NO168:君尾山:光明寺の「閼伽水」(仮)

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ラーメン屋を後に、近くにある「あやべ温泉」と国宝「二王門」の紹介方々、吾輩も初めての見学の為心ウキウキ行く事に、その道中に偶然「天然水」に出逢い、頂いてきた物語でござぁ~い(^_^)/~

上林を貫通する府道1号線に出て、少し下った所から「国宝・二王門」方面に入って行くと、「あやべ山の家」が見えてきます
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ここは、二王公園も併設でパターゴルフやゲートボールのコースもあり、爺ちゃんバーチャンも温泉とセットで楽しめるイイとこですyo~。
そのすぐ近くに「あやべ温泉」が在ります。
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あやべ温泉は帰りに寄る事にして、一路二王門へ向かう事に、その途中サルの集団と遭遇(@_@;)写真を撮ろうとしたが、サルもさることながら、逃げるのも早い
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それから山道を走る事10分ほど、二王門の駐車場へ到着
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山奥に立派な駐車場がありました。この脇から
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この階段を上って行くと、
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何段石段を上っただろうか、やっと見えてきた
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               国宝 光明寺二王門  
 このに王門は、永年風雪に耐えてきたため大破寸前の状況であったが、昭和25年から解体修理を行い、宝治二年戊申(1248)の墨書銘と棟札との発見によって鎌倉時代の建築であることが明らかになりました。修理は、なるべく古材を用い、用材はほとんど杉材であります。屋根は栗の板で葺いた栩葺(とちぶき)で全国的にも珍しく、三間一戸二重門の均整のとれた姿であります。
府北部唯一の国宝建造物で、昭和二十九年指定されたものです。
    平成五年三月一日   綾部市教育委員会
と言うものらしく、立派な建物です
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ここを通り何人の方々が光明寺にお参りに行かれた事か、吾輩も体力に余裕が有れば行きたかったのですが
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丸を付けた所にガードレールが有るのを見て、行く気力が飛んでしまった(@_@;)
正面に見える小屋には
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      八十八ヶ所の石像  
 このお堂には、八十八体の石仏が安置されている。
「君尾山略記」によると、この石仏は文政八年(1825年)に奥上林、中上林、口上林、山家地域、遠くは、和知や丹後地方に到る住民が日々の安寧と子子孫孫の繁栄を祈願して、君尾山光明寺に寄進されたと記されている。
 第一番霊山寺から大窪寺までの四国八十八ヶ寺の各ご本尊が、それぞれの石仏になり代わられたものであり、このお堂の前で手を合わせれば、四国八十八ヶ所の霊場に参拝したのと同じご利益があると言い伝えられている。
 平成18年1月の豪雪によりお堂が全壊したが「君尾山を守る会」の呼びかけにより、奥上林、中上林、口上林、山家地域の多くの住民の浄財によって平成18年11月改築がなされた。
  平成18年11月3日   君尾山 光明寺

そして、二王門をくぐって「あやべ温泉」へ
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そして、ここが「あやべ温泉・仁王の湯」です。吾輩は入らなかったですが、皆さんいかがですか~。
・・・で帰りはどのルートでかえろかな~とカーナビを見てると、温泉から来た方向と反対の道を行けば二王門のお寺・光明寺へのルートである事が判明(^_^)vこれは行かなくちゃ~と、時間を気にしながら出発。お寺につく手前に
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君尾山キャンプ場が・・・行ってきましたが、この日はシルバーウイークであったのか、数組の家族がキャンプをしておられたので写真はパスしました。見るからに整備されたキャンプ場ではなかったように目に映った事は言えません(~o~)
で、光明寺へ
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       光明寺
 真言宗醍醐派に属する古利で、君尾山光明寺と称する。寺伝によると、推古天皇七年(599)聖徳太子によって建立され、後に役小角がこの地で修業し、延垚年中に至って聖宝理源大師が真言の道場として再興坊舎72坊に及ぶ大寺院であったが、大永七年(1527)の兵火によって二王門を除く全山が焼失した。天文二年<1533)上羽丹波守りが大施主となって再建したが、天正年間の戦乱で再び焼失した。本堂は天保七年(1836)に再建され、本尊は千手観世音菩薩をまつる。
国宝二王門は宝治二年(1248)竣工したこおが柱上の墨書銘によって判明、鎌倉時代における類例の少ない和様系二重門の遺構である。
市指定文化財の宝篋印塔は無銘ではあるが、細部にわたつて丁寧に仕上げられた南北朝時代の優品である。
勧進帳は天文二年再建時の勧進状と奉加帳で、数少ない中世の生活資料として貴重である。
指定文化財:国宝 二王門 一棟   市指定文化財  宝篋印塔  勧進状 奉加帳 1通1冊
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また石段を上るのかぁ~・・・と
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本堂がかっこよく見える場所からパチリ
地蔵堂
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鐘撞堂
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本堂の裏山には行者堂
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本堂にある本尊の千手観音菩薩像は拝観できませんでしたが、こんな山奥、大きな寺の維持管理さぞかし大変だろうと、賽銭箱に吾輩としては異例の大金を入れたのが功を奏したかのように、行者堂から降りて来るときにポンプで水を上げている場所を発見
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これは天然水があるぞーと駐車場へペットボトルを取りに・・・なんのことはない駐車場の縁にキャンプ用なのか水汲み場が
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御本尊様が導いて下さったのだからと、遠慮なく頂いて帰る事に、尚、かってに佛教の御霊水「閼伽水」(仮)と付けさせて頂きました。・・・というお話でした・・・おわり

光明寺の「閼伽水」のお味はというと、普通のお水デスタ
独断と偏見の評価は
(^_^)v (^_^)v (^_^)v (^_^)v
詳しい場所

   
   
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NO167:綾部上林・水源の里「草壁川の源流水」

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やっと水汲みに行けましたので、再度書き始めます。
それは、綾部市上林(かんばやし)地域の上林川支流草壁川の源流にたどり着く物語です(^_^)/

汲んできた天然水もなくなり、「禁断症状」が出だしたため・・・・・これウソ・・・近場でどこかないかなぁ~と検索していると、とあるブログがヒットし、読んでみると府道51号~34号の道沿いに湧水が出ているところが在るという。綾部市の上林地域は奥が深くまだ行っていない場所の様である。興味が俄然湧き出し行く事にした。
ついでに、上林地域に入って行くのにも、未だかって通った事のない道から行く事にした。
京都縦貫道の綾部安国寺ICで降り、少し下って上杉地区から峠越えをする事に、
・・・で、上杉地区へ行くと、上杉発祥の地と掘った石碑が
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そして裏面には
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上杉姓ノ由来:初祖藤原重房公宮家将軍宗尊親王ノ東下ニ随行丹波国上杉庄ヲ給付サル依テ上杉ヲ姓トス其ノ子孫室町幕府足利将軍家ニ忠勤抜群世ニ上杉ハ天下ノ大姓ト称サル<姓氏関係辞典より>

というものであり、近くに在る安国寺というお寺は足利尊氏出生の地と言われ、尊氏とその母上杉清子のお墓もあるそうな。
その石碑が建っている交差点を山側へ進んで行くと、こんな峠にたどり着いた
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珍しい岩だなぁ~と近寄って観ると
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なんのことはないコンクリートを細工して岩に見せかけてあった(~_~;)  しかし、気配りは嬉しい。

上林地区に入り、上林川の支流・草壁川にそって府道51号線に入り進んで行くのだが、入って間もなく、ある方のブログにも書かれていた誰が見てもラーメン屋とは思えないラーメン屋が見えてくる。
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写りが悪いが左がお店デス。
この時点では、湧き水の場所もすぐ見つかると思っていて、帰りにゆっくり食べに寄る事にしてそのまま奥に進んだ。これが食いはぐれの元であった(~_~;)・・・この府道51号線、面白い物で、途中から府道34号線に替わっているのである。
田圃も無くなり、道も急に狭くなり谷合を進んで行くとそれらしき場所に来た
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沢水が流れている所を登ってみると
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毎度の事、写りが悪いが湧いて出ている様子ではなく、もっと奥なのかと再度さらに奥に向け進んで行く事に、そして、見出しの滝「大岩の滝」に遭遇、写真と実物とは大違い!京都府内の滝でも五本の指に入るのではないかと・・・?
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60メートルほどの天空から流れ落ちる整流は、幾重にも姿をかえ草壁川に吸い込まれる。
四季折々に姿を変える滝の風情をお楽しみください。整流は草壁川から上林川を経て由良川へと導かれ、やがて日本海にたどりつきます。
「上流は下流を思い、下流は上流に感謝する」の思いをのせて・・・
           上林川を美しくする会

滝を後に、道路の脇を見ながら走って行くと、近畿自然歩道の標識が
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長老が岳を尋ねるみち
湧水がない  ない  ない  と、独り言を言いながら走っていくと最後の集落
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水源の里・古屋(ふるやではなく「こや」と呼びます)へ到着
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進んで行くと、公民館が
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三本の幟には、トチ餅販売と・・・その前には、トチの実が干されている。
・・・とは、ともあれさらに道は続いていたので湧水を探しに行ってみた。
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そして、こんな橋も
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直角に曲がった橋
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・・・を渡り切った所には養蜂巣箱があった
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しかし車はここまでで、
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あとは歩くのみ(~_~;)…ここまでに湧水が出てる所は無かった・・・
こういう場合は地元の人に聞くべし・・・という訳で元の古屋へ帰り尋ねてみると・・・・そのようなものは知らない
その方は、市内からわざわざ古屋の一軒家を借れて創作活動をされているとか、その方が、この川の源流は湧き水で始まっていると、そこへ連れて行ってもらえないかと、図々しいお願いをしてみたのだが、今は忙しくてダメと、そこにはネットが張ってありよく判るからと・・・その言葉を信じて再度先ほどの蜂蜜巣箱まで戻っていった。 
そこから山歩きで進んで行くと掘立小屋が
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山師の休憩小屋なのか・・・・小屋の前の山道を奥へ・・・・・こんな立札が「洞峠」
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この「洞峠」の説明版が古屋の公民館の横に
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    洞峠(読みにくいので、読める所だけ)
この峠は、綾部市睦寄町古屋と南丹市美山町洞の境にあり、標高は650米で北東には頭巾山標高871米南には地蔵杉標高898,7米の山が連なる尾根を越す峠である。その谷合の堂奥には五段高さ百米に及ぶ滝も見られます。
この峠を人々が往来した歴史は古いと考えられ丹後や若狭と山城また大和の中間でる京都ができる前と思われます。戦国時代の永禄13年(1569)連歌師里村紹○○・・・・断念
・・・という事で次へ
沢に沿って登って行くと標識が
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綾部の古木・名木100選・トチノキ(トチノ木科)幹周5,2m 樹高30m   幹周り7,0m 樹高46  綾部自然の会
この奥300mと書いてあったので後程と、さらに本流を登って行った
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沢も分かれたので、とりあえず右側へ進んでいった。道なき道を上がって行った。・・・これ以上進めない
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しかし網は張ってなかった。
引き返し左の沢へ登って行く、こんな所を乗り越え
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進むにつれ、鹿が出てきたり、生まれたばかりと思われる「へび」が足元に居ったり、精神的に限界・・・
網が張ってある所が現れず、体力的ギブアップにより沢水だけでも持って帰ろうと
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この水を入れてこんな所を降りて行った。
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トチノキの標識のところまで下りてきて、先ほどは気付かなかった沢が流れているのに気付き、さてどうするべェか(?_?)
体力は限界にきているし、ひと思案したあげく、大木が水を引いてくる事例を何度か見てきた。案外ここかもの思いが募り、最後の力をふりしぼって登る事にした。
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ここは山道があり歩くのは楽でした。少し進むと
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なんじゃこりゃ(@_@;)  ネットが張ってあると聞いていたが、こんな大袈裟なもんとは想像してなかった!!網の周りには
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こんな厳重に村人が網を張っているとは、この中には何かあるのでは(?_?)もしや、湧き水の神のタタリでもあるのかも、入るべきか入らざるべきか、迷った挙句湧水かどうかだけでも確かめたい!!とりあえず入る所を探そうと山の斜面にも登ってみたのだがテープで行きもこ下げも出来ない、戻って沢スジの所をよく見ると、網の下が止めてある、それを外して
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この時点では、この網が獣からトチの実を守るために村人とボランティアの人々の汗の結晶だとは知らなかった。「水源の里:古屋」
網をくぐり上がって行くと一本目のトチノキが在った。
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大木とは言い難いので、これが標識のトチノキかどうかは?・・・そして、もう少し登ると 
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一回り大きいトチノキが見えてきた
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木の大きさもさることながら、年輪を感じさせてくれるトチノキでした。 
その上の方には水源らしき場所も見えてきた。
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さらに上の方を見てみると
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涸沢で水は流れていない!(^^)! という事はこの水が水源の湧水という事になる。しかし、今一しっくりこない(・・?湧水と言うよりも伏流水といったほうがしっくりくる水の流れ方ではある。・・・・・と、まあ、イロイロと思えたのだが、地下から湧いて出て来ているので湧水に変わりはないので、先ほど汲んできた沢水を大地へ返して、汲みなおした。
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帰りは、網をしっかりフックに掛けて、意気揚々と帰ることができた。
そして、帰りに寄ったラーメン屋は
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お詫び:本日の営業は、急用の為午後2時までと致します。尚、明日からは通常営業いたします。    の主
との張り紙があり、楽しみにしていたラーメンが食べれなかった((+_+))

独断と偏見の水の評価は:苦労して汲んできた割には、アクの苦みを(思いすぎかも)感じる水でした。
でぇ~(^_^)v (^_^)v (^_^)v にしておきました   
詳しい場所は

   
    
   
 



 
      つづく

NO112:大本教の名水「金明水」

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 綾部大本の神殿「みろく殿」の手水舎として出ている水が「金明水」それでした。 
 丁度仕事終わりの掃除をしておられた職員さんに、「金明水」のイワレヲ尋ねた所、二大教祖の一人出口なお開祖の屋敷跡にある井戸水を引いて来ているとの事
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元屋敷:出口家の元屋敷で、大本発祥の地であります。明治二十五年旧正月、出口なお大本開祖が帰神となられ、お筆先を書かれた、由緒深いところであります。(幼少の頃、貧しく寺小屋へ通う事もなかった出口なお、「筆を持て」という神のお告げを受けて、開祖の手が自然に動き、和紙に文字を書き始める。:大本教のHPより)
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そして「金明水」は、手水舎の横に蛇口が作られ汲み易くして在りました。
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残りの四本に入れて帰りました。
みろく殿の前には、大本教の「神木 榎(えのき)」が祀られております
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生前出口なおは、この榎を見「たくさんのえらい神さんがおられるのやで」といわれていた。第二次大本事件の時、大本の設備はことごとく壊され、グラウンドになり、この榎も切られるとこだったらしい。やはり、神々が居ついているのだろうか?

との事で、今回の名水探しは終了した。
帰りに綾部が発祥の地である、下着メーカーで有名な「グンゼ」の旧本社にバラ園が開設されているとの事、今が旬だという事で寄って帰る事に
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あまり大きくない庭ですが
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グンゼの歴史館
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そして旧本社
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今日の打ち上げ夕方から行われるので、グンゼを後にした。

「金明水」はいかに、というと私的には「長命水」のほうが美味しく、こちらは一ランク下がった味に思えました。しかし、二週間たってもあまり味の変動はなかったようです。
独断と偏見の「金明水」の評価は
(^_^)v (^_^)v (^_^)v (^_^)vでした        

詳しい場所は

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NO111:おほもと綾部聖地の「長命水」

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・・・という訳で、一本の水では飲み続ける事ができませんので、綾部市に祭祈本部を持つ「おほもと宗教法人(大本教)」の境内に有る「長命水」を頂きに行きました。 以下大本教で統一
私が大本教を知ったのは、教祖が戦時中投獄されて大変な目にあったということでした。今回ブログを書くにあたって調べてみたら、国家新道と相いれない教義を展開したという事から、終戦までの7年間二大教祖の一人出口王仁三郎氏が牢獄に入れられていたという事でした。それよりビックリしたのが今のNHK朝ドラ(花子とアン)で出てきている、九州の石炭王に嫁いだ「白蓮」が宮崎龍介(ドラマに出てきている)の子を身ごもって駆け落ちした時に、ココ綾部の大本教の「梅松苑」に匿ったという事実があったようです。サテサテ「花子とアン」の中でこの件が描かれますでしょうか。
で、話を元に戻して、何はともあれ承諾を得に職員さんにお願いしたところ、現在「長命水」は使えないのではないかとの返事、そうこうしていると、苑内(境内の事)の奥の方から一人の男性が出て来て話に加わって、先ほど「長命水」という所で水を飲んできたとの事、職員さん首をかしげていましたが、その方に連れて行ってもらう事にしまさいた。
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大本教ではこの池の事を「金竜海」と海に見立てておられます。その奥の方に
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「長命水」の水溜め小屋が見えてきました。ちょうど大本教の神主さんが、一日のお勤めの終りの儀式である祝詞を各祠に挙げに回っておられた時に、「最近は水ために動物が進入してきたなくするので、こちらから頂けるようにしています」と蛇口を指され、案内してくれた男性が「先ほど飲んだ時には、最初は汚い水が出たが綺麗になったので飲めた」と返事をくれた。
神主さんは、こちらより「金明水」の方が美味しいですよ・・・といわれた。
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この時点で、もう一つの天然水がある事が分かり、何時もの椀ケースの半分4本に「長命水」を頂きそちら「金明水」の方へ行く事に、その前に「長命水」の云われですが、『これを飲むと長生きするという伝説の水です。昔、この水を生活水として利用していた村に、長寿の人がたくさんいたからだそうです』情報元から
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「金竜海」と言われる池の一コマ、

「長命水」でコーヒーを立てた味は、私的にはイケテル味でした。残念な事は一週間を過ぎたころから鮮度が落ちてきた感じがしてしまったという事。 こうなると「金明水」の味に期待が持てます。

で、独断と偏見の味評価は
(^_^)v (^_^)v (^_^)v (^_^)v (^_^)v
水を頂く場合は、大本教の承諾を得て下さいね。

詳しい場所は

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NO110:若宮神社の元屋敷「若宮清水井」

     

以前菩提寺:西禅寺:閼伽水を紹介した折り、花園流御詠歌を御稽古していることを紹介しましたが、先日綾部市の中丹文化会館にて開催されました両丹奉詠大会に日頃の練習の成果を披露してきました。その折、別行動で綾部市若宮神社の元屋敷に今なお湧き出ていると言われている「若宮清水井」の湧水を頂きに行ってきました。

正式な名称は、第55回京都両丹教区 無双教会 発展拡充講習会(記念大会)との事で、長い歴史を持っています。
当日は午前から午後4時半の予定で行われ、私たちの西禅寺第二支部(男性部)の登板は午後からでした。
上記の出演が終わり、三時ごろには早退をして水汲みに行く事にしました。
この中丹文化会館には併設する天文館パオがあります。
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まだ行った事がないので、一度は行きたい思いでココを後にしました。
「若宮清水井」は、情報元によれば、
綾部市市街地最古の水源地で、江戸期には藩主が維持費を出して保護したいわれています。茶の湯に適し、祭礼にも利用されています。との事、しかし場所の説明はなく、地図で調べたが分からず市役所に問い合わせる事にしました。
しかし、残念な事にメールで問い合わせたのですが返事が返って来ず(送信済みに入っていたので、確実に届いていると思われ)、仕方なしに地図に出ていた若宮神社に行けば何か手がかりがあるものと思い行ってみました。
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思いのほか立派な神社で、ここに湧き出ていたら水を持って石段を降りて来なければならないので、上まで車が行けないか探してみると、車道が横についていたので境内奥まで車で登らせて頂く事に。
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本殿はさらに石段を登って行かなければ、その前に登ってきた境内のどこかに「若宮清水井」の建物がないかいなと探してみるのだが、情報元の写真のような建物は見当たらない、「厄除の滝」というものは在ったが水は出ていない。
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石段を登って本殿付近を
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やはり立派な本殿です。この本殿の横に
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御祭神:杵  杵の宮  厄除けの神  九鬼霊神社 御祭神:九鬼家の永代の御霊と書いてある。こちらも
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綾部藩九鬼家後裔  現熊野本宮大社宮司  九鬼宗隆氏  御植樹  九鬼神社建五百年記念  昭和五十四年十月十六日
と、若宮神社は九鬼家が創建した神社のようで、前出の「若宮清水井」が藩主によって保護されていたというのもうなづけるものである。この九鬼家を調べてみると九鬼氏:ウィキペディアに書いてありましたので、興味のある方は読んでください。ここではパスします。
イロイロ境内を探したのですがそれらしきものは無く、社務所で尋ねてみる事に、宮司さんらしき方が裏庭の方から来られ一通りの説明をして聞いてみると、それは若宮神社の元屋敷に在り、手入れをしていないので水が汲めるかどうか分からないとの事、とりあえず行ってみたいので所在地を教えてもらいそちらの方に車を回した。

車が通れるか否かというぐらいの家と家の路地の奥にひっそりと古めかしが荘厳漂う小屋が建っていた。
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宮司さんが言っておられた割には、長ネギは干してあるが花も咲き閑静な佇まいといったところでした。
側溝には少しだが水が流れているし
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少し判りにくいかナ?これは汲めるのではないかと内心
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入口の戸をあけて中に入ると、「この井戸は昔から伝わる大切な井戸です。よごさないよう大事にしましょう」田町自治会
という標語が書いてありました。自治会で管理されている様子、溜まり水を見てみると
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どうも水が動かずよどんでいる雰囲気、表面には日ごろのホコリが浮かんでいる様子!写真では分からないが、これではダメ・・・と諦め、外に出てみぞこを再度覗いてみると
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みぞこ(丹後、但馬地方の方言らしい。側溝のこと・・・初めて知った)の底から水が湧き出ているではないか(^_^)vそんなに多くはないが、前回の如意寺ほどでもなかったので、片手鍋を使って綺麗な水をうまく掬ってペットボトル一本なんとか入れて持って帰る事が出来ました。しかし、このような事もあろうかと、事前に大本教本部にも湧水が出ている事を調べておいたので、そちらの方にも行く事にした。
尚、若宮神社ではH26年6月30日 午後3時~
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夏越の祓(なごしのはらえ)  神事が開催されます。
夏越の祓とは
上半期の最終日にあたる6月30日、半年間の穢(けが)れを祓うとともに、無事に夏を過ごせるよう祈願するおまつりです。
茅の輪(ちのわ)の神事
「茅の輪」とわ、茅(ちがや)を束ねて大きな輪にしたもので、罪や穢れ、疫病を祓うための祭具です。若宮神社では「蘇民将来(そいんしょうらい)、蘇民将来」と唱えながら茅の輪をくぐります。
持ち帰られた茅は輪にして玄関の上に祀れば家のお守りになrます。
お詣りをお待ちしています  宮司 四方義規  宮総代 大槻 忍

で、汲んできた一本の水の味評価は、水溜を見た事やら、周りが開発されて湧水の環境に適しておらず、先入観から来たことも手伝ってか、最近にない水ランクになりました。
独断と偏見の水ランクは
(^_^)v (^_^)vでした。
詳しい場所は

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