NO249:若狭彦神社の御神水(伏水の幸)

2018,1,22小浜方面 112-1w
正月明けの初めての水汲みに行ったのが、奈良県二月堂・お水取りで有名な当地「若狭の国・遠敷」ここにある若狭彦・若狭姫神社へ相方さんと初詣がてら水汲みへ、以前、それこそお水取りの舞台となる若狭の神宮寺へ行った際この神社の前を通りがかった時に「鯖街道の御神水」の看板を見て気になっていた場所であった。

当日、地元与謝野町から高速に乗ったのは良かったが、大江山のトンネルを抜けた辺りでカメラを持って来て無い事に気づき、引き返す事もままならず、思い立ったのがガラケイで写真を撮りまくるという方法であった。しかし、これもパソコンへ写真をアップする時点で分かった事なのだが、写真が携帯に保存されていない(?_?)イロイロと思い返してみると、どうも写真を撮って保存処理しようとした時に誤って保存されない方にチックを入れたようで、慣れていないもので、写しては消し、写しては消しの連続であったようである。
結局今回の写真はその後写真を撮りに再び行った時のものです。あ し か ら ず (^o^)/
1回目行った時は日曜日だというのに休館日で行けなかった「杜の水PR館」
2018,1,22小浜方面 104-1w
本館はこちら、若狭彦神社の近くにあります。
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中に入ると、地方の物産館
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奥は喫茶店になっていました。地元の名水で「竹炭で焙煎したコーヒー」が自慢の逸品だそうで、休憩に飲んでまいりました。
館内には、大木のテーブルを展示
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樹齢400年の福井県大野市に在る高於(たかお)磐倉(いわくら)神社の御神木
正面は木像 十一面観音菩薩立像 作者は 小浜在住の 村岡如伸氏(滋賀県長浜市の渡岸寺にある国宝の写しだそうです)
その奥には見出しに出した、3月2日近くに在る神宮寺から二月堂へお水送りの儀式を『若狭和紙人形作家 笠原輝子氏』が作り展示されていたものです。一見の価値ある作品でした。
珈琲を飲みながら店員さんと談笑して、まずは「若狭彦神社」から攻める事に、(若狭姫神社の方が国道に近いのですが)
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入口の横に数台止めれる駐車場があり。まずは神社の能書きから
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   由緒記
名称  若狭国一宮
        若狭彦神社上社
    (又、下社を併せて若狭彦神社とも上下宮としたたえまつる
     延喜式明神大社
祭神 若狭彦大神
    海幸山幸の神話で名高い彦火火見尊 若狭彦大神とたたえて     奉紀する

それでは参拝に行きましょう
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鳥居をくぐって行くと、鎮守の森にふさわしい林の中に参道が伸び、石灯籠が配置されています。
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本殿向かって右の灯篭
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灯籠の土台部分に彫ってある消えかけた文字を説明されています。
金殿燈彌明:りっぱな御殿をてらしいよいよおごそかであるようあがめたっとうこと
左の石灯籠の土台部分の文字
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神明仰厳徳:かみをうやまい心が正しく行い善であるようつつしむこと
その灯籠の後ろにそびえる二本の杉の大木
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神社の大木は、そんこの神社の歴史を伝えてくれます。
その根元に
2018,1,22小浜方面 012-1g
参道を挟み厳然と聳え立つこの二本の大杉は
「若狭彦神社の二の鳥居」と
考えられ、又、このような近くに相並び立つ杉を夫婦杉とたたえている神社もある
参道を進んで行くと、太鼓橋ならず石橋が出て来た
2018,1,22小浜方面 014-1v
その手前には、またも石灯籠、昼間でも薄暗い森の中に灯明を付けて参拝者を導いてくれる気遣い(*^_^*)
橋を渡ると神域・・・その正面に神門
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その門の手前には正真正銘の夫婦杉
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この杉も年代物であるようである。立派であった。
尋問の柱の横に、以前いたが貼って在ったのか、今は代わりに紙が貼り
遠敷(おにゅう)の上下宮さん (若狭彦神社は) かみのみや   と
2018,1,22小浜方面 017-2q
神門の壁に
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 若狭彦神社は若狭彦神社(上社)と若狭姫神社(下社)の二社に分れていますが当神社は上社にじて奈良時代の霊亀元年(715)の鎮座であります  海幸山幸の神話で名高い彦火火出見尊(ひこほほでみのみこと)を若狭彦神とたたえておまつりしてあります
 ここより北方1500M遠敷(おにゅう)の里に下社があります 当神社より6年の後養老5年の鎮座にして豊玉姫命を若狭姫神とたたえおまつりしてあります
 両社を併せて上下宮とも若狭一宮とも総称しますが平安時代の延喜式にも明神大社として記載された若狭の国きっての格式の高い古社であります
 なお当神社では従来一般の御祈祷(家内安全、厄除け、生業繁栄、初詣、交通安全、その他諸々の祈願)や神符守礼の授与その他社務一切を下社において執行しておりますのでご用のあります方は下社の若彦姫神社までお越しください

神門から境内を見渡すと左の縁に池が見え、そこには長い竹筒から水が出ているのが見えた
2018,1,22小浜方面 018-2e



ピョンチャン冬のオリンピック、メダル取った人も取れなかった人もみんな感動「ありがとう」
平和の祭典 末永く続く事を ね が い な が ら (*^。^*)



つづく
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NO248:万葉の名水「御井の清水」

北淡路島 180-4q
古事記にも登場するという名水で、仁徳天皇が「朝夕、淡路島の寒水を汲みて大御水奉りき」と詠まれた、天皇の御陵水として運ばれた『あわじの寒泉』との事、国道28号沿いに看板が出ているとの事。それを探して日暮れまでに探し当てなくてはと、必死のパッチで安全運転を心掛け気持ちは時速100kmで北上して行った。
情報元では、国道を走っていると名水の看板が出ていると書いてあった。それを目指して北上して行く事30分程、目的の看板を見つけソコから路地へ入って行った。(交通量の関係で写真は写せず)
北淡路島 175-4s
小高い所にそれは有った。
北淡路島 179-4a
正面は大阪湾、見晴らしの良い処であったが、情報がつかめるハズの喫茶店は休業であった。
北淡路島 176-4f
古事記の仁徳長記によると
『朝夕淡路島の寒泉を汲みて大御水(おおみもい)奉りき』とあります。
 御料の水とされたため、この水が、御井の清水と呼ばれるようになりました。以来茶人が好んで、この寒泉を汲みて茶会を催すこと多しとあります。
 山中の大変不便な所にあり、阪神淡路大震災の後水量も少なくなっていますので、同水系をボーリングして現地まで導水してります。
 ご利用の方は安全のため一度沸かしてお飲みください。
 容器、ペットボトルの入用の方には、当店で販売しています。
            サンスイ
北淡路島 171-4d
ココの水道から出るようにしてあります。お店が開いていたら現地まで行こうと考えていたのですが、お店は休み、仕方なくここのお水を買う事に
北淡路島 177-4h
ご利用の皆様へ
駐車場その他施設利用料として、20リッター当り100円ご協力お願い致します。
北淡路島 178-4f
との事、なにがしかのコインを入れて終了(^_^)v
遠くは茜色に染まる淡路観音像
北淡路島 174-4g
正式には、世界平和大観音像と言うらしいのですが所有者不明で地元の方たちも困惑気味(=_=)時間があれば行ってみたいところ(イイ口実)
で、予定の水汲みは無事終了(^_^)v
予定では、国道28号を北上して岩屋港まで行き明石海峡大橋を渡るつもりであったが、津名町佐野からは遠く途中で日も暮れて断念(~o~)東浦のICから高速へと・・・・・
と、こんなこともあるカモと、朝、道の駅に寄った際足を延ばして行ってきた所を写真に収めてきたので紹介しておきます。
まずは、岩屋港に在ります絵島
北淡路島 027-4j
太古、イザナギ・イザナミの二神が、国造りの時最初に生まれた国が「オノコロ島」であり、淡路島を指すとされていますが、この絵島であるという説もあります。
島の頂上にある石塔は、
北淡路島 029-4k
平清盛が大輪田の泊を修築した際に、人柱にされようとした人たちを助け、自らが人柱になった松王丸を祀ったといわれる石塔が島の頂上に建っています。
和歌を詠む名所として名高く、『平家物語』の「月見」の巻に「平家が福原の新都に移った当時(1180年)栄華の夢に耽った人々は絵島の月を見ようとして須磨から明石海峡を渡り、絵島の月を愛でながら歌会を催した」との記述が残されています(日没から21時まで)。また、西行法師は、「千鳥なく 絵島の浦に すむ月を 波にうつして 見るこよいかな」(山家集)という歌を詠みました。(淡路観光ガイドから)
絵島から少し南下した所に「大和島」と言う島があります。
北淡路島 038-4x
こちらは柿本人麻呂(万葉集)が詠んだ歌に出て来ることで有名
北淡路島 036-4c
天離る  夷の長道ゆ  恋ひ来れば  明石の門より  大和島見ゆ
筑紫(九州)から都を恋しく思いながら、船路をやってくると、明石海峡から懐かしい、大和の山々が見える
柿本人麻呂  生没未詳
持統・文武天皇の両朝(690~707)に仕えた万葉の代表的歌人。歌聖としてあがめられた宮廷歌人である。
彼は明石の高地に居を定め、海峡より朝夕この島を眺めることを唯一の楽しみとしていた。
島の頂上にはイブキが群生し、天然記念物に指定されている。
その大和島は陸地とつながっており、正面には岩屋神社がそびえています。
北淡路島 039-4b
参拝して珍しいものを発見(@_@;)
まずは韓国風(独断の感想)に見えた神門を潜り
北淡路島 034-4v
正面の本殿に参拝して
北淡路島 040-4z
振り返ると、石灯籠の寄贈者の名前を見ると
北淡路島 042-4x
石原プロ 渡哲也 の字が彫ってある。オョョ(@_@;)どんな関係があるのか・・・・・調べてみるとこの岩屋付近が渡哲也のふる里の様でした。しかし、出生地は島根県安来市であった。・・・情報をイロイロと検索する中で、岩屋神社と書いていたが実際は石屋(いわや)神社が正式名称である。吾輩は間違えていました。
地域名称としては小学校は石屋小学校となっているのに、中学校は岩屋中学校となっています。港も地域も岩屋となっていますし(?_?)
ともあれ今回の淡路島北淡名水巡りの旅は夜景の明石海峡大橋を渡って幕を閉じた。
北淡路島 181-4h




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