NO232:生野神社の「湯上(ゆがみ)の泉」

  2017,7,9柏木街道 006-1q
60.小式部内侍
『大江山(おほえやま) いく野(の)の道(みち)の 遠(とほ)ければ
まだふみも見(み)ず 天(あま)の橋立(はしだて)』
小倉百人一首、地元の方ならだれでも知っている歌でありますが、その中の「いく野」の地の湧水をいただきに行ってまいりました。
というのも、前回の「ロクロ不動の観音水」が取れなかった場合に、補足として探しに行った水紀行であります。
この「いく野」の地は、福知山市内から9号線を京都方面へ走って行くと、高速の陸橋下を通り長~い直線道路が終わり急坂を上り切ったあたりの集落であります。登り切ったあたりに見出しの大きな看板が目に入るので分かります。
その集落に入った所に
   2017,7,9柏木街道 008-1w
これを読めばよ~く判るので
ようこそ  生野の里へ  お越し下さいました
 このあたりが、約千年前の平安時代から京の都と丹後の国を結ぶ京街道宿場町として栄えた「生野の里」です。江戸時代へ入っても貝原益軒の「西北紀行」にもその賑やかな様子が描かれており、丹後の宮津藩主は参勤交代のとき、この地で一泊したといわれ、今も本陣跡が残っています。
 それだけに都では、生野の印象が強く、このことは当時の和歌に、生野を詠んだものが多いことによってもうかがえれます。
なかでも、有名なのは小式部内侍が詠んだ
 「大江山生野の道の遠ければ まだふみもみず天橋立」
 小倉百人一首にも詠まれたこの歌には、次のような秘話が残っています。
 小式部は、平安時代の有名な女流歌人、和泉式部の娘であるが彼女自身は歌を詠むことは苦手だと思われていた。母(和泉式部)が再婚して丹後宮津にくだった後、都での歌合せの席で小式部は、母がいないと詠めないだろうからかわれたが、即座にその母を慕って詠い、一座の人々を驚嘆させた。この歌は、大江山や生野の道は都から遠いのに、さらに遠くの母のいる天橋立の地は、行ったこともなく(ふみもみず)、便りもなく(ふみもみず)その身を案じているという母思う切ない心を詠んだものだと言われている。
 このほかこの地を詠んだものに
大江山遥かにおくる鹿の音は、いくのをこえて妻を恋ふらむ 
                     (権中納言実盛)
大江山越えて生野の末とほみ 道ある世にも逢ひにけるかな
                     (新古今集)
 近くには六人部七天神第五代の生野天神社があり、境内には椎の大樹にまつわる「金の椎の実」の民話が残っている。
 また、式内社 生野神社が、ここから一粁程下った三保地区に鎮座する
  西方には小倉山(通称 城山と呼ぶ)があり、地元の言い伝えによると、当地方は、綾部藩の領地で、山の中腹のとりで(見張所)から、藩の命を受けた生野の庄の住民が見張りにつき、異常があれば早馬で半に通報することになっていたとか・・・
  平成八年三月       福知山市生野区
その近くの道端には
   2017,7,9柏木街道 007-2e
古道 京街道 (地域作り協議会)の道しるべが立ててあり、その道を行けばいくのであろう生野神社には、車ではチト無理なようで生活道路を使用して行ったのでありました。着いたところは
  17,6,25ろくろ観音・生野神社 181-1r
生野天神社、此の石段の所に椎の木が有り
 17,6,25ろくろ観音・生野神社 183-5q
それほど大きな椎の木ではないが、これが伝説の「金の椎の実」のようである
  17,6,25ろくろ観音・生野神社 182-5w
 生野の天神さんの森には椎の古木がたくさんありました。この椎は、大昔、大神宮さまが丹波から伊勢へ移られる途中、ここでお休みになりました。その時におともの者が、食用としてもっていた椎の実をまいたのがもとになり、立派な氏神さんの森になったと伝えられています。
 この生野の里にみいちゃんと呼ぶ十歳位の女の子がおりました。お父さんはなくなり、お母さんと二人暮らしの気のやさしい女の子でした。お宮さんの下にある雲田たんぼに黄金の波を打たせてみんなを喜ばせた稲がすっかり刈り取られた頃、お母さんは病気になりついに寝込んでしまわれました。
 心配なのはみいちゃんです、何とか早く元気になってもらいたいと毎朝早く起き出して天神さんへお参りしました。
 今日もお参りして帰ろうとしますと、大きな椎の木の根元に白いものがうずくまっているのが目に付きました。何だろうかとこわごわ近づいて見ますと、鉄砲で打たれたのか、あるいは木の上の巣から落ちたのか、白い羽を血染めにした、こうの鳥が傷ついていた両足でヒナ鳥をかかえてうずくまっているではありませんか、みいちゃんは「かわいそうに」といいながらだきかかえて自分の家に帰り、近所で大きなかごを借りてきてわらを敷き、その上に親子鳥を入れてやりました。水を与えたり、たにしやカエルを捕らえて来てエサにしました。親鳥は二、三日で死んでしまいましたが、小鳥は日増しに元気になり、飛び立てそうになりました。
 お母さんの看病の上、毎日鳥のえささがしに困り、仕方なく小鳥をかごから出しました。小鳥は喜んでバタバタと音をたてながら飛び立って行きました。
 それから二、三日たった静かな夜の事です。みいちゃんの枕もとで声が聞こえるので目をさますと、頭巾をかぶり紫色した衣をきた少女が、「私はお世話になったコウノトリです。そのご恩返しにお母さんのご病気をなおします。あの月が満月になったら、森の中の池のつつみに金色の椎の実をおいて置きますから、それをせんじてお母さんに飲ませなさい。お母さんはきっと元気になられます。さようなら」といってきえました。みいちゃんは、「待って下さい」と後お追いかけましたがもう姿は見えません。しかし飛び去った後に一本の黒い羽が落ちておりました。みいちゃんは夢であったかと思いながら、満月の夜、池のほとりを探しますと、金色の椎の実が落ちております。喜んでこれをひろって家へ飛ぶようにして帰り、いわれたとおりこれをせんじて母に飲ませますと、母はめきめきと元気になりました。
 女二人暮らしの家ながら、近所の人々もうらやましがるような明るい楽しい毎日を送るようになりましたが、みいちゃんの床には一本の黒い羽が飾ってあったということです。

福知山市老人クラブ連合会発行「福知山の民話」より原文のまま
この話はテレビの「マンガ日本むかし話」でも放映されたことがあります。
昭和10年頃まで椎の巨木が残っていました。
という話でした。「湯上の泉」も福知山HPでは
『湯上(ゆがみ)とは三俣の小字名である。地域内にある生野神社の森
の続きに三俣の田園が一望できる丘がある。ここに、むかし、山間か
らこんこんとお湯が湧き出る小さな泉があった、という言い伝えがあ
り、今ではお湯の代わりに水が湧いている。』
で神社の境内を散策、椎の木の写真は、物語の椎の気ではなかった(+o+)
  17,6,25ろくろ観音・生野神社 185-3t


  



  つづく
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NO231:福知山市内の「ロクロ不動の観音水」

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未だ開花しない「アベノミクス」をもじって「アホノミクス」と名付けて一躍有名になった「浜 矩子」女史が講演に来ることを知り、聞きに行く事にした。時間の都合がついたものでついでに、以前から探していた「ロクロ不動の観音水」を再度探しに行く事にしてAM10:00出発した。講演会は「福知山9条の会」が主催するのだが吾輩は入会していない、しかし参加はOKとの事、「福知山9条の会」の総会込であるからPM1:00開会だが、講演はPM2:00前後のようでそれに間に合えば良しという事で、まずは水探しへと行ったのでありました。
情報元は、福知山の観光の現況から見つけ下記のように書いてあった。
『日吉ヶ丘住宅団地横の市道から山道を登ると、行者が篭る堂小屋があり、この近くにある滝が「ロクロの滝」で、この水を「森垣の観音水」と呼んでいる。この水は大きな岩の割れ目から2~3m 下の滝つぼに流れ込んでいる。源流は親不知といわれているが定かではない。』
今回は地図を確認しての出発。国道175号を篠山方面へ走り福知山市街のはずれに「日吉が丘住宅団地」があり、国道からそちら方面へ入って行くと、幸運にも
  17,6,25ろくろ観音・生野神社 106-1e
ロクロ不動尊の標識がすぐ目についた。時刻はAM11時前、講演会にPM1:00頃入るとしても2時間も余裕がある。
道の分れにも親切に
  17,6,25ろくろ観音・生野神社 104-1q
案内がしてある、この時点では、ロクロ不動尊は相当有名で参拝者も多いいのかな・・・と思っていた。
集落のはずれからは地道になり
  17,6,25ろくろ観音・生野神社 066-1t
進んで行くと、今や日本国中の山際の風景、ケモノ止のフェンスに突き当たった。
  17,6,25ろくろ観音・生野神社 065-1y
鍵は無く簡単に入る事ができた。入って
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扉を閉めて歩いて不動尊へ向かう
   17,6,25ろくろ観音・生野神社 064-1y
川が綺麗に整備されており気持ちが良い(^^)/ところが上がるにつれて
  17,6,25ろくろ観音・生野神社 100-1u
周りの雰囲気がおかしくなってきた。するとまたもやフェンスの扉が立ててあった。しかし、この扉は獣用では無い事が一目でわかった。横の抜け穴?から入らしてもらい進んで行くと
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土石流が起きた様相、これは大変な事に
   17,6,25ろくろ観音・生野神社 097-1p
だいぶ整理はされている様だが林の奥には流木の塊が荒れ放題、その林道を
   17,6,25ろくろ観音・生野神社 096-1a
上って行くと新しい石仏群3体が見えてきた。
   17,6,25ろくろ観音・生野神社 110-1f
その後ろの沢はすごく崩落したまま。後で知ったのだが三年前2014年に起こった福知山市内が洪水に襲われた時に山落崩壊が起こった様であった。
   17,6,25ろくろ観音・生野神社 109-1f
その時、このロクロ不動尊の地域も全壊したそうで、そこに在ったお堂も全壊石仏も土砂の下にうずもれて、今年になって信者の方が石仏を寄贈されたとの事。
この惨事を目の前に見て、湧き水もこれではダメになっているだろうと、一度目はここで引き返す事にした。
集落まで戻ってきたら農家のオジサンが畦道を歩いておられたので、「ロクロ不動尊」の事を聞いてみたら、全壊したが水は汲めるんじゃないか、行った事はないが・・・との事、
それでは水だけでも汲んでこなくっちゃ・・・という事で再度引き返し石仏のある場所まで帰ってきた。
さてどこの道へ行けばよいのかと、こちらは上がって来た道を右に曲がり昇って行く方向
   17,6,25ろくろ観音・生野神社 093-1f
もう一方は、新しい石仏の前の道をさらに左の方の奥に進んで行く道
   17,6,25ろくろ観音・生野神社 094-1g
ひと思案して、
   17,6,25ろくろ観音・生野神社 088-1h
右の方の道の入口にはお地蔵さんが迎えていてくれるようだ、おそらくこちらの道を上って行くと在りそうな予感がする
   17,6,25ろくろ観音・生野神社 087-1j
山肌が崩落した所を修復してあるところを見ながら
  17,6,25ろくろ観音・生野神社 085-18
ここにもと思いながら登って行くと
   17,6,25ろくろ観音・生野神社 084-1k
福知山の市街が見える場所を通り越して進み
   17,6,25ろくろ観音・生野神社 081-1z
公園跡らしき所へ到着
大正小学校創立百周年記念
ロクロ広場(公園)使用のお願い
 この広場は、大堀区自治会が管理し、皆さんが楽しくご利用頂く為、草刈りや環境美化に努めておりますが、特に山火事の発生には注意を払っており防火予防について皆さんに喚起をしているところでです。
 従がいまして、使用にあたっては、次の事項を厳守すること。
・・・・・・云々(うんぬん)
山壊崩落の事は書いて無く、広場には
   17,6,25ろくろ観音・生野神社 080-1x
灯籠のかけらが散らばっており、ここに「ロクロ不動尊」が在ったのではと思い、ならば、滝は?と探してみると
  17,6,25ろくろ観音・生野神社 077-1c
広場から続く林道の横に
   17,6,25ろくろ観音・生野神社 076-1v
滝の跡であった様子の岩場、もしやこれが滝であったのか?滝もつぶれ水も今ではチョロチョロ
   17,6,25ろくろ観音・生野神社 068-1n
しかし分かりにくいが岩の隙間から湧き出ている。これに違いない
  17,6,25ろくろ観音・生野神社 072-1m
と、湧き出てくる少ない水を気長に溜めてペットボトルへ
  17,6,25ろくろ観音・生野神社 074-2w
この時点では、めでたく「ろくろく不動の観音水」を汲む事ができたと、講演会の時間も迫っていたのでルンルン気分で帰って行った。
しかし、帰ってからサイトで「ロクロ不動尊」がUPされてないか探してみると
「坂道Heaven YOYA」さんのブログが見つかった。どうも汲んできた水は、本来の滝では無い事が判明  
水は取って来たものの、やはり本来の滝では無い事から後日再度「ロクロク不動の観音水」を、本来の滝が土石流で潰されていないか確認しがてら、あばよくは水も汲んでくるという事で出発した。
   17,6,25ろくろ観音・生野神社 164-2e
今回は納得いくまで探す為上記の準備をしての出発。
一つ、山へ入る時のアイテム『カウベル・クマよけ鈴』
二つ、最近は秋田県の例もあるのでクマよけ鈴だけでは心もとない、で『クマ除けスプレー』 
三つ目、長いモノ退治用ストック
それに、沢歩きの為の長靴とペットボトルに漏斗と杓子を入れるリュックで山に入って行った。
まずは、前回行けなかった石像の前の道を
   17,6,25ろくろ観音・生野神社 112-2r
上って行ったが
   17,6,25ろくろ観音・生野神社 113-2t
行き止まり、元ロクロク不動尊への登り口を探してみるがそれらしきものは無く、再度石仏の所まで引き返してきた。
やはりこの石仏の後ろの沢を登るしか滝へ行く事は出来ないようである。
   17,6,25ろくろ観音・生野神社 092-2y
意を決して沢へ降りて行った。
   17,6,25ろくろ観音・生野神社 115-2u
沢と言っても実質は斜面の縁を上って行ったのですが
  17,6,25ろくろ観音・生野神社 116-2i
土石流の後なのか大から小の岩がごろごろ(*_*;その間を縫って登って行くと前方の岩の上に祠が見えた
  17,6,25ろくろ観音・生野神社 117-2o
さては、この辺りがろくろく不動が在ったのだろうか・・・とすると滝も近いのかもと、祠まで登って行く事にした。
急な斜面をずり落ちながら、登りやすい所を探し探ししてようやく
   17,6,25ろくろ観音・生野神社 120-2a
祠まで上り詰めれた。
   17,6,25ろくろ観音・生野神社 121-2s
見るからに弘法大師像の様だ(*^_^*)石像の前には、水を汲んで来てくれ!と言わんばかりに、マグカップが置いて有る。
しかし、こんなところまでも誰かが来て祀っているもんだな~と感心 (@_@;)
再度「無事水が汲めますように」と、お願いしておきソコから奥を覗いて見ると
   17,6,25ろくろ観音・生野神社 125-2d
滝にしては小粒だが、格好はピリリと辛い絶景の滝が見えた。
しかし、以前に在ったであろうロクロ不動尊の境内は跡形もなく流し去られているのかその様子をうかがい知る事ができない(?_?)
滝に行くには、この祠の後ろの岩の絶壁を通らなければ行けない。
  17,6,25ろくろ観音・生野神社 123-2f
その岩の下に通れそうな足場が有り、何とか通り抜けてみると
  17,6,25ろくろ観音・生野神社 128-2g
さらに倒木、岩の散乱した斜面、そこを上って行くと
  17,6,25ろくろ観音・生野神社 129-2h
おそらく境内に有った灯籠の端くれであろう石像も転がっていたりして、踏まないように進んで行くと滝の上に到着するのを阻むように
   17,6,25ろくろ観音・生野神社 130-2j
流木で遮断、皮がむけて木肌はすべり易く、上って万が一滑ると下は岩肌の谷底(+o+)流木の下にはわずかな隙間もあるが吾輩が通るにはチト狭く、仕方なくズボンが汚れるのも承知の内で恐るおそる大木を跨ぎ無事通過、そして滝の上を確認
   17,6,25ろくろ観音・生野神社 131-2l
おや(?_?)「大きな岩の割れ目から2~3m下の滝つぼに流れ込んでいる」との書き込みは(?_?)、事実は沢水が岩の上から落ちて滝になっていた。吾輩は岩の割れ目から・・・と言う箇所を湧水と思い込んで、その水が『ろくろく不動の観音水』とばかり思って汲んで帰ろうと考えていたのだが、これでは約束?が違う(~_~メ)
こうなれば、源流を確かめるノミと、さらに上流めがけて進んで行ったのであります。 
17,6,25ろくろ観音・生野神社 132-2z
さきほど跨いだ大木がはるか下の方へ見えますが、その下の谷底の深さの凄い事。そこから対岸を見ると
   17,6,25ろくろ観音・生野神社 133-2x
僅かに口を開けた洞窟の中に石像群が見えた。おそらくロクロク不動尊の境内の一つだったのでは?と思ったが、土石流から岩が守ったのだと思います。しかし、こちらを見ている様で気持ちが悪く上流めがけて進んで行った。 
   17,6,25ろくろ観音・生野神社 134-2c
先程来からこの植物がズボンにまとわりついてくるのである。
葉の先にトゲがあり強烈に引っ掛かるのである。そして、生地を貫通して肌まで刺してきて痛く、思わず写真を写してしまったものである。
源流探して登って行くと、川筋が二手に分かれて
谷水の多いい方が
   17,6,25ろくろ観音・生野神社 135-2b
少ない方がこちらの谷
   17,6,25ろくろ観音・生野神社 136-2v
谷水の多いい方へ行く事にした。 
谷合の山肌を歩いて行くと正面にV字渓谷が現れた。
   17,6,25ろくろ観音・生野神社 137-2n
正面は岩肌の渓谷。これ以上進めば危険この上ない。水も遠くの方は判らないが、観る限り岩の割れ目から流れ落ちている雰囲気ではなく、岩肌を縫って流れ落ちて来ている様子。依って退却を決断(^o^)/ 
再び沢水の合流点に戻り、もう一方の谷へ入って行った。こちらもしばらく歩いて行くと
   17,6,25ろくろ観音・生野神社 140-2m
木々の間から山肌の崩落した所を修腹した斜面が目に入った。こちらの谷も終わりに近づいている様子。
もう少し歩いて谷底を覗いて見ると
   17,6,25ろくろ観音・生野神社 141-3q
源流らしき水たまりが見えた。そこを見ていると、そこから水がわずかだが流れ出している。おそらく伏流水だろうが、この水を汲んで帰る事にして谷底へ降りて行った。そして水汲みを開始
   17,6,25ろくろ観音・生野神社 142-3w
これを「ロクロク不動の観音水」として持ち帰る事にして帰り支度、さてさてどこから帰るべぇか・・・
   17,6,25ろくろ観音・生野神社 143-3e
ここから先は倒木等で行けない(*_*;
元来た所を変えるにはチト怖い(@_@;)
山肌が修復されているという事は、上に上がれば道があるカモ・・・と、急斜面を上って行くと
   17,6,25ろくろ観音・生野神社 146-3r
道らしきものが見え、光が差し込んできた。 
  17,6,25ろくろ観音・生野神社 148-3t
無事道まで上がって来る事がでホッ(*^。^*)
道は奥へ続いている。そういえば「坂道YOYA」さんのブログに林道の突き当りに「沼」があると書いてあった。
吾輩もここまで来たからには見ておかなければと、奥に向かって歩き始めた。
ここが谷底から見えた山肌を修復した跡
   17,6,25ろくろ観音・生野神社 158-3u
谷底の倒木が見える。10分ほど歩いたであろうか
   17,6,25ろくろ観音・生野神社 151-3u
自然にできたのか、人口の沼なのか判らないが、思っていたより汚い(~o~)道も
   17,6,25ろくろ観音・生野神社 154-3o
沼の周りを一周できるはずだが、途中で無くなっている。水が湧いているのか
   17,6,25ろくろ観音・生野神社 153-3i
出口からは、湧き水にしては多めの水が流れ出ていた。この水はいかんや、吾輩が登って来た谷にはこの水は流れて来ていない、という事は、登るのを断念した方の谷合に流れて行っているのだろう。
   17,6,25ろくろ観音・生野神社 137-3s
福知山のHP内の「ロクロ不動の観音水」の説明に書いてあった
「ロクロの滝」で、この水を「森垣の観音水」と呼んでいる。この水は大きな岩の割れ目から2~3m 下の滝つぼに流れ込んでいる。
部分の描写は、断念したV字渓谷の写真を拡大して判ったのだが、この岩場の事を地元の方は言っていたのではないかと、この沼から出た水が岩場の隙間に入り込んで流れ出て来ているのだと想像してみた。
何はともあれ、「ロクロ不動の観音水」の水汲みは無事何事もなく終了、帰り際に道の真ん中に咲いていた
   17,6,25ろくろ観音・生野神社 161-3a
一輪のタンポポの花に癒されて帰ってきました。
水の評価は
山の伏流水だと思うのだが、軟水系の爽やかな味で嫌味なく「少しゴミも」入っていたのだが気にせず最後まで飲んでしまいました。
独断と偏見の水評価は
(^_^)v (^_^)v (^_^)v (^_^)v (^_-)-☆でした。
詳しい場所は

     

        
  
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