NO149:雲岩公園に湧く「あか池の湧水」

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我が町与謝野町の岩屋区にある雲岩公園つつじ祭に行き、偶然に発見した湧水です。上の写真は、その時のイベントに出演していた町のシンボルゆるキャラ「まめっこまいちゃん」デス
「まめっこまいちゃん」の説明、旧加悦町の時、京豆腐藤野の工場進出に伴い、製造過程で発生する「おから」を利用して有機肥料を作る第三セクターの工場を立ち上げ、現在は其の肥料を使用したコメ作りを町内の農家の方々が取り組むなかで、その米をアピールするために商工会青年部が生み出したそうです。其の肥料を使って作った丹後のコシヒカリが「特A」を受賞しているとの事(^_^)v
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そして雲岩公園のつつじを下界から眺めたワンショットです。
で、雲岩公園とは
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     雲岩寺略記
当寺は天平年間(750頃)法道仙人に依り修験道場として開基されたと伝えられる。
後、真言宗雲厳寺として鎌倉時代より七堂伽藍を備えてから大いに繁栄して、毘沙門信仰の信者が近在はもとより遠来のの参詣で賑わった。
然し、大永5年(1525)兵火により一宇を残して全山灰燼に帰したが、諸仏像は持ち出し洞窟に入れて難を逃れた。
時は、戦国の世から織田信長の時代へ移行していく中で、宗の寺院は復興できなかったとものと思われる。
其の後、江戸期になり貞亨三年(1686)宮津 国清寺より傑僧黙澤和尚が入山し、臨済宗妙心寺派に改宗岩屋山雲岩寺となり、復興に努力されたが諸仏像を修理するのが精一杯で堂宇の建立迄は出来なかった。
往時の金堂跡にある宝筐印塔は、永仁二年(1294)の建立で三米三十六糎あり丹後地方最大のものである。
又、天王堂に安置してある地蔵菩薩坐像(鎌倉期)及び毘沙門天立像(室町期)並びに、持国天立像と増長天立像(共に南北朝期)は、野田川町文化財に指定されている。
寺は衰徴したが現在は山つつじの名所で、京都百景の一つとして春は賑わっている。
 昭和63年5月    岩屋区  岩屋郷土史研究会
      贈  池田絹織
公園全景
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お祭りしている広場、絞り失敗
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この階段を登って行きます
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この鳥居をくぐって行きますが、あくまでも雲岩寺なのです。
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その奥には岩清水という名の水貯め小屋がありますが、飲めるような水ではありません。しかし、さてはどこかで水が湧いているかもと期待を持たしてくれた処デス。
登って行く途中、見上げると大きな石の上に稲荷堂が見えてきます
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写真の構図がわるいですが、稲荷堂の入口
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稲荷堂の欄干から見た下界
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 さらに登り、頂上付近に近づくと東屋があり展望が一段とひらけていた。
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その奥には、金堂跡と思われる礎石が残っています。
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15世紀前半の遺物らしいデス。さらにその奥に
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雲岩寺と言われる由縁の大岩ですが、中心の白いボカシは霊が写っている・・・・・
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こちらにも・・・・・・と思いきや、レンズが汚れていました^_^;
この大岩を雲岩(くもいわ)と言い、文殊菩薩を警護する毘沙門天が乗ってきた雲が岩となった伝説が残ってる。その岩に登ってみると
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岩の縁に
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磨崖仏があります。元禄3年(1690)らしき字が彫られている。その岩の上に立つと最高の見晴らしに(^_^)v
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そして、雲岩の下の窪みには
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弥勒菩薩坐像が、これもまた元禄13年江戸時代中期の作だそうですが、風雨にさらさず表面は300年前のものとは思えない美しさが残っていました。
又広場の一角には
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与謝野町指定工芸品  雲岩寺の宝篋印塔  昭和62年10月12日  
 雲厳寺は、一説には法道仙人によって開基された真言系の寺院として始まったとも伝わっていますが、創立年代等は明かでありません。また、戦国期の大永五年(1525)に建物が焼失し、この時に中世期の雲厳寺の歴史は途絶えたとも言われています。その後、江戸時代に黙澤和尚によって臨済宗妙心寺派の寺院として再建されました。
 この宝篋印塔は、山頂付近にある中世期の雲厳寺の伝金堂跡の南にあります。年代等が記載されていないため詳細は明らかではありませんが、総高336cm、鎌倉時代の意匠を残す中世期の大型の宝篋印塔は、雲厳寺の繁栄を伝える遺品として高い歴史的価値を持っています。
・・・と言う事で、町内に住んでいながら初めて登る雲岩寺、再考した出会いでした。
頂上も征服したので下山することに、
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すると下山途中に「あか池」の看板が
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日本昔話にも「あか池さん」の民話として残るこの池はどんな日照りが続いても水が枯れた事がなく昔から雨乞いの池として言い伝えられています。あか池とはこんこんと清水のわき出る池という事です。(補足:おそらく「あかいけ」とは「閼伽池」の事ではないかと、仏教用語からくる)
これは吾輩の求めていた湧水と関係がアルカモ(?_?)という事で行って見る事に!!
そこから50m程下って行くと見えてきました。
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もう少し大きな池かと思っていたのだが、近づいて覗いてみると
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イモリがビックリしたのか落ち葉の中に、しかし水はキレイだ!
しかし、この水を汲むには抵抗がある。で、ここに水が湧いているという事は、近辺にも湧き出しているかもと探して見ると僅かではあるが発見(*^^)v・・・一週間後
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寝ずに考えた結果の水汲み方法(^_-)-☆、しかし、ペットボトル1本汲むのに約10分、三本持って行ってたのだが挫折((+_+))
後から聞いた話だが、「あか池」をかき混ぜると大雨が降るという、そのせいか1週間後のその日は汲み終えるると雨がパラ突き出した。
マタマタ、時間を祭に戻して、「あか池」には後程汲みに来る事にして、山を下りていった。
途中天王堂があり(一週間後の様子)
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つつじ祭りのときは御開帳され、中には
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木像地蔵菩薩坐像(鎌倉時代)や
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室町時代の毘沙門天立像(室町時代)中央と増長天左と持国天右(平安時代の様相が伺えるとの事)が安置されており
写真の写りが悪く出ていないが、役の行者像(江戸時代)も有りました。
天王堂の前の桧を見ると、根元から3mほど樹皮が剥いであり
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鹿が食べたにしては高すぎるし(?_?)なんでだろ~と想いながら祭に合流して行った。

で、独断と偏見の水評価は、先入観(落ち葉の中から湧いている)が強かったのか、美味しく感じ取れなかった
(^_^)v (^_^)v (^_^)v

詳しい場所は
   
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番外:新年

                
             謹賀新年
     おめでとうございます

       
地域の村おこしのお手伝いができるブログを目指して、昨年に引き続き天然水を探し、徘徊をしていきたいと思っています。「2014年みな様の御多幸」心よりお祈り申し上げると共に、引き続き宜しくお願い申し上げます。m(__)m

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昨年のお気に入りの写真を付けながら・・・

年末、お正月には美味しいお水でコーヒーを飲みたいと思い、福井県にある神宮寺の「閼伽水」と瓜破の滝「駒清水」を汲みに、「閼伽水」は瓜破の滝に近く美味しい水であるところから、「ベニマダラ」
が生息しているのではないかとの推測の元、確かめにも行きたいと思っていた所でした。その結果
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湧き水の壺から出てくるところの石に
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赤い色が付いているのが確認。その水が流れて行く水路にも
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そして、排水の壺に「閼伽水」は流れて行きます。
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「閼伽(あか)は、仏教において仏前などに供養される水のことで六種供養のひとつ。 サンスクリット語のargha(アルガ)の音写で、功徳水(くどくすい)と訳される」
つまり、案外、おいしい水の出てくる湧き水の周りは赤くなっているところから「閼伽水」と当て字に使われたのではと推測してみた。

  柳谷寺・独鈷水 060-b
最後も水の風景で、終わります。




NO64:滝の千年ツバキの「椿の雫」

今回は地元、与謝野町滝に在る「滝の千年椿」を観に行った折に偶然見つけた「椿の雫」をお送りいたします。

加悦谷バイパスから滝地区に入って行く信号の近くに、バイパスを歩道橋でつないだ「加悦SL広場と加悦道の駅」が有ります。
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道に面したところにも「チンチン電車」が展示してあります
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この加悦SL広場には、国の重要文化財になっている蒸気機関車が保存され鉄道オタクにはよだれの出る場所であります。
その近くの信号を豊岡市但東町に抜ける方向に入って5kmほど進むと「滝の椿公園」「椿文化資料館」の案内標識が出てきます。
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この標識の方向へ入って行くと「椿文化資料館」が見えてきます。
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その駐車場には、地元物産店「千年椿・ちんざん」が有り、ココの大福もちは美味しいとの評判の店ですが、今は来客が少ないのか何時も開いてる事ではないようです。
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ココに車を置いて歩くのも良し、車で椿公園の駐車場まで行くのも良し数キロは有ります
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このような車一台が通れるぐらいの道を登って行くと、駐車場に着きます。上下二か所ありますが計10台ぐらいしか止めれません。
この椿公園一帯は大田和と言う集落跡です。
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            大田和集落のこと
このあたり一帯は、かって大田和の集落として六世帯が住んでおり、厳しい気象条件や自然条件と闘いながら、農林業を中心に人々の営みが有りました。
 しかしながらここにも過疎の波がおしよせ昭和35年頃から離村がはじまり、昭和46年を最後に全世帯が加悦町に移住し現在に至っています。
 今は残された土蔵や苔むした石垣が、往時をしのぶよすがとなっています。
”来たときより美しく”を合いことばに、豊かな自然をいつまでもたいせつに残していくために、一木一草にも心配りをお願いします      元大田和住人より
平成三年三月 建之   加悦町
この駐車場から千年椿が在るとこまでは100mほど歩いて登って行きます。
歩き始めると、水車小屋が有ります。イベントや椿の見頃の時だけ動いているようです。
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この水車小屋は、石垣の状態から見て以前有ったところに再建されたような咸宜です。そして公園の見取り図デス
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森林浴をしながら登って行きます
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そしてこの道の途中に休憩場として「椿の雫」の水飲み場が有りました。
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「椿の雫」と言うだけの事で、竹筒から出る水の量はチョロチョロと言うにふさわしい量しか出てきていません。
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写真写しがヘタで水が見えにくいのですが、ペットボトル一本汲むのに10分ぐらい掛かってしまいましたので、手が疲れ、二本目からは水飲み用コップの竹で作った台を借れてそれに置いて汲むことにしました。
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元の様子はこのようにカップが並べてありました。本来はイベントの時にこの水を用いてお茶席をされていたようです。
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元「大田和」に屋敷があった我が家の親戚にあたる人に聞いたところ、この水は「たまり水」と言って洞窟に溜まった水を引いて使っているのだそうで、その親戚の元屋敷で使っていた水だとの事。おかしげな水ではないことが証明され、安心して飲めます。ただし、保証はしかねるという話でした。

結局入れるのに時間が掛かって4本入れたところで飽きてしまい終わりにしました。
その後、汲んだ水を入れたコンテナをそこに置いといて、さらに上の「千年椿」を目指して登っていきました。

当日は与謝野町のケーブルテレビ取材班が来ていて、地元の保存会の人たちと椿をバックに撮影をされていました。
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その「千年ツバキ」がこれです
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ツバキ科ヤブツバキ属のクロツバキだそうで、大木なのか花が小さいのか咲いている様子が分かりにくいのでアップして写しました。
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「滝の千年ツバキ」の説明書きデス
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京都府天然記念物
滝のツバキ
                       (平成元年三月指定)
この椿の巨木は、ツバキ科ヤブツバキ属クロツバキで同種の物は日本最古の巨木であり、その原種ではないかと言われている。以前から地元では「ムラサキツバキ」としてその存在が語り伝えられてきたが、品種等詳細については全く不明のままであった。
昭和61年、富山興業(株)加茂政三氏によって、日本国内でもまれな巨木であることがわかり、昭和63年4月椿の研究家として著名な(財)京都園芸倶楽部評議員・薬学博士渡辺武氏により他に類を見ない日本一のクロツバキであるとの鑑定を受け、世に知られるようになったものである。
 三月から四月までの濃紫紅色の中輪筒心の花が咲き、満開時には紫紅の花が緑の枝葉の間をうめつくして壮観である。

場所:京都府与謝郡加悦町字滝小字深山316番地
品種:ツバキ科ヤブツバキ属クロツバキ
推定樹齢:約1200年
大きさ:樹高(9,7m) 枝張り(約10m) 幹回り(3,26m)

まさに今年のツバキがそのものであります。花が少ない年もありますよ~(^^)/

帰りには、SL広場と加悦道の駅のところに在る信号を山の方に入って行くと「加悦文化・工芸の里」が有り、各種工房と江山文庫(文化の資料室)や薬草風呂で有名な「リフレかやの里」が有り、そこでランチバイキングを食べて帰る事にしました。
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ランチバイキングのメニュー
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バイキングを腹いっぱい食べて満足の笑顔で帰路に着きました。ここは障害者が中心になって運営されています。皆様も一度お寄りください。
詳しくはリフレかやの里HPを見てください。

「椿の雫」の味は、コーヒーの味が薄まるような感じのお水でした。
で、独断と偏見の味評価は
(^_^)v (^_^)v (^_^)v (^_^)vとします
詳しい場所は


おわり

NO52:金湯山 西禅寺の清水

我が家の菩提寺:西禅寺の井戸水をお送りします。
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私は、昨年から御詠歌を月2回習いに通っています。(気分によっては欠席もしてますが^_^;)
御詠歌といっても、近畿地方で詠われている西国三十ヶ寺札所御詠歌とちがい、菩提寺の本山である妙心寺の妙心寺派花園流詠歌和讃というものです。
昨年(2011年)からやり始めたのですが、男性だけのグループで西禅寺第二支部と呼ばれています。第二支部というからには、当然第一支部もあります。第一支部は女性と男性(一人)で構成されていて、第二支部は男性だけで構成されています。
話に聞くところによれば、男性だけで構成されている支部というものは全国広しといえどもこの西禅寺第二支部が初めてだとの事です。
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上の写真が練習風景です。関心のある方は御詠歌・試聴コーナーで聞いてください。私の好きな御詠歌は、「花園会御和讃」です。尚、師匠は住職の 畠中健友氏です

・・・という事はさておいて、お寺に行くたびに裏庭の池に水が注がれておるのを見ていたのですが、思い切って飲める水なんですか聞いてみると、昔から出ている井戸水を使用しているとの返事、シメタと思い湧水評論家(?_?)として飲んでみたい気持ちを抑えきれず、頂けるか聞いてみると快い返事、で早速汲みに行ったという次第です。一般には公開されていませんので、その辺はご理解ください。
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この竹筒から』出ている水を苦心して入れました。

池には錦鯉が泳いでいます
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そのほかのお寺の見どころとしては本尊の阿弥陀如来像のコピーの石仏がお寺本堂の横に在ります。
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ところで水の味評価は、惜しいかな満点とはいかず独断と偏見の
(^_^)v (^_^)v (^_^)v (^_^)vでした。

詳しい場所は・・・?



NO41:池ヶ成の清水(しみず)

久々に地元の名水をお送りいたします。
何気なくパソコンで湧水を検索していると大江山の池ヶ成に湧水があるような書き込みがあり、役所に勤めている方に尋ねてみると「湧水ではないが、キャンプ用に山水を貯めて使えるようにしてある」との事、山水と聞くと気持ちをそそられる事大なり、一抹の不安は山水を貯めている事・・・しかし、飲まずしていうに及ばず。
早速水汲みに行く事に、場所は昔温泉が湧いていたと云われる温江(あつえ)地区から鍋塚に向かう林道の途中にそのキャンプ場は在ります。その少し上には大江山の鬼退治で有名な鬼の岩屋もあります。
温江地区の中に、下側に子虫神社、上側に大虫神社があり大虫神社周辺を虫本と呼ばれています。その虫本の入口辺りに大虫神社の案内板とともに与謝野礼厳碑の看板が立っています。
今から向かう池ヶ成のある大江山連邦         虫本の入口
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この礼厳たる人物は何者なのか、次のような事を言えばみんな納得されると思います。現国会議員 与謝野 馨氏の祖父が 与謝野鉄幹 その嫁さんが 与謝野 晶子 つまり俳人鉄幹の親 礼厳がココ温江の生まれという訳で石碑が建っているのです。
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その有名人にあやかってかどうかは知れずども、岩滝町・野田川町・加悦町の三町合併後、町名を募集した結果与謝野町となっています。(もともと与謝郡という呼び名の発展からかも)
その場所を過ぎて家並みの途絶えたあたりに「かや山」の家が建っています。
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この「かや山の家」は宿泊が実に安い!一泊二食付で3885円(税込み)です。海水浴に行かれる方は絶好の場所ではないかと・・天の橋立に丹後半島にとベースにもってこいの宿です。尚、季節は外れますが「牡丹鍋」は逸品です。

という事で、池ケ成のキャンプ場めざし林道を登って行きました。途中、私も初めて見た写真の標識が立っていました。
        すんがはらの滝まで1k
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          覗き岩まで1,5k
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当日は一人だったので、熊の出没が怖く行けませんでしたが、機会があれば行ってみたいものです。
山の家からかれこれ5分ぐらい車で登って行くと池ヶ成キャンプ場に着きます。
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結構整備されている模様で、早速「池ヶ成の清水」なるものを探すと、掘立小屋の中に炊事場らしき設備がありその蛇口から水が出てきました。もう一か所は、道の縁に大きめの蛇口があり、どちらもいちど沸かして飲んで下さいと注意書きがしてありました。
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私は小屋の蛇口で入れましたが、何時使われたか分からなかった為、ペットボトルを洗いながらある程度水を流して、できるだけ新鮮な水を汲んできました。写真にも写っていますが、以前(いつの時代だか?)麓にあった大虫神社がココにあったようで、その跡地利用でキャンプ場公園を造成したようです。
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池ヶ成案内図を見れば、鬼の散策路と銘打って周辺に軽トラが走れるぐらいの道が整備され、昔鬼が住んでいたといわれる「鬼の岩屋」とか展望台があるようです。私の車でトライしようとしましたが大きすぎて断念しました^_^; 軽トラでも4WDでしか行けない急坂ですので行かれる方は気を付けてネ
このキャンプ場を使用する場合はとりあえず与謝野町HPに確認してください。

で肝心な「池ケ成の清水」の味ランクは、お茶、コーヒーとも今一でしたので
独断と偏見の味ランクは
(^_^)v (^_^)v でした。
蛇口から出てきた水が古いかもという先入観があっての結果だったかも・・・

詳しい場所です


次回は、酒蔵の仕込み水です

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