NO240:天照皇太神社の御神水

  2017,南丹市三か所湧水 047-1z
松尾神社から程なく着いた集落の小道を、地図を頼りに勘で入って行くと正面に鳥居が立ちはだかった。鳥居の扁額に
  2017,南丹市三か所湧水 050-1x
「天照皇太神社」の名、ラッキーで一発発見!今回も相方さんは車に残ると(~o~)まぁ一人の方が自由に行動できる利点もあるのだが、という事で一人さびしく出発。
  2017,南丹市三か所湧水 046-1c
この神社の読み名は「あまてらす・・・ではなく、てんしょうこうたいじんじゃ」と読むようです。
参道を歩いて行くと、空地を利用した地元の公園、そして、ここにも獣除けのフェンスの扉で仕切られた世界になっていました。
   2017,南丹市三か所湧水 044-1v
この扉も、入ると中から閉めておきます。正面には石段がすぐ見えて
  2017,南丹市三か所湧水 043-1b
上って行きます。周りは鎮守の森には程遠いい
   2017,南丹市三か所湧水 042-1n
杉林、中には植林も石段の登り切ったところから来た方を見ると
   2017,南丹市三か所湧水 040-1m
綺麗な石段です。境内には
   2017,南丹市三か所湧水 041-1n
拝殿が建っています。それを回り込んだところに今回の目的の御神水が勢いよく出ていました。
   2017,南丹市三か所湧水 039-1m
御神水を横目で見ながら、まずはお詣り!横にある石段を上り
  2017,南丹市三か所湧水 032-2w
なかなか立派な本殿デス。斜め横から撮っていれば美しい屋根の流線形が分かってもらえたのに残念
お水代の賽銭を入れて石段下へ
   2017,南丹市三か所湧水 038-2t
昨夜の大雨のためか、手水受けの水槽を越えて勢いよく御神水は出て来ていた。始めは先端にペットボトルを付けて入れていたのだが、勢い過ぎてペットボトルに入るより飛沫が足元にかかり靴がビショビショ(+o+)そこを止めて、水路の底から水が漏れている所を利用して無事水汲み終了(^_^)v
境内を見て回ってみると
  2017,南丹市三か所湧水 035-2e
赤い千本鳥居が、稲荷神社も在ったようだが先を急いだ。次は、いよいよ寅さんのお寺「京都帝釋天」へ・・・・・・  

「天照皇太神社」の独断と偏見の水評価は
三ヶ所廻った内一番おいしく、程よいマイルドさで喉にす~と入って行きました。
(^_^)v (^_^)v (^_^)v (^_^)v (^_-)-☆でした
詳しい場所



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NO239:亀岡市の「松尾神社の御神水」

      
今回は、「三度目の殺人」を見て三ヶ所の水汲みを計画、さらに仕上げは温泉によって終わるという、イロイロの内容で丸一日遊びまわるというものでした。
中でも、「男はつらいよ」の車寅次郎が奉納した鐘が在るというお寺にも回るというものでした。
祭日の9月18日にイオン桂川に行く事を決定。映画の上映時間は12:30分からのを見る事で、2日前までは出発を10:30分として朝はゆっくりして行けれると思っていたら、前日夜、台風18号が在住の加悦谷の右側をかすめて通過、吾輩の持論として加悦谷を中心に置き、右側を通過すれば大雨になり、左側を通過すれば強風になるというものが見事に大当たり(^_^;)
右側を通過、大雨になり与謝野町の災害現場がテレビで放映されたとの事(吾輩は見ていなかったが)、我が家の前の道路も、側溝から大川の水が逆流して来て川と化しビックリ、大川である香河川(かごがわ)も以前は水害を発生させていたが、河川改修で拡幅されて広がり洪水は大丈夫と気楽に考えていたのがこの始末であった(+o+)。
夜の11頃から12時頃にかけてピークが来て、その後急速に水も引いて行ったので、近隣の家屋に影響なくホッした次第でした。
同じ地区内でも床下浸水した所もあったそうで、お見舞い申し上げる次第でございました。
ところが一夜明けて出発間際、京都縦貫道の一部が通行止めになり、結局福知山の先に有る国道9号線近くの京丹波みずほICから乗る事にして、出発もAM9:00に変更し他のでありました。京都縦貫道の方は、今現在全線通行可能となっていますので心配ご無用です\(^o^)/
「3度目の殺人」の内容はサスペンスなので言えませんが、日本の司法の裏側をあぶりだしてくれていました。そういう面では面白かったです。
映画の収量はPM3:00で、日が暮れるまでに3ヶ所廻らなければとの思いから昼食は簡単なものを買い、運転しながらパクリパクリと食べながら急いで行く事になった。
それは亀岡盆地の端、田園風景が広がる山麓に
   2017,南丹市三か所湧水 027-1q
探し回ってたどり着いたところは
   2017,南丹市三か所湧水 026-1w
ため池が在るとこであった。湧水が多いのだろうかと期待が膨らんできた。 
相方さんは車に残ると言い出し、一人で行く事に
  2017,南丹市三か所湧水 031-1t
一人は心もとないもので、ため池の小道を登り
   2017,南丹市三か所湧水 028-1r
長いモノが出そうな草むらの道を進んで行くと、獣除けのフェンスに
  2017,南丹市三か所湧水 020-1u
扉には、神社ご参拝の皆様へ
本日はようこそご参拝いただきました。 
この扉は獣害防止のため閉じてあります。
どうぞ開けてお入りください。
お帰りの時は必ず閉めていただきますよう
お願いいたします。
                   松尾神社
と書いてあったので、扉を開け内から閉めなおしておいて、鳥居の中へ
   2017,南丹市三か所湧水 019-1i
心細くなる中、意を決して
   2017,南丹市三か所湧水 017-1o
距離にして50mほど登って来たところから下を写すと
   2017,南丹市三か所湧水 014-1a
勾配のある坂道を登って来たわけで、正面には
   2017,南丹市三か所湧水 011-1s
氏神さんにしては立派な楼門が見えてきた。くぐって行くと
  2017,南丹市三か所湧水 010-1d
正面に本殿、その下の石垣のパイプからは勢いよく水が出ているではないか、おそらく昨日の台風一家が降らした大雨のせいかも(^_^)v
とりあえず神殿へお詣りとお賽銭を入れに
   2017,南丹市三か所湧水 002-1h
それにしても大きな鈴、鈴を鳴らすのは、神さんに来たことを知らせる為だと思うのだが、吾輩の持論は違うのである。
鈴を鳴らすのは、熊に知らせる為である。というのも、神社仏閣は昔から山深い所に有るのがふつうであった。このため、山には獣がいる。人間様を護るため、その獣に知らせるのでアル。まぁ、神職の方が聞けばお怒りになるカモですけど(~_~メ)
再び石段を下りて水汲みに
   2017,南丹市三か所湧水 008-1j
勢いよく水が石垣の間に刺したパイプから出ている。本殿の周りを見てもそのような雰囲気は見当たらない、おそらく昨夜の大雨で水も増えているのかも、そうだとすると薄味だったりして、水の薄味ッテ(?_?)自問自問(^_^;)
池もきれいな水を湛えていたが、石段の右側の池は
   2017,南丹市三か所湧水 009-1k
水が行き渡らないのか少々濁り気味、端に網がかぶせてあるという事は、コイか何か魚がいるのかと探してみるがいそうになかった。・・・・・まぁ怖いおっさんがきたと隠れているのかもと思い元の場所へ
  2017,南丹市三か所湧水 007-1l
松尾神社の「いわれ」が書いた看板が(旭町今峠)
三郎ヶ岳の山麓に位置する当社は、大山咋命(おおやまくりのみこと)と市杵島姫命(いちきしまひめのみこと)の二柱を祭神として祀る。
社伝等によると、泰川勝が聖徳太子の命を受けて佳処である当地に祀ったことに始まるといわれ、平安時代の書物である「延喜式」にも記載された古い社である。
古昔は、近村も含めた氏神として境内にも多くの建物があったと伝えられるが天正年間(1573~92)の明智光秀の丹波進攻による兵火により焼失しわずかに現本殿だけが難をのがれたという。
本殿は一間社流造檜皮葺の建物で明応7年(1498)頃に建てられたものである。
身舎組物は三斗組とし頭貫端を肘木状につくり三斗を受ける側面は二間で妻飾りを又首組とする、なお向拝の桁より下と縁廻りが江戸時代以降の改変にるが、他は軒まわりも含めて室町時代の姿をよくとどめている。
昭和60年に、本殿が府登録文化財に、また境内及びその周辺が府環境保全地区に決定された。

というもので結構古い神社の様です。先を急ぐのでこの辺で次に進んで行きました。

「松尾神社の御神水」の独断と偏見の水評価
以前、近くに在る「出雲大神宮の真名井の水」の記事を書きましたが、山の岩質が似ているのか美味しく飲めました。でも、今回三ヶ所廻って一番おいしかったとは言えないので
(^_^)v (^_^)v (^_^)v (^_^)v (^_^)vにしておきます。

詳しい場所は



      

NO213:亀岡・千手寺の「お香水(霊泉)」

   img131.jpg
ちまたではアニメ「君の名は」で溢れ返っているが、吾輩は静かなブームとなっているアニメ「この世界の片隅に」を見に行ってきました。偶然その日に「舞台挨拶」がある事が分かり、能年玲奈(のん)が来るものとばかり思い込み、カメラを持ってイオンシネマ桂川へ、その折立ち寄った亀岡の「とこなげ山・千手寺のお香水(霊泉)」を頂きにお参りしてきました。

湧水もなくなり何処かイイとこがないかいな・・・と思いながらイロイロと情報元を探していた時、ふと昔、京都市内から帰って来るとき(その当時は、まだ縦貫道ができていなかった)亀岡市内を通りかかると、山の中腹に鳥居か山門が(どちらか忘れていた)照明で浮かび上がって、そこに続く外灯の光が点々と燈っていたのを思い出した(記憶は定かではないが)。その当時何が有るのか行ってみたい気持ちが有ったのを思い出し、亀岡付近の山腹にある社寺仏閣を探してみると、行者山の中腹に弘法大師が開山したという「とこなげ山・千手寺」がある事が判り行って見る事にした。
国道372号湯の花温泉へ行く道から入って行くのだが、我がカーナビには載っておらず、入口を見つけるのがタイヘンでした(?_?)
   亀岡、千手観音 062-1q
やっとの思いで、地図に載っていたクボタ貿易という会社が見つかり一安心(*^_^*)その先へ行くと
   亀岡、千手観音 061-1w
2K、とこなげ山千手寺 →の石柱が見つかりさらに登って行く
   亀岡、千手観音 059-1t
亀岡市内を見渡せる高台へ
    亀岡、千手観音 060-1r
その縁にはクボタ貿易の空き地が、意味心な廃棄物?を横目で見ながら
   亀岡、千手観音 058-1y
立派な石柱「獨鈷抛山千手寺」、情報元ではここからの参道狭いとの事であった。
参道に入って行くと
   亀岡、千手観音 057-1u
杉が林立する暗い中をさらに上へ
   亀岡、千手観音 054-1i
落ち葉により道幅も狭くなり、この辺りでは対向車とすれ違う広場も100mほどなく、気持ちも焦り気味で無事広場へ到着
    亀岡、千手観音 013-1o
参道の石段下の駐車場の様でしたが、傍らに
   亀岡、千手観音 052-1p
ハイキング用の標識か?千手寺→石段踊り場→左・行者山:右・奥条瑞厳寺→石段→上り口左へ参道→石段登り口直行とこなげ古道から薭田神社  これが「とこなげ古道」らしい
   亀岡、千手観音 012-1a
何時もの事で、さらに道が続いていたので行って見る事に
どうも住職家族の生活道路デス
   亀岡、千手観音 001-1l
盛りが終わったモミジの絨毯、その奥に水汲み場のような小屋が!
   亀岡、千手観音 002-1x
オー!さては「お香水」かも?・・・と近寄って観ると
   亀岡、千手観音 005-1z
石の水溜には何か字が掘ってあるが読めない(*_*;しかし水溜を覗いて見ると
    亀岡、千手観音 007-1c
モミジの枯れ葉が一杯の中に湧水がチョロチョロと言うよりジャーと、情報元では石段を上がった手水舎で出ているとの事だったのでここで汲む事にして、あの石段を担いで降りなくてホッ(*^。^*)
亀岡、千手観音 008-1v
観音さんにお礼を言って本堂へ、このまま裏口から本堂へ行くか、それとも正面から攻めるか、思案した結果やはり参拝は正面から堂々と行くべきと
   亀岡、千手観音 015-1b
長い急な石段を上り、一段目を登り切った場所には
   亀岡、千手観音 019-1n
裏口から続いている道が来ていました。さらに進めば行者山へ行くはず、ここに情報元の「お香水」が出ている手水舎がありました。
   亀岡、千手観音 021-2q
汲む気はさらさらなかったのでペットボトルは持ってこなかったが、水が出ている所を見てみると、どうも何処からかパイプで送ってきているような に・お・い がする・・・・・と自分自身に納得させようと思うのだが後ろ髪を引かれる思いで二段目の石段を上り出した。
   亀岡、千手観音 023-2w
山門に到着したが石段の関係でカメラに収まりきれなかった。素人カメラマンゆえの事で目をツブッテ頂こう\(^o^)/
  亀岡、千手観音 024-2r
門前に寺歴の書き込み
            獨鈷抛山 千手寺
 大同2年(807)弘法大師空海により開創された千手寺の縁起によると 、弘法大師が渡唐の途上、暴風雨で難破しそうになった時、観音菩薩に立願し、大望成就したならば尊像を刻すると誓い、無事唐に着きました。さらに恵果和尚から密教法儀の伝授を受けて帰朝にあたり「密教流布相応の勝地にとどまるべし」と言って独鈷杵を投げると、宙に消えました。帰朝後、奈良春日大社に参籠して独鈷の行方を尋ねたところ、春日明神が示現し、「丹波国山内荘の北峰、娑婆山の松の枝にある。道を教えるからその地に千手観音を造立せよ」と告げました。このお告げに従い大師が麓まで来ると、春日明神の使いである白鹿がこの地の松にかかっている所まで導き、谷に消えました。以後この谷を鹿谷、山号を獨鈷抛山と呼ぶようになりました。また、大師は、香木を用いて一刀三礼して千手観音を刻み、安置したことが千手寺の始まりです。
 その後、戦火により廃寺となりましたが、応永十年(1403)鎌倉建長寺の蘭渓道隆の法孫、止菴和尚が来住して、臨済宗寺院として中興されました。
 また、地元の猟師が霊場の峰に毎夜怪光が現れるのを、弧狸の仕業と疑いこれを射たところ手ごたえを感じ、翌朝血の跡をたどると矢は千手観音の左目に立っていました。
猟師は、罪を懺悔して末代まで弓矢を捨てる事を誓いました。以後この千手観音は、眼病に御利益があるとされ、四月十七日、七月十七日縁日には、多くの善男善女の参詣が絶えません。
以上、最後の項はどこかで聞いた話の内容(目と腕のちがい)と同じようでした\(^o^)/・・・三方石観音参照
情報元では、「お香水」にはホウ酸が含まれているとか?眼病にイイとか?
   亀岡、千手観音 025-2t
山門が仁王門になっていましたが、その説明では
         鐘楼門(旧愛宕大権現・白雲寺山門)
 山門は入母屋造り、桟瓦葺、一間一戸の楼門形式である。下層は、両脇塀の屋根を流し、間を造り、阿吽二躰の仁王像を安置する。又、正面三間・側面二間の上層には梵鐘を吊るし、鐘楼堂を兼ねた豪壮な造りの小楼門である。
 元来この鐘楼門は愛宕大権現・白雲寺(現京都愛宕神社)の山門であった。残されている江戸期の棟札には、天保十年(1839)六月に江州八幡(現近江八幡市)の町衆の尽力で、愛宕山において建立されたと記載されている。
 明治新政府の神仏分離政策により愛宕大権現は愛宕神社となり、仏様はすべて驪山、あるいは破却された。この鐘楼門も明治3年(1870)に千手寺へ移されることになり(尾崎家文書)、同五年(1872)三月に移築落慶法要が行われたことが、、明治期の棟札より推察される。
金剛力士像:阿形像
   亀岡、千手観音 045-2y
金剛力士像:吽形
   亀岡、千手観音 046-2u
珍しくガラスの枠で保存されているため写しにくかった。仁王門(山門)をくぐり本堂へ
   亀岡、千手観音 032-2i
まずはお参り、
   亀岡、千手観音 034-2o
賽銭を入れてお願い「全世界の人々に幸せを・・・とは、賽銭の金額からお願いが大きすぎるので、家内安全・商売繁盛」を念じて
   亀岡、千手観音 035-2a
御本尊の千手観音さまも、はいパチリ・・・と、少しアップして
   亀岡、千手観音 036-2p
手が沢山あるのが判ると思います。顔は恥ずかしいそうで総(ふさ)に御隠れになられております。
   亀岡、千手観音 037-2s
仁王門方面の風景
   亀岡、千手観音 038-2d
お香水が出ている方面の風景
   亀岡、千手観音 040-2f
本堂の奥側左手に在る開基堂(弘法堂)
   亀岡、千手観音 041-2g
開基堂改築趣意書
 当山・ 獨鈷抛山 千手寺では、傷みの激しいこの開基堂(弘法堂)を改築する事になりました。
 改築の時期は未定ですが、先人が心の安らぎと社会の平和を祈り、仏さまの教えを信じて心のよりどころとして、この獨鈷抛山 千手寺で手を合わせて来られた思いを忘れず、会い難き勝縁と受け止めてこの浄業を達成させたいと念願いたしております。つきましては、先「開基堂(弘法堂)の歴史」をご一読いただき、何とぞこの趣旨に賛同を受け賜り、浄財のご寄付を参拝の皆さまにお願い申し上げる次第です。
 備え付けの封筒によりお願いできますれば幸甚に存じます。    合掌
            獨鈷抛山 千手寺 住職・総代一同
開基堂(弘法堂)の歴史
 当山の最も古いお堂である開基堂は、開基の弘法大師像を安置おまつりしています。旧観音堂で、大正10年に現在の観音堂が建立されるまで千手観音菩薩坐像がこちらにおまつりされていました。
 ところで、このお堂は当山が臨済宗に属するようになった当時、開山の止菴和尚の時代に建てられたものと推定されます。止菴和尚は荒廃していた千手寺を再興しようと、観音堂(現開基堂)、山門(現山門は愛宕山より明治5年移築)、鐘楼(現虚空蔵堂)を次々と建立、伽藍を整えられたのです。止菴和尚が遷化されたのが応永16年6月6日、約600年前の事ですから、それから諸堂宇は600年以上の歴史を閲するわけです。何度か修復はなされてきました。古い物で、はその記録が次のように木札に記されて残っています。
1、観音修理堂再興菅沼織部正殿
    寛永15年戌寅年 霜月18日(1638年)
        堂再興大工 八左衛門
2、奉観音堂再興攸
   寛文5乙巳3月吉日  現住悦首座(1665年)
        棟花村大工久右衛門藤原重家
これらの修復後も幾度となく修理修復がなされ、現在に至っています。
   亀岡、千手観音 042-2h
こちらの堂内には弘法大師が祀られていました。
一通りの伽藍を紹介。アニメ「この世界の片隅で」の時間が迫って来ていたので山を後にした。
千手寺から降りてくると抗排水処理場施設が目に入った
    亀岡、千手観音 064-2j
なんでも近年までタングステンを採出していた大谷鉱山が有ったが鉱毒カドミュウムが農地から検出され、以後会社も倒産して亀岡市が引き継いで排水処理をしているとの事、詳しくは大谷鉱山でみて下さい。
さらに街中へ入って行くとユニークな車を発見
   亀岡、千手観音 065-2k
ナンバーからして軽自動車を改造したのだと思いますが、こんなので走っていたら目立ちすぎてハズカシーイ・・・ないのかな(?_?)
で、無事イオンシネマ桂川へ到着、そうで入場開始になったので改札口?で舞台挨拶を写しても良いかと尋ねると、事務所に問い合わせてくれたがダメとの事((+_+))
のん(能年玲奈)さんが写せると期待をしていたのだが・・・ところが
映画も終わり、いよいよ舞台挨拶になると写真撮影OKのアナウンスしめたと思った・・・が、のんさんは来ておらず監督だけの舞台挨拶。
     P1010311-2.jpg
舞台挨拶後、パンフレットを買うとサインと握手をしてくれると・・・・・1時間以上並んでもらったのが見出しの写真です。
ところで、「この世界の片隅に」実に良かった!!!。我が人生の哲学、人間賛歌の内容であった\(^o^)/
勿論反戦アニメなのだが、それでも未来へ向かって生きてい・・・・
観に行く計画をして京都府内の劇場を探した時は桂川一館だけの上映でしたが、今や数館に増えており「君の名は」には追いつけないが多くの人達の支持を得たようである。

千手寺の「お香水(霊泉)」の水の評価は、適度なコクと、適度なマロヤカサの飲み味である非常に満足をしました。しかし、鉱山跡からカドミュウムの廃水が出ているという、でも千手寺で長年飲んでおられると思うので大丈夫だと思います。
独断と偏見の水評価は
(^_^)v (^_^)v (^_^)v (^_^)v (^_-)-☆でした
詳しい場所は



   

NO139:出雲大神宮の御神水「真名井の水」

   亀岡出雲神社 042-a
今回は出雲という名前を、島根の出雲大社より早く使っていたと主張されている、元出雲・出雲大神宮に湧き出ている「真名井の水」をお送りいたします。
奥吉野で汲んできた水もなくなり、正月を迎える水が無くなり年末に急遽掃除を放ったらがして行ったため、連れ合いプンプン(~_~メ)
行った先は、京都府亀岡市、先般も「乳の泉」に行きましたが、亀岡市一帯は湧水がたくさん出ているところで、その三段目になります。
京都縦貫道千代川インターチェンジを降りて国道9号線を横切り、桂川に掛かる月読橋を渡りドン着きの道を左に曲がりすぐ右手の道を入った山の麓にあります。
   亀岡出雲神社 073-c
ポッコリ山が、出雲大神宮の御神体で「御蔭山」である。
境内案内図では
    亀岡出雲神社 035-c
御蔭山から麓までの広い敷地で、御蔭山は聖域にて通路以外入山禁止となっています。
本殿正面の鳥居がある外側の駐車場まで登り
   亀岡出雲神社 072-a
そこで、土産の煎餅と飴を売っておられたおば様に、湧水の事を訪ねてみると、「まずお参りしてから汲む事」を言われ、その言葉に従い、容器を持たず参拝へ行く事に、鳥居の手前には
   亀岡出雲神社 058-c
水溜の堤があり、弁財天が祀ってあった。そして境内入口
   亀岡出雲神社 055-a
そして、横の方に出雲大神宮の由緒書きが
   亀岡出雲神社 056-c
        出雲大神宮由緒
当宮には、大国主命とその后神三穂津姫命 御二柱の御神挌を併せて主宰神と称して祀り他に天津彦根命天夷鳥命を祀る
殊に三穂津姫命は天祖高産霊尊の御女で大国主命国譲りの砌天祖の命により后神となり給う、天地結びの神即ち縁結びの由緒亦ここに発するもので俗称元出雲の所以である
日本建国は国譲りの神事拠るところであるが丹波の国は恰も出雲大和両勢力の接点にあり此処に国譲りの所由に拠り祀られたのが当宮である
古来大平和の御神意に拠り国と国人と人総ての結びの大神を祀るとして上下の尊崇極めて篤かった 崇神天皇再興の後元明天皇和銅二年に始めて社殿を造営現社殿は鎌倉初期の建立にして(重要文化財)それ以前は御神体山の御陰山を奉斎し古来より今尚禁足の地である又御陰山は元元国常立尊の鎮まり給ひし聖地として傳えらえている
(式内)名神大社 丹波国総社一之宮
(御階)正一位
(社名)正しくは出雲大神宮千年宮神社千年宮 出雲神社
チョイト読みにくい文章ですが、辞書を片手に頑張ってください。

初詣の準備で忙しそうな中、本殿に参拝
   亀岡出雲神社 029-c
しかし、こちらの方が立派に見えませんですか(?_?)
   亀岡出雲神社 033-c
拝殿です。それから境内を散策、なんでも、今パワースポットで若い人達に脚光をあびているとか・・・で、第一のパワースポット
   亀岡出雲神社 038-c
盤座(古神道における岩に対する信仰のこと。あるいは、信仰の対象となる岩そのもののこと)デス
   亀岡出雲神社 039-a
この盤座へ行く道を引き返して、斜め上へ歩いていくとパワ-スポットそのⅡ・みかげの滝が有りました。 
    亀岡出雲神社 041-c
この滝の後ろ斜面は
   亀岡出雲神社 043-c
この様に水路はなく、御神体山・御陰山から湧き出している水なのです。最後に汲みに行った「真奈井の水」はこの流れ落ちている水とは少し違うとの事、それは後程、それにしても、稲荷神社との関係は何だろなぁ~との思いひとしき
そして、さらに上に行くと
   亀岡出雲神社 045-c
立派な社が、上の社というらしい。社の裏手は、先ほどの滝の後ろに在る斜面、湧水が出ている一帯を御神体としているように建っている。祀ってある神は、スサノオノミコトとクシイナダヒメノミコト、出雲神社の祖師大国主神の親らしい。
この社からさらに山の中へ行くと、上に登って行く道に鳥居が
    亀岡出雲神社 047-c
そして横の立札には
   亀岡出雲神社 049-c
神の盤座参拝の方へ(入山受付時間午前9時~午後4時まで)     
御神体山(御影山)の盤座群に国常立尊様が御鎮座されています。此れより先、神域なる神奈備山の盤座がございます。
御参拝の際は必ず社務所にて受付を済まされ、たすきをお受けになり入山してください。
また、下山の際は、たすきを社務所までご返却ください。
                     出雲大神宮社務所
という訳でございますから、いちど社務所に戻りたすきを借れて再度出発、その姿がコレです
          亀岡出雲神社 068-c
モデルがモデルなもんで、気分を害さないよう写真は小さくしておきました。(*^_^*)
先ほどの鳥居ををくぐり
    亀岡出雲神社 061-c
、このような道を歩いていくと、パワースポットその三
   亀岡出雲神社 063-c
この盤座、よくよく見てみると、顔の模様が彫れている様にみえます。そして最大のパワースポットと思われるその四が
   亀岡出雲神社 065-c
灯篭の後ろに鎮座しているであろう盤座を写そうと覗き込むのだが、どれもこれも上手く写っておらず、どうも神の力が働いているのではと思われる(?_?)
横に立札が有りましたので
   亀岡出雲神社 066-c
「御神座」  盤座群
この盤座群は、御神体山「御影山」に鎮(しずまる)国常立尊(くにのとこたちのみこと)の象徴として皇祖より一万年以前からこの地に鎮まっております。
伝承によりますと、国常立尊は丹波国の桑田の宮に天の御舎を立て、ここにお遷(うつ)りになられたことが述べられております。
今尚、禁足の地であるこの盤座は、まさに国常立尊の聖蹟であると伝えられます。
注:国常立尊(日本神話に登場する神である。日本神話の根源神として一部神道・新宗教で重要視されている。『日本書紀』においては、初めての神とされる。)ウィキペディアから
この御影山の境内の中には古墳(推定5~6世紀初めの横穴式墳墓)もある事からの伝承かも
で、これ以上は立ち入り禁足になっているので引き返し(たすきの写真は途中お参りに上がって来られた「お姉さん」にお願いして写してもらいました(^_^)v)社務所でたすきを返し、記帳に名前・住所・電話番号・入山~帰社時刻を書き、本目的のお水を頂く事に
「真名井の水」は石の鳥居をくぐった右側にあり、車からも近くて持ち運びには便利な場所です
   亀岡出雲神社 051-c
この手水舎の裏に有ります
   亀岡出雲神社 054-c
お願い 御神水(真名井の水)
1、神様の恵みに感謝して、まず手水で手を洗い口を漱ぎ、本殿にお参りの後お汲み下さい。
2、容器を洗われますと宮池が汚れますのでおやめ下さい。
3、一度にたくさんお汲みになりますと、他の人に迷惑がかかりまいますので、お譲りいただき(10リッター)、改めて後列にお並び下さい。
4、この御水は皆様のお賽銭によって維持されております。皆様のお志をよろしくお願いします。
と言うことで、お賽銭と、おっちょこちょいの吾輩は10リッターまでと勘違いして、2リッターのペットボトル5本で済ましてしまった^_^;
その横には
   亀岡出雲神社 053-c
真名井の水:古来より絶えず流れ続ける真名水の水は大神様の御恵みであり、その御神陰を頂いて田畑が潤い、秋には山吹色に色色付いた稲穂が収穫される事から、その水は自ずと御神水と奉られてきまいた。
「千年山これやむかしのさされ石は  ほにふかき苔のいろかな」
これは宗尊親王が詠まれた和歌ですが、藤原為章によれば、古歌や旧紀に載す千年山とは御影山を指すとしてます。
御神体山中の静けさに響く清らかな御影の瀧の水音を聞けば、自ずと神聖さを感じずにはいられない事でしょう。
     丹波国一宮  出雲大神宮
水占い、最近はやっているのか、やり方イロイロですがよく耳にします。
そして、その横には
   亀岡出雲神社 050-c
夫婦岩なるものが、吾輩も一抹の不安が有るのでお願いを! 何をお願いしたかは、ナイショ
最後にお土産やのおば様に、親切に教えてくれましたので、立ち寄って何か買って帰ろうとしたところ・・・ 
と、その前に、おば様から「真名井の水」は、「みかげの滝」の水ではなく、その地下何メートルにパイプを通し雑菌の少ない水を汲みだして提供されているとの事、なんでもどこかの大学の先生に調べてもらったところ、フランスのどこかの湧水と成分が似ているとか・・・とおっしゃっていた。シオリには「御神体山から絶える事なく湧き出る水は真名井の水と呼ばれるミネラルバランスの良い中硬水で、霊験あらたかな水として、古来より近隣の田畑を潤し、人々を万病から護ってきた」
写真に写っている男性を「神主さん」と紹介してくれたところ、その男性「今までは神主で、先ほど出雲オオカミノミヤに辞表を出してきて、今は一般人」だというていた。なんでも、神社内で腑に落ちない事があり、堪えられなくなりやめたらしい、20代に見えたので、しこりの残るやめ方は今後に尾を引くので・・・と感想をいっておいたのだが、遅かったかも(?_?)
・・・とこの男性おば様にやめる報告に来てたのだと思うのだが、それ以外にも、世間話をしていると・・・先日の衆議院選挙で落選された民主党議員の秘書をやっているという人が、このおば様に挨拶に、事務所の残務整理がやっと終わり引き払うとの事を報告に、少し話をされてそそくさと帰って行かれた。神社の社務所にはいかずとんぼ返り、おば様「肝心な社務所へ行くのを忘れて帰られたのでは・・・」と言っておられたが、その実おば様の挨拶が目的だったら、「このおば様何者なんかな~」と思いを巡らしながら出雲大神宮を後にした。
こころざしで買ってきたモノ
   PC310004-c.jpg


「真名井の水」はミネラル分がわずか感じれる程度の、癖のない飲みやすい水でした。
独断と偏見の水ランクは
(^_^)v (^_^)v (^_^)v (^_^)v (^_^)vでした。貴船神社の水にはもう少しというところ。

詳しい場所です

大きな地図で見る

    

NO129:亀岡の弁財天社の「乳の泉」

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右の出が悪い「乳の泉」の湧き水でーす。
今回は久し振りにカヤックの師匠に出逢いに亀岡へ、行くなら湧水もと、亀岡の湧水を検索すると「あるわ、あるわ」京都市内も多いいと聞くが、亀岡も結構ある(^_^)v
そこで探した結果、面白い名前に誘われて「乳の泉」という湧水が出ている神社「弁財天」へ行く事にしました。
まず、メルヘンチャペルという喫茶店へ、ココのマスターの名前は聖(きよし)という。聞いた事はないが、おそらくここからメルヘンチャペルという店名を付けたのではと想像している。
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これがお店ですが、中に入るとカヌーショップか喫茶店かと戸惑うお店です。
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そしてこちらが師匠で、ロデオカカヤックのインストラクターでは、日本でも何本かの指に入る方ではないかと思っています。
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吾輩は今では卒業しましたが、今からカヌーをしてみたいと思われる方なら、一度ドアをたたかれるのもいいと思います。
カヌー&カヤックショップ:メルヘンチャペルを覗いてみて下さい。
しこたま話をして店を後に、目指すは乳頭神社(現地に着くまで、そう思っていた^_^;)亀岡も市とはいうものの山間部が多いい街で、京都市内や大阪の衛星都市である。何時もの事で、山間部を走りまわって、やっとそれらしき場所に出くわした。
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実際素通りしそうな隠れた場所であったが、ちょうど通りかかった時にプリウスからポリ容器を下しておられた御夫婦を見つけて、直感「乳の泉」ではないかと立ち寄ったのが正解でした。
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その後夫婦がお水を汲んでおられるところを後ろから失敬させて頂きました。
水汲みの邪魔をせず、とりあえず神社に参拝
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トップのお乳の格好をした湧水が出ているところは、この左下にあたります。
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この神社の前方一面が池になっています。
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そして湧水が岩の間から流れ出している処
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暗くてシャッター速度が遅くブレました。出ているところをアップ
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で、「乳の泉」たるイワレが書いてありました。
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  乳の泉(西別院)
弘法大師が勧請したとも伝えられる弁財天社の左脇にあるこの清水は、二つの水の出口があり、ちょうど乳房の形に似ています。これは、この清水を頂いて、乳の出ない御婦人に飲ませると、必ず乳が出るようになると言うことで、、多くの人が貰いに来ると言うことですが、この様な話が伝わっています。
その昔、嵯峨御所に心優しい皇女がおられ男子の子を出産したが乳の出が悪く、乳母も見付からないため日に日に弱って行くのを嘆き悲しんでおられました。そんなある日、庭に出て「丹波の弁天さん」という声を聞きました。その声は、かって牛車に轢き殺されそうになっていたのを助けた白蛇でした。皇女は、藁をも摑む思いで、丹波路に向かいやっとのことでこの弁天さんを見付け、引き寄せられるように湧き水をひと口、ふた口と飲む内に、たちまち両方の乳房から乳が溢れ出ました。やがて皇女の男の子は元気になり、健やかに成長したと言うことです。
この話は程無く都中に拡がり、以来この湧水は「乳の泉」として知られるようになり湧き水には乳房を型どった鉄製の枠も取り付けられました。このような乳に効験のある清水としては、余部町の走田神社境内の中に「垂乳の池」があります。
なお、この清水は、どのような干ばつの時でも涸れたことがないとも言われています。

この湧水は、自然の姿を残す為か、池を汚されない為か厳重な柵が施されているため水を汲むには、神社の一団下にある水槽に出て来る水を汲むようになっていた。
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それも一度に三組の方達が汲めるように、三ヶ所から水が出てきている。そのため足元もしっかりしたグレーチングの踏板が作られていました。
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この様にお金を掛けて水が汲めるようにしてある事は、相当美味しい水なのだろうと期待が膨らみコンテナ一個分(ペットボトル8個)を頂いた。
池には主が人間どこ吹く風かと言うように悠然と泳いでいた。
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湧き水を入れ終えたころ気づいたのだが、コンクリートの壁の小石が赤く染まっているようだ、もしや、この湧水にもベニマダラが息づいて居るのかもと嬉しい気持ちになり「乳の泉」は無事汲み終えました。
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尚、神社総代からのお願いが
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     お願い
1、お乳水を汲みに来られた方は自動車の駐車は通行の邪魔にならぬ様注意してください。
2、お乳水はお一人様20リッター程度にして順序よく汲み取ってください。
3、お乳水の汲み取りは、午前8時より午後8時までにお願いします。
4、沸水は地域の水源です清潔に美しくしましょう。 持参のゴミは自分で持ち帰り下さい。
*以上違反された方はお乳水の汲み取りをお断り致します
神地区辨天神社総代
との事なので、汲みに行かれる方はくれぐれもお守りください。尚、下の写真も添付しておきます。
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「乳の泉」の水質について
この湧水をかって「保健所で検査したところ、ほとんど無菌に近いという折り紙がついていた」との事ですが、その後、再度の水質検査の結果、水質基準の強化により、飲料水としては適さないとされましたが、これまでと水質そのものが変化したわけではありません
神地区  宮総代
おそらく、湧水の手前にある三つの筒で水を浄化してこちらに流しているのではと思われます。

汲み終えて、近くを散策していると「白髭神社」なる
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面白い名前の神社があり
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琵琶湖の高島市に「白髭神社」の総本社があると、テレビで「高島市の町おこしに」と琵琶湖の中に鳥居が建っていてそこから神社に参拝するという珍しい神社と紹介されていました。
白髭神社HPで詳しくは見てチョウダイm(__)m
全国292社あるという。

で、「乳の泉」をのんだ評価は、吾輩は男性ですので、「乳」の出具合は判りましぇん・・・、ちなみに連れ合いもとぉ~の昔に・・・と言う年齢ですので、こちらも当てにできません^_^;
結果、期待したほどの事はなく、やはりおっぱいに良いのかも(^_^)v
独断と偏見の評価です
(^_^)v (^_^)v (^_^)v (^_^)v
詳しい場所は

大きな地図で見る
ストリートビューで見ると、このときも誰か汲みに来ておられますよ~(^^)/
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