NO87:三輪神社の宮水「大井ノ元」

今回もまたまた映画を見に行ったついでに、以前水をもらいに行ったが建て替え中で水が汲めなかった、兵庫県三田市にある三輪神社の宮水「大井ノ元」へ再度行ってきました。

前に行った時、工事中の館
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その前に、例の如くイオンシネマ「三田ウッディタウン」で、第66回カンヌ国際映画祭審査員賞受賞「そして父になる」を見に行く事に。これは「連れ合い」のかねてからの希望で、交換条件として三輪神社の宮水「大井ノ元」に、前回汲めなかった宮水を汲みに付き合ってくれる事として協定成立の結果でした。
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感想としては、結末は思い描いていたように終わることなく「含蓄のある」お わ り かたで「親子の行く末に思いを馳せたくなる」内容でした。

終了後三輪神社に向かった。
国道を走って三輪神社の手前200m手前で車が渋滞で止まってしまった。信号渋滞と思いきや脇道から神輿が出てきて、こりゃ祭りに巻き込まれたな!
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・・・で、こんなとこで祭りをやっているという事は・・・もしや・・・三輪神社の祭礼では?
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そう、もしやが的中でした^_^;
それでなくっても、この辺の界隈駐車する所がなく、神社の駐車場を充てにしていたものだからどうなる事やらと、思案に暮れたがとりあえず渋滞の緩和を待って神社へ通じる脇道に入ってみた。
駐車場へ通じる道にはこのような看板が・・・
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この看板によれば、当日は午前8時~午後9時まで通行止め との事、駐車場へ入るのは諦めて(もともと無理だったのだが)さらに脇道を直進して奥に、とそこにこんな遺跡が!
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車は史跡園の近くに駐車スペースのある道路端に置かしてもらい神社へ急いだ! 祭りが見たかったのだ!
行くと、山車が止めてありここから祭りの広場だ!とデモンストレーションしている様・・まぁそれが「おらが祭り」の心意気てなぐあいに
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その上にある三輪神社の境内に上がりそこから見ると
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山車や神輿が置いて在り、にぎやかな祭りの雰囲気。祭りの締めくくりに各地区から一堂に集まってきている模様
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祭りと三田の街並みデス

        前述のポスターによると
         〇本宮祭:9時~
        〇供奉行列:10時30分~
       〇御旅所神事:12時30分~
       〇御旅所出発:14時30分
          〇宮入:16時~
         〇餅撒き:16時30分~
       〇波宇也踊り:19時~
        〇提灯行列:19時30分~
        〇神楽奉納:20時~

宮総代らしき人が、境内の広場で午後4時から山車と神輿の倉入りが始まるとの事、ポスターをしっかり見ていなかった我が二人は4時から何か始まるらしいとの事で、とりあえず水をもらいに行って来ようと、湧き水の館に行く事にした。餅撒きもあるらしい・・・
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見てない人の為に、以前写した三輪神社の社

で、人をかき分けて社務所の前に在る神輿の横を右に折て細い路地を100mほど進んで行くと「大井ノ元」に着きました。着いてみると、な!なんとスゴ~~~ク立派になっているではぁ~りませんか(@_@;)。
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近づいて中を覗いてみると
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綺麗な水が溜まっていましたが、サテサテどうして汲むのかと思いきや、横にこのような張り紙が
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張り紙には、「区民の皆様へ、大井ノ元の湧水は、水質検査の結果、飲料水に適さないことが判明しました。ご注意下さい」三和区長
という事で、今回も水を汲む事は・・・と言うよりもココの水を飲むことは諦めなければならない事と相成りました。
その上に書いて有る「大井ノ元」のイワレヲ書きだしておきます。
      三和の人々の暮らしを支えてきた水
          大井ノ元
 大井ノ元は、六甲山の名水に連なる水系で、清らかな水が常時湧き出しています。過去の旱魃(カンバツ)の時でも涸れることがありませんでした。円山の奥に吉凶の池があります。昔はこの池の水面を見て、その年の豊作を占ったそうです。この池の水は三輪神社の地下を通り、大井ノ元の水となっていると言い伝えられています。
 大井ノ元のことは、三輪神社の寺社堂記に「閼伽井は神社の西南あり水の湧出る所、泉の中高さ二尺ばかりの石あり伝えて言う影降石なり、神降りるなり」と書かれています。現在でも、正月には三和神社の宮水として神さまにお供えしています。
 明治三十四年に大井戸組が中心となり、町と地家から浄財が集められ、現在の姿となりました。昭和初期まで町民の飲料水として重宝されました。    歴史の散歩道  大井ノ元  三和区

と、悠長に書いていられない、早く神社に戻って儀式を見なくっちゃ と 来た道を急いで帰って行った。

着くと、三和神社の横の坂道から山車が神社に上がる最中であった。
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そうそう、写真に写っている屋根に座布団みたいな物がのっている神輿は、座布団太鼓が正式な名前らしいデス。
こちらも急いで三和神社の境内に上り見学する事に、
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おそらくこの祭りの見せ所ではないか、男粋がムンムンの行動である
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この盛り土の上に立ててある御幣を三回廻って倉にしまうらしい
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狭い境内をこんな感じで山車を引っ張る(押す)、やっている本人達は真剣で大変だが、見ている方も砂埃で大変です^_^;
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それにしても、ビデオもいいですがコマ写しの写真も、結構迫力が出ていると思いませんか(^_^)/

この砂埃に参った連れ合いは、退散しようと言い出し、吾輩はできれば「餅撒き」まで居たかったのですが、まだ次に神輿も控えているので時間の事もアリ、例の「三和明神窯史跡園」に寄って帰る事にした。

ちょうど神社の裏手にあります。
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         新工房跡
     明治時代~昭和時代の初め
 この場所は、三和明神窯跡(かま)の最も新しい時期の工房が建っていたとこです。床面は土の床で、焼き物に使う粘度が広がっていました。
 現在、大正時代の工房のようすを、地域の古老から聞き取り、学習棟の姿に反映し、当時の基礎石を周辺に再現しています。

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史跡と言っても年代が新しいモノで、江戸時代の後期(1799年)から、昭和10年まで操業していたようです。作っていたものは、青磁をはじめとして、染め付け、色絵、白磁、などの製品で「三田青磁」として優れた製品を生み出していた。当寺としては広く全国へ流通し、美術的価値も高かったとの事です。

手振れが出るほど連れ合いに急がされ帰宅しました。

ゆえに、水の評価はできませんでした。(^_^)/

詳しい場所は

大きな地図で見る

おわり




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