NO246:城崎温泉・極楽寺の「独鈷水」

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今回相方さんの誕生日に「カニのフルコース」を食べたいと言い張られ、一番安いところをサイトで探していたら、な、ナント城崎温泉街の中の「川口屋本館」という旅館がヒットした。金額はナ イ ショだが、ふつうの旅館では、日帰りでも時間制限の一部屋貸切と言うパターンとなるが、この川口屋では日帰用個室が作ってあり、その分賄さんも掛け持ちでできる事なのか安い(といっても懐石料理波の値段)値がついていた。で、城崎温泉には何回か水を汲みに行っていたが、探せばあるもので、温泉街のはずれにある極楽寺と言うお寺の裏の岩間から湧き出ている水が有るという。ついでと言うか、カニのフルコース→名水汲み→おなじみの城崎温泉外湯→帰宅の一日コースで出発した。
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予定通り12時正午に到着
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城崎温泉のシンボルの柳の川べりに立つ「川口屋本館」早速食事処へ案内され
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このカーテンで仕切られた個室となっていました。(トイレに行った帰りに間違えて、若いカップルの部屋のカーテンを捲くった事はナイショにしておこう(^_^;))
中は掘りごたつ風のテーブルになっており、一部屋2~4人が適当な広さで、写真の通り中央に炭をイコシタコンロが在ります。
ネットで予約をした方には、温泉卵の元「普通の生卵」のサービス付でした。
部屋に入るなり、とりあえず「温泉卵を作って来る」と
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写真を写してきてくれと、撮ってくれたのがこれです。篭に名前を書いた卵を載せて、温泉の中に入れます
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半熟15分~ゆで卵20分だそうで、その間に食事をしています。
まずは、「カニ刺し」
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値段が値段ですので、今はやりの「タグ付き」ではないので、少々小ぶり(-_-)・・・が、トロットとろけるように喉の奥に甘みの余韻を残して通り過ぎて行った。見ればわかる数も少ないので、味わうほど余裕はない。
次に、「焼ガニ」
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焼ガニはやはり足、小皿に盛ってある甲羅のカニ味噌に、とり出した身を付けて食べたりして満足!満足!・・・するには少々すくなかったかな。(・・?
ここで温泉卵を取りに
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半熟の予定が「ゆで卵」、それを食べながら、ステーキの炭火焼き(^_^)v
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これは予定の中になかったものでビックリ、コースメニューの中に、オプションとして『一皿5千円の和牛ステーキ、もちろん但馬牛(神戸牛)と一皿5千円のお魚の御作り盛り合わせ』が書いてあったのだが、おそらくお腹がパンクするのではと×としていたのです。ところがステーキが(チョイト小ぶりだが)着いて出てきたのには感激(*^_^*)あとで、お肉もあのぐらいで丁度だったね・・・と満足。
そして「カニ鋤」は、カセットコンロで
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カニ鋤は、カニの身をホゼクリ採り出すのが手まで、これに集中すると会話もなくなり黙々と、それだけで腹がいっぱいになります(^o^)/
最後にカニ雑炊
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食材をみんな平らげ腹は満腹(^_^)vしかし最後の雑炊も食べます(^_^)v・・・と言ってもお椀半分ぐらいの量を2人分、食べていると相方さん「便所へ直行」・・・どうも普段食べない物を食べてお腹がビックリした模様・・・・・・と言うか、どうも食べ始めに冷えたノンアルコールビールを飲んだのがたたった様子(~_~;)以後帰宅するまでに2回は便所のお世話になっていたという事はナイショにしておこう。(=_=)
で、旅館は3時までなら館内浴場が使えたのだが、我らは外湯派ですのでチックアウトで2時になっていた。
それから極楽寺へ「独鈷水」をいただきに行ったのだが、その前に7月頃ロープウェイに乗って来た写真が有るので紹介
城崎温泉街のドン着きには大師山がそびえており、その頂上には「温泉寺奥の院」が在る。そこへは参道を歩いて登るか、ロープウェイで気楽に上ってお参りするか二通りある。我らは、往路はロープウェイで上り、復路は参道を下って来るという事で
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遠くに見えるのは、中間駅である温泉寺駅です。
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温泉寺駅の風景・・・・・・温泉寺(道智上人により創建された高野山真言宗の別格本山。天平九年に河辺へ漂着した十一面観音像(国重要文化財)を安置して開かれ、翌年には聖武天皇の勅願寺に。)
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こちらが本堂デス(縦行五間、一重、入母屋造、銅板茸。但馬では最も古い仏殿である。建立年代は至徳4年(1387年)と言われている。 特徴は、「和様」「天竺様」「唐様」の折衷様式であり、特に天竺様式の色彩が濃厚である。
慶長6年(1601年)と正徳3年(1712年)に修理を受けているが、昭和43年?45年の解体処理によってすべて創建当時の様式に復元された)
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そして多宝塔
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そして頂上からのロープウェイ
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その頂上にそびえ立つ金ぴかの字母観音像デ~ス
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他に「温泉寺奥の院」もありましたが、御参りの方の関係で写真を撮る事できず、その他詳しい事はロープウェイのHPで調べて下さいネ
ソコから温泉寺を経て薬師堂までテクテクと
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この道は温泉寺から下山するときの者で、温泉寺までの下山道は山道その物、観光用の履き物ではチョイト辛いかも(*_*;
と言う事で、大師山の紹介を終えて、極楽寺へと水汲みに
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城崎温泉街の突き当りに
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橋が有ります。この橋を渡り左の路地を進むと
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大弁財天が祀ってある池が見えます。その奥に
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極楽禅寺の石柱があり、山門が出迎えてくれます
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山門の柱に、消えかかった当寺の由緒の書いた札が掛けてあった。
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万年山 極楽禅寺
 当寺は、京都市紫野臨済宗大本山大徳派に属し、應永年間(15世紀初頭)に金山明昶禅師により創建。その後、寛永年間(17世紀初頭)に沢庵宗彭禅師により中興されている。
 本尊には阿弥陀如来(鎌倉時代末期の作)を、祠堂には聖観世音菩薩(平安時代の末期の作)を祀る。
 山門は元禄年間の建立で町指定文化財である。平成3年大修繕を行い楼上には観音像を安置す。本堂は大正10年の再建で、襖の全面には加藤美代三画伯により水墨画 四季の図が描かれている。
 門前の放生池中に祠る当山鎮守 大弁才天は一人一芸 必ず成就するとの篤信あり また境内の庚申堂には剣豪岩見重太郎が天の橋立に行く途中一夜の宿をしたと伝え、古来より熱病封じの霊験あらたかであるとされている。
 境内は「静官閑庭」と称し、鞍馬の赤石、白川の白砂また吉野の青石を配した枯山水の石庭である。当温泉開祖道智上人修法の霊泉「独鈷水」が裏山山麓より湧出し石庭全体を潤している。静かに禅の無言の説法をお聞きください。     
ここにも書いてあるとおり、情報元も、お寺の後ろのお墓の道を行きあたったところの岩の間から水は湧き出ているとの事だったのでお寺の後ろへ行って見る事に、山門の前に
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上の方から水が流れている石庭があり、その前の路地を入って行くように
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お寺の後ろは
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墓地、この墓地を通り過ぎて山肌の岩の隙間から「独鈷水」が湧出ているはずが
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お墓の中を通って着いたところは砂防ダム((+_+))辺りを見回しても岩から水が・・・という所は見当たらない(・・?
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さては砂防ダムにかくれて筒から出て来ているのがそれかも(?_?)・・・と思いながら、境内に「独鈷水」が引いてあると情報には出ているので引き返して山門をくぐると
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立派な石庭・・・・枯山水石庭「清閑庭」というらしい。その山門を入った石庭の端に在る「蹲(つくばい)」に出ていた。
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つくばい(蹲踞、蹲)とは日本庭園の添景物の一つで露地(茶庭)に設置される。茶室に 入る前に、手を清めるために置かれた背の低い手水鉢に役石をおいて趣を加えたもの。 手水で手を洗うとき「つくばう(しゃがむ)」ことからその名がある。 もともと茶道の習わし で、客人が這いつくばるように身を低くして、手を清めたのが始まりである。茶事を行う ための茶室という特別な空間に向かうための結界としても作用する。 『ウィキペディア から』
吾輩は境内を写しに、相方さんは水汲みに・・・
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この「独鈷水の昔話」が城崎観光協会のHPに載っていたので了解の元 
極楽寺の裏の墓地を通り過ぎると、涼しい岩かげから清水が湧き出ています。この清水を城崎の人は昔から「独鈷水」といっています。

独鈷とは、仏さまが手にしていらっしゃる金属製の仏具であって、きわめて大切なものです。なぜ、この清水を「独鈷水」というのでしょうか?

今から約1400年前、道智(どうち)上人様が奈良の都からこの地にやってこられました。「何とかして悪い病気で苦しんでいる人々を救いたい。そのために名湯を発見したい。」と祈願されましたところ、夢の中に白髪の老人が現れて、「上人よ、汝の求める温泉は、ここから西南にあるビランの木の下を掘るがよい」といわれ、姿を消されました。

上人はそのお告げを信じて、今のまんだら湯の場所に庵をむすび、八曼陀羅経(はちまんだらきょう)というありがたいお経をあげながら、一千日という永い年月温泉湧出を祈られました。満願の日、とうとう求める霊泉が得られました。これが、城崎温泉の浴槽を設けた初めであるといいます。

道智上人が、温泉湧出を祈って「行」を続けておられる時、お手にされている「独鈷」で、岩壁をつついて得られた清水なので、「独鈷水」といい、上人は庵で常々仏前にお供えになるお水にご使用になったのだそうです。

この「独鈷水」は真夏の日照り続きでも絶対にたえることなく、こんこんと湧き出る冷たい美しい水なので、昔の人々は「あぁ、独鈷水がいっぱい飲みたい」と病人が言い出したら死期が近いのだといい伝えていました。この水は山門をくぐった蹲い(つくばい)にひかれています。
そして、境内を写して回っていると
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山門の由緒書きにも書いてあった「岩見重太郎」伝記が(@_@;)こんな所で出会うとはヽ(^。^)ノ
と言うのも、吾輩が幼いころ海水浴に、近場のビーチと言えば天橋立でした。天橋立は小天橋(しょうてんきょう)と大天橋(だいてんきょう)に分かれています。その大天橋の回転橋から300mほどの所にお茶屋が在ります。その横に岩見重太郎が切ったという御影石(花崗岩)の石柱が置いて有ったのです。幼いころにはスゴイ剣豪がこの場所で果し合いをしたという程度しかわかりませんでした。幼いながらにこんな石柱を切るなんてスゴイ程度でした。それがこの場所でその名前を認識するとは!!
天橋立観光協会「岩見重太郎仇討の場」
庚申堂:昔、剣豪岩見重太郎が天の橋立に行く途中一夜の宿をしたと云う。
おまじないの糸は、熱病、足腰、の病封じに、誠霊験あらたかなり。男は左足首、女は右足首にむすぶ。
薄田兼相(すすきだ・かねすけ)=?岩見重太郎
その後、城崎温泉の外湯、鴻の湯へ行くのであった。

2017年お水探しの旅はこれで終わりデス(^o^)/ みなさん2018年が良い御年になりますように(*^_^*)

極楽寺の「独鈷水」の水評価は
あくまでもコーヒーにして飲んだ評価です、程よい硬質でこの近辺では稀に見る味でした。・・・・・が、城崎温泉観光協会に問い合わせた返事には『独鈷水についてですが、現在は飲料としてはお飲みいただくことは出来ませんので、よろしくお願いいたします。』
(^_^)v (^_^)v (^_^)v (^_^)v (^_^)v
詳しい場所デス
       2018年はこの先から
17,3,12明石市、 33


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NO175:小坂峠の「地蔵水」(仮)

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今回の天然水紀行は、安国寺のドウザンつつじの開催期間11月8日~23日を利用したため、2回にわたり取材してきたものをお送りいたします。

小坂峠の「地蔵水」(仮)は、氷ノ山に行く途中偶然発見したものですが、小坂峠は我が家から兵庫県の和田山方面に行くときの近道コースにあり、何回となく通過していたのですが気づかなかった代物です。ホンでもって見つけてから1週間後確認に、あわよくば取水してきたいと思い行くことにしました。
前段でも書きましたが、地域の情報も織り交ぜての内容になりますので、日程は前後しています。
旧但東町の福知山市へ出ていくR426号沿い近辺にあるものを紹介していきます。
なんといっても今旬の「安国寺ドウダンつつじ」からの紹介です。
豊岡市但東町振興局(旧但東町役場)がある出会の信号を福知山方向へ曲がり間もなく小谷という場所の信号を右に入り進んでいくとあります。
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普段はこの川沿いに本通りから上がってくれば安国寺の駐車場に入れるのですが、この期間は臨時駐車場が設けられ、そこからテクシーで行きます。受付で拝観料を払い(300円)境内へ進みます。 
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手振れは「アイキョウ」ということでスル~で(^^)/
当日は初日でしたが、雨降りのため出足鈍く
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本堂の雰囲気…そして本堂の中
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外から写真を撮るとこのように入館者が写る((+_+))
しかし、気が利いたもので、一定時間お客を移動させて写真を撮らせてくれる。その風景がこれ
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そして、かってにカップルが座って「ハイポーズ」
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おそらくこの写真を見て写りが悪いと批判ゴーゴーだと思うので
「安国寺:ドウダンつつじショー」
こちらがドウダンつつじの壮観な全体像
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ヨコから
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上から
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中では、まだモデル?の撮影会が続けられているようです。このドウダンつつじ、樹齢約100有余年2~3株の幹が岩場に張り付き、冬は1mもの圧雪で枝は岩肌の隙間から目をだし、横へ横へと広がっていき今に至ったとの事、庭師曰く肥料はやらず枯葉で用を足すらしい。
こんなものも
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安国寺の紹介はこれぐらいにして、次なる場へ
安国寺からさらに奥に行くと佐々伎神社があり、そこには「なんじゃもんじゃの木」という大木があるという。どこかで見たことがあるようだが思い出せず、どんなものか見に行くことにした。 
途中棚田の風景に魅せられ
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桜が咲く頃に来たら、さぞかし絵になる風景だろうなと思いながらさらに奥に・・・ありました。
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朽ち果てた看板「なんじゃもんじゃの・・」
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    佐々伎神社環境緑地保全地域
 当神社をとりかこむ森には、大木が多く胸高周460cmのウラジロガシをはじめタブノキ(同430cm)、シロダモ(同330cm)、スギ(同270~320cm)、イラカシ(同275cm)、ムクロジ(同230c)、ケヤキ(同215m)、などがあります。
 この樹林は、裏日本を代表する自然林に近い林として価値は高く極めて貴重な存在です。
  みんなで、この貴重な自然を永くまもりましょう。  但東町
と説明を読んで神社へ上がつて生きました。
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この鳥居の横に
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宝篋印塔(貞冶三年1364年)但東町指定文化財「ほうきょいんとう」が出迎えてくれます。
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石段の途中に
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「なんじゃもんじゃの木」
この木は古くからなんじゃもんじゃの木と呼ばれています。撫でると愛情が芽生え家庭が円満になる。若い人が撫でると恋人が出来るとされています。佐々伎神社のなんじゃもんじゃの木
学名 鹿の子木です。森の中には十数本あり、どんなもんじゃ!
社殿にお守りがあります。
「宝篋印塔」鳥居右手の宝篋印塔は足利時代のもので但馬最古のものです。
鹿の子木は樹皮が子鹿の模様に似ているところからつけられた様です。
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社殿の様子で、この神社には悲しい伝説が残っているそうです。
、「心谷の悲恋物語」
佐々伎神社を後に、お腹も減ってきたので元祖「卵かけご飯」を但熊食堂へ行こうと意見が一致、しかし相方さん曰く「多いのとちがう」 吾輩曰く「もうブームは過ぎとるので、だ・い・じょ・う・ぶ」ということで但熊へ向かった。
福知山方面へ向かうR426号線に再び戻り、福知山方向へシルク温泉を横に見ながら車を進め
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以前行った時は温泉が白かったが、今年の正月に久しぶりに行った時は無色透明の湯であった。変わったのか、記憶がおかしかったのか・・・お湯が白くてシルクの名を付けられたと思っていたのでしたが。
ともあれ、そこから十分ほど走ると、但熊さんが見えてきました。
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着いてびっくり((+_+))なっなんと、お客さんが並んでいる・・・
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真ん中に見える大きな熊の像は女性専用トイレでした。結局待ちきれず帰りました~
ここからは、別の日の行動です。
そこから、さらに福知山方向へ進むと久畑の関所跡の公園がありますがそこから夜久野町へ抜ける道があり、そこの峠に向けて右折して入って行きます。その前にここの久畑の関所には面白い話が残っていましたので、クリックしてください。 

国道からそれて県道64号へ進むと、いつもは気付かなかった「さるすべり・花街道」の看板が見えた
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走ってみたがなん~にも見えなかった。次に気づいたのが「禁漁区」という看板
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禁漁区の由来:村上天皇の康保年間(964~968)勅使大宮吉光殿、薬王寺牛頭(ごず)天王社へ下向の時、紀州熊野明神を藤村新宮谷へ勧請せらる。文禄四年(1595)の頃出、石藩小出大和守吉政公の時、小坂東中両村氏子となる。往古より川魚を獲らぬ習わしあり、その起源、新宮谷川の神池より鯉の流出にはじまるとも云う。
以来村民挙げて神魚として保護に努め江戸時代の天明五年(1785)の頃、出石藩主仙石越前守久道公、村民の美挙をたたえ、殺生禁止の公札を下す。
往時は渓流に手をつけるとモツ、ヤマカワ、コイ、時にはナマズ、ウナギまで群れをつくって集まり、手をつつき、飯器を洗えばおどつてその中に入り、水も汲めぬ有様で訪れるものは、その奇観に驚いて、その理由を聞かぬものはなかったという。
  久畑尋常高等小学校編、昭和六年発行『但馬読本』に依る
平成15年1月1日  東中ふるさと委員会
と、昔の逸話が書いてありました。奥のポールには、禁漁区 自1月1日 至12月31日と書いてある。つまり年中である。
そして進んでいくと綺麗な山頂の山が
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カメラを望遠にして覗いてみ見ると
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どうもススキの群生のようである。 地元の方に尋ねてみたところ、「植林したが、シカが食べてしまい荒れ地で置いてある」 という事だった。  
人家が途切れて5分ほど走れば峠の地蔵さんに着きます
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湧水は奥に見える石垣の雨水抜きのパイプから出て来ています。
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今回湧水が出ている事が発見できたのは、新たに誰かさんがパイプを継ぎ足して水の出が判りやすくなったからだと思います。
石垣の後ろの山肌には沢等なく
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正真正銘の湧水です。(この時は1週間以上雨は降っていない)お地蔵さんの水を替えて帰宅の途についた。
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独断と偏見の水評価
クセのない美味しい水で、貴船神社の御神水に匹敵するのでは・・・再度確認してみたいと思っています。
(^_^)v (^_^)v (^_^)v (^_^)v (^_-)-☆ でした・・・変更あるかも
詳しい場所
  


NO170:旧竹野町の「お地蔵さんの清水」

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相方さんが久し振りに温泉に行きたいと言うものだから、以前から行ってみたかった「休暇村竹野海岸」と言う名の施設に日帰り入浴もできる温泉が有る事が判明、早速近場に湧水が出ていないか検索してみると、竹野駅の近くに「お地蔵さんの清水」と言う名の湧水の出ているところが在るという(^_^)v
ジオパークに指定されている竹野海岸観光共々、回り道しながら行く事にした。

我が家から行くには、たいてい豊岡市街を通過して城崎温泉街を通り、日和山海岸に出るのが普通ですが、今回は久美浜湾から三原峠と言う九十九折れを越えていまは豊岡市の漁港「津居山港」へ出る道を選んで行く事に、
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後に見える港大橋に出て来ます。この津山港、カニシーズンになると活気が出て来て、この近辺を通ると、あちこちでカニを茹でた即売所が出現します。
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この日は、まだカニ漁が解禁されていなかったのでひっそり、かっこいい漁船を一枚パチリと、そして日和山海岸へ
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ガイドポイント:日和山と方角石
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日和見は天気の状況をうかがう事であり、港の近くの小高い丘に漁の出航を判断する場所として日和山(日和を見る山)と言う地名が付けられています。日和山は入港する船の目印となるため、大木や灯籠・塔などを設け、祠が祀られているのが一般的で、当地では石灯籠の横に方角石と呼ばれる方角を見定める石が設置されていました。
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ガイドポイント2:後ヶ島(龍宮城)
浦島伝説は丹後半島が発祥の地であり、丹後風土記には原形とされる浦島伝説が書かれています。伊根町の浦島神社には、今も大切に乙姫の小袖が保管されています。その伝説を元に竜宮城がつくられました。正式には後ヶ島(のち)といい地元では龍宮城の愛称で呼ばれてます。目の前に見えているこの島も以前は陸続きだったと言われています。
ガイドポイント3:日和山公園(マリンワールド)
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ここでマリンワールドへ入ろうと、入場料を見ると大人2470円ドヒャ~二人で約5千円((+_+))パスする事に、
で、金波楼の大きなホテルの前のトンネルから日和山海岸道路へ、以前は有料道路だったのが今は無料開放となっている。
その途中に
ガイドポイント4:お待ち山からの眺望
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由来は鎌倉時代の1221年承久の変で敗れ隠岐の島に流された父・後鳥羽上皇を想い、豊岡の地へ流された雅成親王が度々登った山を、村人がお待ち山と呼ぶようになったと言われています。

この海岸道路を進んで行けば旧竹野町に到着です
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温泉に行く前に湧水をゲットしときたいと、情報を元に竹野駅裏をうろうろと、分からない時は地元の方に聞く!
一人目の方は「この辺にはそんな処は無いよ」との事で、少し離れた所で二人目の方に尋ねると「名前は知らないが湧水なら、特養ホームの近くに出ているのでそちらで聞かれたら」と教えて下さった。早速そちらの方へ
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大きな看板で、すぐ見つかった(*^_^*) 
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この山手に、お地蔵さんが
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お地蔵さんの前には、貯水槽から水が流れ出ていた。
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これが「お地蔵さんの清水」なのか?湧水かどうか確認にため池を覗いてみると
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僅かばかり水が溜まっている。
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周りを見ても山から沢水が入っている形跡はない!・・・という事は、流れ出ている水は湧水だ(^_^)v・・・しかし、貯水槽の現状を見てしまった今、水を持って帰るかどうか悩むトコロ(=_=)、しかし湧水調査員としては使命である・・・と、言い聞かせて、水を汲んで帰る事に
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水槽から流れ出ている水をどうしてペットボトルに入れるか・・・・・先ず
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水路に入る決断
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この様にして水を汲んでおります。  今回は、あまり気が進まなないので2本だけにした。
汲み終わって水路から上がろうとすると
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そうです、絶滅危惧種ベニマダラ・・・だと・・・思う・・・赤く染まったコンクリート
あまり気がすすまない水だが、一応目的は達成され次なる目的地「休暇村・竹野海岸」という公営宿泊施設、日帰り温泉へ
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施設は外壁をリフレッシュ中、しかし日帰り温泉はOK、500円でOK、しかも浴室からはオーシャンビュー
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強調文この眺め(この写真はお風呂からではアリマセン・・・ネンノタメ)帰りに体がホコホコ(*^_^*)まぎれなく温泉ハイおわり
 
独断と偏見の味見:貯水槽を見てしまった先入観か、飲むのも気が進まなかったし水を汲んだコンクリート壁に付いていた水苔も入っていたりと・・・結果 
(~_~;) (~_~;) でした
尚、「地域の人達から大切にされてきた水、検査された水、以外の湧水は何が含まれているか判りません。飲まれる事を進めるものではありません
詳しい場所

  
   
   

NO161:蘇武の縄文水

   十戸湧水群 113-gg
「十戸滝」を後にして、次なる水汲み地「蘇武の縄文水」へ
この湧水は、「コウノトリ但馬空港」が造られた折、湯村温泉などの観光地へ短時間で行けるようにと造られた、蘇武(そぶ)岳を貫通する蘇武トンネルを掘っている最中に発見された湧水である。
今回は、その蘇武トンネルまで登って、そこから下る中でめぼしい所に寄る事にした。
先ずはともあれ、『神鍋道の駅「神鍋高原」&うきどろ』に立ち寄り情報を仕入れた。
   十戸湧水群 052-hh

    

    

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NO160:神鍋十戸の湧水群

   十戸湧水群 050-q
今回は、豊岡市日高町に在る湧水を求めて走ってきました。ついでに神鍋高原を流れる稲葉川に点在する滝にも足を延ばしてきました。
神鍋高原は、旧日高町(現豊岡市日高町)にあり、その一角に十戸(じゅうど)の湧水群があるという。
そこへ向かう途中、日高町出身の冒険家「植村直己」を紹介する冒険館も在りまました。
   十戸湧水群 118-w

  

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