NO230:上山高原滝街道の「高原水」

   2017,5,21高原水 039-1q
おそらく日本でもここだけであろう洞窟内に落ちる滝を案内してくれると、以前石川五右衛門ゆかりの城幾久地上後へ連れて行ってくれた知人に案内してもろて行ってきました。
偶然にも、そこへ行く途中に「高原水」の湧水らしき水が有る事が判りそれも持ち帰って来る事ができた物語でござ~い。(^_^)v
その滝は、兵庫県の北部にある氷ノ山の隣に位置する扇ノ山の中腹にその滝「シワガラノ滝」は在るらしい。
5月の連休後の日曜日、天気も良く9号線を鳥取方面へ兵庫県から鳥取県へ入る手前の県道262を入って行きます。
ところが知人、十数年前扇ノ山へ登った帰りに寄ったらしく
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この標識を見落としてしまい、カーナビに載っている「シワガラノ滝」と同じ位置位に車がさしかかったので、これはおかしいとバックする事に、先程の標識の上山高原方面に入って行くと
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こんな感じで、道が鋭角に上がって行っているのであった。ソコの石垣には朽ち果てかかった
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観光案内の看板と
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方言が書いた面白看板。それは道を進んで行くと
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おもしろ「うみがみ食堂」でした。そこをドンドン登って行くと
   山の谷間に残雪が見えてきた
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残雪を観に車を降りた所に 
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、偶然この石が目に入った。・・・・・そこには高原水の字が彫ってあった。
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とりあえず滝を見てからと車を進めると、またもや石に何か彫ったものが、
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その中の道しるべ
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上山高原まで3K  上山高原街道(上山高原滝街道は吾輩が勝手に命名したもの)滝尾の滝・・・滝布・・・シワガラノ滝・・・茂平谷滝   家主製作  安田章次
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のびゆく地域の窓  ふる里みちくさの夢   家主製作 安田章次 
・・・軽トラの後ろの方でゴソゴソ動くものが・・・まず「シワガラノ滝」はあとどのくらいと尋ねると、その先カーブを曲がった先との事、手前の石に彫ってある高原水は湧水なのかと聞くと、湧き水の元からホースで引っ張ってきているとの事、どうもその人家主らしいで、云われた通り進んで行くと
   2017,5,21高原水 005-1d
滝入口に6台ほどの駐車場は満車、仕方なくその先の少し広い路肩に失敬して出発
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小又川渓谷、桂の滝2100m   シワガラノ滝1200m  注意 難所が有ります  温泉町
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ここから降りて行きました。 知人は、近畿地方の知れた山々を登頂し北・中・南アルプスの名だたる名峰も登っている強者であり吾輩などは足元にも及びましぇ~ン(*_*;・・・・・が後ろから付いていくと、どうも歩き方が普通ではナイ
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聞いてみると、最近持病の腰痛が悪化しているとか、難所が有るらしいが大丈夫かいなと思いながら山道を下って行くと
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木立の間から小さな滝が、そうで
   2017,5,21高原水 014-1l
一つ目の谷筋へ、さらにここから登って二つ目の谷筋を目指さなければならない。
ここで余談ですが、谷と沢の違いは・・・を検索してみると、面白い事に「谷」は西日本に多く、「沢」は東日本に多いいらしい。
歴史を溯ってみると、縄文人・弥生人の生い立ちまでいきつき、北アルプスを一つの境目として定着したそうである。
・・・と言う説が有るそうな・・・吾輩は詳しい事は知らないのでこの辺で お わ り 
  2017,5,21高原水 016-1x
あと800mの標識、山肌を登って行くと
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隠田のような田圃、しかし今は耕作放棄の様子。機械は入らず、昔なら牛馬で耕作できたのだろうが現代ではそれもままならず、しかし最近まで耕されていた様子
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これが難所であろうクサリ場、計20m程か下らなければならない。今から思えば、帰り大型犬を連れた家族連れに出逢ったがここをどうやって下りたのか聞いてみたいものである。途中
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断崖の岩場を一筋の滝、岩が苔むして新緑に生えて綺麗であった。谷川見えて来て
   2017,5,21高原水 025-1n
どうも到着した模様
   2017,5,21高原水 029-2q
此の石段を登り切れば目の前に・・・
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V字形の渓谷、この奥かなと・・・この時点では、洞窟のトンネルの外に滝が流れて、そのトンネルの中からその滝を観るのかなと思っていた。
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岩ゴロゴロの足場を乗り越えるとギャルの食事風景、これは絵になると撮影の許可を取り「顔を向こうに向けて」と言うとものの見事に「あっち向いてホイ」状態でパチリ(^_^)v・・・ご協力ありがとー
  2017,5,21高原水 034-2r
その向こうには洞窟が口を開けていた。
  2017,5,21高原水 035-2t
思っていたよりデッカイ洞窟、登山客?も10名前後入れ代わり立ち代わり・・・と、それほど多くはないが川の流れに足元を取られないように、譲り合いながら進んで行くと
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水の流れ落ちる滝の音と、水しぶきが見えてきた。思っていたのと違い、洞窟の中に滝がながれている(@_@;) 
  2017,5,21高原水 040-2u
洞窟はトンネルになっておらず行き止まり
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滝の大きさとしてはそんなに大きくないが、滝と洞窟のシチュエーションというかコラボというか、こんな滝今までに数ある滝を見てきたが初めての出会いである。天気が好く新緑も相まって感動モノであった。
それでは
   2017,5,21高原水 042-2o
見方により一条の瀑布
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洞窟内から見た滝の姿
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そして、洞窟内に流れる滝を観ながら洞窟の入り口を見る
  2017,5,21高原水 046-2a
心残りぞと最後の一枚パチリ\(^o^)/感激した~あぁぁぁぁぁ・・・・・・・洞窟内の響き
帰りがけ一筋の滝を真下から・・・
   2017,5,21高原水 055-2s
流れる水は霧となり何処へやら・・・
後ろ髪を引っ張られながら
   2017,5,21高原水 056-2s
帰途に就いた。
知人曰く、腰が痛ても吾輩には負けねぇぞ!と言っていたことが嘘のように林道に着くころにはだいぶ遅れていた・・・という事は内緒にしておこう(後に、足首に重りを付けて神社の階段を上っているとか)
  2017,5,21高原水 058-2d
上山高原エコミュウジアムインフォメーションを見てみると、無数といっていいほど滝が点在している。帰るにはまだ早いので、上山高原へ上がってみる事に、途中道端には滝の案内石碑が
修験道の洞穴「シワガラの滝」まぼろしの五滝「カツラの滝」
  2017,5,21高原水 060-2f
尾の谷滝・シシ滝
  2017,5,21高原水 071-2h
茂平谷滝・二段滝   
   2017,5,21高原水 061-2g
もっとあるかも・・・これこそ上山高原滝街道を登って行くと上山高原到着
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遠く日本海も
   2017,5,21高原水 065-2k
上山高原の成り立ちの書いた看板が立っていたので
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火山が作り出した美しい高原とブナ林
上山高原コース  の右下を抜粋
上山はどうやってできたの?  溶岩でできている上山高原とスコリア丘「上山」
①、上山高原周辺を溶岩が覆った
扇の山周辺で火山活動が起きました。たくさんの溶岩が上山高原一帯までまで流れ、やがて冷えて固まりました。こうして、上山高原一帯は篤い溶岩で覆われました。
②溶岩の丘にスコリア丘ができた
上山がある場所で噴火が始まりました。飛び散ったマグマが冷えて固まった「スコリア」が火口の周りに降り積もり、スコリアでできた丘「上山」を作りました。上山から流れ出た溶岩もまた周辺を覆いました。
③地面が風雨などにより削られました
風雨などで地面が削られ、現在の地形ができあがりました。川は大地を削り、渓谷や滝が出来ました。

上山高原名前の由来の「上山」火山跡
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と、写真では伝わらない高原の雰囲気、時間の都合上高原の散策も出来ず折り返し高原水を汲みに
例の所まで下りて来てイザ
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どうも、ここから入れという扉なのだろうと、吾輩は長い物が苦手なもんで、知人を先頭に後をついて登って行った。
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この写真は帰って来た時に移したもので、本来は知人を先頭に登って行ったのであった。
  2017,5,21高原水 075-2x
広い道に出たのだが、よ~く見ると車の轍が草の間に残っている。オイオイこれは何処からか車でも来れたのじゃねえか・・・と言いながらさらに上って行くと
  2017,5,21高原水 074-2c
またまた、いらっしゃいませの彫った自然石が置いて有る。さては、今までの石の案内板はここのオーナーが置いたのかも・・・と後ろの近代的竪穴式住居のような家を覗きに
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入口であろう傍にも自然石で「いっぷく亭」と彫った看板があり、中を覗くと
   2017,5,21高原水 077-2b
中は荒れ果てており、今は営業はしてない模様、おそらく蕎麦か何かをだす食堂の佇まいであった。肝心な高原水は、その端の方に石組の中からホースで
   2017,5,21高原水 072-3q
「高原水」は今も「いっぷく亭」がつぶれても出ていた。歩いてきたので3本もらって帰る事に注いでいたら、知人曰く「水受けにヘドロのような砂が溜まっているという事は、水の中に砂が混じっているのでは」と忠告してくれたが、吾輩は「水もきれいだし、何時もの事なのでダイジョウブ」と、気にしていなかった。この場所は、上山高原へ行く途中何気なく撮っていた
   2017,5,21高原水 062-2m
白い屋根のようなものが見える大地のてっぺんの様で、もしや昔の小さな火山の跡かもと、家に帰ってじっくりペットボトルを見ると細かい火山灰?の様なものが少し沈んでいた。
帰りに
2017,5,21高原水 076-3w
「いらっしゃいませ」の石の後ろに彫った「ありがとうございました」の字を見ながら、なにか心が温かくなっての帰路となった。

「高原水」の評価は、少々砂の様なものは混じっていたが、少し硬水的でマイルドなコーヒーに仕立ててくれコクも程よく出ていて美味しく飲めました。結局砂の様なものは気になったが、美味かったので3本とも飲んでしまいました。知人に1本やろかと進めたが、あっさり断られました((+_+)) 
で、独断と偏見の水評価は、混ざるものが無かったら満点だったのですが
(^_^)v (^_^)v (^_^)v (^_^)v (^_^)vでした 
詳しい場所は
 
 


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NO178:宇都野神社の「鮑之霊水」

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今回の「アワビ之霊水」は、二回目に浜坂の観音山に登った折浜坂にまだ湧水が出ているところが在る!という情報をもとに立ち寄った神社のお水です。
浜坂といえば、今が旬の松葉ガニです。観音山を下山して海産物魚市場へ足を運んできました。
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中に入ると、茹でたカニ、生きたカニ、足だけのカニ、こっぺ三匹1000円やら1500円地元スーパーでも同じ金額ダ!!
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相方さん曰く、カニは食べるのにめんどくさいのでこっちにしよう~と・・・ということで
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浜坂名物竹ちくわ((+_+)) ちくわに竹の心棒が付いて売られていたのが、今はナイロン系?の心棒に代わっていた。
そこのビルのお食事処で昼飯を済ませ、宇都野神社へ
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バックに、おそらく御神体であろう山を配し、立派な石柱鳥居があり、そこをくぐって参道を進めば
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社務所がありました。
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その前には手水舎
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そして横に「鮑の霊水」のいわれが書いてありました。
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鮑之霊水:当社(宇都野神社)の境内にある「鮑の霊水」は、社伝によると、人皇十代、崇神天皇の御代に、四道将軍彦坐命(ひこざいますのみこと・日子坐命とも書く)が丹波但馬に来られて賊を平定され、海路出雲国へに向かわれるとき、宇都野真若命は、彦坐命をお迎えして塩谷浦で命の御舟を修理し、あるいは新造された。このとき、船に穴があいて海水が入ってきた際、大鮑が穴をふさいでくれた。このため彦坐命は宇都野真若命に命じて、この大鮑を「船魂潮路守の大神」として宇都野の地へ祀らせられ、これを鮑宮と称した。宇都野真若命は、この霊鮑をこの地へ放養されたが、この清水を「鮑水」というようになったと伝えられておる。

と云った伝説が伝わっているようですが、とりあえず霊水が出ている所に行くと
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立派な鳥居に囲まれた鮑之霊水が鎮座していた。
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情報では、この扉は閉まっていたが今日はめでたく開いていた。恐る恐る覗いてみると
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鮑は生息してなかった綺麗な水(^_^)v早速頂きました。真水なので鮑は住めないようです。いつもの悪い癖が出てきて、後ろに回って見てみたが
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どうもパイプで送られて来ているようだ。周りを見わたすと
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どうもここが源泉ではなかろうかなと推測してみた(?_?)
水が汲めたので参拝に石段を登って行くと
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拝殿と本殿
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立派な神社でした。この宇都野神社には無形文化財が伝承さえている
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兵庫県指定:重要無形民族文化財:麒麟獅子舞
   
この麒麟獅子舞兵庫県から鳥取県にまたがって伝承されているようで、下記は鳥取県のようです。
   
麒麟獅子像の横にしゃれた灯篭が
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感心しながら宇都野神社を後にした(^_^)/~  

「鮑之霊水」の評価は、クセがなく美味しく飲めました。
独断と偏見の味ランクは
(^_^)v (^_^)v (^_^)v (^_^)v (^_^)vでした
詳しい場所


NO177::相應峰寺の「銀水」

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「銀水」は相応峰寺の参道右手に神社形式の池が作ってあり、その中に湧いて出てきているようなのですが
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写真で見ると綺麗な水に見えますが、実際は落ち葉やごみが浮いていてあまり汲もうという気が起こるような様子ではなく、また湧き出してきている水の量も少ないのか水の動きもなく思案しましたが、落ち葉を湧き出しているであろう辺りに置いてみると微かに動いている様子なので、汲んで帰ることにした。
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祀ってある神さんは「大弁財天」のようでした。そして、池の横からは観音堂へ続く参道が伸びていました
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   そして観音山で、見えにくいが丸がしてあるとこに大きなポールが立っているのです。なぜかは後程ということで、ここからは後日頂上の見晴台迄登ってきた様子を書きます。
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参道のの所々に石仏やお地蔵さんが配置されていましたが、
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ここのお地蔵さんは、なぜか二体一緒に彫られた石仏
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いつもながら出発は吾輩が先頭、いつのまにやらお尻を拝んでいる((+_+))時には顔を上げるといなかったりする。
まずはともあれ、壱丁目の地蔵さん
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拡大すると
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しばらくすると
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この前掛けの掛け方に意味があるのだろうか(?_?)・・・二丁が無くて参道?
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登っていくと
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三丁目朽ちた標識が置いてある
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四丁目の地蔵さんも、行はえらかったのか通り過ぎて、帰りに見つけてハイ「ぱちり」・・・さらに、五丁目も標識があり見つけて「ぱちり」
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次から次へお地蔵さんが迎えてくれます
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・・・六丁を飛ばして七丁目
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たまには
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台座から落ちて、後ろに隠れている石仏もありましたが、台座には京都・清水寺  第十六番と書かれてあり京都府在住の吾輩として意味深であった。この:相応峰寺門前町今は浜坂の市街から離れてさびれているが
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江戸時代は、陣屋などがあり門前町として賑わったようです。当時の井戸跡と思われる
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で、八丁目のお地蔵さん
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それから少し行くと、仁王門が
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ここが九丁目
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ここの金剛力士像、なんだかね~
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あまりパッとしない仁王門を通り抜けた辺りに、
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作善上人の墓へ上がって行くと
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一つや二つの墓ではない((+_+))墓の団地、どうも相応峰寺の先祖伝来の墓のようであり、その奥にひと際大きな墓が
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しかし気持ちの良い場所ではナイ、連れ合いも待っているので写真を撮らして頂いて退散(^_^;)
やっと十丁目に到着(^_^)v観音堂と思いきや鐘楼で終わり、どうもあとは平たんな道らしい、ここはお地蔵さんは無く、十丁の標識だけでした~(?_?)
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この梵鐘「極楽の鐘」撞けば極楽へ行けるとか・・・まだ行きたくないので撞かずに素通り
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出だしのころ山中にポールが立っていた写真がこれ
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節句には日本一のこいのぼりが揚がります。
そして、阿弥陀堂
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六体のお地蔵さんの奥には金ピカの仏像が祀ってあります。
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寄進された幟旗が立ち並ぶ中歩いていくと
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圓通殿:観音堂が現れます。中には国指定十一面観音菩薩立像が安置されているようです。作善上人のリンク先には古い観音堂が写っているが、今は平成25年に大修理落慶法要が営まれている・・・・・が、この観音堂はまさに建て替えであり、材料は総ケヤキ造りのようで、おそらく何百年は耐えうるもののようであった。
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傍らには、材料を運んだのかモノレールも敷いてあった。
お堂の左手奥に進んで行くと
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観音山の頂上
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200度ぐらいのオーシャンビュー245m
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誰かさんの足跡
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で幕を閉じたが、降りて来て相應峰寺の銀水のたもとに
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10丁の目印のお地蔵さんを発見(^_^)v

銀水の評価は、金水と似通っていたが見た目お勧めできる水汲みスポットとは言い難く
(^_^)v (^_^)v (^_^)v  

詳しい場所 
   


  

NO176:相應峰寺の「金水」

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新温泉町浜坂にある、天台宗:清泉寺にワケあって訪問することに、その折清泉寺の住職に案内して頂いた、同じ天台宗のお寺・相應峰寺(おーみねでら)にある「金水」・「銀水」を汲みに行ってきました。

見出しの写真は、その時の本堂に置いてあったユニークな賽銭箱で、硬貨を置くと蓋が持ち上がり中から猫の手が出てきてお金をひっかいて中にしまい込むのである。奥さんが言うには一円玉は金額が少ないのか猫が出てこないらしい。おもしろく、ウン百円入れてしまった。
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清泉寺の全景ですが、この鐘楼の柱の彫が凄い!この清泉寺・名前から湧水が出ているのかと思いきや、建立されたいきさつが綺麗な清水が湧いているところに建てたというところから来ているらしいが、今は出ていなく、山からの清水を引いているとの事でした。
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用事が終わり、住職の先導で相應峰寺へ向かった。
行ってビックリ!いゃ~派手なお寺だ事
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色が派手だという事でなく、これを見てもらえば
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この石造の仁王像、寄進者の住所が鹿児島県・・・どうゆうこと(・・?
今日はお寺の方たち不在ということでしたが、勝手に境内を散策
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入ろうとしたところ、上空を引き裂く音が、見ると
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ドクターヘリ(後で聞いた話)が旋回しどこかへ、今回はアップで撮影成功・・・喜んでは不謹慎になるためこれ以上は書かない
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なんかお金が有り余っているという感じの境内、
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      観音山  相応峰寺(天台宗)
指定文化財(国)十一面観音立像 明治34年8月2日
        (県)両界曼荼羅図  昭和62年3月6日
        (町)不動明王画像  昭和52年4月3日
        (町)十六善神像    昭和58年4月1日
        (町)シイの原生林  昭和60年3月1日
所有者・管理者 宗教法人観音山相応峰寺

 相応峰寺は、天平9年(737)行基によって開かれたと伝えられている。当初は、「九品山極楽寺」と呼ばれていたが、貞観元年(859)清和天皇より「相応峰寺」の号を賜り、「観音山相応峰寺」と改められた。
 観音山の山頂には観音堂があり、平安時代初期の作と推定される本尊十一面観音菩薩立像が安置されており、毎年春に公開される。その他相応峰寺には、両界曼荼羅図など多くの文化財が伝えられている。
 また、観音山周辺には、シイの原生林をはじめ貴重な樹木が残っている。
  平成8年3月   浜坂町教育委員会

というお寺で、お寺の裏山・観音山には今回のために後日再度訪れ参拝してきました。それは銀水の項で詳しく取り扱うということで、清泉寺の住職に「金水」の湧き出ているところを案内して頂いた。石垣の周りを歩いていき、少し早いと思われる水仙の花を横に見ながら
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歩いていくと
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池が作ってあり、不動明王の前に底から水が湧いて出て来ていた。住職が水を汲む旨の念仏を唱え終わるのを待って
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吾輩は柄杓でくみ上げました。
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後日観音山へ登る準備をしていたら、老夫婦がポリ容器を持って水汲みに行かれていました。
一緒に浜坂に連れてこられた親戚の愛犬「クウちゃん」です(^o^)/
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偏見と独断の水評価は、マアマアの飲み口でした
(^_^)v (^_^)v (^_^)v (^_^)vです   

詳しい場所




NO56:湯村温泉の「荒湯」

昨年に続き温泉の初釜・・・ではなく初風呂に行ってきました。
湯村温泉といえば、以前NHKで放映された夢千代日記で一躍全国的に有名になった温泉地であります。
胎内被曝二世の夢千代に扮した吉永小百合の好演もあっ1981・1982・1994年と三部作で放映されています。
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湯村温泉に行く事が決まってから、近くに湧水が汲めるとこがないか探していたのですが、だいぶ離れた浜坂の海岸べりには在るのですが、湯村温泉の付近には見当たらずあきらめて出発したのです。でも、在るかもしれないので一応コンテナ一箱持って行く事に、これが功を奏しました。
で、我が家からは現地に行くのに二通りの行方があります。
一つは、豊岡市市内から日本海側へ出て行く方法と、
一つは、国道9号線に出て行く方法です。
以前、知り合いが鳥取砂丘へ行くのに豊岡廻りで行ったら高規格道路(無料の高速道路)が出来ている部分もあるので早く行けたと言っていたのを思い出し、行はそちらから行く事に
豊岡を越えて香住の佐津ICという所から乗り、余部鉄橋で有名な余部ICで降り、再び国道178号線に入り浜坂を経て、そこから国道9号線へ向けて山の中へ入って行き湯村温泉へ到着、思ったほど高規格道路も走れず嫁さんと「なんか結構時間がかかった気分だね」と言いながら運転していました。距離数約96kでした。
昼も近かったので、入浴は食事と初めて来た湯村温泉街の散策後に行く事にして、入浴を予定している公衆温泉:薬師湯の有料駐車場へ置いて温泉街へ・・・
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       湯村温泉:薬師湯

日帰り温泉は、薬師湯以外に温泉街から少し離れますが、フレッシュパークゆむらもあります。

薬師湯の前の通りを真直ぐ出て行くと公衆トイレがあり、その前の広場には湯時計と昔の常夜灯を模した建物の中に「株湯」という源泉が噴出している処があります。
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少し読みにくいので書いておきます
 湯村温泉は、慈覚大師円仁が唐での修業を終えて、帰国して都へ帰る途中の嘉祥元年(848)に山陰地方を通った際に発見されたと伝えられている温泉です。
 発見した時の慈覚大師はきっと温泉に入り旅の疲れを癒したことでしょう。
 この像は災いを避けるために右手錫杖(しゃくじょう)左手には独鈷(どっこ)を持っています。みなさんも慈覚大師の足元にお湯を掛けて旅の安全を願いませんか。

*この「湯時計」は20分サイクルで錫杖が上下します

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  株湯
 この常夜灯風の建物の中には、湯村温泉の元湯で「株湯」と呼ばれている泉源があります。この株湯は「荒湯」がブクブクと湧出するのとは対照的に、98℃の温泉が毎分300ℓ静かに湧出しております。薬師湯とリフレッシュパークゆむらで使用しています。
 湯村温泉には49箇所の宣言があり全体で毎分約2,200ℓの温泉が湧出しており、この豊富な湯量を利用し、湯地区約500世帯に温泉を配湯しています。
 各家庭では蛇口を開くと約60℃の温泉がいつでも使用できるようになっています。

で、早速「荒湯」の方へ足を運びました。
荒湯の源泉公園(と勝手に呼ばしてもらいました)の門が下の写真デス。湯時計の広場から通りを隔てたところに在ります。
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なぜ門なのかといえば、公園の中に「慈覚大師」を祀ったお堂が在り、源泉を守るお寺の境内となっているようである。
これがそのお堂である。
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そして、そのお堂の横を見ると・・・
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その石板には「浴用 飲用 湯でもの 治療用等に利用され・・  飲用の適応症 胃腸病 肝臓病 不眠症 糖尿病 動脈硬化症」と、等々書いてあり心の中でやったぜ(^_^)v  あきらめていた湧水 自然水が持って帰れるそ それも薬効を見ると私の体にバッチリ! コンテナを持ってきた甲斐があったというものであった。
飲用温泉「荒湯」を汲むのは石造「慈覚大師」の台座の下から汲むようになっている。その横には荒湯地蔵尊が祀ってあるお堂も建っている。この二つのお堂に囲まれて「湯壺」が二基と「コインは投げないでください」と書いた源泉の池のようなものが有りました。
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正面が荒湯地蔵尊でその左側に慈覚大師堂があります。
近くのお店で卵を買って、この湯壺でゆで卵(荒湯たまごと言うらしい)を作るという楽しいこともできます。そういう私たちもタマゴ一個50円で三個買って温泉卵を試してみました。
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湯壺の上に白い物が並んで見えますが、ここにネットをかけておきます。十数分かかるらしいのでその間、下に在る春来川沿の足湯と河川敷を散策してくることに、
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河川敷には春来川沿に側溝(水路)が伸びており、春来川の水に温泉を混ぜた心地よいお湯が流れています、この中に足を浸して足湯を楽しむようです。私たちは足より体全体の湯の方が良いのでパスとしました。
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この足湯は、「湯村大根物語・ふれ愛の湯」とも言われています。
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この足湯の水路沿いに、湯村に来られたであろう有名人の手形レリーフが貼ってある「ふれあい手形散歩道」が約100メートルの長さで続いている。その中で写した手形です。
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今朝ドラで活躍中の「武田鉄也」さん
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ソフトバンクのCMで活躍中の「北大路欣也」さん
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桂文枝四代目すなわち「桂三枝」師匠
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ミスタータイガースの「掛布雅之」選手
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歌手の「アグネスチャン」
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面白いところで、ちゃらんぽらんの「大西画伯」
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下流から見た風景
そろそろ卵も茹で終わっている事なので引き返していきました。
タマゴを引き上げ、食べずに土産に持って帰る事に、そして、次なる散策へと進みました。

春来川の上流の橋を渡ったところに、トップの写真「夢千代の銅像」が建っているチョットした庭園風な公園が作ってあります、ココにも夢千代日記に関係した方々の手形のレリーフが在りました。
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     夢千代こと吉永小百合
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脚本家 早坂 暁              俳優 三田 佳子

この公園から、春来川下流の方向にこのテレビドラマの資料館的観光施設「夢千代館」があり、そこへ向かって進んでいると、古風な作りの「杜氏館」なるものが目に入ってきた。そういえば薬師湯の近くに下のような石板が立っていたのを思い出して入館してみた。
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 但馬では、とくに雪深い地方の人たちが、冬季出稼ぎとして酒づりに、北陸、東海、近畿、中国、四国、九州地方に出かけました。
 但馬人は「石橋をたたいて渡る」と言われ、慎重で、誠実で、質素に耐えて思いやりがあり粘り強い精神力を誇りにしてきました。
 これこそ但馬杜氏の神髄です。酒蔵人仁は秩序正しく、熟練された経験を生かし、伝統の但馬の味を作ってきました。但馬杜氏によって多くの地酒や銘柄酒がつくられています。
 酒づくりも最近では機械化が進み、設備も改良され方法も機械化が進み、設備も改良され方法も変わってきましたが、(手作りの味)の魅力は依然として重宝されています。  (  )内ポールがあり読めないため想像です
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こんな雰囲気の中に杜氏館は在りますが土産店と見間違うぐらい街並みに溶け込んでいました。
中に入ってみると、所狭しと酒造りに必要とするであろう道具が展示してありました。
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さらに
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右の写真の外は
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ジャンボなお釜です。さてさて何に使うのでしょうか・・・・・掛けてある札には「甑(こしき)」とかいてあります。
館内を一巡した頃に奥の事務所から年恰好70前後の館長サンらしき方が出て来られ、いろいろと話を伺てきました。大雑把に言うと、ここ湯村地方が杜氏の発祥の地であり、その人の繋がりで全国に広まっていったとの事、今でも全国の酒蔵から、仕込みがうまくいかない時は、租の酒蔵へ出向いて原因究明の手助けに言ったりしているとの事、酒造りに機械化されてきたというても人間の五感が今でも必要だとの事 等々聞きました。
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・・・という訳で予定よりだいぶ遅れて夢千代館へ、
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この夢千代館前には
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そのモニュメントです
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夢千代館の内部は、ドラマの風景が再現されたり、ドラマの時代背景の風俗、それにテレビで夢千代の観賞等々が在りましたが、写真は著作権の関係で撮る事は控えました。・・・杜氏館は・・・?

で今日の目的である、薬師湯へ行くのに夢千代館の横の路地を通って行きましたが、途中このような珍しい乗り物が
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オート三輪のオープンカーカーや足湯が楽しめる休憩場所
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オート三輪車は、おそらくダイハツのミゼット三輪車ではないか?と思うのですが、幼い時に見たような記憶も微かに残っているのですが・・・

という事で湯村温泉街と思しきところを一巡して、やっと目的の公衆浴場「薬師湯」に浸かる事に相成りました。
この薬師湯は上のHPで見てもらえばわかりますが、町内(大150、小80)町外(大400、小250)と我々は高いのですが、でも一般にはほかの温泉と比べて安い方ではないかと思います。湯かげんは無色透明でした。・・・そちらの方は詳しくないもので(?_?)
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但馬湯めぐりスタンプラリーの台紙が置いて在りました。誰か挑戦しませんか(^_^)/

お風呂から上がって、自動販売機のコーヒーを飲んだりして40分ほどで薬師湯を後にして帰りの途に、帰りに飲料用の「荒湯」を汲みに寄りました。
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慈覚大師の台座の下に温泉「荒湯」が出てきており、柄杓を借れて汲んで帰りました。汲んでいる時に、どこかのおばサンが、ペットボトルに入れると熱さで変形したよと注意してくれたが、これしかないので熱い湯を入れました。帰ってみたら案の定ペットボトルが変形していましたが、お茶が入っていたペットボトルは変形していなかった。写真の変形したペットボトルは名水が入ったものでした。
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帰りは9号線を通り、八鹿町から出石に入り帰ってきましたが、約10kmほど行より長いようでした。

で、温泉水「荒湯」の評価は、そのまま飲むと飲んだ後舌に微かに塩分が残る感じですが、ふつうに飲めます。一度城崎の飲料用の温泉水を飲んだ時は、エグて飲めませんでした。
コーヒーにして飲むと、これもまた、今までに飲んだことのない味になり、コクが重いような感じで人により好みが分かれるかもしれません。

という事で独断と偏見の温泉水「荒湯」の評価は
(^_^)v (^_^)v (^_^)v (^_^)v (^_^)v でした。

詳しい場所は


  





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