NO127-B:平成の名水「雲城水」

NO127の項に動画を多く入れ過ぎて文章の入力が遅くなりすぎましたので、NO127-Bとして続けます。
   小浜、 042-b
        雲城水(うんじょう)の水
 その昔より一番町は清水湧き出る
豊水の地として知られ、
各戸の掘り抜き井戸から夏は冷たく、
冬は暖かい恵みの水が
絶え間なく流れ出ていました。
この地を育んできた母なる水は
いつしか雲城水と呼ばれ、
若狭の自然が溶け込んだ
清らかで豊潤な天然水として、
広く皆さんに愛飲されています。
 反面、水禍に襲われたことも多く、
そのためこの地に水天宮をお祀りし、
毎年7月23日、
水に対する報恩感謝と、水難除けの
祭典を行ってきました。
 現在の雲城水と水天宮は、
区内在住であった、故池野小作・光治氏
親子二代にわたる、篤志によって建立、
整備されたものです。
平成16年7月23日  一番町振興組合 
               一 番  町 区
と言う歴史のある湧水です。その地は
小浜、 045-b
図面で見る通り海岸の横にある塩分を含まない湧水です。
   小浜、 046-b
着いたところ、地元のお婆・・・モトイ「シルバーレディー」さんが水汲みの最中
   小浜、 039-b
ホントは裏姿から、「雲城水」の全体を撮影しようとシャッターを押したところに裏をむかれて顔がバッチリ・・ゴメンナサイ
・・・お婆さんが言う事には、「ここの水は美味しいけど、瓜破の水と言うのがあって美味しいらしい」と「雲城水」をほめているのか、けなしているのか、複雑な思いで聞いていると何処からともなく家族連れが水汲みに
   小浜、 044-b
なんと!大阪から来られたとか(@_@;) かく言う吾輩も京都の山奥から来たのだが・・・
整備されている水汲み場の全体像です。
   小浜、 043-b
よぉ~く見ると、カメラで撮影している人の姿が、この人もブログを書いているのかな~と思いつつ、次の目的地へ
    小浜、 017-b
この山のてっぺん(頂上)、小浜湾の右の半島「内外海半島(うちとみ)」にあるエンゼルラインへ
    小浜、 104-b
エンゼルライン、以前数十年前は有料のドライブウェイだったが今は無料になっている(^_^)v
ドライブウェイを登って行くと、しめ縄が巻いてある大岩に出くわす
   小浜、 127-b
その山肌側を見ると
   小浜、 128-b
   小浜、 126-b
大神岩(おおかみいし)
 この岩は久須夜神社の祭神・大巳貴命(おほなむち)が遊行されたと伝えられる遺跡です。
 大巳貴命は大国主命と申し上げ縁結びの神としで広く知られています。
 霊峰久須夜ヶ岳の象徴としてここに大神岩を祭祀し、参拝の皆様に良縁と福徳円満家内安全がもたらされますようにねがいっています。
【この岩が狼に似ているところから、別名大神岩とも云われています】
注:大巳貴命は大国主の別名  久須夜神社:宇久湾に臨む堅海集落の東方に鎮座
大岩から見た小浜湾
    小浜、 130-b
大巳貴命がこの岩に腰を掛けて一帯に不幸が無いように見守っているのでしょう。
そして久須夜ヶ岳の頂上へ
   小浜、 110-b
ここにも好き者が(@_@;)    
   小浜、 112-b
そしてママチャリで登って来る強者も!(^^)! 
    小浜、 120-b
外海の風景で~す。
   小浜、 116-b
   小浜、 131-b
沖の石の由来
現在地の正面向こうに見える半島(常神)の手前の黒点のような岩礁が沖の石です。
治承3年(1179)この地に流された二条天皇の女官源三位頼政の娘 二条院讃岐(さぬき)姫が、この波間に見えかくれする”沖の石”をながめ
わが袖は 潮干に見えぬ沖の石の 人こそしらねかわく間もなし    と、
悲しい恋歌をうたっています。なお、この歌は小倉百人一首にでています。
   小浜、 142-b
奥の島がある半島が常神半島ですが、さてどれでしょう(?_?)
そして、真下の海岸線
   小浜、 147-b
エンゼルラインの観光が終わり帰宅するのに、同じ道からでは面白みが無いので回り道をして帰る事に、例のイベント告知板に
    小浜、 153-b
その棚田がコレです
   小浜、 152-b
そして、棚田を囲んでいる獣用柵を開けての棚田の風景
   小浜、 165-b
     小浜、 166-b
小浜、 167-b
この一角に、二条院讃岐姫が幽閉されたという屋敷跡が
    小浜、 176-b
石柱の後ろには、現地は通称「御所平」と呼び、古くから禁足地とされていたが、土地改良工事でその跡を保存する   秦家用地跡
と書いてありました。・・・・・という事で今回の小浜水汲み紀行は終了ですが、蘇洞門のビデオが見つかりましたので、これでご勘弁を
  

やっとのことで「雲城水」の報告が出来ます。やはり「平成の名水」に指定されているだけあって美味しい水です。塩分も感じられず、「瓜破の名水」に通じる味に思えたのは吾輩だけであろうか(?_?)
独断と偏見の水ランクは
(^_^)v (^_^)v (^_^)v (^_^)v (^_^)vでした 

詳しい場所で~ス

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NO127:平成の名水、小浜市の「雲城水」

引き続き、「放生祭」の祭礼を
小浜、 094-b
写真の左にいる幼い女の子が、初めに太鼓を打ち出して、写真は次に大きい女の子が太鼓を打っている様子です。「かわゆ~い」お囃子の姿でした。
   小浜、 088-b
この太鼓についている棒振りです
   
街を練り歩く不思議な集団
小浜、 049-b
獅子舞の一団でした
    
祭りを楽しんでいると時間も経つのが早く、まだまだ予定がぎっしり組んであったので、山車が帰って行くときを見計らって吾輩もPに引き返す事にした。
   小浜、 102-b
帰りの山車は何かぁ~哀愁が漂っていま~ス。で、もう一枚ギャル2人組
   小浜、 100-b
ついでに我が町の、モトイ我が村の春祭りを、前篇
   
祭礼の太刀振りを神社の前で行う「道振り」と神楽の獅子舞ですが、獅子の髪の毛が「金髪のパンチパーマ」なのです。
後編
   
この中で、3人の子供がシメ太鼓とうちわで舞う「笹囃子」眠たい踊りですが、聴くところによると天岩戸から天照大御神を誘い出す踊りとか・・・ウソカモ(?_?)
それにしも、「放生祭」と比べると、のどかなこれぞ村祭りと言ったところでしようか 。尚、橋立籠(この)神社の祭礼を受け継ぐものです。

元にもどつて、平成の名水「雲城水」を汲みに
   

NO126:小浜城跡「小浜神社の御神水」

    小浜、 076-b
本来は三方五湖の近辺の湧水を探しに行く予定だったのが、近くの小浜市(朝ドラ:ちりとてちん、アメリカのオバマで一躍名が知れた)でその日に「放生祭」が有ると知る、優柔不断の吾輩は急遽そちらに行先を変更。
市内に、海岸の横に有りながら海水が含まれず美味しい湧水「雲城水」(うんじょうすい)と言うのが有るという・・・

その「放生祭」(ほうぜまつり)とは、八幡神社の例祭で、古くは放生会(ほうじょうえ)【殺生を戒め、捕らえられた魚や鳥を池や山野に放つ儀式】が行われていたので「放生祭」の名で親しまれています。ひとつの祭りに五種(神楽・獅子・神輿・大太鼓・山車)の演し物がでる、全国的にも珍しいお祭り。『お祭り資料から』
その五種の演し物が集まる例祭が13時から始まるという。
まずは、蘇洞門(そとも)巡りをしてから、少し遅れるがお祭りに参加する計画で出発。
蘇洞門巡りの乗船場、若狭フィッシャーマンズ・ワーフに到着
   小浜、 007-b
(写真は裏口、表は駐車場に車が溢れて混乱中)
切符売り場へ行くと、「今日は外洋が荒れている為、湾内クルーズのみ」の張り紙、湾内では意味がないと断念。
本来はココから
   小浜、 003-b
この遊覧船に乗るのです
   小浜、 004-b
結局予定を変更、小浜市内を散策することに
夕日が美しいマーメイドテラス、湾の出口が裏面に広がる絶景の場所 
   小浜、 073-b
親子連れの場面
   小浜、 074-b
次に、小浜市内を移動しようと入って行くと、  
   小浜、 008-b
神輿が練り歩いているところに遭遇、交通整理の兄ちゃんが通行止め!と手でバツ印
仕方なく、予定を変更「雲城水」を頂きに行く事に、その兄ちゃんに詳しく場所を聞くと、橋を渡って城跡の小浜神社に在るという。情報では市内よりのはず、しかし小浜市民がい言っているので間違いなかろうと車をその方向へ向けて移動。
着いたところがココ
   小浜、 032-b
元小浜城は、南川、北川とそれを利用した外堀で囲まれ、西は小浜湾に面し、東は湿地により防御するという自然地形を巧みに利用した全国でも珍しい水城。
関ヶ原合戦後の慶長6年〈1601年)、若狭の国主となった京極高次(お初の夫・茶々の義弟)が築城に着手。寛永11年(1634年)、第弐代藩主京極忠高が松江に転出後、酒井忠勝が城主となり、翌年には三重三階の天守ができ、寛永19年〈1641年)に城が完成。以後、酒井家14代238年間の居城となり、焼失する明治4年〈1871年)まで歴史は続いた。現在は城郭の一部を残すのみ。本丸跡には酒井忠勝公を祀る小浜神社(明治8年)が建っている。
本殿
    小浜、 029-b
そして、周りにはお城の跡の石垣が残っている
   小浜、 022-b
この石垣を登ると見晴らしの良い本丸跡へ
   小浜、 027-b
小浜市内が一望する。そして昔のお城図
   小浜、 030-b
ところが神社内を探しても「雲城水」らしきものは無く、この小浜市内の案内図を見つける
小浜、 034-aa
案内図の右下が「小浜神社」現在地でその左矢印が「雲城水」の場所らしい、地元民と思い信用したのが間違いなのか(?_?)まぁ、親切に教えて下さいましたので、吾輩のうろ覚えを×としておこう
しかし、この神社の手水舎も水が龍の口からよく出ている
   小浜、 038-a
そこへ宮司さんが通りかかられ、この手水がどのような物か(こんな聞き方はしてないよ)尋ねてみると、井戸水をポンプで送っているとの事、それじゃあ「天然水」という事で頂いて帰る事に相成りました。
小浜、 035-b
時間も、例祭が13時から現13時30分も過ぎていたため「雲城水」は後回し、早速祭りの本番市立図書館前へ行く事に
   小浜、 051-b
丁度、山車が集結しているトコロ、
   小浜、 053-b
次から次へ各山車が
   小浜、 058-b
山車によって雰囲気が違い、引手もそれぞれ 
   そして御旅所には、あのピンピカの神輿が置いて有ります
   小浜、 065-b
 御旅所(おたびしょ)とは、神社の祭礼(神幸祭)において神(一般には神体を乗せた神輿 )がゆー巡幸の途中で休憩または宿泊する場所、或いは神幸の目的地をさす。巡幸の道中に 複数箇所設けられることもある。御旅所に神輿が着くと御旅所祭が執り行われる。(ウィキペディアから)
また、老若男女の祭り参加・・・いゃ~いいですねぇ~
という訳で、YouTubeから 尚、「福井県無形民俗文化財・八幡神社祭礼」山車のお囃子
   
NO127「雲城水」へお祭りは続きます。

「小浜神社の御神水」の評価は、井戸水という事もあり、少し塩分を感じコーヒーで飲んだ結果
独断と偏見の
(^_^)v (^_^)v (^_^)vでした
詳しい場所は

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NO21:神宮寺のお水送りの「閼伽水」

今回は北近畿のお隣、福井県の嶺南地方、小浜にある鵜の瀬にまつわる神宮寺の湧き水をお送りします。
昭和の名水百選に選ばれた「鵜の瀬」これは湧き水ではなかった。
奈良、東大寺二月堂のお水取りで有名な儀式に、ここ若狭の神宮寺から湧き出る「御香水」を三月二日鵜の瀬に流し込むことにより、三月十ニ日に二月堂の横に湧き出てくると言う古式から伝わる悠久のロマン・・・
そんな752年から続いてきたお水取りに使われているその湧き水であります。2011年で1260回目になるという事です。
緊急の番外を書いたことでまえうしろ順番がややこしいことになりましたが、元に戻って続けます。
神宮寺に行った本当の事は、日本紅葉百選に選ばれています萬徳治の紅葉を見たさあまりについでに神宮時に寄って湧き水を頂いてこようと思い立ったのです。言うまでもなく上さん孝行である。
小浜までは、最近高速道路の小浜ICが開通して、これまで下りていた小浜西ICより小浜市内に行くのにも、古くから在る神社仏閣巡りをするのにも格段に便利になり、わが地方からも直通で約1時間ぐらいで行けるようになりました。地道で行くと有に2時間はかかります。・・・というわけで高速に乗り行く事にしました。京都縦貫道も舞鶴若狭道も多くは単線ですので、前に遅い車がいると時間の予定も狂ってきますが、今回はスムーズにいけました。
本来は萬徳寺で紅葉を見てから神宮寺に行くのですが、神宮寺に行ってからゆっくり紅葉を満喫しようと後で行くことにしました。
神宮寺は我が村にもあるので何故か親しみを感じるのですが、我が村の神宮寺は数年前に火災に遭い今では再建されたお寺は介護施設に使われており人様のお役に立っています。
神宮寺の由来は、明治以前までは神社の神さんと仏教の仏さんを一緒に祀っていたところから来た名前ということです。明治四年に国家神道により神と仏を分けさせられてお寺として現在に至る。
詳しくはHP神宮寺でお勉強して下され。
高速を下りてナビにしたがって進むと回りくどい行き方になっているようですが、そのまま指示にしたがって進んでいくと格式のありそうな若狭彦神社の前を通りしばらく行くと、右手に立派な木々が見えてきましたので立ち寄ってみるとどうも神宮寺の山門にある木々でした。
     PB230047-1.jpg     PB230042-2.jpg
この山門は神宮寺仁王門通常北門と言うらしいのですが重要文化財に指定されている鎌倉末期の作りのようで、素人の私では余り立派だとは思えるものではありませんでした。それより、門前に生えている木々の方が感銘を受けました(それも近くより遠くから見たほうがよかったです)。
本来はここから歩いて本殿に御参りするのですが、結構長い参道のようでしたし湧き水をもらう目的が有るので、本殿まで車で行かなければなりません。
という訳で正門下の駐車場まで乗りつけました。
駐車場から上に上がっていくと山門から続く参道に入りそこを本殿の方に進んでいくと左に受付事務所があり、拝観料400円を支払い行こうとするとチョツト待っていてくださいと後ろの方から出てこられ、今から説明をしますので付いて来なさいとの事、私たちのためだけにしてくれるのかと思いきや、先人の数人がお堂の周りにおられたので納得!まとめてして下さる事のようでした。
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写真を見てもらえば分かりますが、本堂の正面の階段の上にしめ縄が取り付けてありそれに御幣が下がっています。
まさに神社の飾りですが、神主なのか坊さんなのか分からないが(おそらく坊さんだと思いますが)説明を聞いた内容では、本堂からそのしめ縄の中心を見上げて、正面に見えるポッコリ山(名前は知らない)の頂上から正月になると太陽が昇ってくると云う事らしい・・・その他本堂内の仏像や像や獏(バク)の彫り物の説明がありましたが、あまり書くと営業妨害になるといけないので興味の有る方は聞きに行って下さい。
で本題に戻して、湧き水は本堂前の広場の左奥の方に小屋が建っておりその中に「若狭井」と呼ばれている井戸があり。
     PB230005-5.jpg     PB230018-6.jpg
そこから湧いてくる水を「閼伽水」(みかすい){清浄聖水}と言うらしいのですが、その井戸を出た湧き水は右に有る井戸に入りどこかに流れていっていました。
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その若狭井の在る小屋の前には大きな椎の木がありなんでも樹齢500年の小浜市の天然記念物にしていされていました。
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で湧き水をもらうにしても車を近くまで持ってこなければ水を持って行くのが大変ですので、その近くを見てみると観光バス用の駐車場が一番近いことが分かったのですが、この神宮寺の屋敷一円に獣防止用電気柵が張ってあって通って行く事ができず、汲み上げたペットボトルを一本ずつ電気柵の外に出して再度コンテナに入れて車まで持っていく破目なりました。 水は設置して在る杓子で汲み上げて漏斗でペットボトルに入れます。
     PB230025-d.jpg     PB230024-c.jpg
でこの「みか水」を流す鵜の瀬を見てこなくっちゃ~値打ちがないとそこまで足を延ばす事にしました。
と言うわけで、鵜の瀬を見に行ったのですが、その前に「お水送り」の儀式を簡単に説明いたします。
私は参加したことはないのですが、パンフレットを見てお送りいたします。

三月二日 AM11:00から始まり21:00過ぎまで続きます(寒い冬ごくろうさまです)

11:00~山八神事:手向山八幡宮の講坊において行われる祈願神事。神宮寺別当職によってご祈祷された「赤土」にお神酒を注ぎ練り、講衆の役頭二人が長床の二本の柱に「山」と「八」の字を牛王杖(ごおうつえ)で書きつけ、天下泰平、五穀豊饒、諸人の安楽を祈る儀式。

13:00~修二会(法華セン法):神宮寺堂内で諸佛諸神を歓請(招く)し人々の罪を懺悔し諸佛の加護と大慈悲を願いその利益が普く一切に及ぶ事を祈願する「法華経」を典拠とした法要。

13:00過ぎ~弓打ち神事:神宮寺前庭で法華セン法に併せ手向山八幡六役の当役が怨霊魔事を退散させる二本の除魔矢を放ち、続いて弓道範士の四方祓いの射儀式が行われる。

13:30~奉納弓射大会:神宮寺前庭にて弓打ち神事に奉賛し各地の弓道諸家が参加し魔を祓う弓射大会が催される。

18:00~修二会(薬師悔過法):堂内にて神々を招き薬師如来を本尊とする古来よりの神仏混溝の悔過行法。この法会の利益はみ伽水z(聖水)を無上の「香水」に変じ、過去世よりの罪障を減し天下泰平・諸人安堵・五穀豊穣をもたらすと言われている。

18:30~同上(達陀):堂内・境内庭にて堂内法要の最後に至り八天(略)が影向し、天火は「達陀松明」を振り七里を結界し魔を祓い、水天は香水を散じ浄める独自の諸作が奉じられる。

19:00~神宮寺大護摩法要:境内に設けられた大護摩壇を中心に修験者が斧の大事・法弓大事・宝剣大事を奉じ、水師の願文奉上を終え達陀の火による大護摩法要が奉修される。

19:30~松明行列(神宮寺~鵜の瀬):大護摩の火は大松明、中松明、手松明に移され。行会中に加持された「御香水」を護り大小千数百本の松明が1,8キロメートル上流の鵜の瀬へと壮厳な行列が続く。

20:00~鵜の瀬大護摩供:鵜の瀬に松明行列が到着し神主の四方祓いが修されると、松明の火は護摩に移され諸佛諸神を勧請し行会の満行と参拝者の諸願の込められた松明が焚き上げられる。

20:30~送水神事:護摩壇の最火勢に至り行衆は鵜の瀬深淵近くに渡り、水師の送水文奉上、水切り神事が修され幽玄の中に「御香水」は淵の流れに注ぎ込まれ送水神事が厳修される。

21:00~送水神事を終え元の護摩壇に戻り結願作法を修し最後の法螺音声とともに行事が終了すると、出仕者や参拝者一同にお神酒が授与される。
終了・・・と、このように行事が行われる。・・・パンフを見ながら打つ事の大変さ あ~疲れた。

この方のHPお水送りの神事の写真が一番よく分かりますのでお借れしました。(覗いてみてください、お水取りの儀式と同じくらい盛大に祭が執り行なわれる雰囲気が伝わってきます)

で、私たちは鵜の瀬を見学に行ってきました。
     PB230037-h.jpg     PB230033-e.jpg
鵜の瀬の神社と瀬の全体像です
    PB230040-g.jpg     PB230038-f.jpg
瀬と淵です。水がきれいで心が洗われます。
鵜の瀬一帯が公園になっていますが、その中に資料館もあり写真やフィギヤーで水送りの儀式が紹介されています。その資料館の入り口に蛇口が立っており、「鵜の瀬の水」が出てくるようになっています。
資料館の中に在るペットボトルを買ってセルフサービスで入れてくれと書いてありました。おそらく、昭和の名水100選に選ばれて作られたのじゃないかと思います。やはり、名水といえるのは神宮寺の「み迦水」だと思います。
・・・で何故ここ小浜の神宮寺と鵜の瀬が奈良の東大寺とどのような繋がりがあり、古来から「お水送り」と「お水取り」が執り行なわれてきた事が疑問だったのですが、この資料館で当地白石の神童を奈良の名僧に預けられ後に東大寺開山良弁和尚になられ、インドから渡来した「実忠和尚」の協力を得て東大寺を完成させた。その後二月堂も完成させ春を呼ぶお水取りが行われるようになったとの事。
     PB230028-A.jpg     PB230032-B.jpg

なが~い文章読んでいただきありがとうございます。
ところで、神宮寺の湧き水(みかすい)ですが、あまり期待はしていなかったのですが長年湧き続けてきている井戸だけあって、たいへん美味しい水でした。

偏見と独断の水の味ランクは
(^_^)v (^_^)v (^_^)v (^_^)v (^_^)vでした。
それでは来年までお休みします・・・実はネタが枯れましたもので(~_~;)

良いお年をお迎えください
詳しい場所は



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