幕府の直轄支配を受けました。
 明治新政府が誕生し、町村制が交付された明治22年、黒滝郷は丹生郷と合併して南芳野村となりましたが、明治45年には分離して、黒滝村が誕生しました。その後、昭和24年の境界変更を経て、現在に至っています。

コレから行こうとする赤滝の事を聞いてみると、赤滝は滝が有るのではなく土地の名前だとの事、滝が有るところにある湧水だとばかり思っていたのでガクリ、しかし行って見る事にしました。

黒滝村と言う存在自体山奥という思いがある中で、さらに山奥に向かって走って行った。
家もまばらになり、湧き水の雰囲気も無い事から地元の人に聞く事に「さらに奥に入った地蔵さんの所にアルヨ」と教えて下さいましたので、気を取り直してさらに奥に進む事に、周りは河川工事のトラックだけが行き交う場所まで進んでくると左手に地蔵さんらしき祠が見えてきた。やっとありつけると思い寄ってみると
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目に付いたものは、なっなんと〇〇のシンボルが奉納されているではないか、連れ合いは車の中で居眠り中・・やれやれ
こういうのを道祖神と言うのだろうか ((+_+))
で、肝心な湧水は出ておらず、さらに奥へと進んで行った。
こんな道を走って来たのです。
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聞けばこの辺も二年前の大水害で土石流が発生したとか、その修復工事で砂防ダムを作っている様子
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これ以上行けねえな~と思いきや、工事現場のプレハブ小屋みたいなのがその横に・・・
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勝手な思い込みなのですが、土石流で地蔵菩薩の祠は流され、新たに工事関係者の休憩場所にも利用できるようにとこのような作りになったのでは、中を覗いて賽銭を入れた・・・・・と思う(?_?) 忘れた・・・
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このお地蔵さんは、昔から大切にされてきたのだなぁ~との思いがした。

ところで、湧水は何処だいな?と小屋の周りを一周したのだがナイ!まさかこれかぁ~
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ホースが、支流の方から引いてアリ
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コレしかそれらしきものが無い、地元の方も地蔵菩薩の湧水と言っておられたので確信を持ち、水溜からホースを引出、無事二つ目の湧水をゲットした。
吾輩が探した資料によると
『赤滝の水とは、赤滝とは閼伽(アカ=清浄な)のタギリ流れるところの水。』

次に、葛の井と言う名の水を探しに、黒滝村の中心であろう役場がある寺戸地区に、この葛の井は、「昔(江戸時代)、この清冽な湧き水をつかって、葛の根をさらし、できあがった吉野葛を、毎年、紀州・和歌山の殿様に献上していたという。
三つの葉葵の紋と「献上御葛」の文字をしるした木製の荷札がいまものこされている。
とのことで、さぞかしうまい水だと期待していた。ところが、町の中心にあったお店で聞いてみると「そんなものは聞いた事がない、湧水なら、吉野方面のトンネルを出たとこに在る」との返事、70代のおばあさんが言っているのだから間違いなかろうと、「葛の井」の水は諦めて、そのトンネルを出たとこの「地蔵の水」を汲みに向かった。
結局、そのトンネルを過ぎた所の付近を探すも見合当らず、時間も無い事から次回に楽しみを残し吉野山へ行く事に、県道267号線の車一台が通れるぐらいの道ですが、吉野山にこちらから行くには近道です。
峠越えの所には、才谷の一本杉がそびえ立っていました。
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その近くには石碑が
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なんでも、文明7年(1475年)蓮如上人御手植之杉らしい(蓮如上人=室町時代の浄土真宗の僧侶)
ソコを過ぎると、やがて吉野山の街並みに出て行きました。吉野山は湧水探しの機会が有ればその時にUPしたいと思います。
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で赤滝長命地蔵菩薩の「長命水」(仮名)でコーヒーを沸かした味は、近くに「ごろごろ水」がある事から期待していたのですが、山水に似た味で、湧き水かどうか分からないところがあります。
独断と偏見の味ランクは
(^_^)v (^_^)v (^_^)v (^_^)vです

この場を借りて、今の日本の行くへに心配の種が・・・
『秘密保護法』が衆議院を通過してしまいました。政府のする事に「見ざる・聞かざる・言わざる」という事が現実になろうとしています。一人でも多くの方に関心を持って頂く為に。
ブログを書けば捕まってしまうかも(?_?)
下記読んでみてください。
川田龍平氏のブログより

詳しい場所は(尚、グーグルマップのストリートビューがこの付近は見れます)

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おわり
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