NO108:平成の名水百選、「真名井の清水」

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今回は、舞鶴市にある平成の名水百選に選ばれています「真名井の清水」をお届けいたします。
昨年、父の日にステーキを食べに丹後半島・碇高原ステーキハウスに行ってくれたお返しと、三朝温泉のランチバイキングの仕切り直しに、「母の日」一週間遅れで、舞鶴の大浦半島にある「ふるるFARM」バイキングにご案内することに、ついでに(どっちがついでだか???)以前から行ってみたかった、「真名井の清水」も汲みに行ってきました。

「ふるるFARM」は大浦半島にあります。
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その日本海に面した瀬崎という所に在ります。石炭火力発電所が出来て、道路も良くなり東舞鶴市街から「一直線」という言葉がよいぐらいに、以前と比べたら交通の便がよくなり、行きやすい場所となっています。
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遠くに見えるのが冠島です。
今回の目的は農村レストランで、ランチビェッフェ(バイキング)を楽しむ事ですが、その前に頂いてきたインフォメーションガイドから園内の紹介を少々
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・・・と考えましたがふるる FARMのHPを見てもらった方が”よ~く”分かりますので割愛させて頂きます。m(__)m
しかし、それでは味気ないので写してきた写真から少々・・・
駐車場から入って行くと、ミニブタハウスの「ミニブタ君?」のお出迎え
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チョイトさぼり中で・・・
「ふるるマーケット」
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その中の様子
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「ふるるFARM」は地元産の地産品目を中心に、この農園で採れたものも売っている様で、その中でも圧巻なのが家畜の餌、おそらく(勝手な想像)今から行く農村レストランの食材の端くれらしき物をコップに入れての販売、それを持って「豚ちゃん」や
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ポニーに「家畜の餌」というのは間違いで、「動物のおやつ」を買って食べてもらうのです。
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この家族連れは
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ヤギさんに「おやつ」やりです。動物も子供も大喜び(*^^)v、お店に並んでいた「動物のおやつ」も瞬く間に完売という事で一石三鳥・・・なんと考えたものだ(^_-)-☆
他には、できるだけ地元産の食材を使ったお菓子工房
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そして、体験教室の手作り工房で作ったクッキーやパンを焼く、石窯です
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そして、30分ほど待って、順番が来た、農村レストラン
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白い帽子をかぶった人が、スキップをして入って行きました。
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やら
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最後に
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定番で
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満腹で、はいおわり(^_^)v
食べる物はもっとあったのですが、気が小さい吾輩、これでもブログにUPしたいため「ドキドキ」しながら写したのである。食べ物あまり撮りたくないな~(~o~)
そして、少し遊んで帰るのです
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「ふるるFARM」バイキングは、農園で採れる取れたての野菜を中心に、お魚、鶏系等々の地元産食材で子供からシルバーまで楽しめるレストランでした(高級な肉系は少なかった)。わが愛妻(今日だけ)も気にいってくれた様子で、後程支払ったお金の還付をしてくれました^_^;(お小遣いの少ない吾輩は遠慮なく頂いておきました)
(この近辺の観光スポットはこちらから
で市内に戻っての「真名井の清水」を汲みへ
「平成の名水百選」に選ばれた理由の一つに、江戸時代、田辺城主細川藤孝(幽斎)によって城内に引き入れられ、日本最古ともいわれる上水道の水源となった湧水とのこと。下調べをしていた時に、「真名井の清水」を祀った神社があるという事で行ってみた。27号の陸橋横に祀られていました。
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そこにはこのような物が立ててあった。
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       笠水神社 
 一般的には「かさみず」とよばれていますが丹後風土記には「宇介美都(うけみず)」の訓が振られています。又、真清水の湧くところで「真名井」の名もあります。昔は池内川、真倉川、高野川がこの辺りで合流し、すぐ近くまで海が迫っていたようです。
 祭神も海に関係した笠水彦神と笠水姫神で、先史時代に丹後一円で勢力を誇った海浜族の海部直(あまべのあたい)の祖神と言われ古代から祀られていたようです。元亀三年(1572)写の神名帳にこの社の名があり、又、社の所蔵の鰐口には「天正六年(1578)三月十九日笠水大明神」と陽鋳されています。現社殿は棟札から天保八年(1837)に造営されたと推測されています。
 明治二年廃藩置県の時、新行政区の藩名として「舞鶴」と共に、「笠水」も候補に挙った程、藩の信仰が厚く、藩を代表する社であったことを示しています。       設置 城下町倶楽部
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ここから、直線で約500mほど上がった所に、「真名井の清水」がありました。
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ここは道路わき、湧水は田圃の中を進んだところに在ります。看板には
    平成の名水百選
           真名井の清水(まないのしみず)
由来・歴史
白雲山(場所不明)から三本の矢が射られ、落下したところから清水が湧いたという伝説があります。奈良時代の「丹後風土記」の中では、「その味甘露の如し、万病を慰す力がある」と記され、当時から語り継がれる名水です。伏流水は流域一帯で湧き出し、この池の約二百メートル上流にある湧水池「一升」の他に「三合」、「五合」、「「しゅうず」、「幾白」と呼ばれる湧水池があります。
清水の環境
一日約一万千五百トンの湧水量を誇る真名井の清水は、伊佐津川の伏流水が湧き出しているものといわれております。湧水池や流域水路には、魚や亀などが生息し、ヤマトミクリやコカナダモ、エビモなどの水生植物が多数自生しています。
 真名井の清水は、江戸時代より田辺城の城内に引き入れられ、湧水を利用した都市上水道として日本最古ともいわれています。城内に引き入れられていた水路は「御水道」(おすいどう)と呼ばれおり、湧水池やその水路の雑草を掃除する保全活動は「御水道掃除」と呼ばれ、江戸時代から現在もなお地元自治会により定期的に行われています。
注意事項
平成の名水百選の認定は、飲用に適することを保証するものではありません。飲用は自己責任であることをご理解ください。   舞鶴市
池には錦鯉が悠然と泳いでいます。
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「真名井の清水」を汲みに上流に、ため池の雰囲気
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そして、その上流
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そして、その昔湧水を利用していたであろう朽ち果てた設備
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さらに進むと、カラーの花が・・・保存会の方が植えたのかな(?_?)
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そして、湧水池が見えてきた
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小川に流れる湧水の透明度!わかるかなぁ~
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そして湧水池  
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素晴らしい池!手つかずの昔ながらの佇まいで、悠久の時を感じさせてくれます。
しかも、フナと思われる魚も悠然と人も怖がらず
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湧き水は池の中ほどから湧いている様子、本来はそこまで行って入れたいのだが・・・この縁で頂きました。
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説明文によると他にも湧水池が数か所あるようでしたが、そちらは諦め、ほんとうに田辺城(舞鶴城)まで続いているか検証してみる事にした。
まずは鯉の溜池から流れ出た水路
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まだ田園風景の中です。流れ出てきた方面
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近くの小学校へ向けて流れて行きます。まだ綺麗な水が学校の周りを流れています
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この辺になると水草が増えてきました。徐々に市街地に入って行きます
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急に立派な作りの水路に。と思いきやこの辺に来ると又狭くなってきた
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何度か直角に方向を変えながら、伊佐津川の土手まで、ここで伊佐津川に飲み込まれていくのかと・・・
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合流せず再び市街地へ、 JRの線路下へ危険により入れず。しかし、再度水路を見つけ
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27号線の下をくぐって出てくると大きな水路に、静渓(しずたに)川という名前に、そして海へと・・・
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田辺城(舞鶴城)に行かずに海に流れて行っているのか・・・(?_?)・・・真偽を確かめる為、お城へ行く事に
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お城の石垣を見て回ったら、線路の下から入り、現在は城内には入らず市街地へ
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犬の散歩をしておられた老女に尋ねてみると、真名井の水路は、田辺城の上流で三つに分かれ、その内の一つがこの水路だと説明してくれました。これで一件落着(^_^)v、 お城から出て行こうとすると、杭に鉄兜が載せられていた。
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その横に館長さんらしき方が、この鉄兜と刀を挿して当時を思いやってくれとお奨めになられたが、何回も丁重にお断りしたのだが、根負けしてかぶる事に^_^;
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なんせ刀が長く、うまく剣を抜く事が出来ないところの御見苦しい写真でごわす。
その後、館長さんらしき人と話をする中で、商店街にも真名井の水が出る所が作ってあると聞き、そちらも行って見る事に
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どうも平成の名水百選に選ばれた記念に作られた様で、この下の地下水の様でしたので水はパスをしておきました。
この真名井商店街 の日曜日午後の様子ですが、数十年前の面影がどこへ行ったやら、今や地方都市の商店街は衰退の一歩、何とかならないものか・・・ 

というわけで、平成の名水百選に選定されている「真名井の清水」の感想は、美味しくも田圃と市街地の中に湧き出ている水という事で、常飲するには抵抗がある事から
独断と偏見の水ランクは
(^_^)v (^_^)v (^_^)v (^_^)v (^_^)v-☆しておきます 
詳しい場所は

大きな地図で見る   
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NO53:宮谷神社の「吐月水」

またまた舞鶴に映画を見に行ったついでに「吐月水」を汲みに行ってきました。

以前見に行った高倉 健 主演の「あなたへ」の時に劇場用予告編をしていた、吉永さゆり主演の「北のカナリアたち」です。
この二つを見て、今思うに有名な主演俳優に影響されて見に行っている事が、よぉ~くわかります。
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上の写真はパンフレットの表紙です。あまり色気のない表紙です。(うまくスキャナーが出来なかった)

事件もののようでそうでない内容であった。

観賞後「吐月水」を汲みに宮谷神社へ向かった。現地は地図で確認しといたのですが、印刷してこなかったこともあり大体の感じで行く事に、まずは大浦半島へ向かって進みだしました。
大浦半島といっても記憶では舞鶴湾沿いに在るはずなので、新しい吊り橋を渡って行くことにした。
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宮谷神社は湾沿いの道の近くに在ると記憶していたので、橋(クレインブリッジ)を渡って下の道に降りて行きました。
クレインとは鶴という意味らしいのですが、半島の博奕岬の近くに石炭火力発電所を作るために工事用道路の一環として関電が作ったそうです。なっなんと金のある事!  っうても みんな電気代に跳ね返ってくるのですが^_^;
という事はさておいて、
確かこの辺に在るだろう・・・と思いながら走って探していたのですが、水の汲めるような神社がなくそのうち小さな集落に入って行ったので、ちょうど通りがかったオジサンに尋ねてみると「アッそれは手前の赤い鳥居の有る神社だ」と教えてくれました。引き返すにも道が狭くそのまままっすぐ行き、寄ってみようと思っていた親海公園へ行って見る事にした。
親海公園には日本初の、船内にプラネタリュウムが入っている関西電力のPR館としての船が浮かんでいるらしく、外観だけでも見てみたいとおもっていたのである。
       
       「エル マールまいづる」PR館
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魚村活性化センター「ベイサイド プレイス」喫茶店もあるよ
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そして海釣り公園もあり、その奥には石炭火力発電所も見えるよ~
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詳しくは:親海公園

とりあえずブログのための写真は撮れたので、プラネタリュウムは次回見る事に、時間と裏西(山陰特有の天気)で雨が降り出してきたので引き返すことに、再度湾岸道路(聞こえは良いが昔ながらの狭い道)を通って走っていると下の写真の群像が見えたので降りて見る事に
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それは、終戦まもなく起こった朝鮮の人たちを載せた浮島丸という船が沈没した時の「殉難者の追悼の碑」であった
日本語の説明板
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朝鮮語板
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両国の文字で浮島丸の事が書いてあるようでした。(というのも実際急いでいたので読んでないのです)

詳しくは浮島丸事件を読んでください。
この中の一説ですが
漂流者のほとんど(8〜9割以上)が救助もしくは自力で岸にたどりついた。機雷の爆発音で佐波賀の漁民たちは家の前の漁船を出し、漂流中の遭難者を救助した。漁民たちは海の不文律により「女子供が先、兵隊さんはあとで」と救助の順序をつけた。海軍側からは、一部の軍艦からカッターが出されたのみであったという
この中に出てくる佐波賀とは、行こうとしている宮谷神社がある集落の地名である。

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このような歌も作られています。今もって霧の中に漂っている部分が有るようです。

さらに前に進み、上佐波賀の集落を通り過ぎ赤い鳥居の有る宮谷神社に到着、一見湧水が出ているような雰囲気はなかったが、よくよく見てみると鳥居の右端に赤い小さな祠がありその周りに側溝のような水たまりが作ってあり、そこを覗いてみると祠の基礎部分からエスロンパイプが出てそこから水が出ていた。ここしか吐月水という湧水らしいものが出ておらず確信して水を入れる事にした。
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それにしても水の出口が水面から僅か、ペットボトルに直接入れる事が出来ず、備え付けの柄杓を置かれして入れるはめに、出てくる水量も少なく入れるのに時間がかかりました。・・・もらいに行ってて不満は言えませんが^_^;
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左の写真は祠の中の様子です。このパイプを見るに沸いている処は別の場所のようです
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Maizuru Walkerに依れば
田辺城城主の牧野英成(ひでしげ)公が茶堂を建てて船で通った程に惚れ込んだ名水。 歴代の田辺藩主にも名水として好まれ、この名水に「吐月」と命名したほど。

という訳で、お賽銭を入れて再度クレインブリッジを通って無事帰宅しました。
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で、「吐月水」の水の評価は  独断と偏見の
(^_^)v (^_^)v (^_^)v でした。

詳しい場所は




NO48:杜清水(大森神社)

神崎の「弘法大師の泉:浜の洗濯場」から大森神社の所在地東舞鶴へ
地図では西舞鶴から東舞鶴に行く街道二つのうち、白鳥街道の方から行けばすぐ脇に在る様子なのでそちらから行く事に、走っていると大きな鳥居が道から入ったところに立っていたのを見落としてしまい通り過ぎるはめに、結局神社の周辺の路地から入って行くことに、できるだけ水汲み場に近いところに車を止めたいので、後から思えばこれが正解だった。
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車を置いた脇道から入って写した正面の参道の様子

大森神社の神殿の手前に感じのいい手水舎がありその前に、民話「蛇切岩伝説」のいわれが書いた看板が立っていた。
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左が神殿、右が手水舎
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「蛇切岩伝説」読めるかと思い写真を大きくしたのですが読みにくいので下記に書いておきます。
            (じゃきりいわ伝説)
昔、倉梯村多門院の黒部に「おまつ」「おしも」という美しい姉妹がいた。ある日、姉の「おまつ」は、草刈りに出かけた与保呂の奥山にある池のほとりで、美しい若者に出逢った。
互いにひかれた二人は末のちぎりを交わした。
それとは知らぬ親から、縁談を迫られる、「おまつ」
やがて二人の間を妹の「おしも」に知られていまい、行く末をはかなんだ「おまつ」は、池の中に身を投げ、大蛇に姿を変えた。
何日かたつと、池の主の大蛇が、村人達に危害を加える事が多くなった。そこで村を守るため大蛇を退治する相談をした。
この時、ひとりの男が大蛇退治に名乗りを上げモグサで大きな牛の形を作り、火をつけて池の中に投げ込んだ。
これを火と飲みにした大蛇は、おなかの中で燃え広がるモグサに苦しみ、のたうちまわった。
大蛇は、にわかに降り出した大雨で、洪水となった池の水に流された。そして、下流にあった大きな岩に激突し、たちまち体が三つに切れてしまった。
祟(タタリ)りをおそれた村人は、三つに切れた「おまつ」の化身である大蛇の頭を与保呂の「日尾池姫神社」、胴を行永の「どうたの宮」、尻尾をここ「大森神社(弥加宣神社)」に祀った。
そして、大蛇が三つに切れた岩を「蛇切岩」と名付けた。

古来より語り伝えられてきた川に対する畏敬(イケイ)と五穀豊穣を祈る貴重な民話である。
                   平成二十三年三月二十九日
                    じゃきりいわの会

とまぁこんなところでございます。私は、できたら退治に名乗りを上げた若者が、「おまつ」とちぎりを交わした若者で、退治をしたときにその大蛇が「おまつ」であったことに気づき、それを深く悲しんで三つの神社に祀って、手厚くとむらった。と終わる方が日本流の民話らしく思うのだが・・・・・邪道であるか~

それはさておき、神殿を回ってみると左横の塀の内側から三つの竹筒が出ておりそこから常に水が流されていた。
このやり方は、春に行った伏見の御香宮神社のそれによく似た方法であるなーと思いながら、早速御霊水「杜清水」を頂きました。
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そして「杜清水」のいわれがこれです。
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水を汲み終えてから、本殿に対して広い境内であったので散策してみると、本殿の右手に水量も豊富な池が在り水の神社らしい雰囲気を醸し出していました。少し残念な事に手入れの方は今一の感じがする様子でした。
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池は二か所あり、右手の池が手前に在るのですが、その縁に紙垂(しで)が巻かれた御神木が鎮座していた。おそらくこの大木が水を導いて来ているのであろう。
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予定を過ぎた時間になったので、地域を散策することはあきらめて帰宅の途に就いた。

で肝心な水の味は、頂いて来てから三週間は美味しく飲めましたので
独断と偏見の味ランクは
(^_^)v (^_^)v (^_^)v (^_^)v (^_^)v でした。

詳しい場所
津波の防災グッズにライフジャケットを!








NO47:弘法大師の泉(浜の洗濯場)

(Wwb みなと舞鶴)の汚名挽回に、再度コラムに書かれていた弘法大師の泉へチャレンジしてきました。
その湧水は、舞鶴市神崎という所にあるそうだということで行ってきました。
神崎と言えば、ハクレイの「不動山水」のある由良地区の由良川をはさんだ対岸に在ります。
神崎と言えば、最近保存が叫ばれてる「神崎煉瓦ホフマン式輪窒」で有名です。簡単に言うと、舞鶴に軍港ができた時に由良川の上流から土を運び焼いて舞鶴に運んで、舞鶴の「赤レンガ博物館」になっている、煉瓦倉庫等に使われたという事、詳しくは神崎ホフマンHPこちらで(^_^)/
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みなと舞鶴には詳しい場所が載ってなかったので、とりあえず神崎に入って浜辺に行けば誰かいるだろうと思い行ってみると、駐車場の管理人らしきオジサン(アッシもそのぐらいの歳だが)がいたので尋ねてみたら、「弘法大師の泉」?・・・・それなら「浜」の事だろうということで、この道を真直ぐ行き右に曲がってそうで左に曲がって行けばよいと案内してくれた。車では行けないぞとの事、とりあえず通りに行っても左に曲がる道は車一台が通れるような村中の道、家の壁でもひっかけたら災難と思い、車は広い空地に置きとりあえず正確な位置を確認してから水汲みの事は考えようと、その方向へ歩き出していった。
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誰かいたらもう一度詳しい場所を教えてもらおうと地元の人を探しながら歩いていると、ちょうどオバサンが玄関から出て来られたのでシメタと思い声をかけて尋ねると、
そのオバサンもビックリされて「昨夜お父さんと浜の洗濯場を弘法大師の泉と言うのを知っているかというような話をしていたと言う、お父さんは地元の人なので知っているはずなのに、死んだオバアサンからもそんなことは聞いた事がなかった」・・・偶然にも昨夜の会話の内容と同じことを見ず知らずの人が尋ねてきた。とそんな感じで
不思議そうな嬉しそうな感じに受け取りながら、その場所に案内したげると連れて行ってくれた。
・・・と云うことは、地元では「浜の洗濯場」と言うているようでした。「弘法大師の泉」とは、入口近くに大明寺と言うお寺が在り、その宗派が高野山:真言宗の末寺でそのような名前になったとかと、想像をしながら泉の入口に着いた。それは思いもよらない下の写真ような場所だった。
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その入り口は、最近野生動物、オバサンガ言うには猿とか鹿が農作物を荒らすので張ってある電気柵(デンサク)が塞いでいた。オバサンハ「道が在るかないか分からないので行くのをやめなれ」と私を説得するが、私は「苦手なヘビや幽霊が怖いが、来たのだからその場所を確認してくる」とデンサクを広げて中に入って行った。本来はシビレて当然なのだが、なぜかしびれない。電源が入っていないのか、それとも、聞いた話ではこのデンサクは雑草が使えればアースになって電気が逃げるという。このあたりのデンサクは雑草がつかえほうだいであるからその効果は?である。それはともかく無事中に入り歩き出したのだが道らしき道もない中を言われた方向へ歩き出した。
藪の中はやぶ蚊や蜘蛛の巣の張り放題、思い余ってシノブ竹をへし折って前方を払いながら進んで行くと、なぜか道らしき道になってきた。
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その道を進んで行くと視界が開け、ちょっとした広場の端に石とコンクリートで囲われた池のようなものが視界に入ってきた。その対岸にはコンクリートで作られた休憩場所のような朽ち果てた建物が在り気持ちの良い物でなかった。
何も出てきませんように心の中で祈りながら、恐る恐る水たまりを覗いてみた。そこにはきれいな水が溜まり小魚が泳いでいた。奥の方にはコンクリートで仕切られた一画が在り、どうもそこに水が湧いてきている様子であった。その手前にも崩れかけた石垣の間から水が湧いてきている様子であった。
その下流側は、コンクリートで湧水がたまるようになだらかな堰のようなものが作ってあり、そこを貯まった水が越えて流れ出していた。広場の手前には細長い石段が作られており、オバサンが言っていた「ここの水で洗うと白くきれいに洗濯ができる」と昔から云われているとの事、我が街でも水道が普及するまでは河原に「カワト」という石段が作られ、そこで洗濯したり物をを洗ったりして川の水を生活用水として利用していた。この神崎も由良川という大河は在るものの、河口なので水も汚く、ここを生活用水として利用していたのであろう。
しかし、最近は利用する人がなくなり荒れ放題になってしまったであろうと推測したのである。
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とりあえず写真の方は撮ることはでき、一人でいるとあまり気持の良い場所でないので来た道を引き返した。
P9160007-3d.jpg引き返す時の道の様子P9160012-3e.jpg
引き返す道すがら、一度は現地を見るだけにして湧水をもらうのはあきらめようと決断していたのだが、気持ちがぐらついてきてせっかく来たのだから一本ぐらいなら何とかなるだろ~ということで再度「弘法大師の泉(浜の洗濯場」に行く事に、案内してくれたオバサンは再度行くのはやめときなはれと諭してくれたが、心残りには勝てずペットボトルを一本と例のシノブ竹一本持って早足で取りに行ってきた。できたら湧水が出ているコンクリートの囲いの中の水が良かったのだが、柄杓がなければ汲めそうにないので魚が泳いでいた石段から入れて帰ってきた。
とりあえず一本でも持って帰れたら湧水の評価が出来るので良しとして、次に行ってこようと決めていた神崎と言えば婆様連中には名が知れ渡っている「穴文殊」に向かった。
今ではすたれている様ですが、3~40年前には「穴文殊」信仰がブームになったことが在り、今は亡きおふくろも近所のオバサン連中とお参りに行っていたのを思い出した。
直線距離でいうと100mぐらいの所にあり、今は人気もなく閑散としていた。穴文殊だとばかり思っていたら、正式な名称は「穴観世音大菩薩」通称穴観音であった。ネットで穴文殊をくぐってみると丹後半島の間人(たいざ)に在るそうで全く勘違いをしていた。バチがあたりそうですな~

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穴観音の入口・参道風景
 
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穴観音の穴の入口 と 出口

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この間を体を擦りながら中に入って行きます

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穴観音の様子ですが、供えられている花が新しいので誰かが管理されているようです。お灯明をお供えしておきましたが分かるななぁ~。

                 穴観音のお話。

むかしむかし、丹波のある所に病気の為に目が見えなくなった母親がおりました。

母親は、もう一度目が見えるようになりたいと願い、三人の娘と一緒に目に良いとされる薬草を探したり神仏に祈りを続けていました。

そんなある夜、母親の枕元に立った3体の観音様からお告げがありました。

丹後の由良川河口に霊験あらたかな観世音大菩薩様がいらっしゃる。
そこへ行ってお願いすれば、きっと目が見えるようになるだろう。

母親から話を聞いた三人の娘達は母親と共に丹波の地から丹後の由良川の地まで来て、地元の者でも知らなかった祠を探し出し、その中の観音様を見つけ出しました。

この穴観音で祈願万願の日に母親の目が見えるようになったそうです。

以来、一つのお願いを聞いてくださる観音様として、遠方からも多くの方々が訪れる観音様です
【引用先:舞鶴うぉーかー】からお借れしました

無事お参りと写真を写してきて帰路に着いた頃、年恰好はシルバー世代の御夫婦がお参りにやって来られました。
私はと言うと、無事目的が達成できたので意気揚々と帰りかけたのですが、ペットボトル1本では次回の湧水収取まで持たないこと確実でありますので、時間にも余裕があったので、【舞鶴うぉーかー】さんのHPから情報を得ていた、東舞鶴の大森神社に湧水を頂きに行く事にしました。

持って帰ってきた一本の「弘法大師の泉:浜の洗濯場」のお水は、思いのほか美味しく飲めました。しかし、一本だったこともあり、確実に美味しいと言えないところが在りますので

独断と偏見の水の味ランクは
(^_^)v (^_^)v (^_^)v (^_^)v (?_?)  でした。

追伸:神崎の方ぜひ穴観音と弘法大師の泉(浜の洗濯場)のコラボで村おこしを考えてください。水は美味しいですので(^_^)v

詳しい場所は


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NO46:一盃水地蔵

今回は、「安寿塚の清水」を汲みに行ったときに裏山が丹後富士と言われている死火山だということから、この山の麓のどこかに湧水があるはずだと探していたら、舞鶴新聞(Web みなと舞鶴)コラムに書いてあるのを見つけて行くことに、それも今話題の映画「あなたへ」を見に行くついでに寄ることになりました。
舞鶴は大きくは西と東舞鶴に分かれた構成になっています。
当日の中心的目的は「あなたへ」の映画を見に行く事、映画館は舞鶴八千代館という劇場が在ります。僻地の町ということもあり、こんなに早く封切の有名映画が来るとは思っていなかったので、当初は京都市内の方まで見に行こうと思って映画情報を探していたら、な!なんと八千代館でも封切が見れるということから急遽東舞鶴の八千代館で見る事になり今回の行動になったわけです。
     img033-1a.jpg
見て思ったこと、一人一人の人生の営みとは・・・ 杉野輝夫事、ビートたけしがふんする どんでん返しの演出などは面白い設定でした。
映画が終わって丹後富士「建部山」を撮りたく少し遠回りをして帰る事に、下記の写真がそれです。
  P9020100-1b.jpg

一盃水地蔵は劇場に行く道中に見つけておいたので、帰りに寄って水を汲む段取りをしていました。
由良川をまたぐ大川橋を通りふじつ峠を越えて街中に入る手前にその地蔵さんは立っておられました。
舞鶴には何回となくこの道は通っていたのですが、今まで地蔵さんがある事にきずいたことがなかった。
行ってみたら、国道の脇にあるためホコリまみれであまり手入れがしてある様子ではなかった。
もしや・・・の不安がよぎったが、チョット薄気味悪い石段を降りて行くと水汲み場が在り不安が現実のものとなった ^_^;
    P9020107-2b.jpg   P9020106-2a.jpg
ソウ、エスロンパイプから本来は出ているはずの水が全く出ていなかった。枯れていたのである。しかし瓶に水がたまっているということは、雨が降れば出てくるのかも(?_?)デス。

今は水が枯れて、あまり見向きもされていないようですが、当日はお地蔵さんに花が活けて在りました。少し日にちが経っていたのか半分枯れかかっていました。しかし、水が枯れているのに花を活けに来られたりしておられるということは誰かが気にかけていらっしゃるという事。世知辛い世の中で一輪の花を見た思いです。
    P9020108-3a.jpg

その敷地には、一盃水地蔵のいわれが石板に掘ってあったし、休憩小屋も立てて在った。当寺の賑わいが浮かんでくるようであった。
  P9020105-3c.jpg   P9020110-3b.jpg
石板には次のような事が掘ってあります。
             一盃水地蔵の由来
往昔都鄙往返ノ旅人此ノ地  ヨリ湧出セル一盃ノ水ニ身垢ヲ  除キ口渇ヲ癒シ心根ヲ安ンジテ  罪障消滅得解脱ノ因トナス  是シ水ノ徳ナリ水ノ思ナリ  慈ニ濁世ノ導師池蔵菩薩像一軀ヲ  建立シ似テ衆生ノ身心快楽諸願成就  道中安全成佛〇二回向  セントスル者也     昭和六十一年 吉日

この「一盃水地蔵」の近くには「ふじつ温泉」がありますが、温泉マニアになった奥方が夕方から予定が入っていたので、今回はパスということで入浴は×になりました。
    P9160047-1a.jpg


という訳で今回は水を汲むことはできず、評価はできませんでした。(?_?)
・・・今回ハズレましたので、みなと舞鶴に出ていた弘法大師の泉にアタックしてきました。
なぜアタックと書いたのか、おたのしみに~~~(^_^)/

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