FC2ブログ

NO319:醍醐寺の「醍醐水」

21019,12,8醍醐寺 020-1q
まだ、2019年の記事を続けます。年末、車の一年点検(二年目)とタイヤ交換(冬用)に一日ディーラーに預ける事に成り、代車を借りて京都市内の水を探すことにした。探して標的にしたのは、金閣寺の「銀河泉」それと銀閣寺の「お茶の井」である。
有名どころであるので、簡単に水は汲めないかも・・・との思いも、また、HPで見ると現在では「水量、水質」から?であったため、とりあえず近くの銀閣寺から攻めることにして、そこがだめなら金閣寺もあきらめ「醍醐寺」へ行く事にしての行動であった。
車のディ-ラーは、国際会館の近くにアリ、銀閣寺の方が近く、そちらへ向かった。
21019,12,8醍醐寺 005-1w
駐車場からすぐに、疏水沿いに哲学の道があり、春は桜で華やからしいが、今は秋、まぁ秋は秋でモミジも有ったりするのかも、しかし、そこを通り過ぎて銀閣寺の参道へ
21019,12,8醍醐寺 006-1e
参道と言っても、門前町商店街
21019,12,8醍醐寺 009-1t
美味しそうなアイスクリームや抹茶わらびもち等々抹茶尽くしの店やら、
21019,12,8醍醐寺 007-1u
和風小物の土産物や、どうも女性好みのお店が多いいようで、女性は買い物好きなのかも?
21019,12,8醍醐寺 011-1y
ここからが要するに参道という物かも、門をくぐり入って行くと
21019,12,8醍醐寺 017-1i
銀閣寺の有名な生垣、藪ツバキ・くちなし・山茶花など四季折々の花を咲かせるようです。この角を曲がると受付が見えてきます。
21019,12,8醍醐寺 015-1o
受付で拝観料を買い求めるのですが、ここで、「お茶の井」の水を汲むことができるのかと尋ねると、「今は、周囲が開発されて水は枯れている」との返事、それでは入っても意味がないと、拝観料を断って引き返すことにした。行きしま八橋のお店で帰りに寄らしてもらう・・・と言っておいたお店に
21019,12,8醍醐寺 010-1r
寄ると、「えらい早いお帰り」とのお出迎え(*^_^*)約束の八橋をお土産に買って駐車場へ帰ってきた。
金閣寺もおそらく水を汲むことはできないだろうと判断(~_~;)予定を『豊臣秀吉の一大イベント醍醐の花見』で有名な醍醐寺へ行く事にした。醍醐寺の醍醐水は奥ノ院に出ているそうで、山登りをしなくては行けないのである(~o~)時間が必要であるとの事もあり、車を山科の方向へ進めた。代車の為カーナビも思うように動かせず、道に迷いながら昼前に到着、
21019,12,8醍醐寺 177-1p
ど派手な山門(*_*; 豊臣家の家紋は理解できるが、菊の御紋は皇室と関係あるのかな(?_?)と思いつつ、その横にある一般観光客用受付で、入山料を払おうとすると、「奥ノ院」は別個に「女人堂」で買い求めてくれとの事、奥ノ院へ行く道順を教えてもらいそちらの方へ移動。醍醐寺は、下醍醐と開創の地と言われる上醍醐に分かれており、奥ノ院という名称は無いようだ((+_+))
というわけで
21019,12,8醍醐寺 022-1a
境内の縁を(ここも醍醐寺の境内内デアル)歩いて
21019,12,8醍醐寺 023-1s
この角を曲がれば、あとは間違うことはない。
21019,12,8醍醐寺 025-1d
赤い幟旗が立っていると、道順が正しいと確信もてる。
21019,12,8醍醐寺 026-1f
そのうちモミジが綺麗な通りに出て行き(最高の紅葉の時期は過ぎていたのだが)
21019,12,8醍醐寺 033-1z
極彩色のモードで写したり
21019,12,8醍醐寺 034-1f
オート(普通)のモードで写したりと、遊びながら進んで行くと
21019,12,8醍醐寺 042-1h
それらしき参道が出てきた。
石柱には「西国11番札所」の字が見えます。そして、昔は上醍醐は女人禁制であったと思われる「女人堂」
21019,12,8醍醐寺 056-1k
醍醐寺の説明では「女人禁制」のことは書かれていないが、醍醐水を頂いたお堂の入口には
21019,12,8醍醐寺 159-1z
醍醐水と書かれた石塔の後ろには「女人禁制」との文字が
21019,12,8醍醐寺 049-1l
成身院(女人堂)
 上醍醐へ続く参道は険しい。山道を登り、山上へ参拝するのをためらう人も多いい。
 そこで、上醍醐へ登らなくても、お参りできる「女人堂」が登山口に建てられた。
 西国十一番札所がある上醍醐への登山口に建てられた女人堂は、ここだけでなく、西国十番札所からの参道だった炭山(宇治市)、十二番札所へと続く笠取(宇治市)にもあったことが、国宝「醍醐寺文書聖教」の中にある「山城国上醍醐女人堂炭山観音縁起」(第九十三函十三号)等々によって知ることができる。
 現在の女人堂は桁行が9,8メートル梁間5,9メートルの入母屋造りであり、誠身院の本堂となっている。
 成身院は、後嵯峨天皇の皇后である大宮院の祈願所であり、慶長年間には三宝院に隣接する場所にあった。
 いつごろ、その名が移転したか不明だが明治二十二年頃に作成された女人堂の境内を示す図面(第717函三十六号)は、誠身院の図面と一緒に綴じられており、この頃既に、成身院と女人堂は一体とみられるような関係にあったと推測される。
                  京都市
明治33年2月3日と前出の石柱には書いてある。案外明治維新後神仏分離政策から女人禁制となったのかも・・・と、割ってに推測してみた。
と・・・さておき、
21019,12,8醍醐寺 057-1l
奥に見える社務所で拝観券600円を払い登山道(参道)へ入って行くのである。ちなみに女人堂の境内の様子は
21019,12,8醍醐寺 055-1z
前には数体の仏像が設置されています。
21019,12,8醍醐寺 058-1x
ここから西国33番札所の中でも一、二位を争う険しい道のりの始まりです。そして、ここにも
21019,12,8醍醐寺 171-1c
出発の「一丁」目の標識が,おそらく10丁で上醍醐に到着することだと歩き出す。
21019,12,8醍醐寺 060-1v
しばらく歩いて行くと荒れた参道になって行った。
21019,12,8醍醐寺 062-1b
早3丁目
21019,12,8醍醐寺 063-1n
いよいよ坂もきつくなりだした。そうこうしている間に
21019,12,8醍醐寺 065-1m
4丁目そして
21019,12,8醍醐寺 069-2q
醍醐の花見
 慶長三年(1598年)三月十五日、秀吉は一世の善美を尽くした花見をこの槍山で催した。千畳敷とも呼ばれる平地には新しい花見御殿が建てられた。又、女人堂から槍山の間には、長束正家をはじめ各武将により趣向をこらした茶屋八棟が設けられた。
 この花見にさきがけて山内馬場先から槍山に至る両側には畿内より集めた桜の木700本を植えさせた。
 花見の当日、秀吉は、秀頼・北の政所・西の丸(淀君)・松の丸・三の丸を従え、山下の桜が一望できる槍山の御殿で花見の和歌を短冊にしたため桜の枝に吊り下げた。秀吉の栄華を誇る豪華な花見であった。
(保存資料)重文・醍醐花見短冊(131様・霊宝館所蔵)
       重文・花?浄観(旧花見茶屋・三宝院に移築)
       総本山 醍醐寺
と、この地があの有名な秀吉の桜観の場所であったようである。下から見た雰囲気は
21019,12,8醍醐寺 068-2w
左の小高い場所である・・・が、今となってはイメージとのギャップが大きいと吾輩は感じつつ
21019,12,8醍醐寺 071-2e
7丁まで来たのだと、ルンルン気分で登って行ったのでありました・・・しばらくして
21019,12,8醍醐寺 079-2e
石段が出て来て、上醍醐が近づいている雰囲気!(^^)! 階段を上り詰めると
21019,12,8醍醐寺 082-2r
それらしき建物はナイ・・・奥の方に石仏が立っているような・・・
21019,12,8醍醐寺 083-2y
標識には、不動の滝 下山側「三宝院1,7k徒歩33分」 登り側「西国33霊場厄1,1k徒歩30分準胝観音堂」
と示している。オよよ・・・この標識に寄ればまだ30分歩かなければ着かない。
とりあえず休まなければ心臓漠々で登れない・・・。
21019,12,8醍醐寺 085-2t
これが不動の滝でそのいわれはこちら(不動明王が祀ってあります)
21019,12,8醍醐寺 087-2u
・・・と思ったが、山林火災の注意書である。
 当山は平安の昔貞観16年(西暦874)に弘法大師の法孫聖宝理大師によって開かれたお寺であります。時に特に聖宝導師は、修験道(山伏)の中興の祖と仰がれ、その遺風を今に残す山で貴重なる道場でもあります。山上には平安、室町、桃山の各時代の国宝建造物や各種重要文化財が保存されています。又、全山が歴史的風土特別地区に指定されており、その保全の為、山林火災の予防には十分なる御協力をお願い致します。焚火の禁止は勿論、タバコの吸い殻の後始末、不用意に山の中に捨てないで確実に消して下さい。

お山は修験道にかぎらずとも、人間精神の道場である。頂上に立つ爽快さは、どうしても頂上に立つことなくしては体感できない。がんばれ、降りの道は苦しさを伴っても楽しい。人間精神を鍛える原始の場山こそはその価値を失はず、神秘の姿である。

  山ざくら つづくや上の 醍醐まで 「蝶夢」
    幾山河 遍路の遠き 浄土かな 「玄空」
       ひとりする 行きをたのしとおもひつつ
                醍醐山路の けはしきを踏む 「勇」

・・・と、不動の滝が中間点であり、さらに一汗汗をかけば楽しみが待ち構えるという励ましの言葉でもありました。
で、勇気を頂き、疲れも回復したところで上醍醐を目指して腰を上げた。
21019,12,8醍醐寺 088-2y
石段を登り始めてフト石柱が目に入り、
21019,12,8醍醐寺 089-2a
標識でウスウス感じていたが、10丁の標識、頂上では無いという事は、まだ残り10丁登って行かなければならないのだと心に思いながら、覚悟を決めて登って行った。
21019,12,8醍醐寺 093-2d
しばらくすると赤いホコラの稲荷神社に到着。なぜこんなところに在るのか分からないが、遠方の法の見晴らしは良かった。
さらに登って行くと
21019,12,8醍醐寺 094-2f
休憩している方と挨拶をかわし息を弾ませながらのお参り、有り難く感じる・・・と言うよりも虚無の感じで登って行く^_^;
21019,12,8醍醐寺 096-2g
十五丁も過ぎたころ
21019,12,8醍醐寺 097-2g
坂道の頂きらしき雰囲気が見えてきた。
21019,12,8醍醐寺 101-2h
その先は少し下りの参道が続き気分的に一息つげる部分でもあった。そのうち
21019,12,8醍醐寺 103-2j
トイレが出て来て、上醍醐に着いた様子、その先に山門が見えて、やっと着いた・・・(^_^)v
21019,12,8醍醐寺 108-2l
21019,12,8醍醐寺 111-2z
醍醐山の略史





つづく
スポンサーサイト



NO318:笠形神社の霊泉(仮)


2020年明けましておめでそうございます
 本年も皆様のご多幸を思いつつ、
   ブログを書いてまいります。
 引き続きよろしくお願い申しげます。

                 元旦笠形山神社 081-1q
  「笠形神社の夫婦杉」
「天邪鬼の力水」登山一週間後、登山の情報を検索していたら、笠形神社に兵庫県内の最大級の「大杉」が在ることを知り、巻きずしが買えなかったこととともに、再度ど押しても行きたい気持ちが抑えきれず、行く事に、それなら、近辺に湧水がないか検索すると、市川町側の笠形山に鹿ヶ原と言う場所があり、一面クマザサが生い茂り、そこを源流とする川内川が流れている。その川の水が伏流水となって中腹に「名水クマザサの水」が出て来ているという。今回も、三つの目的を以て出発したのでありました。
前回と同じコースで多可町八千代区まで走って来た。到着時間はAM10:30で早く到着
笠形山神社 002-1e
駐車場の三分の二ほど車が止まっていた。かれこれ10台ぐらい、雰囲気的にお客さんの流れがひと段落した様子で、交通整理員のおじさんも手持無沙汰の様子。
笠形山神社 001-1r
今回は入口には看板は出ていない・・・という事は、巻き寿司は残っている。店内に入ると質素な感じで、レジの前に「まつぶた」(丹後言葉カモ)に寿司が並べて置いてあった。吾輩は相方さんの注文もあり系5本買た。特徴としては具材に縦長のキュウリ二分の一切れが主に入った太巻きの「巻き寿司」であった。詳しくは「マイスター工房八千代」
我が家では、食べている最中に写真を撮って置くのを忘れ、食いかけ二切れをどうにか移すことができて・・・ホ(*^_^*)
と言う訳で、次の目的地「笠形神社」へ
笠形山林道を利用して行けば早いと思い、林道へ
笠形山神社 004-1y
以前クルミ谷の名水を汲みに行った時に道を尋ねた神社の綺麗な紅葉の下を通り過ぎて
笠形山神社 005-1f
笠形山登山道への分岐点を右に行かずに直進し
笠形山神社 006-1u
まさか二回も来るとは思っていなかった「クルミ谷の名水」汲み場所を通過
笠形山神社 007-1i
子授け地蔵「六本地蔵尊」の前も通り林道分岐点へ笠形山神社 009-1o
ソコを左へ曲がり、再度分岐点を右に入り進んで行くと、山の中に地蔵尊の祠が出現。
笠形山神社 014-1f
こんな山奥になんで立派な祠が立っているのか?下りてみてみると
笠形山神社 016-1a
「林道笠形線:船越峠」と書かれた標識。昔の峠道であったもよう。現在はこの下の方に船越トンネルが開通して市川町から可多町へ行くのには、みんなそちらを利用している。さらに林道を進んで行くと
笠形山神社 017-1s
寺家集落が出てきた。この集落も笠形山の登山口の一つである
笠形山神社 018-1d
ここから笠形寺へ向けて車で行ける予定なので、そのまま進んで行くことに。
笠形山神社 005-1f
石の鳥居が見えてきたが、笠形寺があるはずなのだが
笠形山神社 020-1h
笠形神社の境内を知らせる石柱、笠形寺までは車で行けるはずと
笠形山神社 023-1k
織の中に入り進んで行くと
笠形山神社 027-1l
笠形神社の出張祠が横に在る。本殿は笠形山の中腹、参拝するのが大変なので下まで御神体を下ろしてきているのでは?と思いつつ上がって行くと
笠形山神社 030-1x
笠形寺の庫裡らしき建物、住職がおられるかどうか定かではなかったが、車を止めてその上に登って行くと鐘が無い鐘楼が寂しくお迎え
笠形山神社 032-1v
笠形寺の立派な本堂、後すがた
笠形山神社 039-1m
表すがた
笠形山神社 034-1b
石段の看板には、
笠形寺・蔵王堂 市川町指定重要文化財
絹本箸色不動明王   木造兜跋毘沙門天像  木造不動明王   木造聖観音立像   笠形寺の鬼面
塔が指定されているのだが、ここに有るかどうかは分からない
笠形山神社 036-2q
蔵王堂の裏から笠形神社へ行くのかと歩いて行くと、杉木立の間から砂防ダムが見えてきた。これなら工事車両が通った道が有るはずと、引き返し車で探してみると
笠形山神社 028-1z
上がって来るときは意識がなかった分かれ道が出てきたので、笠形寺は右へ、砂防ダムは直進へと車を乗り入れ行けるところまで参道を登って行った、途中ハイカー2人ずれの方が下りてこられたが、地蔵さんのそばに立てて在った標識には神社まで30分、車では?
笠形山神社 102-2r
で通り過ぎ
笠形山神社 043-2t
笠形神社まで15分のところに、八角堂と言う名の休憩場所で車も終点となった。
笠形山神社 049-2u
そこからは、参道と言うより登山道の様相に道もなってきた。笠形山の登山マップ
笠形山神社 052-2p
笠形神社まで400mで15分の道のりをヒーハァー、ヒーハァーと登って行くと登山をして降りてこられた初老の夫婦、笠形神社までの道のりを尋ねてみると、もう少しとの事、心臓の鼓動が波打つのを我慢しながらさらに登って行くと、
笠形山神社 046-2l
神社まであともうすこしの案内板が出てきた。目の前が開けてきた思いで上がって行くと
笠形山神社 050-2i
杉林の間から建物が見えてきた。やったーと心の中で叫んで、一人で登る寂しさが吹っ飛んだ。
笠形山神社 053-2a
拝殿であった。
zzz.jpg
笠形神社拝殿
五間四方 入母屋造  銅版葺き
 彫刻としては、向拝と木鼻の麒麟・松に鶴・雲に天人・雲に鳳凰など、とくに精妙華麗です。
 笠形寺の本堂を明治初期に拝殿に転用しました。

拝殿の一段後ろ上に構えていたのは
笠形山神社 056-2s
中宮
笠形山神社 065-2f
笠形神社中宮:三間二面・春日造・銅版葺き
 祭神は須佐男之大神、大年神、迩迩芸命
 彫刻としては、向拝の雲と麒麟・木鼻の獅子・脇障子の熊と天人などが見事です。
 彫刻師は中井権次橘正貞、久須真助正美、中井清次良正用です。
そして、本堂との間の境内には
笠形山神社 069-2j
姫路城心柱跡が記念に残してありました。
笠形山神社 068-2h
笠形神社の御神木が国宝姫路城を支えています
 昭和34年(1959)、御神木の大ヒノキがここから切り出され、姫路城へ運ばれていきました。
 姫路城ではぁ飽和31年(191956)に大天守の解体修理が始まり、東西2本の心柱の内西側の柱を交換することになりました。
新しい心柱は、木曾産のヒノキと笠形神社の御神木のヒノキを継いで仕上げてあり、継いだ部分は大天守の3階で見ることができます。この切り株の模型は、当時の資料に基づいてその大きさを再現したものです。
平成24年3月  制作 市川町観光協会
写真左上:笠形山の御神木であった大ヒノキの立ち姿。写っている人々がとても小さく見える。切ろうとした時、激しい雷雨に見まわれたという。神罰だったのか、それとも祝福だったのか・・・。
写真左二段目:切り倒された大ヒノキは、全長42m、周囲4mあった。下部に鬆(す)が入っていたため取り除かれ14mに玉切にして運んだ。
写真三段目:笠形神社鳥居前にて、トラックに乗せられた。
写真その右:道中、多くの人に見送られ、祝いのお酒がたくさん振りかけられたという。
写真下段三列目:旧姫路市役所へ到着し、祝い曳きが始まるのを待つ大ヒノキ。
写真右側四段目:国鉄甘地駅。姫路での祝い曳きを見るために、(列車を待つ人たち?)
写真右三段目:姫路、大手前通りでの祝い曳の様子。当日は雨だった。
写真右二段目:姫路城の大手門をくぐる、大ヒノキ。この時、雨が止んだという。
写真右一段目:三の丸広場を進む大ヒノキ。写真右手奥に、素屋根に覆われた大天守が見える。
御神木が切られたときに植えられたであろうヒノキも大きく育っています。
そして、境内中宮の奥に本殿が見えます。
笠形山神社 059-2d
こちらが正面の笠形神社本殿です
笠形山神社 060-2f
市川町指定重要文化財
  笠形神社 本殿
三間 二間 春日造 銅版葺き
祭神:大奈牟知命  磐戸別大神 菅原道真
 彫刻としては、向拝の龍、木鼻の獏、欄間の雲に鶴、脇障子の獅子の滝落しなどが見事です。
 彫刻氏は丹波柏原町の久須善兵衛政精、中井丈五郎正忠、中井丈吉です。
      市川町教育委員会
笠形山神社 063-l
そして、もうひとつ大木「笠形夫婦杉」は杉林の中にひっそりと、その巨木は包み込まれでいた。一見「オー」と言うような大きな杉には見えなかったが、近づいてみれば
笠形山神社 084-2z
市川町指定天然記念物「笠形夫婦杉」
 高さ約50m、目通し、周囲約9,5mの杉で、現在、笠形神社の御神木となっています。境内周辺の杉や檜などの大木とともに、昔ながらの面影を今に伝えています。樹齢は約850年を超えるといわれており、兵庫県内でも屈指の巨樹・古木とされています。
 大小二本の杉が寄り添い仲睦まじく佇んでいることから、いつの頃からか夫婦杉と呼ばれるようになりました。この夫婦杉に願いを込めることにより、夫婦相和しいつまでも仲良く暮らしていくことができるとされています。
空模様も心配になり、夫婦杉に「願いを込めて」後にすることにした。来るときは登ることで分からなかった大木が、帰りの余裕の中で発見しながら
笠形山神社 089-2x
名前は知らないがこんな木のこぶも、
笠形山神社 091-2c
そして、来られた登山客には
笠形山神社 096-2v
・・・と、周りを散策しながら車の所に降りて来て
笠形山神社 097-2n
何となく茂みの方を見てみると、パイプの中から水が流れ出て来ているような感じが・・・もしや・・・と、そちらの方に行ってみると
笠形山神社 098-2m
湧き水が出ているではないか!!・・・新たに発~見(^_^)v
さっそく入れ物を持ってきて
笠形山神社 100-3q
無事入れ終えて、今日の予定であった「クマザサの水」は次回に行く事にして、帰宅することにした。
笠形山神社 104-3w
ここにも「クリン草」を守る取り組みがなされている。
笠形山神社 106-3e
そうして里の村へと無事降りてこれました。この近辺にはこんな看板も
笠形山神社 107-3e
棚田の里:笠形山の麓にある棚田の風景です。澄んだ空気と、清流に恵まれたこの田は先祖から受け継いだ大切な棚田です。
たくさんの収穫は出来ませんが、一粒一粒に手間と苦労が詰まった、とてもおいしい自慢のお米がみのります。
  上牛尾区
そして、最後のとどめ
笠形山神社 108-3r

「笠形神社の霊泉」(仮)の独断と偏見の水評価は
軟水のような水で、コーヒーを淹れて飲むとのど越しが良い水であった。
(^_^)v (^_^)v (^_^)v (^_^)v
詳しい場所は

プロフィール

水汲みマン

Author:水汲みマン
FC2ブログへようこそ!

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
湧き水のおすそ分け
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR