NO241:京都帝釋天の「御神水」

「天照皇太神社」から5分もかからない所に柳並木の一風変わった道路に出くわした。

雰囲気からして「帝釋天」ではと、ゆっくり走っていると

サルのブロンズ像が案内していました。そこから脇道を入り込んで駐車場に止め、村中に入って行くと

帝釋天参道の標識石柱がひっそり、今回は相方さんも一緒に行ってやると・・・・しめしめモデルになってもらえると、ほくそえんで(*^^)v

いよいよ600mもある参道へ、とその前に

京都帝釋天の願いの鐘
京都帝釋天は、山号を紫雲山と称し、平安建都と、ほぼ同じころ宝亀11年(780)に医聖の名高き和気清麿公によって開創され、爾来1200年間、京都仙洞御所や園部藩主小出伊勢守など、多くの人々の信仰を集めて今日に至っています。また、近畿庚申信仰の一大拠点となっていたことも有名です。
ご本尊の帝釋天は、羅生門天等の四天王を率いて厄の神、不幸の神などの悪神や病魔、災魔を退散させて、みなぎる力を与え給い、さらに経典に「百施の王者」と書かれているように、心から信ずる者の「いろいろな願いごと」を叶えてくださる神仏と尊ばれています。
「願いの鐘」は、これより本堂石段下までの700mに、数珠玉と同じ数、108個の鐘を連ね、それを一つ一つ静かに打ち鳴らすことによって、打つ人の願いを帝釋天にきいてもらうためのものです。いわば、鐘の念誦ともいえます。
あなたが静かに打つ鐘の余韻が、あなたの願いを乗せて山の峰々を越え、帝釋天のもとまで届くことでしょう。
○鐘は、左手(数珠を持つ清らかな手)で、静かにたたいてください。静かな余韻が尊いのです。
○撞木(鐘をたたく木)は、各鐘ごとに設置してあり、ご自由にたたけますが、ご自分の撞木をお持ちになることを、おすすめいたします。
願いごと成就、厄除け、災難除けなどで、ご自分の撞木がお持ちになりたい方は、本堂寺務所で、お授けいたしております。
紫雲山
これを読んだ連れ合いは

本堂石段下までの108釣り下がっているであろう写真の鐘を

撞いて願いごとをお願いして上がると言いだした。言いだしたら吾輩の手には負えないので、こりゃ何時までかかる事やらと「先に行く」と言って、この夜8:00?になれば閉まると書いてある扉を入って行ったのでした。

どうもこの扉からが本堂石段下までが600mとの事、それにしても長い(~o~) ところで
帝釈天とは
帝釈天(たいしゃくてん)は、仏教の守護神である天部の一つ。天主帝釈・天帝・天皇ともいう[1]。バラモン教・ヒンドゥー教・ゾロアスター教の武神(天帝)でヒッタイト条文にも見られるインドラ(梵: इंद्र、इन्द्र)と同一の神。妻は阿修羅の娘であるシャチー(舎脂)。梵天と一対の像として表されることが多く、両者で「梵釈」ともいう。朝鮮の檀君神話では釋提桓因(しゃくだいかんいん)とも記載される。釋は字 (あざな)、提桓因は天主のこと。 別名三十二天とも呼称される。また、仏教では東南西北のそれぞれに、持国天・増長天・広目天・多聞天(毘沙門天)が仕えることから四天王天と呼ばれることがある
ウィキペディアから
との事
参道を歩いていると

こうしんとう とか

「柿取りて青空広くなりにけり」
道祖神も

疣之神(いぼ)
とかを見ながらドンドン上って行きます。疣之神の祠の前に柄杓が見えますが、中の水は・・・・・でしたのでパス

この様に並んで「願いの鐘」は釣ってあり、参道に一定の間隔を置いて設置されていました。
何か所か過ぎたあたりで

寅さんの鐘
この鐘は、映画”男はつらいよ〟で有名な寅さんの”願いの鐘〟です。願いの言葉には、寅さんが妹を思う心情がよくでています。
山田洋次監督、深沢宏プロデューサーの好意により設置されました。
日本の心の古里を奏でる日本映画によってより多くの人々に日本人本来の心が取り戻されることを念願します。

『えらい兄貴になりたくて 鐘うち鳴らす 帝釋天』
寅次郎
その横には

留学生の鐘:この鐘は、中国・台湾・イラン・マレーシア・ブラジル・タイの六か国留学生が帝釋天へ鐘を打ち鳴らしながら参拝した時の記念の鐘です。彼らのますますの精進発展と世界各国の友好を記念します。

安産祈願をお願いするお堂もみながら

ドンドンと進みます。裏にいた相方さんは相も変わらず願掛けているそうで、もう姿かたちは見えなくなりました。

小さな鐘には帝釋天の使いとされる猿が描かれています。

おもろい顔の石柱の彫刻もみながら、まだかまだかと思いながら上って行きます。・・・と、

常夜灯?石灯籠?が出て来て、本堂も近い!!!と、もうひと頑張りと

庚申塔の石碑も迎えてくれています。そして

本堂が見えてまいりました。

本堂石段下に着き、左には手水舎が蛇口からは勢いよく水が・・・これが「御神水」かなと・・・
石段右側には

その横にも

南丹市指定文化財と 昭和60年3月30日指定
木像「増長天立像」 木像「多門天立像」
縁起書(福寿寺蔵・慶長7年))によれば、宝亀7年(780)和気清麻呂公が帝釋天を本尊に、増長天・多聞天等を祀ったと伝えられている。現在は、貞享年間(1684~88)に再建されたと伝わる帝釋天堂に、御本尊に向かって右に増長天立像が、左に多門天立像が脇侍として安置されている。二躰とも、桧材の寄木作りで彫眼、頭部は左右二材を、胴部は前後左右四材を割り矧ぎ、内割している。表面は彩色仕上げであるが剥落している。正面を向き、わずかに腰を左に捻じる。増長天立像は左腕を屈臂して手に三又戟を握り、右手を腰にあてる。肩甲と花文の胸甲、腹前には獅噛(しがみ)を付ける。多門天立像は左腕を屈臂して手の平に宝塔を捧げ、右手は腰脇で宝棒を握っている。肩甲と無文の胸甲をつけ、腹前には獅噛はない。平安時代の作と考えられる。
平成17年3月 南丹市教育委員会
更に手水舎の奥の方にも面白い形をしたドラの様な

厄難、不運除去の霊場
本堂前の三室上に置かれている厄難不運飛ばし鶴(御祈祷済みの白の折鶴)を左の手の平に乗せ、体中の厄や病、不運や不幸等を全部はきだすつもりで大きな息を吹きかけて飛ばします。
静かに目を閉じると、それらが流れ去る水音が聞こえてきます。
つぎに、除厄招福が叶という「オンの鐘」を自分の年齢に合せてならします。例えば32歳であれば、はじめ3つたたいて少し間をおき、あと2つたたきます。
吾輩は〇つと○つたたき、招福を願っていると、相方さんもようやく上って来てくれた。で、石段を上がって行くと

茅の輪くぐりと言えば神社、ここはお寺でアリ鉄の輪だから法輪くぐりというらしい。
合掌しながら通り、大晦日には輪についているお守り本尊十二支に、お灯明が灯され心身を浄め健康を呼ぶという「火の輪くぐり」が開催されています。
さっそく相方さんはくぐっていますが、皆さんもど~ぞ(^o^)/
境内の様子

よろこびの鐘

●この鐘撞き堂は、礼拝と修業の場です。みだりに上らないでください。
●鐘を撞く希望の方は、次のことがらを守ってください。
一、着く回数は、お一人一回です。
一、鐘を撞いた後の静かな響き(余韻)が消えるまで待って次の人が着きます。
一、鐘は仏様のお体と言います。撞く前と後には合掌礼拝(手を合わせて鐘を拝む)してください。
皆様もど~ぞ(^o^)/

小石結び

小石(こいし)は”恋し〟に通じます。二個の小石を赤い糸でしっかりと結びまで台の上に置き、二人が結ばれるよう祈ります。
これは昔、小石を松葉で結んで恋しい人の門前に置き、恋が叶うことを願ったという故事にちなんだものです。
鯉結びの他、縁結び、夫婦結び、親子結び、友情結び等も祈りましょう。
(小石に名前などを書くのもいいでしょう)
ちなみに我が家はどれでしょう(?_?)・・・・・当てた人は願いが享受するかも(^_^)v

「小石結び(恋し)」のいいお話
初庚申に参拝に来られた奥さまが
「40歳になる息子にお嫁さんがなく、親として大変心配をしていましたが、帝釈さんにお参りに来て、小石結びをして息子に良縁祈願をさせていただきましたところ、一年も経たないうちに良いご縁が出来て結婚できました。帝釈さんひ感謝しています。」。
と、うれしいお話を聞かせてくださいました。
皆様も、この恋し結びで良縁に巡り合ってください。

親子地蔵尊
親が子を思う心は、この上なくありがたいものです。
自分は、どのような苦しみを受けてでも子供のために行動するのが親心というものです。
しかし、子供は、なかなかその心に気づこうはとしません。
やっと子供がそれを知った時、自分のために荒波に呑まれようとしている悲しい親の姿がそこにあります。泣いて助けようとしても、すでに遅い・・・・・。
思わず手を合わせる子供と、すべてを許し、子供のためならと喜んで波に沈んでいく親の姿と・・・・。
拝みあう二人の姿は、お地蔵さんの姿です。
親子の幸せや供養等のために写経をお望みの方は、受付または福寿寺まで申し込んでください(お地蔵さんの後方に納経いたします)

こちらは帝釋天と関係の深いサルでござ~い

京都帝釈天とお猿:庚申信仰をもつ帝釈天では、お猿は、あなたの「願いごと」を帝釈天(釈迦の守護人)にお伝えする「お使い」です。
そして最後に到着したのが、

帝釋天 御神水いただき所

お寺であるのに、「ご神水」とはいかに、普通「閼伽水」となるのだが(・・? 左に在る社に水の神様が祀ってあるのかも

ところが、前に汲んだところは水がドウドウと出ていたが、ここは石のトユから一筋の水しか出ておらず、成分が薄められず美味しそうでしたが、根負けして8本の予定を4本で切り上げてしまった。・・・・で
本堂下の手水舎の勢いよく出ていた水も残り4本もらって帰る事になったのでありました。

尚、御神水いただき所の横の石段を上がって行くと奥の院が在るそうなのですが、温泉に早く行きたいがためにパスをすることにして帰りを急ぎました。

やっと日吉ダムに到着(*^^)v
前日の台風による大雨も、意外と日吉ダム湖は満水にはなっていなかった。

日吉ダムの下流側に、「道の駅スプリングひよし」という広大な公園になっていて

その中に、温泉プール付の「ひよし温泉」があります。

道の駅からは、桂川を橋で跨いで対岸にあり、その端からのダムの展望も最高であります。温泉は温水プール利用券込みで750円、温泉だけ入りに行った我らはチョイト高~い・・・・と思っていたが、次回の記事に出て来る温泉は800円であったので、都会の?温泉料金はこんなものかと、今では納得しております。浴槽の種類は少なかったデス。
「御神水」の独断と偏見の水評価は
何時も、汲んできた水はできるだけ早く試飲するわけですが、その時は「天照皇大神社」の次ぐらいと思っていたのですが、2週間以上経っていても「天照皇大神社」と同じくらい美味しく飲めました。しかし、手水舎で汲んだ水は、2週間後にはオラオラが湧いていたので飲まずに捨てました。はぁ~
(^_^)v (^_^)v (^_^)v (^_^)v (^_^)v
詳し場所は
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